サンスクリット サンスクリットの概要

サンスクリット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/08 02:04 UTC 版)

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サンスクリット
संस्कृतम्
Saṃskṛtam
デーヴァナーガリーで記された「サンスクリット」
発音 IPA: [ˈsɐ̃skr̩tɐm] ( 音声ファイル)
話される国 南アジア
東南アジアの一部
話者数 24,821人(インド、2011年)[1]
1,669人(ネパール、2011年)[2]がサンスクリットを母語とすると回答している。
言語系統
初期形式
表記体系 デーヴァナーガリー
をはじめとした、さまざまなブラーフミー系文字で記述される[3]
少数言語としての承認 インド
言語コード
ISO 639-1 sa
ISO 639-2 san
ISO 639-3 san
Glottolog sans1269[4]
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デーヴィー・マーハートミャ』の現存する最古の複製。11世紀ネパールで、ブジモール英語版という書体を使って書かれており、椰子の葉からできている (貝葉)。

サンスクリットは「正しく構成された(言語、雅語)」を意味し[6]、この単語それ自体でこの言語を意味するが、言語であることを示すべく日本ではサンスクリット語とも呼ばれる。ただし、この言語が「サンスクリット」と呼ばれるようになったのが確認できるのは5世紀から6世紀ごろのことである[7]

漢字表記の梵語(ぼんご)は、中国や日本など漢字文化圏でのサンスクリットの異称。日本では近代以前から、般若心経など、サンスクリットの原文を漢字で翻訳したものなどを通して梵語という呼称が使われてきた。梵語とは、サンスクリットの起源を造物神梵天ブラフマー)とするインドの伝承を基にした言葉である。

歴史

サンスクリットはインド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派インド語群に属する古代語である。

リグ・ヴェーダ(最古部は紀元前1500年頃)をはじめとするヴェーダ文献に用いられていたヴェーダ語をその祖とする。ヴェーダ語の最古層は、インド・イラン語派イラン語群に属する古典語であるアヴェスター語のガーサーの言語(古アヴェスター語)と非常に近い。

ヴェーダ語は紀元前5世紀から紀元前4世紀パーニニがその文法を規定し[8]、体系が固定された[9]。その後、彼の学統に属するカーティヤーヤナおよびパタンジャリがこの理論の補遺及び修正を行い、最終的に整備された[10]。この3人、とくにパタンジャリ以後の言語は古典サンスクリットと呼ばれる[11]。古典サンスクリット成立後も、5世紀のバルトリハリなどの優れた文法学者が輩出し、文法学の伝統は続いていった[12]

パーニニの記述からはサンスクリットが北インドの広い領域で使用されていたことがうかがえるが[13]、この時期にはすでにサンスクリットは文語化しており、インド各地の地方口語(プラークリットと呼ばれる)が用いられるようになっていた[14]紀元前3世紀マウリヤ朝アショーカ王によって刻まれたインド現存最古の碑文であるアショーカ王碑文はサンスクリットでなくプラークリットで刻まれており、また上座部仏教(南伝仏教)の仏典もプラークリットに属するパーリ語で記されている[15]のは、この言語交代が当時すでに起こっていたことを示している。しかしサンスクリットは典礼言語として定着しており、宗教(ヒンドゥー教・仏教など)・学術・文学等の分野で幅広く長い期間にわたって用いられた。こうしたサンスクリット文化の伝承者はおもにパンディットと呼ばれる学者であり、彼らは膨大な文章の暗記を行い、それを読誦し、口伝によって後世へと伝えていった[16]

グプタ朝ではサンスクリットを公用語とし[17]カーリダーサなどに代表されるサンスクリット文学が花開いた[18]。この時期には碑文は完全にプラークリットからサンスクリットで刻まれるように変化しており[19]、また7世紀ごろには外交用語として使用されるようになっていた[20]。10世紀末のガズナ朝以降、デリー・スルターン朝ムガル帝国といった、北インドで交代を繰り返した中央アジア起源のインド王朝はペルシア語を公用語としたが、この時期にもサンスクリットの学術的・文化的地位は揺らぐことはなかった[21]

13世紀以降のイスラム王朝支配の時代(アラビア語ペルシア語の時代)から、大英帝国支配による英語の時代を経て、その地位は相当に低下したが、今でも知識階級において習得する人も多く、学問や宗教の場で生き続けている。1972年にデリーで第1回国際サンスクリット会議が開かれたが、討論から喧嘩までサンスクリットで行われたという。また、従来はサンスクリットは男性が使うものであったが、現代では女性がサンスクリットを使うようになってきている[22]

インドで実施される国勢調査においては現代でもサンスクリットを母語として申告する人びとが少数ながら存在し、2001年にはインドで1万4135人が[23]、2011年にはインドで24,821人[1]、ネパールで1,669人[24]がサンスクリットを母語とすると回答しているが、日常語として使用されているかについては疑問が呈されている[25]

ただし日常語としての使用はなくともサンスクリット自体はいまだに生きている言語であり、インドではヴァーラーナシーはじめ数か所にサンスクリットを教授言語とする大学が存在する[26]ほか、テレビでもサンスクリットによるニュース番組が存在し[27]、サンスクリットの雑誌も発行されており[28]、さらにサンスクリット語映画も1983年から2019年までの間に8本製作されている。

音声

多くの古代語と同様、サンスクリットが古代にどのように発音されていたかは、かならずしも明らかではない。

母音には、短母音 a i u、長母音 ā ī ū e o、二重母音 ai au がある。e o がつねに長いことに注意。短い a は、[ə] のようなあいまいな母音であった。ほかに音節主音的な r̥ r̥̄ l̥ があったが、現代ではそれぞれ ri rī li のように発音される。r̥̄ l̥ は使用頻度が少なく、前者は で終わる名詞の複数対格属格形(例:pitr̥̄n 「父たちを」)、後者は kl̥p- 「よく合う、適合する」という動詞のみに現れる。

音節頭子音は以下の33種類があった。

両唇音
唇歯音
歯音
歯茎音
そり舌音 硬口蓋音 軟口蓋音 声門音
破裂音
破擦音
無気音 p b t d ṭ ḍ c j k g
帯気音 ph bh th dh ṭh ḍh ch jh kh gh
鼻音 m n (ñ) ()
摩擦音 s ś h [ɦ]
半母音 v r y
側面音 l

そり舌音が発達していることと、調音位置を等しくする破裂音に無声無気音・無声帯気音・有声無気音・有声帯気音の4種類があることがサンスクリットの特徴である。このうち有声帯気音は実際には息もれ声であり、これらの音は現在のヒンディー語などにも存在する。ヴェーダ語には、ほかに もあった。リグ・ヴェーダでは、 は母音に挟まれたときの の異音として現れる。

c ch j jh は破裂音 [c cʰ ɟ ɟʱ] であったとする説と[29]破擦音であったとする説がある[30]。現代では破擦音として発音する。ñ([ɲ]) と ([ŋ]) は、つづりの上ではほかの鼻音と区別して書かれるが、音韻的には n の異音とみなされる。

音節末のみに立つ子音としては、同器官的な鼻音、アヌスヴァーラ)と 無声音[h]ヴィサルガ)がある。

ヴェーダ語は高低アクセントを持ち、単語によりアクセントの位置が定まっていた。古典時代のアクセントは不明である。現代においては、後ろから4音節め(単語が4音節未満なら先頭)に強勢があり、ただし後ろから2番目さもなくば3番目の音節が長い(長母音・二重母音を含む音節、または閉音節)場合、その音節に強勢が置かれる。


  1. ^ a b https://www.pratidintime.com/latest-census-figure-reveals-increase-in-sanskrit-speakers-in-india/
  2. ^ National Population and Housing Census 2011 (Report). 1. Kathmandu: Central Bureau of Statistics, Government of Nepal. (November 2012). オリジナルの28 December 2013時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131228224120/http://unstats.un.org/unsd/demographic/sources/census/2010_PHC/Nepal/Nepal-Census-2011-Vol1.pdf. 
  3. ^ "http://aboutworldlanguages.com/sanskrit"
  4. ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Sanskrit”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/sans1269 
  5. ^ 「世界地誌シリーズ5 インド」p20 友澤和夫編 2013年10月10日初版第1刷 朝倉書店
  6. ^ 『聖なる言葉を巡る思索』p202 尾園絢一(「インド文化事典」所収)インド文化事典製作委員会編 丸善出版 平成30年1月30日発行
  7. ^ 「サンスクリット」p45 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  8. ^ 「サンスクリット」p26 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  9. ^ 「サンスクリット」p43 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  10. ^ 「サンスクリット」p42 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  11. ^ 「サンスクリット」p7-8 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  12. ^ 『聖なる言葉を巡る思索』p203 尾園絢一(「インド文化事典」所収)インド文化事典製作委員会編 丸善出版 平成30年1月30日発行
  13. ^ 「サンスクリット」p30-31 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  14. ^ 「サンスクリット」p31 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  15. ^ 「ビジュアル版 世界言語百科 現用・危機・絶滅言語1000」p251 ピーター・K・オースティン 著 澤田治美監修 柊風舎 2009年9月20日第1刷
  16. ^ 「サンスクリット」p90-91 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  17. ^ 辛島昇・前田専学・江島惠教ら監修『南アジアを知る事典』p207 平凡社、1992.10、ISBN 4-582-12634-0
  18. ^ 『カーリダーサとサンスクリット古典文学』p121 川村悠人(「インド文化事典」所収)インド文化事典製作委員会編 丸善出版 平成30年1月30日発行
  19. ^ 「サンスクリット」p130-131 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  20. ^ 「サンスクリット」p148 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  21. ^ 「ペルシア語が結んだ世界 もうひとつのユーラシア史」(北海道大学スラブ研究センター スラブ・ユーラシア叢書7)p206-207 森本一夫編著 北海道大学出版会 2009年6月25日第1刷
  22. ^ 中村元生きているサンスクリット」『印度學佛教學研究』第21巻第1号、1972-1973、 14-20頁、 doi:10.4259/ibk.21.14
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  25. ^ 「多言語社会の実験場インド」町田和彦 p229(『アジア世界の言葉と文化』所収) 砂岡和子・池田雅之編著 成文堂 2006年3月31日初版第1刷発行
  26. ^ 「サンスクリット」p159 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
  27. ^ 「新インド学」pp8 長田俊樹 角川書店 平成14年11月10日初版発行
  28. ^ 「サンスクリット」p159 ピエール=シルヴァン・フィリオザ 竹内信夫訳 白水社 2006年6月10日発行
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  30. ^ 辻 (1974) p.7
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  39. ^ 『図説 世界の文字とことば』 町田和彦編 114頁。河出書房新社 2009年12月30日初版発行 ISBN 978-4309762210
  40. ^ 「世界の文字を楽しむ小事典」p48-49 町田和彦編 大修館書店 2011年11月15日初版第1刷
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  43. ^ Cardona (2007) p.156
  44. ^ 「新インド学」pp8-9 長田俊樹 角川書店 平成14年11月10日初版発行
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  49. ^ 「新インド学」pp17-19 長田俊樹 角川書店 平成14年11月10日初版発行
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  52. ^ 「インド仏教史(下)」p8 平川彰 春秋社 2011年9月30日新版第1刷発行
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  56. ^ 長澤和俊『シルクロード』p212 講談社学術文庫、1993年 ISBN 4061590863
  57. ^ 「玄奘」(人と思想106)p34- 三友量順 清水書院 2016年4月25日新装版第1刷発行
  58. ^ 長澤和俊『シルクロード』p212 講談社学術文庫、1993年 ISBN 4061590863
  59. ^ ただフレーズとしてはインドの仏典になく中国日本の浄土思想家による
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  61. ^ 「新インド学」pp5-6 長田俊樹 角川書店 平成14年11月10日初版発行





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