ザカリー・テイラー ザカリー・テイラーの概要

ザカリー・テイラー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/31 01:40 UTC 版)

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ザカリー・テイラー
Zachary Taylor


任期 1849年3月4日[1]1850年7月9日
副大統領 ミラード・フィルモア

出生 1784年11月24日
アメリカ合衆国 バージニア州バーバーズビル
死去 (1850-07-09) 1850年7月9日(65歳没)
アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
政党 ホイッグ党
配偶者 マーガレット・テイラー
子女 アン・マッコール・テイラー
サラ・ノックス・テイラー
オクタヴィア・パニル・テイラー
メリー・スミス・テイラー
メリー・エリザベス(テイラー)ブリス
リチャード・テイラー
署名
ザカリー・テイラー
Zachary Taylor
所属組織 アメリカ合衆国
アメリカ陸軍
軍歴 1808年 - 1848年
最終階級 少将
除隊後 アメリカ合衆国大統領
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テイラーは「オールド・ラフ・アンド・レディ」(老暴れん坊)として知られており、陸軍での40年の経歴を持つ。米英戦争ブラック・ホーク戦争第二次セミノール戦争米墨戦争に従軍した。大統領として、テイラーは奴隷制度の問題に対して穏健な姿勢を取り、政治は議会に任せ、自分は法を実施すればよいという姿勢を示したことで、南部からの反感を買った。テイラーはニューメキシコカリフォルニアの移民に州としての憲法を起草するよう訴えた。そして、1850年協定の成立の準備を行った。テイラーは就任からちょうど16ヶ月目に死去し、史上3番目に在任が短い大統領となった。テイラーのその死因は胃腸炎だと考えられる。テイラーの後は副大統領のミラード・フィルモアが大統領に昇格した。

生い立ち

ザカリー・テイラーは1784年11月24日バージニア州オレンジ郡の農場で[2] [3][4]、農園主のリチャード・テイラーとサラ・ストローザー[5]夫妻の間に生まれる。9人兄弟の3人の息子の中で末っ子であった[2]。父親のリチャードはアメリカ独立戦争時にジョージ・ワシントンと共に戦った[3]。テイラーはメイフラワー誓約に署名したピルグリム・ファーザーズの1人、ウィリアム・ブリュースターの子孫であった[6][7][8][9]。テイラーはまた、第4代大統領のジェームズ・マディソンのまた従兄弟であり、フランクリン・ルーズベルトロバート・E・リーが血縁関係にあった[10]ジェファーソン・デイヴィスは義理の息子になる。幼少期はケンタッキー州ルイビルの辺境地で丸太小屋に暮らし、家族が増えるにつれてレンガ造りの家で暮らすようになった[4]。テイラーは7人の兄弟と共に暮らし、父親は1800年までに10,000エーカー (40 km2) の土地と26名の奴隷を所有した[4]。ケンタッキーの辺境地には学校が存在せず、テイラーは父親と時々雇われた家庭教師から基礎的な教育しか受けなかった[2]。テイラーは学業に優れなかったと伝えられ、テイラーの筆跡、スペル、および文法は「生涯粗雑で土臭い」ものだったとされる[4]。テイラーは成長すると、軍に加わると決心した[4]

軍歴

1808年5月3日、テイラーは陸軍に入隊した。いとこであるジェームズ・マディソンから第7歩兵連隊中尉に任官された。テイラーはインディアナ準州に配属され、1810年11月には大尉に昇進した。フォート・ノックスの司令官が逃亡、テイラーはその司令官となり1814年まで指揮を行った[11]

米英戦争でテイラーはフォート・ハリソンを指揮し、テクムセ指揮するショーニー族と戦った[2]。テイラーはこの戦いの功績で戦時少佐に昇進し[2]、ワイルドキャット・クリークの戦いの間、第7連隊を指揮した。

1808年に中尉としての任務から始まり、米英戦争1812年 - 1815年)、ブラック・ホーク戦争1832年)および第二次セミノール戦争(1835年 - 1842年)と相次いで戦った。これらの戦争でテイラーはインディアンを次々と「虐殺する」という戦功を上げ、その都度昇進を重ねた。

ジェームズ・ポーク大統領は、1846年にリオグランデ砦へテイラーを派遣した。メキシコ軍がテイラーの軍勢を攻撃した時、テイラーは4対1と数で圧倒されていたにもかかわらず、メキシコ軍を破った。ポークはメキシコに対して宣戦布告した。宣戦布告と同時にテイラーはリオ・グランデ川を渡り、緒戦でメキシコ軍に勝利した後も大統領令を無視して、メキシコ領奥深くへ進撃。メキシコ軍の主力を降して、凱旋した。


  1. ^ Taylor's term of service was scheduled to begin on March 4, 1849, but as this day fell on a Sunday, Taylor refused to be sworn in until the following day. Vice President Millard Fillmore was also not sworn in on that day. Most scholars believe that according to the U.S. Constitution, Taylor's term began on March 4, regardless of whether he had taken the oath or not.
  2. ^ a b c d e Whitney, David C; Robin Vaughn Whitney (1993). The American Presidents. The Reader's Digest Association. p. 101. ISBN 1-56865-031-0 
  3. ^ a b Connor, Seymour V. “Grolier Multimedia Encyclopedia: Taylor, Zachary”. Grolier Multimedia Encyclopedia. 2010年10月20日閲覧。
  4. ^ a b c d e Zachary Taylor: Life Before the Presidency”. Miller Center of Public Affairs. 2009年1月12日閲覧。
  5. ^ Joyce, C. Alan (2009). The World Almanac and Book of Facts. NY: World Almanac Books. p. 520. ISBN 978-1-60057-105-3 
  6. ^ Jones, 251
  7. ^ Jones, 252
  8. ^ Jones, 253
  9. ^ Johnson, Caleb (2007年). “Famous Descendants of Mayflower Passengers – Mayflower Ancestry of Zachary Taylor”. 2010年3月10日閲覧。
  10. ^ Hamilton, Holman. “Encyclopedia Americana: Taylor, Zachary”. Encyclopedia Americana. 2008年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年1月12日閲覧。
  11. ^ * Allison, Harold (©1986, Harold Allison). The Tragic Saga of the Indiana Indians. Turner Publishing Company, Paducah. pp. 89–90. ISBN 0-9380-2107-9 
  12. ^ Holt, Michael. “Zachary Taylor: Death of the President”. millercenter.org. Charlottesville, Virginia: Miller Center of Public Affairs, University of Virginia. 2021年10月18日閲覧。
  13. ^ Bauer, pp. 314–316.
  14. ^ 左からジョンソン司法長官メレディス財務長官プレストン海軍長官、テイラー大統領クロウフォード陸軍長官コラマー郵政長官ユーイング内務長官クレイトン国務長官
  15. ^ a b c 『アメリカ大統領を読む事典』宇佐美滋著、講談社+α文庫 pp282-285。
  16. ^ 『アメリカ大統領を読む事典』宇佐美滋著、講談社+α文庫、p225、p285。
  17. ^ The height differences between all the US presidents and first ladies ビジネス・インサイダー
  18. ^ 『アメリカ大統領を読む事典』宇佐美滋著、講談社+α文庫 pp284-285。


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