スコッチ・ウイスキー 歴史

スコッチ・ウイスキー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/07 16:26 UTC 版)

歴史

起源

ウイスキーの製法がスコットランドに伝わった時期は定かでないが、遅くとも12世紀から13世紀にかけてという見解が有力である[24]。製法の要の一つである蒸留技術はアイルランドからキリスト教とともに伝来したとされ[25]パトリキウスによってもたらされたとする言い伝えもある[26]

スコットランドにおけるウイスキーに関する現存する最も古い記録は、1494年のスコットランド財務省の記録で、「修道士ジョン・コーに8ボル[† 3]のモルトを与え、アクアヴィテ(aqua vitae)を造らしむ」という内容である[29]。アクアヴィテ[† 4]ラテン語で「生命の水」という意味で、これをゲール語で表すと「ウシュクベーハ」(uisge beatha、ウシュクは水、ベーハは生命の意)となり、そこから「ウイスキー」という英語が生まれた[31]。ウイスキーという単語に関する最古の記録は1736年にスコットランド人が書いた手紙で、1755年には英語辞典に登場した[32]。当初スコッチ・ウイスキーは薬酒として修道院が独占的に製造していたが、16世紀に宗教改革が起こり修道院が解散したことで蒸留技術が農家など民間に広まり[31]、余剰生産された大麦の換金および保存の手段として製造が盛んになった[33]。この時期のスコッチ・ウイスキーには熟成の工程がなく、蒸留したばかりの無色透明の液体が飲まれていた[34]

密造時代

ジョージ4世

1644年、スコットランド王国においてウイスキーに対する課税が始まった[33]。1707年、スコットランド王国がイングランド王国と合同し、スコットランドは新たに成立したグレートブリテン王国の一部となった[35]1725年にウイスキーに対する課税が大幅に強化され(一説には15倍になったともいわれ、目的は対仏戦争の戦費の捻出にあった[35])。取締りに当る収税官がイングランド人だったこともあって、スコットランド人の反イングランド感情を刺激した[36]。生産者の多くはこれに対抗して密造を行うようになった[33]。皮肉なことに品質は密造ウィスキーが正規業者の製品を凌駕した[37]。密造はハイランド地方の山奥で盛んに行われた[33]ジャコバイトによる反乱が鎮圧された後はその残党が加わって規模が拡大し[38]1823年に酒税法が改正され税率が引き下げられるまで続いた[39]。この改正を巡っては、当時のイギリス国王ジョージ4世が腕利きの密造業者ジョージ・スミス製造のウイスキー「ザ・グレンリベット」を愛飲したため、王が密造酒を好むことがあってはならないと判断した側近が密造の原因を断つべく税率の引き下げを決断したとも伝えられている[40]。酒税法改正後、ジョージ・スミス経営のザ・グレンリベット蒸留所1824年)を皮切りに次々と政府公認の蒸留所が誕生した。その数は1820年代だけでおよそ250に上り、一方密造の摘発件数は激減した[41]。なお、ウイスキーの密造が本格化した1710年代頃から、税率が大幅に引き下げられる1820年代までの間に、スコットランドで消費されたウイスキーの半分以上が密造酒であったという説もある [42]

地図の濃い緑がハイランド地方、薄い緑がローランド地方

製法の多くは、密造時代に確立された。たとえば密造酒である以上販売の時期を選ぶことができなかったため、生産者は機会が到来するまでウイスキーを樽に入れて保管することにした。その結果長期間樽の中に入れられたウイスキーが「琥珀色をした芳醇でまろやかな香味をもつ液体」へと変貌を遂げることが発見され、蒸留したウイスキーを樽の中で熟成させる工程が製造法に加わることとなった[43][34]。また、大麦麦芽を乾燥させるための燃料には、他に選択がないという理由でピート(泥炭)が使われた[44]。さらに小さな単式蒸留器(ポット・スチル)を用いて2回蒸留する製法も、この時代に考案された[45]

連続式蒸留機の発明とスコッチ・ウイスキーの多様化

1826年、スコットランド人のロバート・スタインが連続式蒸留機を発明。これを改良したアイルランド人のイーニアス・コフィーが1831年に特許を取得した[46][47]。連続式蒸留機はコフィーの名をとってコフィー・スチル、あるいは特許を意味する英語パテントからパテント・スチルと呼ばれるようになった[47]。それまで用いられていた単式蒸留器では蒸留が終わる度に発酵もろみを投入するのに対し、連続式蒸留機では連続的に蒸留を行うことができた[48]。連続式蒸留機の登場でウイスキーの大量生産が可能となった[47]エジンバラグラスゴーなどローランド地方[† 5]の生産者は連続式蒸留機を積極的に活用し、さらに原料をトウモロコシなど、大麦麦芽より安価な穀物に切り替えた[† 6]。こうしてグレーンウイスキーが誕生した[12]。一方、ハイランド地方[† 5]の生産者は連続式蒸留機を採用せず、従来通り大麦麦芽を原料とし、単式蒸留器を使って蒸留する製法を維持した[12]。この製法によるスコッチ・ウイスキーをモルトウイスキーという。1853年エジンバラの酒商アンドリュー・アッシャーが、熟成年が異なるウイスキーを混ぜ合わせることを考案[51]。その後1860年に、それまで異なるウイスキーを混合させてはならないと定めていた法律が改正され、保税貯蔵庫内であれば混合が可能となったことで、モルトウイスキーとグレーンウイスキーを混合したブレンデッドウイスキーと呼ばれるスコッチウイスキーが誕生した[51]。ブレンデッドウイスキーの考案以降、「スコッチの歴史はブレンデッドの歴史」と評される[45]

繁栄と停滞

1870年代から1880年代にかけ、ヨーロッパではフランスのブドウフィロキセラと呼ばれる虫によって壊滅的な被害を受け、ブドウを原料とするワインとそれを蒸留して造られるブランデーの生産が不可能となった。これをきっかけにブレンデッドウイスキーはロンドンの上流・中産階級に飲まれるようになり[52]、さらにイギリス帝国全域に普及していった[53]。1877年にグレーンウイスキー業者6社が設立したDCL社(現・ディアジオ[54])はスコッチ・ウイスキーの輸出を推し進め、ワインとブランデーの流通が再開するまでの間に世界各地に市場を確立することに成功した[55]。1890年代はスコッチ・ウイスキーの第1の繁栄期と評されるが、蒸留所の建設が相次ぎ生産過剰となったことで1898年にブレンド会社大手のパティソンズ社が倒産。その影響が業界全体に波及したことで繁栄期は終わりを迎えた[56][57]。なお19世紀後半にはガラス製品の大量生産が可能になったことにより、ウイスキーを詰める容器としてガラス瓶が定着するようになった[58]

1905年にロンドンイズリントン地区の裁判所がグレーンウイスキーおよびそれを混ぜて作られたブレンデッドウイスキーはスコッチ・ウイスキーではないとする判断を下し生産者に衝撃を与えたが、1908年から1909年にかけて生産者の要求で開かれた王立委員会においてグレーンウイスキーおよびブレンデッドウイスキーもスコッチウイスキーであるという結論が出された[59]前述したスコッチウイスキー法におけるスコッチ・ウイスキーの定義は、この時の結論を引き継ぐ形で定められている[60]

ウイスキーを入れる容器の蓋には長らくコルク栓が用いられていたが、ワインと異なり瓶の中で熟成することがなく、また開栓後すぐに飲みきれるわけではないウイスキーには不向きであった。1913年、ウィリアム・ティーチャーズ社が木製頭部付きのコルク栓を、1926年にホワイトホース社が金属製のスクリューキャップ(: Screw cap)を発明。この2つの発明により、ウイスキーの売り上げは飛躍的に伸びたといわれている[61]。しかしながら同時期に2度の世界大戦世界恐慌、さらにアメリカで施行された禁酒法により被った損害も大きく、多くの蒸留所が閉鎖を余儀なくされた[62]

第2の繁栄期

第二次世界大戦において、イギリスはウイスキーの輸出を積極的に推し進めた。その結果アメリカ兵がスコッチ・ウイスキーを愛飲するようになり、アメリカ経済が好況を迎えた1950年代から1960年代にかけて消費量が増大した。1980年代には消費量が低迷したものの、2000年代初頭においてはシングルモルトが好調である[63]

スコッチ・ウイスキーはイギリスにとって5大輸出品目の一つであり、その輸出規模はおよそ200か国、6000億円を数える(スコッチ・ウイスキーのうちイギリス国内で消費されるのは1割に満たない[64])。輸出されるスコッチ・ウイスキーの種類を見ると、1990年代前半には約95%をブレンデッドウイスキーが占めていたが、2000年代後半にはシングルモルトの占める割合が15%を超えるようになった[4]

2010年代に入ると、年代物のスコッチ・ウイスキーが高値で取引され始めた。2018年香港で行われたオークションの例では、60年物のザ・マッカラン2本が200万ドル以上の価格で落札されている[65]




注釈

  1. ^ 世界5大ウイスキーとはスコッチ・ウイスキーとアイリッシュ・ウイスキーアメリカン・ウイスキーカナディアン・ウイスキージャパニーズ・ウイスキーをいう[1][2]
  2. ^ 本来は10数種類の混合で足りるが、ある蒸留所のウイスキーが入手できなくなった場合に備えて他の蒸留所で製造された同質のウイスキーも確保するため、種類が増えることになる[16]
  3. ^ 土屋守によると1.2kg[27]、吉村宗之によると500kgに相当[28]
  4. ^ アクアヴィテは蒸留酒全般を指す言葉であり、アクアビットブランデーを指すフランス語「オードヴィー」の語源でもある[30]
  5. ^ a b ダンディー - グリーノック間の想定線以北がハイランド地方、以南がローランド地方である[49]
  6. ^ 土屋守は、1846年穀物法が廃止され穀物の輸入が自由化されたことによる影響を示唆している[50]
  7. ^ スコットランドにおける大麦の収穫期は8月末から9月中旬にかけてである[72]
  8. ^ 伝統的な製法では、ピートのみを燃料として乾燥が行われる。キャンベルタウンのスプリングバンク蒸留所が製造するロングロウはこの製法を採用している唯一のスコッチ・ウイスキーである[82]
  9. ^ スモーキーフレーバーの成分は揮発性フェノール化合物を中心に形成されている[84]
  10. ^ 自家製麦を行っている蒸留所として、アイラ島のラフロイグ、ボウモア、キャンベルタウンのスプリングバンク、オークニー島のハイランドパーク、スペイサイドのバルヴィニー、ベンリアック、東ハイランドのグレンドロナックなどが挙げられる[86]
  11. ^ モルトスターへの外注が始まったのは1960年代から1970年代にかけてである[87]
  12. ^ マッシュタンの素材としては鋳鉄ステンレスなどがある[91]
  13. ^ ただし、熟成終了後の加水には蒸留水を用いるのが一般的である[99]
  14. ^ ウイスキーの発酵において、酵母の増殖に適した温度は20℃ないし35℃である[109]
  15. ^ スピリッツセーフは、再留を終えた蒸留液が課税対象となることから設置された装置で、蒸留液を無断で取り出すことができないよう施錠されている[142]
  16. ^ 冷却器には、水の入った桶の中に通された渦巻状のパイプの中を蒸気が進み冷却されるワームタブ方式のものと、円筒形の装置の中に通されたチューブの中を冷水が流れ、その表面に蒸気が触れることで冷却されるシェル&チューブ方式のものとがあり、2000年代初頭においては設置場所をとらず使用する冷水の量が少ないシェル&チューブ方式が主流である[143]
  17. ^ 20年熟成させると約55%、50年熟成させると約40%に低下するとされる[171]
  18. ^ 実際には樽が手作りであることから、若干のバラツキが出る[188]
  19. ^ 吉村宗之は、「加水すると、風味のバランスは向上するよりも崩れることのほうが圧倒的に多い」、「風味のデリケートなスコッチウイスキーでは、水で薄められると簡単に消えてしまう味や香りもある」と述べている[239]

出典

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  6. ^ かつては、グレート・ブリテンにおいては、2009年スコッチ・ウイスキー規則第2条第(1)項により廃止された1998年スコッチ・ウイスキー法(Scotch Whisky Act 1988)(スコットランドにおけるスコッチ・ウイスキー以外のウイスキーの製造禁止、スコッチ・ウイスキーでないスピリッツをスコッチ・ウイスキーと称して販売することの禁止等を定めた法律) 第3条第(1)項および同条第(2)項に基づいて制定された1990年スコッチ・ウイスキー令 (The Scotch Whisky Order 1990)第3条により定義されており、北アイルランドにおいては、同規則第2条第(2)項により廃止された1988年スコッチ・ウイスキー(北アイルランド)令(The Scotch Whisky(Northern Ireland) Order 1988)(スコッチ・ウイスキーでないスピリッツをスコッチ・ウイスキーと称して販売することの禁止等を定めた行政委任立法たる北アイルランド枢密院勅令)第2条第(2)項および同条第(3)項に基づいて制定された北アイルランドの保険・社会サービス省令において定義されていた。
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