スーパーコンピュータ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/20 04:15 UTC 版)
概要
スーパーコンピュータとは、科学技術計算を主要目的とする大規模コンピュータである[1]。大規模・高速の計算能力を達成することを目的としている。そのために最適化されたハードウェアやソフトウェアを備えている。
なお、スーパーコンピュータという場合はプログラミングにより汎用の計算処理能力を持つ装置を指す。高い計算能力を有する装置であっても、たとえば多体問題専用の「GRAPE」のように目的が専用に限られる計算機については専用計算機に分類される。
ハードウェアについては、演算処理装置の高速化・搭載量の拡大、演算時のメモリ搭載量の大容量化・高速化、演算処理装置間でのメモリ共有方式が特徴的である。他にベクトル計算に特有の演算処理装置を備えるなど、取り扱われる演算に特有のハードウエア方式が採用されることがある。また、高い計算能力は演算処理を担う電子回路の大規模・高速なスイッチング動作により実現されるため、大量の電力消費と発熱に対応した電源設備、排熱・冷却機構が必要である。
ソフトウェアとしては、演算処理装置の搭載量の拡大に応じた並列計算処理に適した方式が採用される。それは取り扱う問題解決手法自体の最適化、そのプログラム実装でのアプリケーションレベルでのアルゴリズム、プログラムのコンパイラ段階など複数の階層で行われる。
スーパーコンピュータの利用される例として、機械・土木・建築分野での構造物の力学を有限要素法や境界要素法などに基づいて検討する構造解析、電気工学分野での電磁界解析、流体力学分野、気象予測、大気・海洋シミュレーション、物性・化学・材料科学分野での分子動力学、その他交通流解析、シミュレーション天文学、最適化問題、金融の大規模数値解析に基づくシミュレーションなどに利用されている。→#主な用途
- 「スーパーコンピュータ」の範囲とその変化
- コンピューターの歴史はスーパーコンピュータに限らず時代とともにその能力を拡大しており、スーパーコンピュータは性能により一律に規定されるものではない相対的な分類である。
- スーパーコンピュータの各事例はその登場時点において科学技術計算を主要目的に最適化して開発された製品である。
- コンピューターの性能指標は評価軸によってさまざまな方向性があるが、スーパーコンピュータは科学技術計算を主要目的とするため、浮動小数点演算の処理能力が高いことが特徴である。一例としてCray-1が登場したときには、事務的な用途で利用される当時の標準的なメインフレームの30倍程度であった。また、スーパーコンピュータに関する定義の事例として、2014年時点での日本の政府調達に関する規程では、理論的最高性能値が50TFLOPS以上の計算機をスーパーコンピューターとして、政府関係の一部機関に対して「政府調達手続に関する運用指針」[2]に従って調達することを求めた[3]。
歴史
歴史的に科学技術計算の目的で浮動小数点演算の性能で処理能力が高いコンピュータが「スーパーコンピュータ」と分類されてきた。初期には主として軍事用に使われた。
1960年にUNIVACがアメリカ海軍研究開発センター向けに製造したLARC(Livermore Atomic Research Computer)が、現在では最初のスーパーコンピュータと考えられている。LARCは新たに登場したディスクドライブ技術ではなく、高速な磁気ドラムメモリをまだ使用していた[4]。
また、1961年に完成したスーパーコンピュータのIBM 7030 (ストレッチ)は、1955年時点のすべてのコンピュータの合計より100倍の速度を要求されてIBMがロスアラモス国立研究所向けに製造した。IBM 7030はトランジスタ、磁気コアメモリ、命令セットのパイプライン処理、メモリコントローラ経由のデータのプリフェッチ、そして先進的なランダムアクセスできるディスクドライブを備えた[5]。
1960年代にはCDC社、1970年代にはクレイ社が、ベクトル演算を中心としたスーパーコンピュータでコンピューター業界でのシェアを伸ばした。また、コンピューターの各種シミュレーションでの民間の利用が拡大したことで、スーパーコンピュータの需要も拡大した。
1980年代にはNECなどの日本のメーカーが海外にも進出し、日米スパコン貿易摩擦にも発展した。
1960年~1980年ころのスーパーコンピュータは、ベクトル型計算機で利用用途が特化され汎用性が低く、巨大で高価であったため、現在では揶揄の意を込めて「巨艦主義」と呼ばれることもある。この表現は海戦史を踏まえたものであり、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけては、海戦では戦艦の攻撃力が勝負の鍵を握り、各国は戦艦を巨大化・巨砲化させることを競ったものの、第二次世界大戦中に、いつのまにか勝利の鍵が巨大戦艦ではなく空母や戦闘機の性能のほうに移ってしまい、戦艦の存在の無意味化が起き、日本の戦艦大和や戦艦武蔵などもむなしく撃沈されてしまったことになぞらえたものである。
1990年代後半に入るとパソコンの普及とパソコン用CPUの処理能力の向上が背景となり、パソコン用で安価なx86やPOWERなどのプロセッサを数百~数千個搭載して計算能力を実現するスカラー型のスーパーコンピュータが台頭し、スーパーコンピュータのコンテストであるTOP500でも上位を占めるようになった。また、スカラー型はCPUの搭載数に応じてスケーラビリティがあるため、中規模の企業や研究所などでも小型のスーパーコンピュータを導入して、費用対効果を保ちながら科学技術計算を行うことができるようになった。
2010年代に入りスーパーコンピュータの開発において中国の台頭が著しく、ランキングに占める数でアメリカを超え[6]、処理性能の世界最高をめぐり日米と争うようになり、米中貿易戦争の対象にもなった[7]。
2010年代後半からは既に大量生産されているGPU[注 1]で汎用計算を行うGPGPUの導入が進んでおり、従来のようにカスタムCPUを新規設計する場合と比べてコストパフォーマンスを向上させる事が可能になってきている。究極の例としては2022年に単一マシンとして世界初のエクサスケールコンピュータとなった米HPEの「フロンティア」が挙げられ、GPGPUは世界の最先端を競う分野でもかなり信頼されていると見ることができる。
注釈
- ^ 但し、大抵の場合は市販品そのままではなく、スーパーコンピュータ向けに設計の一部修正は行われる。それでも既存の設計・製造手法が流用できるため、大きなコストダウンになる。
- ^ 英: capability computing
- ^ 英: capacity computing
- ^ SGIは2006年5月に連邦倒産法第11章の適用を申請し受理されたが、2006年11月に第11章適用対象から外れ再生を果たした。その後2016年11月1日にHPEがSGIを買収した
- ^ 2019年にヒューレット・パッカード・エンタープライズ (HPE) に買収されHPEの子会社となった
- ^ ただし、半導体開発競争を中止したのみであり、基礎的分野における研究開発の継続は行われるはずである。また、アメリカ・日本を見習い、近年ではマイクロコンピュータ用のアプリケーション開発などにも力を入れている。
出典
- ^ 小柳義夫、中村宏 他著、岩波講座計算科学別巻『スーパーコンピュータ』、2012年。「はじめに」より。
- ^ 平成26年3月31日関係省庁申合せ
- ^ スーパーコンピューター導入手続
- ^ Eric G. Swedin; David L. Ferro (2007). Computers: The Life Story of a Technology. JHU Press. p. 57. ISBN 9780801887741
- ^ Eric G. Swedin; David L. Ferro (2007). Computers: The Life Story of a Technology. JHU Press. p. 56. ISBN 9780801887741
- ^ “China dominates Top500 with 219 supercomputers” (2019年6月17日). 2019年6月23日閲覧。
- ^ “米、中国スパコンに禁輸 5団体指定 首脳会談前に締め付け” (2019年6月22日). 2019年6月23日閲覧。
- ^ Top500.org. “Processor Family share for 6/2010 TOP500 Supercomputing Sites”. 2010年6月1日閲覧。
- ^ Top500.org. “Processor Architecture share for 6/2010 TOP500 Supercomputing Sites”. 2010年6月1日閲覧。
- ^ ClearSpeed - HomeArchived 2001年7月21日, at the Wayback Machine.
- ^ Clearspeed Technology. “47 TeraFLOP TSUBAME cluster sets new record as the first accelerated cluster in the Top500”. 2008年3月12日閲覧。
- ^ Advanced Micro Devices, Inc.. “AMD、倍精度浮動小数点テクノロジを備えた初のストリーム・プロセッサを発表”. 2007年11月17日閲覧。
- ^ NVIDIA Corporation. “NVIDIA Tesla - HPCのためのGPU コンピューティング ソリューション”. 2007年11月17日閲覧。
- ^ “RapidArray高速インターコネクト”. 2006年3月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ^ “高速インターコネクション向け1.1μm帯VCSELの25Gb/s動作”. 電子情報通信学会 (2006年). 2008年3月12日閲覧。
- ^ Top500 OS chart Archived 2012年3月5日, at the Wayback Machine.
- ^ Magic Cube - Dawning 5000A, QC Opteron 1.9 Ghz, Infiniband, Windows HPC 2008 | TOP500 Supercomputer Sites
- ^ ZDNET
- ^ Top500
- ^ fortress[リンク切れ]
- ^ HPL - A Portable Implementation of the High-Performance Linpack Benchmark for Distributed-Memory Computers
- ^ “TOP500 Becomes a Petaflop Club for Supercomputers” (2019年6月17日). 2019年6月23日閲覧。
- ^ 中島研吾「HPCGについて」スーパーコンピューティングニュース(東京大学) Vol.18 No.5 (2016)
- ^ ナショナル・リーダーシップ・スパコン(NLS)とナショナル・インフラストラクチャ・スパコン(NIS)の変遷 - 科学技術省
- ^ スパコン開発で「ゴードン・ベル賞」 長崎大助教ら受賞 「国内最速」安価で実現 西日本新聞、2009年11月27日[リンク切れ]
- ^ a b 「『GPU』で最速スパコン」朝日新聞、2010年11月19日、東京版朝刊、32面
- ^ インテルとNEC、将来に向けたスーパーコンピューター技術の共同開発に合意 - NEC
- ^ “東工大のスパコン「TSUBAME-KFC」、スパコン省電力性能ランキングで首位獲得”. 日経BP. (2013年11月21日) 2013年11月21日閲覧。
- ^ 次世代スーパーコンピュータプロジェクトの経緯 - 文部科学省
- ^ 次世代スーパーコンピュータのシステム構成を決定 - 世界最高性能のスパコン開発に挑む - 理化学研究所、他
- ^ スパコン国家プロジェクト NEC脱落の真相 - ITPro
- ^ 国策スパコンは予算227億円で続行、目標は「世界一」から「世界最速レベル」へ - ITPro
- ^ 京速コンピュータ「京」が10ペタフロップスを達成
- ^ [1]
- ^ xTECH(クロステック), 日経. “見えたスパコン京の次世代像、理研の新センター長に東工大松岡氏” (日本語). 日経 xTECH(クロステック) 2018年6月13日閲覧。
- ^ 「スパコン富岳、日本の産業強化に貢献できないジレンマ」『日本経済新聞』、2022年2月8日。2022年3月8日閲覧。
- ^ Move Over, China: U.S. Is Again Home to World’s Speediest Supercomputer New York Times 2018年6月8日
- ^ 中国新聞 2009年11月12日 1千兆回スパコン「曙光6000」 来年デビューへ.[2]
- ^ JETRO北京センター 報告書のpdf.[3][リンク切れ]
- ^ 中国国内記事の自動翻訳情報.[4]
- ^ NVIDIA社HP
- ^ “天網中樞天河二號無虞信號外洩”. 中時電子報 (2017年9月29日). 2019年7月5日閲覧。
- ^ “China’s policing robot: Cattle prod meets supercomputer” (英語). Computerworld (2016年10月31日). 2019年7月5日閲覧。
- ^ “翻墙-功夫网简介”. 翻墙-功夫网简介. 中国数字時代 (2012年6月16日). 2019年7月5日閲覧。
- ^ “Intel and Nvidia Chips Power a Chinese Surveillance System” (英語). ニューヨーク・タイムズ (2020年11月22日). 2020年12月3日閲覧。
- 1 スーパーコンピュータとは
- 2 スーパーコンピュータの概要
- 3 主な用途
- 4 性能評価ランキング、表彰
- 5 主要国の動向
- 6 脚注
スーパーコンピュータと同じ種類の言葉
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