クモ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/26 15:00 UTC 版)
天敵
小型の肉食動物にはクモ類を捕食するものは多いと考えられる。クモは他の昆虫に比べて体が柔らかいので、トカゲ、カエル、ハリネズミ、小鳥など飼育下動物のエサとしても非常に重宝する。
特にクモ類の天敵としては、狩り蜂類のベッコウバチ類がクモを狩るハチとして有名である。これらのハチは、クモの正面から突っ込んで、大顎の間に針を刺して麻酔を行い、足をくわえて巣穴に運ぶ。他に、寄生性のものとして成虫に外部寄生するクモヒメバチや卵のうに寄生するハエ類やカマキリモドキなども知られる。このクモヒメバチはウジ状の幼虫がクモの背中に止まっているように見られ、初めのうちは体液を吸うだけだが、最終的には寄主であるクモを食い殺し食い尽してしまう。また、センショウグモやオナガグモなどはクモを専門に食べるクモとして知られる。
直接にクモを攻撃するものではないが、メジロなどの小鳥はクモの網を巣の材料とする。そのためにクモの網に鳥は突っ込み、その体にまとわりついた糸を集め、巣材の苔などをかためるのに用いる。クモの網に引っかかった虫を横取りする昆虫(シリアゲムシなど)も知られる。
人間との関わり
益虫・害虫
耕作地圏においては、農業害虫の天敵であるため益虫として重視される。人家の内外にも多くの種類が生息し、これらは衛生害虫(ハエ、蚊、ダニ、ゴキブリなど)を捕食するため、クモは家庭生活圏においても益虫の役割を果たしている。これを理解している人は、居宅や身の回りにクモが見られても気にしない事が多い。
しかし近年では、主に都市生活者の間で、その容姿から不気味な印象を持ち忌み嫌う人や、いわゆる「虫嫌い」の増加などの理由で、不快害虫のカテゴリーに入れられる場合もある。網や巣を張る種については家や壁を汚すとして嫌われる要因となる。実際2000年代後半に入り日本でも、従来のゴキブリやハエ等と同様に、ムカデ、クモを駆除対象とすることをうたった殺虫剤が一般に市販されテレビCM等で宣伝までされるようになった。
毒性
ほとんどのクモは虫を殺す程度の毒を持っているが、人間に影響を持つほどのものは世界でも数種に限られる。その中でも、人間を殺すほどの毒を持つクモはさらに限られる。また在来種のほとんどのクモは、人の皮膚を貫くほど大きな毒牙自体を持っていない。なお、ウズグモ科は毒腺そのものを失っている。
毒グモとして有名なのは、日本に侵入してニュースとなったセアカゴケグモ、ハイイロゴケグモをはじめとするゴケグモ類である。それ以外にも世界でいくつかが危険視される。在来種でそれほど危険視されるクモは存在しないが、コマチグモ科の大型種(カバキコマチグモなど)は毒性が強く、噛まれるとかなり痛み、人によってはしばらく腫れ上がる。逆に毒グモとしてのイメージが強いオオツチグモ科の別称であるタランチュラは、強い毒を持つものは稀である。しかしながら全ての毒グモの毒にはアナフィラキシーショックを起こす可能性があり、注意が必要である。
毒性の有無・程度にかかわらず、人間など自身より遥かに大きなサイズの動物に対しては、ほとんどのクモは攻撃的でなく、近寄れば必死に逃げようとする。能動的に咬害を与えることも基本的にないが、不用意に素手で掴むなどすると、防衛のために噛みつかれる恐れがある。
捕食時に獲物へ注入する消化液には強い殺菌能力があり、また自身の体もこの消化液で手入れを行っている。このためクモ自体や、獲物の食べ殻が病原体を媒介する可能性は低い。
クモの糸が目に入ると炎症を起こすことがある。汚染によるものではなく、毒成分が関与しているともといわれる。[要出典]
網と糸
網がはられている状態は、人間の生活する環境としては、全く手入れが行き届いていない証拠とみなされる。映画やテレビドラマ等では、空き家であること、通る人がいないことを示すために使われる。またホラーゲームを筆頭として各ジャンルのゲームにもよく登場する。「クモの巣が張る」というのは、誰も使う人がいない、誰もやって来ないことを暗示する表現である。
利用
- 害虫の天敵として
クモを害虫駆除のために積極的に利用する試みが行なわれたことがある。元来、日本には生息していなかったアシダカグモは、江戸時代にゴキブリ退治用として人為的に輸入されたとの説もある。農業の方面では、害虫駆除の効果が様々に研究され、一定の評価を得ている。水田ではアシナガグモ、ドヨウオニグモ、セスジアカムネグモなどの造網性のもの、コモリグモなどの徘徊性のもの等が農業害虫駆除に大いに役立っていることが知られている。
- 糸の利用
後述のように自然生成可能な糸の中でも比較的頑丈であるため、糸を工業的に利用する試みもあるが、大きく認められているものは少ない。クモを大量養殖することの困難さ(新鮮な生餌が必要で、クモの数が適当でないと共食いを起こしやすい)と、糸を取り出すことの困難さが障壁になる。これまでに最も用いられたのは、レンズにスケールを入れるための用途である。
現存する糸の大型の布製品の一つはアメリカ自然史博物館に存在するコガネグモ科のクモの糸による絨毯(約3.4メートル×1.2メートル)であるが、作成には野生のコガネグモ科のクモの捕獲に70人、糸の織布に12人の人員と4年間の年月を要した[6]。蜘蛛単体では手間と高価になりやすいため、生産のしやすい蚕に蜘蛛の遺伝子を組み合わせた品種や微生物を使用し、人工的に蜘蛛の糸を出そうとする試みが行われている。
糸の強度は同じ太さの鋼鉄の5倍、伸縮率はナイロンの2倍もある。鉛筆程度の太さの糸で作られた巣を用いれば、理論上は飛行機を受け止めることができるほどである。そのため、長い間人工的にクモの糸を生成する研究が行われてきたが、コストが高い上に製造に有害性の高い石油溶媒が必要になるなど障壁が多く実用化は困難とされていた。しかし、2013年5月に日本の山形県のベンチャー企業スパイバーが世界初となる人工クモ糸の量産技術を開発し、人工クモ糸の工業原料としての実用化が現実のものとなる目処がたった[7]。2017年には理化学研究所もクモの糸を再現したポリペプチドの合成する方法を開発したと発表している[8]。
- その他
日本では伝統的にコガネグモなどを戦わせる遊びが子供たちの間にあり、「蜘蛛合戦」と呼んだ。多くの地域で廃れてはいるが、現在でも町を挙げて取り組んでいるところがある。
最近ではオオツチグモ科のクモ(通称タランチュラ)が飼育用として販売されるなど、ペットとしての地位を獲得している。その他のクモもペットとして輸入されており、変わった種類もみられる。
食用としてのクモ
日本では一般的でないが、クモを食用する国はあり、中国ではジグモの巣が漢方薬とされる[9]。インドシナ半島、ミャンマーから中国南部では食用にしているといわれる。カンボジアでは、現在でもクモを油で揚げたクモのフライが食されることもある[10]。クモの種はいわゆるタランチュラであった。味についてはエビに近いとか卵黄のようだとか馬鈴薯の味だとか沢蟹のようだといわれ、今ひとつ判然としない。他にオオジョロウグモもこの地域では食されるという[要出典]。
南米では大型のゴライアストリクイグモが好んで食用にされ、食後にはその鋭い牙を爪楊枝代わりに使うという。また、オーストラリアやアフリカでも大型のクモを食べる習慣があるという[11]。
日本においては1980年代のサバイバル/探検ブームの時期に、クモを生で食するとチョコレートの味がして手軽な非常食になるという情報が広まったが、「昆虫料理を楽しむ」によればそのような味はしないとのことである。
文化的側面
クモは、身近な生物であり形態や習性が特徴的である。一例として、益虫であるにもかかわらず、外観から誤解されたり嫌われたりすることが多い。肉食性であるにもかかわらず、天敵も多く臆病で草食的な性格である点等があげられる。このため古来世界各国において、人間に対し吉凶善悪両面にわたり様々な印象を与えており、擬人化されることも数多い。
呼称表現
- 雌雄別々の漢字が割り当てられているのは、クモが日常的になじみのある生物である上、上記の通り雌雄の区別が比較的たやすいことによる。日本においてもこの熟語が伝来して古来日常的に定着して使用されているが、現代においては音読みで「チジュ」と読むことはほとんどなく、大和言葉に置き換えて「くも」と訓読みすることがほとんどである。
伝承・民俗
- クモは糸を紡ぐ事から、機織を連想させるエピソードが見られる。
- 日本には、古来クモを見ることによって縁起をかつぐ風習が存在する。代表的なのは、いわゆる「朝蜘蛛」「夜蜘蛛」という概念であり、「朝にクモを見ると縁起が良く、夜にクモを見ると縁起が悪い」とするものである。ただ地方によって様々な違いがあり、例えば九州地方の一部ではクモを「コブ」と呼称するため、夜のクモは「夜コブ(「よろこぶ」を連想させる)」であり、縁起が良いものとされる。
- 絡新婦(女郎蜘蛛、ジョロウグモ)は、その外観から、細身で華やかな花魁を連想して命名されたものである。
- ギリシャ神話におけるアラクネの物語。
- 古代日本で、大和朝廷に抵抗した異族として『日本書紀』などに記された土蜘蛛。
- タランチュラ:ヨーロッパの伝説上の毒蜘蛛で、噛まれると踊り狂うといい、その際の音楽がタランテラとなった。
現代におけるサブカルチャー
蜘蛛を関連したサブカルチャー作品には、不気味な外見や肉食性、一部の種が持つ毒から恐怖の対象として登場する作品と、農業害虫を食べることから「悪を討つ」善玉として描かれる物の、両方が存在する。
- 洋の東西を問わず、怪奇・ホラー作品によく登場する。小説ではH.H.エーヴェルスや遠藤周作の『蜘蛛』、漫画では楳図かずお『紅ぐも』等である。巨大なクモが登場する怪獣映画(『吸血原子蜘蛛』など)や、大群となって人間を襲う動物パニック映画(『アラクノフォビア』など)も製作された。これらは大型種であるタランチュラやアシダカグモ等のイメージが誇張されてモチーフとされることが多い。
- 戦前の日本における紙芝居には、益虫として保護された蜘蛛が正義の剣士に変化し人間に恩返しをする加太こうじ作『天誅蜘蛛』が著名であった。
- 芥川龍之介による短編小説『蜘蛛の糸』においてはクモが天上の釈迦の下僕としてキャラクター付けられており、その糸は天上と地獄をつなぐリンクとして描かれている。
- 1943年の日本の白黒アニメーション映画『くもとちゅうりっぷ』においては、主人公の雄の蜘蛛が雌のテントウムシに恋をする恋愛アドベンチャーとして描かれている。
- 特撮テレビドラマ「仮面ライダーシリーズ」では、第1作『仮面ライダー』の怪奇蜘蛛男を始めとして、蜘蛛が悪玉となる怪人のモチーフに充てられることが多い。但し、『仮面ライダー剣』に登場する仮面ライダーレンゲルは例外で、蜘蛛が善玉のモチーフに充てられている。
- 1986年に発売されたデータイーストのアーケードゲームである『のぼらんか』ではボスのワルサー大王が、最後に大きなクモに変身して主人公のニュートン・Jと闘う。その際、8本の脚に被弾すると、赤く光りながら落下する(この脚にも主人公への当たり判定がある)。
- 『スパイダーマン』(オリジナル版・日本版とも)はクモをモチーフにしたヒーローである。
- クモが(害虫を食べる)益虫であることや、その糸の特殊性、優れた身体能力などが素材として活用されている。
- ただし平常はほとんど動かないが捕食時には激しく格闘するというクモのイメージを投影し、普段は気の弱い日陰者的存在だがいざとなると能力を発揮するという硬軟おりまぜたヒーロー像として描かれている。
注釈
出典
- ^ 小野展嗣「2.鋏角亜門」『節足動物の多様性と系統』石川良輔、岩槻邦男・馬渡峻輔監修、裳華房、2008年、122-167頁。ISBN 9784785358297。
- ^ a b c d e f A., Dunlop, Jason; C., Lamsdell, James. “Segmentation and tagmosis in Chelicerata” (英語). Arthropod Structure & Development 46 (3). ISSN 1467-8039 .
- ^ a b “小さなクモに大きすぎる脳”. ナショナルジオグラフィック日本版サイト. 2019年6月6日閲覧。
- ^ “クモが鳥を食った 糸満”. 沖縄タイムス. (2011年8月30日). オリジナルの2012年5月8日時点におけるアーカイブ。
- ^ “草食のクモを初めて確認”. ナショナルジオグラフィック協会. (2009年10月13日). オリジナルの2014年10月27日時点におけるアーカイブ。 2009年10月14日閲覧。
- ^ “クモの糸の驚異と、100万匹が作った「黄金の織物」 « WIRED.jp Archives” (日本語). WIRED.jp. 2011年10月29日閲覧。
- ^ “人工「クモの糸」繊維、大量生産 山形ベンチャーが世界初”. 産経Biz (2013年5月25日). 2013年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月6日閲覧。
- ^ “鉄のように硬い「人工クモ糸」、理研が合成 石油製品を代替へ”. ITmedia NEWS. (2017年1月23日)
- ^ “虫を食べる話・第19回”. 公益社団法人 農林水産・食品産業技術振興協会. 2018年3月31日閲覧。
- ^ “ポル・ポト時代の食糧難の名残、田舎で珍重される食用クモ - カンボジア”. AFPBB News. (2006年8月23日). オリジナルの2013年5月14日時点におけるアーカイブ。
- ^ “虫を食べるはなし 第19回 (クモを食べる習俗)”. 公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会. 2019年6月6日閲覧。
- ^ “Cretaceous arachnid Chimerarachne yingi gen. et sp. nov. illuminates spider origins”. Nature Ecology & Evolution 2: 614-622. (2018) .
- ^ 「クモに尾見つけた 1億年前の琥珀」『読売新聞』朝刊2018年2月19日(社会面)
- ^ Coddingston 2005, p. 21.
- ^ a b 八木沼健夫「クモの分類学上の位置」「クモ目分類体系」『原色日本クモ類図鑑』保育社、1986年、v-vii,xviii-xix頁。
- ^ a b 鶴崎展巨「第1章 系統と分類」宮下直編『クモの生物学』東京大学出版会、2000年、3-27頁。
- >> 「クモ」を含む用語の索引
- クモのページへのリンク