ギャル ギャルの概要

ギャル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/02 09:31 UTC 版)

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本項では後者について詳述する。

概要

渋谷系ギャルモデルの撮影風景
(左右)白ギャル
(中央)黒ギャル
(※:2009年池袋にて)

ギャルという言葉は、1972年昭和47年)にラングラーよりGalsという女性用ジーンズが発売された時から広まった[1]。また、東京においては1973年(昭和48年)に渋谷PARCOが開店し、新宿に代わって渋谷が若者の街として流行の最先端を担うようになるという変化があった。当時、ギャルはニューファッションに身を包んだ女性を指し、逆に若い女性向けの最先端のファッションを「ギャルファッション」とも呼ぶ。 ギャルファッションには「渋谷系ギャル」と「原宿系ギャル」の2つに大別される。

渋谷系ファッションのギャルを「109系」などファッションビルの名称を使用して細分化する例が見られ、特に地方のギャルファッションを取り扱う商業施設をこのように呼称する場合も多い。代表的な例としては愛知県名古屋市にある近鉄パッセや、福岡県福岡市にある天神コアなどこうした商業施設のファッションを109系と呼ぶ。この他に商業施設の名称を使用したギャルファッションの細分化に「丸井パルコ」などと呼ばれるものもある。

一方、渋谷系ファッションに限らず原宿系ファッションに対してもギャルという言葉が用いられる場合もある。この理由は原宿系ファッションも10代中盤から後半、20代前半にかけての最先端ファッションの1つとして広く認識されているのが大きな理由でもある。ファッションのテイストやメイクの手法が根本的に違うために厳密には彼女らのファッションは全く別の変異を遂げたギャルである。原宿系ギャルは元来はロック系のファッションを取り扱う店舗も多かったことと、ロック系のメイクは細部の異なりはあるもののギャルのメイクを踏襲した手法が用いられるため、こうした女性が集まるために原宿系を「ギャル」と誤認されたともいえ、この場合は広義におけるギャルとも見做せるが、その興りと歴史には差異が見られる。

当初、ギャルとは渋谷系ファッションとして興ったものであった。その為、狭義におけるギャルとは1990年代中期から末期にかけて、渋谷を中心に活動する前衛的なファッションをする女性を指して表現する言葉であった。当時は女子高生や女子中学生といった世代を反映してコギャル、あるいはマゴギャルなどという語で呼ばれることが多かったが、現在ではどの世代もギャルを使用することで落ち着いている。また、当時はお姉系というファッションも流行を示していたが、この言葉は本来はギャルに該当する女性が趣味嗜好をそのまま維持して大人になった者を指していたが現在は過去にギャルであったか否かは別として独立的なファッションを形成している。また、ギャルファッションが進化を遂げる過程で、その中間的な役割としてお姉ギャル(オネギャル)という存在もあったが、ファッションの系統の分類が明確化された現在では前述の通りギャルとお姉系が完全に別物もファッションとなってしまった為、お姉ギャルという言葉はファッション用語としてあまり用いられなくなりつつある。

egg」や「Popteen」、「Ranzuki」、あるいはかつて発行されていた「Cawaii!」などといったファッション雑誌がギャルに対して大きく影響を与えており、これらの雑誌内にはギャルのアイデンティティなども色濃く書かれ、特に雑誌内に登場するモデルは他のティーンズ誌と比較するとオープンな活動を行っている者も多い。それらに影響された読者がサークルギャルサーとも呼ばれる)を作って活動している者も多くみられる。また、雑誌内のコラムやアイデンティティがしばしば性的描写が過度になってしまったために問題となる場合もあった。

また、ギャルに相当する男性の事をギャル男(ギャルお)と呼ばれる事もあった。彼らのファッションを取り扱う雑誌「men's egg」は、前述のギャル系ファッション雑誌「egg」の兄弟誌として創刊された経緯があり、当初のコンセプトの一つとして「ギャルの理想的な彼氏(または一緒に連れて歩く男性)」としてこの言葉を用いられた。現在ではギャル男という言葉はほとんど聞かれず、代わりに「お兄系(おにいけい)」と呼ばれるが、お兄系は本来ジャニーズ系ファッション(丸井・パルコ系)までの綺麗目なファッションを含む幅広い呼称であったものが、次第に雑誌「MEN'S KNUCKLE」に登場するようなファッションを「強めのお兄」と呼ばれ始め、最終的にはこれをお兄系という呼称することに落ち着いた。これらの記述から分かる通り、お姉系とお兄系とでも進化の過程に大きな差異がある。

歴史

ギャルファッションの多様性と分類

ボディコンと呼ばれるファッションに身を包む女性
(写真は2008年)

1970年代 -

1970年代は世界的にファッションの変革が強かった時代とも言える。ジーンズもストレートボトムのものからベルボトムが登場するようになり、よりファッションの幅や自由性が広がった期間ともいえる。また、anannon-noといった女性ファッション雑誌が相次いで創刊したのもこの時代であり、ニューファッションに身を包んだ女性が多く登場する。こうした女性の中で特に神戸を中心に発生したニューファッションをニュートラ和英:New Traditional ) と呼び最先端ファッションをして位置付けされる[2]。当時のファッションの最先端は女子大生や若手OLなど現在よりも年齢層が高いのも特徴である。

1973年に渋谷PARCO、1979年にはファッションコミュニティ109(現在はSHIBUYA-109)が開業し、渋谷が若者文化の中心地として担い始めた年代でもある。 一方、原宿においても1976年頃より竹下通りが商店街化していき独自のファッション文化を形成していった。また、1977年には代々木公園横に歩行者天国を導入し渋谷とは違う若者文化が築かれていった。

1980年代 -

1980年代後半の、バブル絶頂期にはボディコンと呼ばれる非常にタイトでボディラインを強調したワンピース、あるいはスーツに身を包んだ女性が登場するようになる。発祥は1980年代前半のヨーロッパファッションであったが、日本経済が潤沢な時期でもあったためにこうしたファッションが受け入れられてくるようになる。この時期まではこのようなニューファッションを女子大生やOLが特に着用し、ギャルという言葉は若い世代の女性になぞられた。ピチピチギャル、イケイケギャルという言葉も1980年代前期に登場した言葉である。

渋谷では、渋谷ロフト西武SEED館(現:モヴィータ館)、109-2など様々なファッションビルや百貨店における建設ラッシュが興り、より若者らしい街へと形成していくことになる。 一方、原宿では1980年代初頭より竹の子族という路上ダンスカルチャーの一大ブームが巻き起こり、竹の子族が下火となった1980年代後半においても路上ライブパフォーマーなど様々な若者文化が原宿を中心に興った。また、竹下通りにおいてはタレントショップが次々に開業していき、独自の流行を発信していった。

1990年代 -

1990年代に入っても、ギャルという言葉は使用され続けた。特に中尊寺ゆつこが描いた漫画『スイートスポット』登場するオヤジギャル流行語大賞を獲得するまでの知名度を得た。このオヤジギャルとは、主に当時の若いOLを風刺した題材でもあり、1980年代の末期より流行していたジュリアナ族のように企業の就業時間の定時時刻である17時頃を迎えると挙って制服からボディコンに着替え、夜な夜な街に繰り出してはアバンギャルドな性質を見せる反面、どこか中高年男性(オヤジ)のような性格を髣髴させる、いわば女性としてはどことなくルーズに見え、そして大和撫子的要素の欠損した女性を的確に描いていたものでもあった。この現象はギャルそのものファッションとはあまり関連はないものの、ギャルという印象を「見た目は最先端ながらも言動に秩序やマナーなどがどこか欠落している」といったもので植え付けたともいえ、後に流行するギャル、コギャルらは当時の比較対象としてオヤジギャルを引き合いに出されていた。

この頃の渋谷では、109やPARCOなどのショップテナントが次第に10代向けのものに変移していった事により、ティーンズファッションの最先端地区としての地位を確立していくこととなる。 一方、原宿においてもメインストリートから少し入ったテナント賃料が安い物件でストリートファッションを開花させた裏原系が1993年頃より興っていく。また、1998年頃よりゴスロリファッションが興り、さらに多様な若者文化を形成していく事となる。

1990年代後半のギャルのカリスマとなった安室奈美恵
(写真は2005年)
コギャル

1990年代に入ってからストリートファッションなど「カジュアル」というキーワードをもったファッションが注目される。また、10代の女性の間ではSUPER MONKEY'S安室奈美恵の登場により彼女の装いを特に影響された者が続出した。この現象もしくは安室に心酔した彼女らのことをアムラーと呼び、10代の女性の多くが彼女のファッションである70年代風のサーファーファッション、LAファッションなど回帰的なファッションが流行を示した。特に大きな変化として、それまでの日本人にはあまり馴染みがなかった茶髪に対する抵抗感がなくなったことがあげられる。このファッションの流れを汲むのが狭義でのギャルの原点であるというのが定説となっている。また、一般的に安室を「初代ギャルのカリスマ」とされた。

コギャルという言葉は上記のアムラーの発生とほぼ同時期の流行語[3]、あるいは1993年から写真週刊誌フライデーなどの媒体に記述が見られる。ただし、本格的にコギャルという言葉を使われ出したのは1996年からであり、若者の娯楽風俗までが女子高生・女子中学生を中心とした文化に変化していたことを象徴していた。この当時のギャルの年齢層は1980年生まれ前後(ポスト団塊ジュニア)の女性に相当する。コギャルの語源については諸説あるが[4]、有力な説としてはディスコ・クラブにおいてエントランスチェックの黒服が、本来は深夜入場が不可な女子高校生を成人女性と区別するための隠語として「格好はギャルだけど、未だ本物のギャルに成りきれていない、格好だけのギャル」から、「カッコ(格好)・ギャル」と呼ぶようになり、その「カッコギャル」が縮まって「コギャル」となったものや、マスメディアが「コギャル」の「コ」を「子」ないし「小」であると誤認した結果であるとする説、あるいは「高校生ギャル」を略して「コーギャル(高ギャル)」からコギャルという言葉に派生した説もある[5]。いずれも検証は不可能ではあるが、10代の女性(特に女子高生)に対して主に使用されることが多かった言葉である。しかし、本来の語源は1993年当時、黒服が、幼く見えるギャルを「子or小ギャル」と隠語で呼んでおり、実年齢は問わない(当時の時代背景として、警察の指導でも入らない限りID提示は求めない為)。その後、上記のように一般的に女子高生を指すようになり、孫ギャルという言葉が生まれたが、本来の語源の意味とは違った解釈がなされ広まったものである。

コギャルの一例。1990年代中期から後期にかけてのメイクやヘアスタイル。ガングロと呼ばれる強いタンニングを行っているのも特徴

この他にマスメディア主導によって誕生した派生語に「中学生のギャル」を指すマゴギャル(孫ギャル)があった。

1990年代末期には、既に高校を卒業した身分でありながらも、当時のコギャルとなんら変わりないメッシュを入れた髪で制服に身を包み、ルーズソックスローファーを履いて街にくりだすという「なんちゃってコギャル」という女性も存在した。当時はコギャルブームと言って良いほどの流行ぶりで、ワイドショー週刊誌を初めとして、メディアでは女子中高生やコギャルの特集が連日連夜と書き立て報道された。ただし、その影には若者の貞操概念や道徳観の欠落など様々な問題も同時に取り上げられ、特に「援助交際」に関しては児童買春・児童ポルノ禁止法が整備されていなかったり、あるいは青少年保護条例が現代ほど機能していない時代でもあって強く問題視された。その反面に先述のような黒い資金源があってこそ高校生や中学生の身分で非常に高価なファッションを装うことが出来る、あるいは目まぐるしく変化していく流行に順応してゆく彼女らを絡めて、多様なコギャル像が構築されていた(俗流若者論 も参照)。

1990年代を賑わせたコギャルであるが、2000年代に入るとマスコミ媒体ではほとんど聞かれなくなる。ただし、アメリカなどの諸外国では "Kogal" として日本の若い女性を表す一般的な言葉として認識されている。ただし、どちらかというと諸外国では Kogal は性的嗜好フェティシズムの1つとして認識されている[6]

(左)初期のヤマンバ
(右)2000年ごろのギャル
ヤマンバ

1999年[7]から2000年頃に流行した[8]。語源は山姥(やまうば、転訛してやまんば)。日本の民話で紹介される山姥が総じて白髪で手入れをしていない長髪であったことから由来する。それまでギャルやコギャルにも採用されていたガングロや化粧に加え、髪の毛の脱色が特に顕著であり、部分的な着色・脱色をしたメッシュを施し、乱れたように形作った髪形が特徴であった。また、ネガポジ反転をしたかのようなメイクが流行となり、自身のタンニングされた黒い肌と対照的に白い色のグロスアイラインを施すことがヤマンバの間で大流行した。

また、この頃、何日も風呂に入らず下着も替えないような、不潔にしているギャルが「汚ギャル(おギャル)」と呼ばれ、テレビバラエティ番組学校へ行こう!』などで頻繁に取り上げられていた。特にヤマンバにあたるギャルがターゲットにされることが多かった。彼女らは顔も洗わず、化粧も上塗りを繰り返すためにヤマンバや後述のマンバ以上に濃く、ショーツ(パンティー)の中にナプキンをあてがい、それを取り替えることで必要最低限の衛生を保っていた。このようなことがバラエティで紹介されていたのも、ギャルの社会風刺の1つであり、特に当時のギャル・ヤマンバは家出をすることが日常的で、こうした彼女らの行動パターンから「プチ家出」という流行語にも発展した。プチ家出中は外泊を繰り返すが、その間は渋谷や池袋などで野宿を行ったり、一人暮らしの男性の友達の部屋に上がっては「男女間のバーター取引」を条件に、風呂や食事を提供してもらう、などの行為もマスコミなどに取り上げられ問題となった。

マンバの一例。ヤマンバで流行したヘアスタイルに新たに特徴的なメイクを施している。

2000年代 -

マンバ

2003年から2012年現在まで継続しているギャルファッションの一つ。ヤマンバの進化系ファッションであり、ヤマンバにもあったガングロもさらに強くタンニングを行ってゴングロ、あるいはバチグロと呼ばれる更に黒く焼けた肌を求めた。ヤマンバを継承しているため、白い口紅やアイラインはそのまま使われるが、アイラインに関しては特に目の周りにも白の濃く幅広に引き、まるでフェイスペインティングに近い感覚で描きこむようにメイクがなされた。目自体は縁にマスカラや黒いアイラインやペンシルで色濃くラインを描かれた。口紅を、唇も白系のグロスなどを塗るなどといった化粧をしており、ヤマンバに比べると今までの常識では考えられないメイクとなった。ファッションではパンツルックよりも極端に短いミニスカートを中心にコーディネートされており、それらは原色系や派手な柄ものといったものでまとめているのが特徴。バービー人形のようなマンバスタイルをバンバセレブ系のファッションを取り入れたマンバをセレンバと呼ぶ。全盛期に比べ数は少なくなっているが、渋谷の「げーはーこ」に代表されるように今でも一部でこのファッションが見られる。また、マンバに相当するファッションを装った男性をセンターGUYと呼ぶ。

ビビンバ

ギャルファッションのひとつで未成年者を中心にマンバでかつB系の格好をしている。渋谷を中心に棲息し、一部ではギャルサーを作って活動している。

第2のギャルのカリスマと謳われる浜崎あゆみ
(写真は2007年)
白ギャル

この時代のギャルファッションの大きな変革の1つとして「白ギャル」が登場した事によって、より幅広いギャル系の派生や進化を生むようになる。それまでのギャルとは日焼けサロンに通って自身のタンニング具合を維持するなどしていた。これは前述までの流れでも分かるとおりギャルが本来はサーファーファッションやLAファッションを源流としたためであった。しかし、初代ギャルのカリスマと謳われた安室奈美恵が出産を控えた産休でしばらく芸能界から離れることとなったため、その後に登場した浜崎あゆみ2000年ころよりブレイクし始めてくると、その容姿や風貌から「第2のギャルのカリスマ」となった。また、時同じくして化粧業界でも美白ブームが起こっており、浜崎のような白い肌にブリーチによって金髪に近い色にした髪は年頃の近い女性に大きく支持された。その反面、2000年以降に登場するギャルは「白ギャル」と呼ばれる系派が次第に勢力を増してゆくことになる。なお、白ギャルはお姉系ファッションに比較的近い感覚を好む傾向があり、黒ギャルに比べると落ち着いた印象があるために明確なテイストの違いを見た目に識別できる。

お姉ギャル(オネギャル)

S Cawaii!の創刊と共に特に高校を卒業したギャルをさして、2000年頃によく使われた。当時のギャル系とお姉系との間のファッションコンセプト自体に根本的な違いがあり、実際に1990年代末期当時に発売されていたお姉系の赤文字雑誌の中で最も発行部数を占めていたのはJJのようなお姉系の中でも上品な部類に位置されるファッション雑誌であった。そのため、ギャルからお姉系への移行を目的としたニッチ的なジャンルとしてお姉ギャルが誕生した。お姉ギャルは全体的にシンプルにまとめるのが特徴的で、ファッションに原色を中心にまとめているギャルとは見た目が全く違っていた。ただし、メイクに関してはギャルが好んだ「目力を強調したメイク」を踏襲しており、眉や目のラインを念入りに書き込んだ。また、お姉系への移行を兼ねていたために肌の色は当時より登場していた「白ギャル」の系統であった。その後、しばらくはお姉ギャルという言葉を耳に出来たが、2004年頃からCanCamViViなどのお姉系雑誌にギャルが直接移行し始めたため、2006年頃よりお姉ギャルという言葉自体は耳にしなくなったが、S Cawaii!というギャルと他のファッション系統と繋ぐ意味の中間的な位置付けのファッション雑誌は残った。なお、当時のお姉ギャルとは2010年代でのセレカジに近い着こなし。

スポギャル

「スポーティなギャル」の略で登場した系統の一種。2000年頃に登場。ONE*WAY、Jassie、ラヴァーズハウスなどのポップな印象の強いギャル系ブランドで活発な女性を強調したファッション。特にSkechersの厚底スニーカーを着用するのが定番となった。しかし、女子中学生やギャルに憧れる小学生など比較的若年者層からの支持が強かった反面、高校生以上からの評価はあまり芳しくなく、実際に数年後には女児のキッズ向けファッションとしてスポギャルのコンセプトを踏襲したために、中高生の間からスポギャル支持層が激減してしまった。なお、ONE*WAYと同じ「ヤングファッション研究所」が展開するブランドのone spoもスポーティかつセクシーをコンセプトとしているが、当時のスポギャルとは全く性質もファッションも違うものである。

アルバカ

2003年から2004年まで流行したギャルのファッション傾向の1つ。なお、アルバカとは中国語版の日本の若者用語辞典によると「全身をアルバローザで包んだ派手なギャルのこと」とある[9]。実際に語源はファッションブランドのALBA ROSAの略である「アルバ」と、それを熱狂的に好むものという意味から「馬鹿」を加えてアルバカと称した。ALBA ROSAは1980年代より続くリゾート系ブランドであり、1990年代のアムラー・コギャル世代でもカリスマ化されたブランドであった。したがって、当時の他のギャルブランドと比較して価格帯が高く、いわゆる高嶺の花状態になっていた。2003年に大判のツートンカラーのブロックチェックに同ブランドのロゴであるハイビスカスを描いた通称「大柄ハイビ」が大流行し、これを機に全身をALBA ROSAで包み込むアルバカというファッションが流行した。アルバカの傾向は白ギャル、黒ギャルを問わない流行となり一世を風靡していたが、2004年頃よりセンターGUYと呼ばれるマンバファッションをした男性が登場。そして彼らもALBA ROSAを好んで着用した[10]。このことからALBA ROSAというブランドが崩れ、あるいは当時より流行を見せていたインターネットオークションで前述の大柄ハイビだけが中古で出回って流通する事態にまで発展してしまい、最終的にはALBA ROSAが一時休業するまでの事態になった。

キグルミン

2004年限定で登場[11]。ただし、地域によっては2005年以降も見られた。キグルミンは主に黒ギャルに多く見られ、ピカチュウケロロ軍曹などの着ぐるみを身にまとって市街地などの賑やかな場所を徘徊していた。語源は「着ぐるみ + 民」である。

ロマンバ

2005年頃より少数派ながら現れたマンバの派生。後に姫ロリと呼ばれるファッションの原点であるロマ系とマンバを融合させたもの。なお、ロマ系は2003年頃より誕生した言葉である。

第3のギャルのカリスマと謳われる倖田來未
(写真は2005年)
サーフ系

女性のサーファーファッション自体は以前より存在していたが、2005年頃より再流行しはじめる。特徴としてはこの時期になると自身のファッションに対して「ギャル」と位置付けずにサーフ系と明確な位置付けを行っているのが特徴となった。なお、1990年代末期から2000年代初期にかけて男性の間で流行った「サーファー系」とは全く別物のジャンルのファッションである。特にブランドではCOCOLULUが流行し、ミニスカートやジーンズのヒップに同ブランドのロゴがプリントされた「ケツルル」が一世を風靡した。2005年当時のサーフ系は特にデニム素材を良く用いたファッションが流行し、先述のミニスカートもデニムであった。また、ボトムはバギーヒップハングするような着こなしが流行していたのもあって、Aラインを意識したシルエットを構築していた。現在でもギャルの中には自身のファッションをサーフ系と明確な位置付けをするものがいる。

サイケギャル(ヒッピーギャル)

SLYmoussyなどバロックジャパンリミテッドが展開する一部のブランドでサイケデリックをコンセプトとしたギャルが登場した[12]。民族的なファッションをモチーフとしたギャルで、当時の男性にも一部流行していたデリッカーと共通する部分も多い。サイケデリックトランスなどの音楽を好み、レイヴなどの音楽パーティーによく出席する。

age嬢(あげじょう)

ファッション雑誌小悪魔ageha』が創刊した2006年から2011年頃まで継続したギャルファッションのひとつ[13]。ただし、age嬢という言葉自体はファッションのジャンルではなく、後述のようなメイクやヘアスタイルに特化したギャルに対する称号的な呼称と言える。小悪魔agehaはキャバクラクラブなど夜の仕事に従事するキャバ嬢(ギャル)をそのままモデルとして起用するという業界初の試みを行なった雑誌であり、誌面に登場する一般モデルを「age嬢」と呼んだことが語源となっている。なお、同誌が創刊される以前、ファッション雑誌『nuts』の増刊ムック本としていたころ、前述のようなキャバ嬢を「小悪魔系」と呼ばれていた。ギャルファッションの多くは一般的な企業からの理解を得るのが難しいといわれており、自身のファッションスタイルを貫き通しながら社会人として活動するためには、そのファッション系統のアパレル販売員になるか、キャバクラなど風俗営業を行う店舗に従事するかの狭い選択肢しかなかった。したがって、ギャルファッションをする多くが社会人となった後にキャバ嬢として就業し、また、109系アパレルショップの顧客にこうした職業の女性が多く見られ、ギャル系アパレルとキャバクラには需要と供給のニーズが合致していることや、さらにはギャル系アパレル業界に従事することを正職とすれば表裏関係にキャバ嬢としての副職があることも暗黙視された。この見方はギャルに憧れる女子高生、女子中学生、あるいは小学生などにまでキャバ嬢に対する支持を得て[14]、実際に小悪魔agehaが創刊される以前より「夜の仕事に従事する人のメイクやファッション」がギャルファッションにおいて一定の注目をされていたことでも、age嬢という流行の登場が必然的であったことがうかがえる。

浴衣を着たすすきのの女性。age嬢を意識した盛り髪をしているのが特徴
(写真は2010年)

小悪魔agehaが創刊されると、雑誌に掲載されたage嬢のセルフメイクや私服が女子高生以下の若い年齢層の女性を中心に好評を博した[14]。ヘアスタイルに関しては基本が盛り髪、巻き髪となり、メイクは目力を強調したものであるが、それまでのギャルと根本的な違いはそのメイク技術が非常に洗練されている点であり、また、服飾よりもメイクとヘアスタイルに特化した「美」そのものを追求した構成であったことが特に若い女性の間で評価された。また、それまでギャルが行うメイクに対して懐疑的、あるいは敬遠していた層もage嬢のメイクを取り入れることによって、他のファッションジャンルへ変化を与えた要素も少なからずあった。その他にage嬢がメディアに注目されたことによって小学生が将来なりたい職業の1位にキャバクラ嬢がランクインされるなど世論の変化も見られ、さらには今までは小学生の女児はほとんど化粧をしないものであったが、age嬢の影響によって非常に濃い化粧をする女児が登場するようになるなど広い分野で美意識に対して変化が見られるようにもなった。着物浴衣などの和服に関しても従来のギャルよりage嬢の方がより着用をするようになったともいわれる。

姫ロリの一種。お姫様をイメージとした金髪の巻き髪、オフショルダーで甘めのトップスは緩く衣紋が表現される為、ゴージャスなテイストが特徴
(写真は2010年頃)
姫ロリ

2007年 - 2012年頃まで流行[15]。過去にロマンティック系(「ロマ」とも)と呼ばれていたファッションが派生したもの。姫ギャルとも呼ばれる。現在は元ジーザスディアマンテの社員であり、小悪魔agehaの登場モデルである三添桂子の兼ね合いでage嬢の一種と認識されている。他のギャルブランドのようにボディラインの強調や露出によるセクシーさを追求したものではないが、リボンやレースをあしらい、フリルやファー、刺繍、シースルー素材などふわふわした着用感はまるでロリータそのものを連想させる。しかし、メイクやヘアスタイルがロリータと大きく異なり、特にヘアスタイルはage嬢よりも巻きが多く、比喩するならばお伽話に登場するお姫様をギャル化させたような容姿となる。したがって、先述のage嬢の一種と認識されている通りに特有の強いメイクが特徴であり、つけまつげを使用して垂れ目や、大きな瞳をとことん強調するため、まさしくギャルの系統のファッションであることが分かる。そのため、姫ロリはロリータ愛好者の中ではロリータファッションと認識されない傾向が強い。ロリータ愛好者の中での姫ロリとはBaby, The Stars Shine Brightのようなブランドを指すが、ギャル系としての姫ロリとは先述の三添桂子が以前店長を務めていた「ジーザスディアマンテ」や「LIZ LISA」、そのセカンドラインである「TRALALA」などを指すため、あるいはロリータファッションをギャルと同義に扱われることを忌避している、またはそのブランドの店員と顧客のファッションの温度差(店員は姫ロリなのに、客は似て非なる姫系であるなど)が大きいとも言われ、それらを合わせて批判の対象となる場合が多い。

渋原系の姫ギャル。原宿系のテイストを取り入れているのが伺える。
(写真は2012年)

2010年代 -

2000年代後半にはギャルのカリスマが西野カナ加藤ミリヤなどの歌手を代表とするものから益若つばさなどのギャル系ファッションモデルが支持される傾向にあった。また、渋谷系ファッションと原宿系ファッションを融合した新しい考えとファッションとして渋原系という言葉も生まれ定着した。 その結果、渋谷系ファッションにはヤマンバギャルなどのような派手なメイクではなくナチュラルメイクが流行する結果となったが、渋谷系ファッションに見られた2000年代までの劇的な変化や、奇抜な新しいギャルの変異や誕生があまり見られなかった事により、原宿系ファッションへの流行の転機となった。この事も相まって渋谷系ギャルが消極化していくことになる。

渋谷系ギャル雑誌の相次ぐ撤退

渋谷系ギャルが消極化していった原因の一つとして、雑誌媒体におけるファッションモデル依存が挙げられる[16][17]。それまでのギャルファッションの多くが一つのカリスマを崇拝し、己が崇めるモデル(あるいはタレント)が雑誌内で着用する衣服や小物を購入するという動きが強かった。代表的な例として前述の益若におけるつばさ売れという現象などが挙げられる。こうした背景から加齢によって10代ファッションを通していくには無理がある年齢となったとしても他のギャル系雑誌に移籍するなど、古くから人気のあるモデル(つまり「着れば売れる」という実績があるモデル)をそのまま登用し続けた結果、新しいモデルやカリスマ的な人物を輩出出来なかった事が大きいという見方もある。益若の結婚によるPopteen卒業となった2008年には、各ギャル誌は最盛期を迎えたがその後の売り上げは極端に落ち込み始め、小悪魔agehaを例にとれば2008年には30万部を発行していたものが2014年には12万部発行し5万部程度の売り上げにまで落ち込んだ。その結果、様々な雑誌編成や社員リストラなどを行うも同誌やHappie nutsを出版するインフォレストが4月15日に事業停止され、一時休刊となる[18]。また、5月31日の7月号でeggが撤退することが発表され[19]休刊となった。

若者文化の変化とギャルの盛衰

インターネットSNSの普及によって10代及び20代前半の若者文化に大きな変化を及ぼした。これらは出版不況とも重なる為、前述の渋谷系ギャル雑誌の相次ぐ撤退にも関係するが、SNSの普及によって自分の情報を発信する文化が根付いた為、一般の人間が自分のファッションのコーディネイトをインターネット上に掲載する事で、その閲覧者がその情報を参考にするようになった為、雑誌のような1ヶ月などのスパンで得る情報から日替わりで得る情報を重宝するようになった[20][17]。これらの事から、若者の情報を得る行動も近しい友達を伝って得るよりもSNSなどで自分が良いと思った情報を得ていくという文化を形成していく事になる。その結果、従来の渋谷系ギャルに多かった「ギャルサー」などによって独自のコミュニティを形成することよりも、原宿系ギャルのような既存の友達以外にもインターネット上で浅い繋がりを持って幅広いアンテナを持つ事でファッションの変化に幅やスピードを持たせる事が出来たとも言える。情報収集力に差が出た結果とも言え、一種の情報格差とも取ることが出来る。 また、渋谷系ギャルは過去の自分における犯罪歴や悪い体験談、あるいは性の経験人数や初体験の年齢の若さなど負の側面を暴露する事(通称:闇語り)をすることによって自己顕示していく路線と取っていたのに対し、原宿系ギャルは過去の負の歴史を秘匿化してあくまで現在の自分を一つのキャラクターとして自己表現する路線を取っている(通称:不思議ちゃんキャラ)[21]。インターネットの普及や前述のような情報発信の傾向で2010年頃より男女を含めて受け入れられるようになったのが原宿系ギャルと言える。 また、前述の「闇語り」やそれまでのイメージによってコンプライアンス上の問題から渋谷系ギャルが淘汰されたという見方もある[22]

原宿系ギャルのカリスマとして謳われるきゃりーぱみゅぱみゅ
(写真は2014年)
原宿系ギャルの台頭

渋谷系ギャルの衰退と入れ替わる形で、原宿系ギャルが台頭していった結果、きゃりーぱみゅぱみゅ藤田ニコルが原宿系ギャルのカリスマとして認められていくことになる。 それまでの原宿系もKERAZipperなどの青文字系雑誌に代表されるような個性的なファッションを示していたが、原宿系ファッションを好む女性の多くはガーリー系などの比較的ナチュラルなものであった。益若による渋原系の提唱がなされた2009年頃より原宿系が渋谷系ファッションを取り入れる動きが興るようになり、その影響はそれまで渋谷系ギャルを中心に構成していたファッション誌Popteenが原宿系ギャルを中心にした構成になるなど、明らかにムーブメントに変化が起きていた。これらの結果、ガーリー系により奇抜なヘアカラーを施したようなフェアリー系に代表されるファッションが流行を示したほか、1990年代末期に原宿系ファッションで一定の流行を示したデコラ系が10代半ばの女性に大きく支持され、髪や衣装にヘアピンなどカラフルな色合いの服飾が流行を示すなど、徐々に原宿系ギャルが台頭していく様相となる。

新たな渋谷系ギャル

2010年代中期になると、欧米を中心とした外国人女性により日本のファッションカルチャーに対して大きく評価がなされる。原宿系の台頭によって渋谷系ギャルが激減したが一部のギャルサーが海外に対するアピールなどを行った結果、他国でも渋谷系ファッションを取り入れる動きが活発化しつつある。その結果、2014年頃にはネオギャルという海外セレブのファッションを取り入れた全く新感覚のギャルが登場するなど、巻き返しを図りつつある。また、一時休刊となっていたギャル系雑誌「小悪魔ageha」が2015年4月18日に、「Happie nuts」も同年7月17日に復活した[23][24]


  1. ^ 日本語大辞典(講談社)、新版実用辞典(角川書店)
  2. ^ “≪70年代のファッション≫”. ファッションの歴史. http://www.fashion-rekishi.com/70.html 2011年2月23日閲覧。 
  3. ^ 西田善太(2009年)の18頁参照。
  4. ^ 西田善太(2009年)の18頁参照。
  5. ^ クイズ!年の差なんて』(フジテレビ)のヤング問題で「コギャルは何の略?」という問題が出題されたとき、「高校生ギャル」を正解としていたことがある
  6. ^ “Japan: Sex, Teenage Girls and Consumerism”. ed strong. (2006年4月6日). http://www.edstrong.blog-city.com/japan_sex_teenage_girls_and_consumerism.htm 2011年2月23日閲覧。 
  7. ^ “検証!「ヤマンバ」の登場と衰退 ~國學院大學 講座「渋谷学」連動企画~”. シブヤ経済新聞. (2002年11月15日). http://www.shibukei.com/special/118/ 2016年1月10日閲覧。 
  8. ^ 西田善太(2009年)の19頁参照。
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  10. ^ 当然ながら、当時のALBA ROSAはレディスのみでメンズの取り扱いはなかったため、事実上の女装である。
  11. ^ 西田善太(2009年)の19頁参照。
  12. ^ “サイケギャル・ヒッピイギャル - Psy Gal / Hippie Gal”. Gal International. (2008年1月16日). http://galinternational.webs.com/fashionblog.htm?blogentryid=2799518 2011年2月24日閲覧。 
  13. ^ 西田善太(2009年)の19頁参照。
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  15. ^ 西田善太(2009年)の19頁参照。
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  37. ^ ALBA ROSAは全国の店舗を閉鎖していたが、最近「大人のラグジュアリー・エイジレスファッション」をコンセプトとしたALBA ROSA JAPANとして生まれ変わって、新しい店舗をオープンさせている。
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  43. ^ ファッション雑誌ヘッドライン「廃刊/休刊雑誌一覧」より。
  44. ^ 日経エンタテインメント!」(日経BP、2008年07月号)の特集記事「雑誌を面白くする3大キーワード/姫ギャル・ユニセックスマンガ・スターモデルって何?」より。





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