サティヤ・サイ・ババ 批判

サティヤ・サイ・ババ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/18 23:36 UTC 版)

批判

1990年代末から2000年にかけてサイ・ババに対する批判が高まった(サイ・ババ叩き)。

インド国外では、バサヴァ・プレマナンドやイギリス・ウェールズのピアニストのデヴィット・ベイリーらが、「サイ・ババの物質化は手品であり、青少年に性的虐待をしている。サイ・ババの病院では臓器売買が行われている」と主張した。また、サイ・ババの住居で4人の男性の殺害事件が起こったとされていることも、批判の的になった。2000年には、これらをもとに、ヨーロッパのマスコミがスキャンダル記事を掲載、イギリスのBBCは特集番組を放送し、さまざまな波紋を生んだ。欧米諸国、特に北欧とオランダではデンマークの映画 "Seduced by Sai Baba" の公開以降、信奉者が減少した。

インドでも、これら一連の海外での批判を一部のマスコミが報道したため、内容を見た人々が批判に加わったが、インドの4大紙 Times of India, The Indian Express, The Hindu, The Statesmanは批判報道はしなかった。

デヴィット・ベイリーらは、サイ・ババに関する批判をユネスコに通報、ユネスコはこれらを受けて、2000年9月に予定されていたサティヤ・サイ教育機関主催の「世界価値教育会議」への出席を急遽取りやめ、9月15日、ユネスコの公式サイトに会議欠席に関して『サイ・ババ教育会議への参加撤回についての公式見解』を発表した。

これに対し、インド前首相 A・B・バジパイ(ヴァージペーイー)(声明文発表当時は現職の首相)、P・N・バガワティ英語版(元インド最高裁判所長官)、ランガナート・ミシュラ英語版(元インド最高裁判所長官、インド人権委員会委員長)、ナジマ・ヘプトゥッラ英語版(列国議会同盟委員長、 UNDP(国連開発計画)人間開発大使)、シヴラジ・V・パティル英語版(インド国会議員、元衆議院議長、内務大臣)らは、サイ・ババは全く潔癖であり批判の内容は事実と反するという声明文を発表した(原文・訳文参照)。

インド政府ユネスコ常任代表ネーラム・D・サブハルワル大使はユネスコに謝罪を要求(原文・訳文参照)、ユネスコは2004年2月5日、公式サイトから当該ページを削除し謝罪した(原文・訳文参照)。

G・ヴェーンカタラーマン博士は、被害者のリストに知らずに名前が使われていたという教え子からの相談を受け、サイ・ババに関するいくつかの風評を取り上げて、具体的に反論した(原文訳文参照)。

サイ・ババは一連の批判に対して、「誰もこういった虚偽の申し立てを恐れる必要はありません。どうして自分の犯していない過ちを恐れなければならないのですか?」(2000年12月25日)と公言している。なお、物質化現象によって信者にプレゼントをすることはそもそもどんな意図であるのか、精神性を強調するのであればそういうもの、特に奇跡などと呼ばれるものにすがるような精神状態を作り出すべきではないのではないかという批判や、もし物質化現象が本当であるならば科学者による検証を受けるべきであるといった批判に対してサイババは物質化してものを与えることについて、こう述べている。

「なぜ、私が、指輪や、お守りや、数珠といったものを与えるのか、お話ししましょう。こうしたものは、私とそれが与えられた人をつないで、信号を流す役割をするためのものです。その人に災難が降りかかったとき、その知らせは一瞬のうちに私に届き、その人を救い守る恩寵を私から受け取ってその人に戻ります。このような恩寵は、私からの贈り物を身につけている人だけでなく、どのような名や姿に私を求めようとも、求める人すべてに与えられます」[30]

アラヤ・ラーム(Alaya Rahm)による訴訟

裁判記録) カリフォルニア州高等裁判所(County of Orange USA)事件番号:05cc01931 アラヤ・ラームがサイ・ババによって性的虐待を受けたという証言は、デンマークの映画「Seduced By Sai Baba」とBBCの特集番組「Secret Swami」で国際的に放送され、世界的に知られるようになった。この2つのドキュメンタリー番組に加えて、アラヤの申し立ては、イギリス(テレグラフ新聞)とインド(インディア・トゥデイ誌)で全国的に発表された。さらに、アラヤの申し立ては様々な言語に翻訳され、多くの反サイ・ババサイト、フォーラム、ブログ、オンライングループを通じてインターネット上に拡散した。

2005年1月6日、アラヤ・ラームは、サティヤ・サイ・ババ・ソサエティに対して、性的虐待による金銭賠償を求める訴状をカリフォルニア州高等裁判所(County of Orange USA)に提出した(事件番号:05cc01931)。

なぜ被害者がインドの法廷で(直接、サティヤ・サイ・ババに対して)裁判を起こそうとしなかったのかと尋ねると、反サイ・ババ活動家は、インドの司法制度は「法的に腐敗している」、裁判官はサティヤ・サイ・ババの帰依者かインドの政治家に操られていると繰り返し主張した。アラヤによる訴えは、公平な裁判を受けるためにインドではなくアメリカの裁判所に持ち込まれた。

アラヤの告発は、訴訟を起こす前にはある程度は知られたものの、彼の主張が徹底的に調査されたのは訴訟を起こした後だった。訴訟手続きは、アラヤの主張を徹底的かつ批判的に検討する場を提供した。

調査の過程で、アラヤ・ラームとその家族の1995年から1999年(性的虐待があったとされる時期)の行動や言動が明らかにされた。アラヤは10年間、違法ドラッグとアルコールを日常的に使用していた。証拠開示によって、アラヤは医学的または精神医学的トラウマについて証明できるような主張をしていないことが明らかになった。アラヤは、精神的または感情的なトラウマのために医師やセラピストに診てもらったことはない。

アラヤの訴訟の根拠となった出来事が起こったとされるインドのアシュラムにいた目撃者が特定され、インタビューが行われた。その証人の一人がクレイディック氏である。クレイディック氏は1995年にアラヤの航空券を購入してインドに同行し、1997年にはアラヤ氏に同行して、後にアラヤが性的虐待を受けたと主張するいくつかのサイ・ババとのインタビューに同席している。クレイディック氏のビデオ宣誓供述書は2006年3月16日に撮影され、タイプされた宣誓供述書は2006年4月7日に署名された(Kreydick氏の供述書)。

クレイディック氏による供述によって、アラヤの証言はつじつまが合わないことが明らかにされた。サイ・ババから被害を受けたと証言していた人々は、サイ・ババに対する宣誓供述書を携えてアラヤの裁判に参加することができたが、一人も法廷に姿を現さなかった。

クレイディック氏の宣誓証言が行われた後、 アラヤ・ラームは、2006年4月19日に自ら訴訟を取り下げた。この訴訟では和解の申し出はなく、訴訟の取り下げに対して金銭やその他の対価は支払われていない。


  1. ^ a b サイ・オーガニゼーションのサイトより 「Sai Organization sites」ページ下方に記載あり
  2. ^ https://www.youtube.com/watch?v=7vGVNEDEfSg”. 20221211閲覧。
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  17. ^ サイ・ババが大護摩供犠を開催、インドThe Hindu、2008年11月16日
  18. ^ サイ・ババが危篤から回復、インド The Hindu、2011年4月8日 “インドの霊的指導者、サイ・ババ死去 85歳”. AFPBB News. (2011年4月24日). https://www.afpbb.com/articles/-/2796745?cx_amp=all&act=all 2020年1月10日閲覧。  “インドの霊能者、サイババ氏、予言より早く85歳で死去 総資産は8000億円以上”. 産経新聞. (2011年4月24日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/110424/asi11042414120001-n1.htm 2011年4月24日閲覧。  インドでは数え年および太陰暦で年齢を計算する習慣があり、没年月日時点の数え年は85歳(公式に発表されている死亡年齢)、太陰暦で95歳になる。一般的な太陽暦の数え方では満84歳没となる。
  19. ^ Sai Baba buried in state funeral, thousands grieve”. REUTERS. 20230131閲覧。
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  21. ^ PRESIDENT OF INDIA CONDOLES PASSING AWAY OF SRI SATHYA SAI BABA”. 20230131閲覧。
  22. ^ PM condoles passing away of Sri Satya Saibaba”. 20230131閲覧。
  23. ^ https://www.thetibetpost.com/en/news/35-tpi-short-takes/1632-his-holiness-mourns-the-demise-of-sri-sathya-sai-baba-”. The Tibet Post International. 20230131閲覧。
  24. ^ ゴールドスティン医学博士(アメリカ合衆国)による声明サイ・オーガニゼーションの公式ページ、2011年4月24日
  25. ^ サティヤ サイババの切手”. 20230117閲覧。
  26. ^ Commemorative Stamp”. 20230117閲覧。
  27. ^ インド大統領がサイ・ババに祝辞 The Hindu、2010年11月20日
  28. ^ [1] ブリッツ紙インタビュー、1976年9月11日号
  29. ^ 出典:"Sathya Sai Speaks", Vol.1, C19 講話、1959年2月7日
  30. ^ 出典:"Sathya Sai Speaks", Vol.12, C38 講話、1974年6月19日
  31. ^ インド首相がサイ・ババに祝辞 The Hindu、2010年11月23日






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