コンスタンチン・ツィオルコフスキー コンスタンチン・ツィオルコフスキーの概要

コンスタンチン・ツィオルコフスキー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/21 15:07 UTC 版)

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コンスタンチン・ツィオルコフスキー[1]
人物情報
全名 コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー(Konstantin Eduardovich Tsiolkovsky)
生誕 Константин Эдуардович Циолковский
(1857-09-17) 1857年9月17日新暦では9月5日
ロシア帝国リャザン州イジェフスクロシア語版
死没 (1935-09-19) 1935年9月19日(78歳没)
ソビエト連邦カルーガ州カルーガ
国籍 ロシア
両親 父エドヴァルト・ツィオルコフスキー(Edward Tsiolkovsky)
母マリア・ユマシェワ(Maria Yumasheva)
学問
研究分野 物理数学天文学航空力学宇宙工学SF小説
主な業績 ツィオルコフスキーの公式軌道エレベータ多段式ロケット[2]宇宙旅行宇宙船人工衛星
主要な作品 『月世界到着!』(副題は『ヒマラヤから月へ』)[3]
影響を
受けた人物
ジュール・ヴェルヌ
影響を
与えた人物
セルゲイ・コロリョフユーリ・ガガーリン
学会 1919年よりソビエト社会主義共和国連邦科学アカデミー会員
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コンスタンチン・ツィオルコフスキー
ツィオルコフスキーが描かれた2ルーブル記念硬貨1987年
ツィオルコフスキーが考案した宇宙船

1867年、ツィオルコフスキーが10歳の時に猩紅熱に罹り、耳が聴こえなくなってしまう病に侵されながらも独学で数学天文学を学び[4][5]1903年に発表した彼の代表的な論文である『反作用利用装置による宇宙探検(Исследование мировых пространств реактивными приборами)』の中で人工衛星宇宙船の示唆、多段式ロケット[2]軌道エレベータなどの考案や、宇宙旅行の可能性としてロケットで宇宙に行けることを証明した業績から「宇宙旅行の父」と呼ばれる[6]

また1897年には「ロケット噴射による、増速度の合計と噴射速度と質量比の関係を示す式」である「ツィオルコフスキーの公式」を発表し[7]、今日におけるロケット工学の基礎を築いたが生涯の大半はカルーガで孤独に暮らしていたため、存命中にツィオルコフスキーの業績が評価されることはなかった[8]。なお同国の化学者で「周期律表」の基礎を築いたドミトリ・メンデレーエフは若い頃のツィオルコフスキーの業績を評価していたが、時折ケチをつけていたため、必ずしも絶賛していたわけではなかった[8]

ツィオルコフスキーは晩年、「スプートニク計画」の主導者となったセルゲイ・コロリョフらによってようやく評価されるようになり、1957年10月4日バイコヌール宇宙基地から打ち上げられた世界初の人工衛星である「スプートニク1号」は、ツィオルコフスキーの生誕100週年記念と国際地球観測年に合わせて打ち上げられたものである[8]。工学者のみならずSF作家としても『月世界到着!』[3]などの小説を著しており[9]随筆家としても『月の上で』や『地球と宇宙に関する幻想』などのエッセイも残している[10]

地球は人類のゆりかごである。しかし人類はゆりかごにいつまでも留まっていないだろうПланета есть колыбель разума, но нельзя вечно жить в колыбели)」という名言でも知られる。

少年時代はモスクワ図書館に通い、好物の黒パンを食べながら勉強に励んだという逸話も残っている[8]


  1. ^ a b コンスタンティン・ツィオルコフスキー」や「コンスタンチン・チオルコフスキー」、「コンスタンティン・チオルコフスキー」などの表記揺れが多数あるが、本記事では「コンスタンチン・ツィオルコフスキー」で統一する。
  2. ^ a b ツィオルコフスキー自身は「多段式ロケット」を「ロケット列車」と呼んでいた。
  3. ^ a b 原題は『月面(На Луне)』。日本では翻訳家の早川光雄によって『月世界到着!』として訳され、1960年に朋文堂から刊行された。
  4. ^ a b c 新羅 1967, p. 375.
  5. ^ a b c 新羅 1975, p. 442.
  6. ^ Aeronautics Learning Laboratory for Science Technology, and Research (ALLSTAR) Network、2016年9月9日閲覧。
  7. ^ コンスタンチン・ツィオルコフスキー - 宇宙情報センター - JAXA、2016年9月9日閲覧。
  8. ^ a b c d e 山崎 1973, p. 391.
  9. ^ 原色学習図解百科 1970, p. 396.
  10. ^ a b 福島 1983, p. 186.
  11. ^ a b ツィオルコフスキー - ロシアNOW、2016年9月9日閲覧。
  12. ^ 藤村 1971, p. 449.
  13. ^ Full text of "Study of outer space by reaction devices"


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