キリンカップサッカー キリンカップサッカーの概要

キリンカップサッカー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/16 14:19 UTC 版)

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キリンカップサッカー
開始年 1978年
主催 日本サッカー協会
参加チーム数 4
前回優勝 ボスニア・ヘルツェゴビナ
最多優勝 日本
サイト http://www.jfa.or.jp/
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概要

2007年大会、モンテネグロ対コロンビア戦

1978年日本代表の強化を目的として創設された。創設当時は「ジャパンカップ」という大会名であり、大会は赤字続きであった[2][3]。そこで、日本サッカー協会 (JFA) の実務のトップだった当時の長沼健専務理事が、まだ原宿岸記念体育会館の小さな一室にあったサッカー協会の部屋の窓から、線路を挟んで目と鼻の先にかつて本社のあったキリンビールを眺め「ああいう大きな会社に支援をお願いできないものか」と思案し、代理店なしで、人伝に同社とアポを取り、岡野俊一郎と共にキリンビールの小西秀次社長(当時)に直談判し、冠スポンサーを実現させた[2][4][5]。今日続くキリンビールのサッカー日本代表オフィシャルスポンサーはこのとき始まる[4][5]。1980年から「ジャパンカップキリンワールドサッカー」[6]、1985年から「キリンカップサッカー」と名称が変更された[6]。1978年から1991年までは、国外のナショナルチームクラブチームを招待して行われる代表とクラブが混合する大会だった[3]1985年までは日本からは日本代表の他に、もう1チームが出場していた。当初は日本選抜が出場していたが、1980年からは前年度の天皇杯優勝チームに出場権が与えられるようになった。1988年に一度休止したが、1991年に復活し、日本代表はタイ代表イングランドのクラブチームトッテナムなどを下して国際大会初優勝を飾った。

1992年から国際サッカー連盟 (FIFA) 公認の国際Aマッチとなり[7]、国外から2つのナショナルチームを招いて総当りのリーグ戦を展開している。1994年アルゼンチン代表が出場するはずだったが、ディエゴ・マラドーナが母国での麻薬逮捕を理由に日本入国を拒否されたことから同チームが出場を辞退し[8]、代わりにオーストラリア代表が急遽出場した。

Kirin Cup 1987.

大会はヨーロッパのリーグ戦が終了する5~6月に開催されるのが通例だが、近年はワールドカップの予選アジアカップの壮行試合という位置付けが強く、キリンカップでの勝敗よりも、ワールドカップやアジアカップでの勝敗の方が重要視されるようになった。1993年大会はワールドカップアメリカ大会・アジア1次予選の壮行試合を兼ねて3月7日と3月14日に日本の試合が行われた。

2002年2003年は国際大会のスケジュールの関係(2002年はワールドカップ日韓大会の準備などの都合)で総当たりではなく、順位は定められなかった。

2011年は、史上初めて全ての試合がスコアレスドローとなったため、日本・チェコペルーの3ヶ国同時優勝となった[9]

5年ぶりに開催された2016年は、4カ国によるトーナメント方式を採用された[10]

2010年以降、日本代表の国際試合のスケジュールの都合から開催されない年が多く出るようになった。ただし、開催されなかった年でも当大会が行われる期間に代替としてキリンチャレンジカップが行われる。

協賛企業

キリングループの協賛企業としては、麒麟麦酒をメインにキリンビバレッジが加わるという体制が長らく続けられてきたが、2012年の幕開けとともに麒麟麦酒が「製販分離」を実施し、販売を別会社化(キリンビールマーケティング株式会社)した関係で、同年からキリンチャレンジカップともども実際の賞品目録授与はそれまでの麒麟麦酒の役員に代わりキリンビールマーケティングの役員が行うようになった。なお麒麟麦酒は引き続きメイン協賛企業として名を連ねる。

近年優勝チームに対し副賞品としては、ビールの「一番搾り」、缶酎ハイ飲料の「氷結」が麒麟麦酒から、スポーツドリンク(2011年の時点では「KIRIN LOVES SPORTS」)がキリンビバレッジから、それぞれ提供されているが、イスラム圏のチームが優勝した場合は宗教戒律により原則禁酒であるため(詳細はイスラム教における飲酒を参照)、実際には麒麟麦酒からは副賞が提供されない(キリンビバレッジからスポーツドリンクのみ贈呈。該当例は2005年アラブ首長国連邦[11])。以前はキリンディスティラリー(旧・キリンシーグラム)より、シャンパンが贈呈されたことがあった。これは姉妹大会のキリンチャレンジカップの場合でも同様である。




  1. ^ キリンカップサッカー2009 ~ALL FOR 2010!~大会概要”. 日本サッカー協会 (2009年2月20日). 2009年1月20日閲覧。
  2. ^ a b サッカー批評』10号、2001年3月、双葉社、64-66頁、『サッカー批評』37号、2008年1月、双葉社、34-35頁、木村元彦「30年目の真実—キリンカップ誕生秘話」『サッカー批評』38、2008年4月10日発行、36-42頁。
  3. ^ a b キリンカップの怪 日本代表と天皇杯優勝チームが一緒に出場する矛盾!”. 牛木素吉郎 サッカーマガジン・アーカイブス. 2017年9月6日閲覧。
  4. ^ a b KIRIN サッカー応援の歴史|サッカー応援|CSV活動|キリン - キリンビール日本が歩んだ1923ー2017 そして舞台は、2018年ロシアへ ともに走りつづける。倒れてもともに立ち上がる。キリン (PDF)”. キリンホールディングス. 2018年3月28日閲覧。チケットぴあ- JAPANサッカーを支える企業  第14回 キリンビール株式会社 CSR・コミュニケーション本部キリンビール社長が日本代表を祝福「35年以上スポンサーをやって本当に良かった」キリングループ サッカー日本代表の「スポンサー」から「パートナー」へ
  5. ^ a b キリン×日本代表パートナーシップ40周年 記念トークイベントを実施”. 日本サッカー協会 (2018年12月12日). 2019年1月18日閲覧。【スポーツbiz】キリン、サッカー日本代表の協賛のきっかけは「たまたま…」 語り継がれる逸話 (2/3ページ)(Sankei Biz)2017年9月6日(2017年9月6日閲覧)“スポーツBiz ワールド サッカーマネー<6> 代表人気 日本協会潤す”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 21. (2017年5月23日) 濱口博行『日本は、サッカーの国になれたか。電通の格闘。』、朝日新聞出版、2010年、65-68頁
  6. ^ a b 日本サッカー協会75年史編集委員会 編集・制作 『財団法人日本サッカー協会75年史:ありがとう。そして未来へ』 ベースボール・マガジン社、1996年、292頁。 
  7. ^ 日本サッカー協会75年史編集委員会 編集・制作 『財団法人日本サッカー協会75年史:ありがとう。そして未来へ』 ベースボール・マガジン社、1996年、293頁。 
  8. ^ No.53 子どもたちにワールドカップを与えるか、麻薬を与えるか”. サッカーの話をしよう 大住良之オフィシャルアーカイブサト (1994年5月17日). 2012年8月15日閲覧。
  9. ^ 史上初の珍事…3試合全て0-0で3ヵ国優勝 スポーツニッポン 2011年6月8日閲覧
  10. ^ “5年ぶりキリンカップ復活 〜2016年間スケジュール発表〜” (プレスリリース), 日本サッカー協会, (2015年12月25日), http://www.jfa.jp/news/00008437/ 2015年12月25日閲覧。 
  11. ^ 当時提供されたスポーツドリンクは「キリンアミノサプリ」。
  12. ^ 「キリンカップサッカー」歴代大会結果(1978年~2008年)”. キリンビール (2009年2月20日). 2010年1月20日閲覧。
  13. ^ (ニュースレター)キリングループのサッカー支援~日本サッカー界のさらなる発展とサッカー文化の創造に向けて~”. キリンビバレッジ (2010年8月6日). 2011年9月11日閲覧。
  14. ^ a b 同時期にキリンチャレンジカップを開催
  15. ^ キリンカップサッカー2016 ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、デンマークの参加が決定”. 日本サッカー協会. 2016年1月25日閲覧。


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