スポーツニッポン スポーツニッポンの概要

スポーツニッポン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/28 17:16 UTC 版)

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スポーツニッポン
種類 日刊紙
サイズ ブランケット判

事業者 株式会社スポーツニッポン新聞社
本社 【東京本社】
東京都江東区越中島2-1-30
【大阪本社】
大阪府大阪市北区梅田3-4-5
代表者 河野 俊史
創刊 1949年昭和24年)2月1日(大阪)
1950年昭和25年)3月6日(東京)
1955年昭和30年)5月1日(西部)
言語 日本語
ウェブサイト https://www.sponichi.co.jp/
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スポーツニッポンのホーロー看板

発行元であるスポーツニッポン新聞社は、毎日新聞グループホールディングス(以下、毎日新聞グループ)の主要企業であり、グループの中核事業でもある。本項目ではそのスポーツニッポン新聞社についても述べる。

概要

創刊当初は「スポーツ紙唯一の全国紙」をスローガンにスポーツ芸能情報を積極的に提供してきた。現在では定番となった1面記事見出しのカラー化(赤見出し)や、即売版(駅売店など)の専用紙面である風俗記事の連載、最終面をニュース記事のページにする「ダブル1面」を初めて採用した。1980年代の終わりから総合大衆紙として、社会事件・政治報道などにも力を入れた。1995年(平成7年)にはオウム真理教による一連の事件報道などで、東京本社管内でスポーツ紙としては初めて実売100万部超を達成。この年4月から3か月間維持した。

2004年(平成16年)には東京、大阪、西部本社が合併。全国を一社でカバーする単一法人となった。東京を存続会社とし、2007年(平成19年)4月から旧3社の人事・賃金など諸制度統一に向けた新制度がスタート。合併を機にスケールメリットを追求しすべての取引制度を見直し、2005年(平成17年)度決算は減収ながら史上最高益を記録した。売上げにおける3本社の比率は東京6、大阪3、西部1の割合となっている。

これに併せ、題字ロゴを全国で統一[1]2008年(平成20年)元日からの大阪本社管内を皮切りに、1面題字に商品バーコードが掲載されるようになった。

発行所は東京本社、大阪本社及び西部総局。
  • 札幌では東京本社名義、名古屋と広島では大阪本社名義でそれぞれ発行、一部を地域独自版に差し替え。
  • 九州地区は西部本社を福岡に統合移転後、会社全体の組織見直しで、西部本社としては廃止。東京本社傘下の管理下による「福岡総局」を復活させる形(格下げ)となった。新聞の発行は継続している。さらに名称を「西部総局」に改め、発行元については単に「西部」とだけ記されるようになった。
  • 沖縄では琉球新報社に委託(実質「地域フランチャイズ契約」)し、「新報スポニチ」を発行。

メディア環境の激変により、新聞界全体で紙媒体の部数減が経営を苦しめる中、2011年(平成23年)2月1日、親会社毎日新聞社と経営統合することで合意した。4月1日付で両者の株式を移転して設立される共同持株会社の完全子会社となるもので、同日関東財務局に報告書を提出した。 スポーツ報知と異なるのは、報知新聞社が読売新聞グループとは経営で一体化していないのに対し、スポニチの場合親会社と完全に経営を一体化するという点である。そして2011年(平成23年)4月1日、毎日新聞社とスポーツニッポン新聞社の株式移転によって設立された共同持株会社毎日・スポニチ持株移行株式会社(現在の株式会社毎日新聞グループホールディングス)の完全子会社となった。

沿革

  • 1949年昭和24年) 2月1日 - 大阪で創刊(タブロイド版)。初代社長は戦前のオリンピックマラソン代表だった津田晴一郎
  • 1950年(昭和25年) 3月6日 - 当時有楽町にあった毎日新聞東京本社内に東京支社設置、東京において発刊。
  • 1955年(昭和30年) 5月1日 - 福岡県門司市清滝の毎日新聞西部本社内に西部支社設置、九州において発刊。
  • 1957年(昭和32年) 2月 - 日本プロ野球キャンプの全会場に取材班を配置、シーズン前の調整をきめ細かく伝える。
  • 1959年(昭和34年) 6月1日 - 北海道札幌市で東京支社版の現地印刷開始。
  • 1960年(昭和35年) 8月10日 - 東京支社を分社。「株式会社スポーツニッポン新聞東京本社」設立。これに伴い時期は不明だが大阪本社の社名を「株式会社スポーツニッポン新聞大阪本社」に変更。
  • 1960年(昭和35年) 10月15日 - スポーツ新聞として初めて1面に赤色の見出しを採用。
  • 1961年(昭和36年) 8月29日 - 西部支社を分社。「株式会社スポーツニッポン新聞西部本社」設立。これにより3本社体制を整える。
  • 1965年(昭和40年)- 北九州市小倉区紺屋町に毎日西部会館が完成、毎日新聞西部本社が移転。従来毎日西部が使っていた建物を西部本社専用の社屋として使用する。
  • 1966年(昭和41年) 9月26日 - 毎日新聞東京本社が有楽町から同じ千代田区内に建てたパレスサイドビルディングに移ったことに伴い、東京本社も一緒に移転。ただし、編集部門のみ港区に移った。
  • 1971年(昭和46年) 9月13日 - 東京本社、番組表を掲載するページに、鉄道駅売店などの即売版専用紙面「スポニチ環状線」の連載を開始(いわゆる二毛作)。他のスポーツ紙も追随。
  • 1983年(昭和58年) 10月11日 - 東京本社、最終面をスポーツニュース記事にしたダブル1面を開始。これにより従来最終面にあったテレビ番組表(宅配版)や「スポニチ環状線」(即売版)は中面に移動。他のスポーツ紙も追随。
  • 1986年(昭和61年) 1月 - 東京本社、1面のカラー印刷開始、その後カラーページを拡大。他のスポーツ紙も追随。
  • 1988年(昭和63年) 8月 - 東京本社、2か所に分かれていた拠点を江東区越中島に毎日新聞グループの東日印刷と共同で建設したSTビルに全面統合移転。
  • 1989年平成元年) 12月 - 西部本社、門司社屋の老朽化に伴い、毎日西部会館に移転。
  • 1990年(平成2年) 7月 - 株式会社琉球新報社、韓国朝鮮日報[2]系のスポーツ紙・スポーツ朝鮮との提携関係が成立。1日から琉球新報社が沖縄県向けに「新報スポニチ」を発刊。
  • 1993年(平成5年) 2月 - 大阪本社、北区西梅田(大阪駅前)の毎日新聞大阪本社に移転。それまでの北区(旧・大淀区)の旧社屋についてはその後スポニチとの等価交換によりマンションとして再整備された。
  • 1995年(平成7年) 1月17日 - 阪神・淡路大震災発生。これを受け後に3本社連携により義援金募集を実施、4204万円余の義援金が集まった。
  • 1995年(平成7年) 4月 - スポーツ紙初の発行部数1日平均100万部を達成(日本ABC協会調べ)。
  • 2001年(平成13年) 10月 - 国会記者クラブにスポーツ紙で初めて加入。
  • 2004年(平成16年) 10月1日 - 東京本社を存続会社として3本社が合併、商号を株式会社スポーツニッポン新聞社に変更。
  • 2004年(平成16年) 11月8日 - 創刊20,000号(新聞休刊日発行の特報版を除く)[3]
  • 2008年(平成20年) 1月1日 - 創刊60年を記念し、年間イメージモデルとして、前年度上半期のNHK連続テレビ小説どんど晴れ』でヒロインを演じた比嘉愛未を起用。この日付け紙面で特集記事が紹介され、キャンペーンキャッチフレーズ「そのへんはスポニチが詳しい。」が採用された。
  • 2009年(平成21年) 2月1日 - 創刊60周年。イメージキャラクター兼特別編集局長によしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いタレント今田耕司を起用、キャンペーンキャッチフレーズ「ハッとしてホッとするスポニチ」「読むなら、いまだ!」を採用。この日から
  • 2009年(平成21年) 6月12日 - 今田からのつながりで、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の漫才師、石田明(NON STYLE)を期間限定の特別編集委員に任命。
  • 2009年(平成21年) 7月1日 - 西部本社を毎日西部会館から福岡総局(福岡市中央区天神1丁目の毎日福岡会館)に統合移転。西部版の発行所が旧福岡総局となる。販売部は毎日西部会館に残した上で、毎日西部本社と事実上統合。[4]
  • 2009年(平成21年) 10月1日 - 当初から東京本社管轄だった北海道支社を総局に格下げ。
  • 2009年(平成21年) 11月29日 - 大阪本社発行の“夕刊”(即売のみ)の発行を休止。
  • 2010年(平成22年) 5月1日 - 大阪本社、大阪・ミナミの鰻谷スクエア[5]中央区東心斎橋)に読者との交流を図る事実上の第2大阪本社「スポニチプラザ大阪」を開設。
  • 2010年(平成22年) 7月 - 組織再編を実施し、本社を東京・大阪の二元体制とする。西部本社は機能を維持しつつ格下げされ、紙面構成の都合で東京本社管轄となり「福岡総局」復活。ただし発行機能は維持。
  • 2010年(平成22年) 10月1日 - 福岡総局を「西部総局」に改称。これと前後して毎日西部本社も一部の機能を福岡本部に移す。
  • 2011年(平成23年) 4月1日 - 毎日新聞社と共同で株式移転を行い、共同持株会社毎日・スポニチ持株移行株式会社(現在の株式会社毎日新聞グループホールディングス)を設立して、同社の完全子会社となった。統合比率は毎日1に対しスポニチ1.45。* 2012年(平成24年)4月1日まで吉本興業との長期共同コラム「よしもと100年笑いは地球を救う」も連載開始。
  • 2012年(平成24年) 11月 - 大阪本社発行による東海3県愛知県岐阜県三重県)向けの紙面を中日新聞社本社工場による受託印刷を開始。
  • 2013年(平成25年) 2月1日 - 創刊65周年としてイメージキャラクターに女優の忽那汐里オスカープロモーション所属)を起用。
  • 2016年(平成28年) 4月 - YouTubeに「スポニチチャンネル」を開設。
  • 2017年(平成29年) 4月17日 - スマホ向け競輪サイト「競輪スポニチ」がオープン。
  • 2018年(平成30年) 2月 - 音声メディアVoicy(ボイシー)にて「スポニチニュース」チャンネルを開設。
  • 2019年令和元年) 5月25日 - GAUSS(ガウス)社と共同開発した競馬予想サービス「スポニチAI競馬予想SIVA」をリリース。
  • 2020年(令和2年) 2月1日 - スポーツ新聞としては初の本格的会員制サイト「スポニチスクエア」がオープン。
  • 2020年(令和2年)2月9日 - 阪神タイガース情報アプリ「虎報」がスタート。
  • 2020年(令和2年)4月1日 - 中央競馬の予想をネットで提供する「スポニチ競馬web」が稼働。
  • 2020年(令和2年)11月24日 - 四国と広島・岡山のスポーツニッポンを山陽新聞印刷センターに委託
  • 2021年(令和3年)4月-公営競技の予想をコンビニ各社のプリントサービスで販売する「スポプリ」がスタート。[6]
  • 2021年(令和3年)5月-スポプリに「プロ野球2軍情報」と「面担号外」を追加。[7]
  • 2021年(令和3年)7月18日-東京五輪・パラリンピックの特別編集長にお笑いコンビ「爆笑問題」を起用すると発表。[8]

  1. ^ 会社が統合される前にも旧題字を全国統一で使用していたが、2002年(平成14年)頃から大阪本社以外のエリアで現在使用している新題字を使うようになった。
  2. ^ 毎日新聞の友好紙。
  3. ^ おかげさまでスポニチ20000号、スポニチアネックス。(2004年11月保存)(インターネットアーカイブのキャッシュ)
  4. ^ 組織再編後もこれは変わらず。
  5. ^ このビル名にちなみ、同所でのイベント開催の模様が「スポニチPlaza鰻谷通信」として時折掲載されている。
  6. ^ スポプリ スポニチプリント販売開始”. newscast.jp. 2021年7月18日閲覧。
  7. ^ 「スポプリ」に見せる号外&2軍情報登場”. newscast.jp. 2021年7月18日閲覧。
  8. ^ 爆笑問題 スポニチ本紙特別編集長就任、本社訪れ訓示「会長のバッハ」「この会社乗っ取ります」(スポニチアネックス)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2021年7月18日閲覧。
  9. ^ 旧・大阪本社が発行したものについては、1999年3月に改訂版が発行されている
  10. ^ a b 株式会社スポーツニッポン新聞社 第61期決算公告
  11. ^ 西部版の1面と裏1面の内容が基本的に東京本社版と同一であるため(一部例外あり)。一方、大阪本社版は1面に阪神タイガース関連の記事を載せることが多く、紙面構成上での独自性が強い。
  12. ^ 発行元表記は単に「西部」。
  13. ^ 旧西部本社は2009年(平成21年)6月まで、毎日西部会館(北九州市小倉北区紺屋町13-1)にあった。その後組織上は福岡総局を吸収しつつ場所をここに移転。だが本社としては約1年と短命であった。
  14. ^ 発行・販売委託
  15. ^ 元は名古屋市中村区名駅4丁目の毎日新聞中部本社(毎日名古屋会館)内にあったが、2003年(平成15年)から2007年(平成19年)まで毎日新聞中部本社等再開発工事により、同じ中村区名駅の三井ビル北館に暫定移転、後に旧毎日新聞中部本社跡地に建設されたミッドランドスクエアに事務所を置いていた。
  16. ^ 弊社工場操業停止の社員説明会を行いました。(2020年4月1日・毎日新聞中四国印刷)・毎日、四国新聞に印刷委託 スポニチは山陽に―中四国6県(2020年3月18日・時事通信社)
  17. ^ NHK総合 - どーもくん、NHK Eテレ - ななみちゃん、MBS - らいよんチャン、ABC - エビシー、カンテレ - ハチエモン、読売 - シノビー、大阪 - たこるくん、サン - おっ!サン
  18. ^ 高田高 奥村部長あらためて自らに問う 教師として被災した意味 - 復興へのプレーボール~陸前高田市・高田高校野球部の1年(2016年3月10日)
  19. ^ 3月11日は『東日本大震災から○年 スポニチは復興の「今」と「これから」を伝え続けます』。3月12日は『震災から○年 スポニチは復興への歩みを伝え続けます』。(いずれも○には震災発生からの年数)
  20. ^ 外部リンク写真の1頁の記事が1979年日本シリーズ第4戦、広島が近鉄に勝利した試合の記事が掲載されていることでわかる)新関西最終号の1面(右は1991年に廃刊した関西新聞の最終号。新関西との関係はない)
  21. ^ 主要全国発売レースと近畿圏の全てのレースに対応
  22. ^ 「元・回文芸人記者」が見るキャンプ、ソフトバンク編「うそ!?工藤独走!?」 (スポニチアネックス2015年2月2日付記事)
  23. ^ 『新版競馬歴史新聞』 p236 「スポニチがエイトの記事を無断転用」(競馬歴史新聞編集委員会編、日本文芸社、2004年、ISBN 4-537-25205-7
  24. ^ 星野仙一著、夢 命を懸けたV達成への647日、2003年、角川書店、P175-P176
  25. ^ 岡田ジャパンの高地トレーニングは無意味!? サポティスタ2010年5月28日
  26. ^ 小出監督「今回の日本代表の練習日程は丁度いい」 サポティスタ 2010年6月9日
  27. ^ ユーベ幹部“全力獲り”明言「近日中に発表も」スポニチAnnex 2011年6月29日
  28. ^ La Juve vuole Honda e tratta con il Cska Corriere dello sport.it 6月28日
  29. ^ Dal Giappone sicuri: «La Juve vuole Honda» Tuttosport6月28日
  30. ^ Juve, Aguero si avvicina L'idea nuova è Honda La Gazzetta dello Sport 6月28日
  31. ^ “ユベントス本田”地元イタリア各紙も一斉報道 スポニチAnnex 2011年6月30日
  32. ^ 本田がユーベ移籍報道を否定「誰が?」 nikkansports.com 2011年6月29日
  33. ^ 本田「トンネルを抜けた」移籍情報には苦笑い サンスポ 2011年6月29日
  34. ^ 本田の代理人がユヴェントスやアーセナル移籍を否定「オファーはない」 本田の代理人がユヴェントスやアーセナル移籍を否定「オファーはない」 SOCCER KING 2011年6月29日
  35. ^ 本田にユーベ接触「ない」GM断言! サンスポ.com 2011年7月1日
  36. ^ a b ユーベGMが断言「本田には興味がない」 スポーツ報知 2011年7月2日
  37. ^ 名門幹部がベタボレ「本田はまさにユベントスに値する選手」 スポニチAnnex 2011年6月29日
  38. ^ CSKAモスクワ 本田移籍でユベントスに破格の要求!スポニチAnnex2011年7月7日
  39. ^ 本田 背番号は「10」 14億円で完全移籍 スポニチannex 2012年1月29日
  40. ^ Per i giapponesi ormai è fatta: "Honda è della Lazio!"...Tare: "Stiamo trattando con i russi...Il QPR ci ha chiesto Cisse" lalaziosiamonoi 2012年1月29日
  41. ^ В Японии уверены: Хонда перейдет в "Лацио" Спорт-Экспрес 2012年1月29日
  42. ^ Stampa giapponese: Honda è della Lazio calciomercato.com 2012年1月29日
  43. ^ ラツィオ側「本田合意まだ」日刊スポーツ 2012年1月29日
  44. ^ 本田、ラツィオ移籍破談も スポーツ報知 1月30日
  45. ^ ラツィオ指揮官 本田を歓迎「国際レベルの選手」 スポニチAnnex 2012年1月30日
  46. ^ 日刊スポーツ 2012年2月1日
  47. ^ 本田移籍破談の背景に…安売り拒むCSKAと欧州クラブの懐具合 スポニチAnnex 2012年2月1日
  48. ^ U23に秘密兵器 次戦マレーシア戦で京都・久保招集へ スポニチAnnex 2012年2月6日
  49. ^ 本田 2戦連続アシストも途中交代…無言で立ち去る スポニチアネックス 2012年3月10日
  50. ^ Слуцкий: Хонда не смог оправиться от повреждения, полученного в игре с "Зенитом" Чемпионат.com 2012年3月9日
  51. ^ 嵐会見「無責任」質問を「グッディ!」で激論…三田友梨佳アナ「とっても失礼」伊藤洋一氏「あの質問は必要」スポーツ報知 2019年1月28日配信・1月29日閲覧
  52. ^ 櫻井翔、「無責任」質問で「思いの丈が温度を乗せて伝えることができた」SANSPO.COM 2018年1月28日配信・1月29日閲覧
  53. ^ 加藤紗里さんに関する記事についてのおわびスポニチアネックス 2020年2月21日配信・閲覧
  54. ^ コロナ感染で死去の羽田雄一郎氏「当日に会合」の真偽 スポニチ「誤情報であったため削除」Jcastニュース、2020年12月29日
  55. ^ Jリーグ 来季ホームタウン制撤廃へ 創設時の理念「地域密着」から新様式に 今月中にも正式決定スポニチアネックス 2021年10月17日配信・閲覧。
  56. ^ Jリーグが声明「ホームタウン制度について撤廃の事実ない」一部報道を否定日刊スポーツ 2021年10月17日配信・閲覧。
  57. ^ スポニチの女性記者が無免許で73歳女性はねる 4月に逮捕、すでに釈放 MSN産経 2012年5月18日[リンク切れ]によると、平成15年に違反点数の累積で免許を取り消されており、9年以上無免許のまま車を運転していたとのこと。
  58. ^ 給付金不正受給問題、スポニチ記者が仲介役 関係者に送ったLINE画面も発覚 - デイリースポーツ online 2021年2月26日
  59. ^ スポニチ記者、申請に関与 競馬調教助手ら不正受給問題 - 時事ドットコム 2021年2月25日
  60. ^ スポニチ、記者を出勤停止 JRA騎手らの不適切受給関与 - 日本経済新聞 2021年4月29日
  61. ^ 「週刊文春」編集部 (2021年5月19日). “大関・朝乃山 緊急事態宣言中に神楽坂キャバクラ通い”. 文春オンライン. 2021年6月5日閲覧。
  62. ^ 週刊文春報道について”. Sponichi Annex (2021年5月27日). 2021年6月5日閲覧。
  63. ^ “本紙元記者を諭旨解雇 力士との深夜会食で” (プレスリリース), 株式会社スポーツニッポン新聞社, (2021年6月11日), https://sponichi.jp/%e6%9c%ac%e7%b4%99%e5%85%83%e8%a8%98%e8%80%85%e3%82%92%e8%ab%ad%e6%97%a8%e8%a7%a3%e9%9b%87%e3%80%80%e5%8a%9b%e5%a3%ab%e3%81%a8%e3%81%ae%e6%b7%b1%e5%a4%9c%e4%bc%9a%e9%a3%9f%e3%81%a7/ 2021年6月11日閲覧。 
  64. ^ 朝乃山と共にキャバ 相撲記者は力士顔負けごっつあん気質 |日刊ゲンダイDIGITAL”. 日刊ゲンダイDIGITAL (2021年5月28日). 2021年6月5日閲覧。
  65. ^ 前述の「本紙元記者を諭旨解雇~」中「外部弁護士による内部調査・5月18日の状況」参照。
  66. ^ a b 朝乃山がコロナ対策違反で休場へ 外出禁止期間に接待伴う飲食店訪問 協会は処分検討”. Sponichi Annex (2021年5月20日). 2021年6月5日閲覧。
  67. ^ キャバクラ通い疑惑の朝乃山「日馬富士が激怒した高校からの悪癖」”. FRIDAYデジタル (2021年5月21日). 2021年6月5日閲覧。
  68. ^ 朝乃山6場所出場停止 新型コロナ対策ガイドライン違反”. Sponichi Annex (2021年6月11日). 2021年6月12日閲覧。
  69. ^ 大関・朝乃山と番記者が一緒に“深夜外出した”問題…他紙デスクに聞く「番記者の関係は近すぎたのか?」(佐藤祥子)” (日本語). Number Web - ナンバー(2021年7月10日). 2021年8月26日閲覧。
  70. ^ 大関・朝乃山と番記者が一緒に“深夜外出した”問題…他紙デスクに聞く「番記者の関係は近すぎたのか?」(佐藤祥子) 4/4” (日本語). Number Web - ナンバー(2021年7月10日). 2021年8月30日閲覧。






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