カタール 国名

カタール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/10 07:12 UTC 版)

国名

正式名称はアラビア語で دولة قطر (Dawlat Qaṭar ダウラトゥ・カタル) といい、通常は قطر (Qaṭar カタル) と称する。qatura (カトゥラ=「噴出する」)に由来する。

英語での公式国名は State of Qatar、通称 Qatar英語発音: [ˈkɑːtɑːr] カーター、[ˈkætɑː] キャター)。世界の国と地域の中で、唯一“Q”で始まる英語国名である。国民・形容詞は Qatari。

日本語では「カタール国」「カタール」「カタル」と書かれる。

歴史

紀元前3000年から紀元前2000年ごろの遺物が見つかっている。ペルシア湾での真珠採取の産地として古代から知られてきた。

1825年にカタール王家サーニー家(Āl-Thānī)の創始者サーニー・ビン・ムハンマドがビダウ(البدع al-Bida‘、現在のドーハ)を治めるカタールのハーキム英語版に選ばれた。バーレーンハリーファ家英語版(Āl-Khalīfa)が1868年まで北カタールを治めていた。その年、カタール貴族の依頼によりイギリスの仲介でバーレーンの主張を取り下げさせたが、オスマン帝国がカタールを占領した。

第一次世界大戦で敗戦国となったオスマン帝国が撤退したあとはイギリスの実効支配の下、3代目カタール首長(アミール)・アブドゥッラー・ビン・ジャースィム・アール=サーニー英語版シェイクとした自治権を認めた。イギリスとカタール間の1916年の条約は、イギリスとその他のペルシャ湾諸国の条約と同じく、イギリスの承認なく自国領の変更は認めず、諸外国との外交関係も一切認めないというものだった。その代わりイギリスは海上からの侵攻に対しては保護を与え、陸上からの攻撃に対しては支援を与えるという内容だった。1934年の条約はさらにイギリスからの保護を強化したものだった。赤線協定に基づいてアングロ・イラニアン石油会社英語版(AIOC)からイラク石油会社英語版(IPC)に石油利権が譲渡されると、1935年に英蘭仏米の共同国益会社「Petroleum Development (Qatar) Ltd[注 1](PDQ)」に対し、カタールでの75年間の石油掘削権を承認。1940年には高品質の石油が、カタール半島西岸で発見された。第二次世界大戦のため1949年まで石油輸出は行われなかった。

4代目首長アリー・ビン・アブドゥッラー・アール=サーニー英語版のもとで、1950年代から1960年代にかけて、この石油がカタールに繁栄と社会進化をもたらし、近代化の始まりとなった。

1960年に5代目首長アフマド英語版が就任。1968年に発表されたイギリスのスエズ運河以東撤退宣言に伴い、イギリスの保護領トルーシャル・オマーン (Trucial Oman : 休戦オマーン。トルーシャル・コーストTrucial Coast : 休戦海岸とも。のちにアラブ首長国連邦(UAE)となる勢力は、1971年の独立を目指してアラブ首長国連邦(Federation of Arab Emirates : FAE)を結成した。当時は首長国が単独で独立国家となるのは難しいと考えており、カタールやバーレーンもその一員としてFAEに含まれていたが、すでにカタールとバーレーンは石油生産の好調で単独独立が可能な状態になっていた。他首長国との利権問題もあってカタールとバーレーンは近隣国のサウジアラビアやアラブ首長国連邦の一部になることを断り、カタールは1971年9月3日に単独で独立した。同年9月11日にアラブ連盟に、21日に国際連合に加盟した。

1972年、父であるアフマド英語版首長の外遊中に、ハリーファが無血クーデターを起こして政権を奪取(6代目首長)。1988年にはソビエト連邦および中華人民共和国とそれぞれ外交関係を結んだ。OPEC(石油輸出国機構)の初期からの加盟国であるが、天然ガスの生産に注力することを理由として[3]、2019年1月1日をもって脱退した[4]。また、湾岸協力会議の原加盟国である。1990年湾岸戦争では、反イラクの立場をとった。

1995年に首長であるハマドが、父であるハリーファの外遊中に無血クーデターを起こして政権を奪取(7代目首長)。ハマドは、政権を奪取して以降、天然資源のみに頼った経済体制を危惧して、観光産業の育成などに着手している。かつてはハリーファの閉鎖的な政策の影響で宿泊施設すらほとんどなく、「世界一退屈な都市」とまで言われた首都ドーハにもさまざまな娯楽施設などが建設され、賑わいを見せている。また、衛星テレビ局アルジャジーラも、彼のポケットマネー(1億5,000万USドル)で設立された。1996年から湾岸諸国の中で唯一イスラエルの通商代表部が置かれていたが、2009年に閉鎖された[5]

2013年6月25日、ハマドが四男のタミーム・ビン・ハマド・アール=サーニーに譲位し、タミームが首長となる。

政治

元首

タミーム首長(左)、2016年7月28日撮影

カタールはサーニー家 آل ثاني , Āl-Thānī)による首長制君主制の一種)である。現行憲法2003年4月29日に承認されたもので、三権分立の立場を取り、民主主義女性参政権の保障などを謳っている。しかし、実際はサーニー家に実権が集中している状況である。

立法

議会としては45議席の「諮問評議会」が置かれており、閣僚への質問権や予算案承認のための投票権などを持つ。45議席のうち30議席は直接選挙、15議席は首長による任命制。

行政

行政権は首長および内閣が持つ。首相職がある(カタールの首相)。

司法

司法権は上級刑事裁判所、下級刑事裁判所、民事・商事裁判所、労働裁判所、高等裁判所の5裁判所が行使する。死刑制度が存在する。

有力部族

サーニー家
昔からのカタール土着の部族。1868年のカタール独立以来、首長のポストを独占している。2002年の内閣閣僚はサーニー家が6割を占めていた[6]が、2013年6月にタミーム・ビン・ハマド・アール=サーニーが首長となって新たに任命した20人の閣僚の内、サーニー家は首相を含め3人であった[7]
アティーヤ家
カタールの有力家族のひとつ[6]。アブドゥッラー・ビン・ハマド・アル=アティーヤAbdullah Bin Hamad Al-Attiyahが国副首相兼エネルギー・工業大臣として2007年11月に来日した[8]
ミスナド家
前首長ハマドの母や、ハマドの第二夫人で現首長タミームの母モーザ皇太后Sheikha Mozah Bint Nasser Al-Missnedを輩出する[9]
カマル家
2002年当時の財務相 Yusif Husayn al-Kamal を出している[6]



注釈

  1. ^ 後にカタール石油会社 (Qatar Petroleum Company, QPC) に改称。

出典

  1. ^ a b c d Report for Selected Countries and Subjects 2020年1月29日閲覧。
  2. ^ カタールの概要”. 在カタール日本国大使館 (2017年8月16日). 2018年1月7日閲覧。
  3. ^ “カタール、OPECを来年1月1日付で脱退-エネルギー相”. bloomberg.co.jp. ブルームバーグ. (2018年12月3日). https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-12-03/PJ5DSM6JIJUR01 2018年12月3日閲覧。 
  4. ^ Member Countries”. 石油輸出国機構. 2019年10月20日閲覧。
  5. ^ カタール基礎データ | 外務省
  6. ^ a b c 前田高行『カタル・サーニー家の構図 』(2002年12月22日)
  7. ^ “Qatari Amir unveils new cabinet set-up”. Kuwait News Agency. (2013年6月26日). http://www.kuna.net.kw/ArticleDetails.aspx?id=2319169&language=en 2013年6月28日閲覧。 
  8. ^ カタール国 要人往来日本国外務省
  9. ^ 輝くアラブ女性のシンボル:モーザ王妃
  10. ^ “タリバンがカタールに事務所設置―米国などと暫定合意”. 『ウォール・ストリート・ジャーナル』. (2012年1月4日). http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-369716.html 
  11. ^ イラン包囲網にトランプ外遊 突然ではない? サウジのカタール断交 THE PAGE(2017年6月7日)2017年6月7日閲覧
  12. ^ “中東主要国が「テロ支援」でカタールと断交、イラン反発”. ロイター. (2017年6月6日). http://jp.reuters.com/article/quatar-gulf-tie-idJPKBN18W0D7 
  13. ^ 新オスマン主義」『読売新聞』朝刊2017年4月26日
  14. ^ “PLA's goose-stepping highlight of Qatari National Day military parade”. 人民網. (2017年12月20日). http://en.people.cn/n3/2017/1220/c90000-9306770.html 2017年12月22日閲覧。 
  15. ^ “Qatar Parades New Chinese Short-Range Ballistic Missile System”. The Diplomat. (2017年12月19日). https://thediplomat.com/2017/12/qatar-parades-new-chinese-short-range-ballistic-missile-system/ 2017年12月22日閲覧。 
  16. ^ “SCO receives membership requests from Qatar, Bahrain”. インテルファクス通信. (2017年12月5日). https://www.interfax.kz/?lang=eng&int_id=21&news_id=28540 2017年12月23日閲覧。 
  17. ^ “China's Growing Security Relationship With Qatar”. The Diplomat. (2017年11月16日). https://thediplomat.com/2017/11/chinas-growing-security-relationship-with-qatar/ 2017年12月22日閲覧。 
  18. ^ “Qatar, US stage joint military exercise in crisis-hit Doha”. Press TV. (2017年8月22日). https://www.presstv.com/Detail/2017/08/22/532587/Qatar-US-Doha-military-exercise-Friendship-Jump-Colonel-David-Keesy 2018年10月4日閲覧。 
  19. ^ a b IMF2016年1月2日閲覧。
  20. ^ 県民経済計算日本国内閣府 2016年1月2日閲覧
  21. ^ 「1人あたりの国民総所得(GNI)の多い国」日本国外務省
  22. ^ “「世界で最も裕福な国」はカタール=日本はSP、香港にも及ばずトップ10外―米誌”. Record China. (2012年2月28日). http://www.recordchina.co.jp/b59110-s0-c30.html 2017年12月22日閲覧。 
  23. ^ 日本国勢図会』2009/2010年版より。
  24. ^ 「カタールQP、ガス田開発加速」『日経産業新聞』2020年1月10日(グローバル面)
  25. ^ 「カタール見習騎手招待レース」国分 優作騎手の騎乗結果”. 日本中央競馬会 (2012年3月2日). 2013年2月26日閲覧。
  26. ^ 嶋田 純次騎手がカタール見習騎手招待レースに参加”. 日本中央競馬会 (2013年2月15日). 2013年2月26日閲覧。





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