ジョージア (国) 地方行政区分と主要都市

ジョージア (国)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/27 16:36 UTC 版)

地方行政区分と主要都市

中央政府の支配が及んでいない「アブハジア共和国」(緑色)と「南オセチア共和国」(紫色)

行政区画は、2つの自治共和国(アブハジア、アチャラ)を含む11の地方(レギオニ)からなり、さらに66の地域(ライオニ)に分かれる[81]。国内には、北西部にアブハジア(首都:スフミ)、南西部にアジャリア(首都:バトゥミ)の2つの自治共和国があるが、アブハジアはジョージア政府の統制は及んでおらず、事実上、独立した状態となっている。

また、シダカルトリ地区とその周辺は歴史的に南オセチアといわれるオセット人多住地域である。ソビエト連邦に属したグルジア・ソビエト社会主義共和国時代にはシダカルトリ地区北半とその周辺を領域とする「南オセチア自治州」が置かれていたが、ソ連邦解体による独立後は消滅。1992年のオセチア紛争以降、オセット人が自治権を要求して中央政府非公認で再び「南オセチア自治州」を樹立した。同自治州が独立の意向を明確にした後は「南オセチア共和国」(首都:ツヒンヴァリ)と名乗っており、アブハジアと同様に一部の地域を除きジョージア政府の統制は及んでいない。

地理

ジョージア全土の地図

東ヨーロッパ[3][4]、もしくは西アジアに区分される[82]。独立当初から一貫して欧州連合(EU)への加盟を志向しているのをはじめ、ヨーロッパオリンピック委員会(EOC)に加盟するなど、政治やスポーツ関連の国際組織では東ヨーロッパに区分されることが多い。こうした事情はトルコアルメニアキプロスイスラエルなどに近いものと言える。

アジアに区分される事例としては、tz databaseで"Asia/Tbilisi"としてタイムゾーン(UTC+4)が設定されているジョージア時間が挙げられる。また、アジア開発銀行には「地域内メンバー」として加盟している[83]

地理概況・地勢

東経40 - 47度、北緯41 - 44度に位置するジョージアは、コーカサス山脈を中心に国土の大部分が山岳地帯である。最高峰はシュハラ山(標高5,201メートル)。200キロ離れたカズベギ山(標高5,074メートル)が第2の高山で、唯一の火山である。この間に2,100もの氷河がある。コーカサス山脈に沿ってロシア連邦と723キロの国境を接し、クラスノダール地方カラチャイ・チェルケス共和国カバルダ・バルカル共和国北オセチア共和国イングーシ共和国チェチェン共和国などロシアの民族共和国と接する。そのためジョージアは古くから紛争の影響を受けやすく、アブハジア自治共和国南オセチア自治州、パンキシ渓谷など中央政府の支配権の及ばない地域がある(下表参照)。特にチェチェン共和国と接するパンキシ渓谷は、チェチェン人ゲリラの巣窟となり中央政府の統治が行き届かない時期も存在した[84]

ジョージアは中部のリヒ山脈によって東西に分けられ、東部は歴史的にイベリアと呼ばれた一方、西部はコルキスと呼ばれていた。また山脈は、北部地域のスヴァネティを分けている。またこれらの山脈を源としてリオニ川クラ川(ムトゥクヴァリ)などの主要な河川がある。クラ川の源流域やチョロフ川の流れる一帯が歴史的な西南ジョージア(メスヘティ)であり、統一王朝発祥の地として知られる。クラ河岸に古都ムツヘタ、現首都トビリシなど、東ジョージアの諸都市が発展した。

アブハジアにあるボロニア洞窟は世界でもっとも深く、深度2,140メートルに達する。

気候

スヴァネティはジョージア北西部に位置する歴史的な地域名である

山岳地帯が多いため、国土面積のわりに気候は多様である。標高5,000メートルを超えるコーカサス山脈がロシアからの寒気団を遮断する役割を担っているため、国土の大半は比較的温暖で、ケッペンの気候区分温暖湿潤気候に属する(かつてのソ連邦構成国の中では唯一、柑橘類を収穫できた)。黒海沿岸部はもっとも温暖で、その気候を生かしたグルジアワインの生産地として有名である。山岳地帯は多雨地帯で、降水量は4,000ミリ以上、冬場の積雪は2メートルに達する。首都トビリシなどが位置する東部はより大陸性気候に近くなり、年間降水量は400 - 1,600ミリ程度と、西部に比べると比較的乾燥していて、冬の寒さはより厳しくなる。

各州・各共和国の概況

アブハジアと南オセチアについては、内戦の結果、事実上ジョージアより独立しており、2015年10月時点で4か国(ロシア連邦、ベネズエラニカラグアナウル)によってそれぞれ、主権国家「アブハジア共和国」「南オセチア共和国」として承認されている[39]

政府名 首都 面積 人口 民族 宗教 2016年現況

ジョージア
トビリシ 7.0万km2 430.5万人  —

アジャリア自治共和国
バトゥミ 2,900km2 39.3万人
  • ジョージア人(グルジア人) 93.4%
    (大部分がイスラームを
    信仰するアジャール人)
  • ロシア人 2.4%
  • アルメニア人2.3%
イスラーム ジョージアの直轄統治

アブハジア自治共和国
スフミ 8,665km2 24.0万人
  • アブハズ人 50.7%
  • アルメニア人 19.2%
  • ジョージア人(グルジア人) 17.4%
  • ロシア人 9.1%
キリスト教、スンナ派イスラーム 事実上ジョージアより独立
(4カ国が国家承認)

南オセチア自治州
ツヒンヴァリ 3,900km2 5.1万人
  • オセット人 64.3%
  • ジョージア人(グルジア人) 25.0%
  • ロシア人 2.8%
  • アルメニア人 1.2%
オセット人はキリスト教(正教)主体 事実上ジョージアより独立
(4カ国が国家承認)

環境

同国は環境汚染等の深刻な汚染問題を抱えている一面がある。ジョージア国は他の旧ソ連構成国と同様、環境への影響をほとんど考慮せずに実施された重工業を強調する経済政策が元で、ソビエト時代よりも深刻な環境悪化に見舞われている[85]

1990年代後半から2000年代初頭にかけて、生産量と経済発展が低かったことから産業廃棄物は大幅に減少していたが現在、産業廃棄物処理施設が整えられていない為に、発生した廃棄物は適切な処理をせず自然環境下へその侭で廃棄されている。

また、1980年代にソ連構成国として機能していた当時のジョージア国では年間最大30,000トンの農薬が使用されてきた為、過剰なまでの農薬と肥料の使用は土壌毒性を強めてしまう結果となった。

さらに土地の侵食により、かなりの量の農地が失われた他、管理が不十分な埋め立て地へ都市ごみが処分されたり 同国の山地に2.5トン以上の有害化学物質が今も埋められた侭となっているなど環境保全における姿勢が整っていない点から、国内各地からは「早く対策を立てて実施しなければ土壌の悪化がますます酷くなる」旨の意見ならび危険性を指摘する声が多数上がっている。

大気汚染は主要都市に見受けられ、特に巨大な製鉄所が存在しその他の金属加工ならび化学薬品の生産を進めているルスタヴィで問題となっている。交通も、大気汚染の大きな要因と一つとなっている他、クラ川と黒海は産業廃棄物でひどく汚染されている現状が続く。

加えて水質汚染処理不足が元で、ジョージア国においては消化器疾患の発生率が高いことが指摘されている。

なお、ジョージア国環境天然資源保護省英語版は、同国における農地の35%が劣化していると発表している。

経済

IMFの統計によると、2013年のジョージアのGDPは161億ドルである。一人当たりのGDPは3,597ドルで、世界平均の約40%未満の水準にある[2]

ジョージア経済は伝統的に、黒海観光、柑橘類、ブドウの生産を中心としてきた。ソビエト連邦時代には黒海沿岸は有数の保養地になり、観光業が盛んだった。また、ブドウなどを利用してワインやコニャック製造などの食品加工業。マンガンの採鉱と、これに付随して金属、機械類、化学薬品や織物を生産する工業部門も発達していた。

BTCパイプラインと南コーカサスガスパイプライン

独立前後からの内戦などの混乱により経済は壊滅的な打撃を受け、国内総生産(GDP)は1994年には1991年の34.9%にまで低下したが、IMF世界銀行の支援の元で市場経済の導入が進められ、1995年以来GDPは増加に転じ、一方でインフレを抑制し本質的な経済収益を得た。しかしジョージア経済は、徴税の失敗により大幅な財政赤字を経験し続けた。さらにエネルギー不足に苦しんだため、1998年に配電事業を民営化し、これによりエネルギー事情は確実な改善が見られた。政府は長期的な経済回復に対する望みを、ポティバトゥミなどの重要な港湾を通る国際的な輸送回廊の開発にかけている。膨らむ貿易赤字、腐敗の問題や不安定な政治状況は、経済情勢を短期的に不透明にさせている。しかしながら、復活した投資は、2000年に、経済成長におそらく6%以内の拍車をかけたと思われる。

自国内で供給できるエネルギーはほとんどが水力発電のみで、天然ガス石油を含むエネルギーの大部分はアゼルバイジャンから輸入する。

ジョージアはアゼルバイジャンにとって原油と天然ガスの重要な輸出ルートである。バクー・トビリシ・ジェイハンパイプライン(BTCパイプライン)および並走するサウス・コーカサスパイプラインを通って大量の原油がトルコ地中海沿岸に達し欧州へ輸出される。また、ジョージアへの原油供給パイプラインには、ほかにバクー・スプサパイプラインがあり、スプサにはアゼルバイジャンが黒海から輸出する基地がある。

ジョージア政府は外国からの観光客誘致に力を入れている。2017年に同国を訪れた旅行者は約600万人と、10年間で6倍に増えた。キリスト教会堂など歴史的建築物の修復、94か国・地域を対象とした入国ビザ免除などが奏功している[86]




注釈

  1. ^ 両者ともスペイン語では"Georgia"(ヘオルヒア)、フランス語では"Géorgie"(ジェオルジ)である。
  2. ^ ジョージア州はジェームス・オグルソープ植民地の設立勅許を与えたイギリス王ジョージ2世から命名された。
  3. ^ コートジボワールの外名変更を受諾する以前の1981年には、ローマ法王庁が「教皇庁」への表記変更を申請したが「日本における各国公館の名称変更はクーデターなどによる国名変更時など特別な場合以外認められない」の理由で拒絶している(教皇#日本語および各国語での呼称 を参照)。

出典

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