カスピ海 石油開発

カスピ海

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/15 09:39 UTC 版)

石油開発

アゼルバイジャンの海底油田
ロシアの海底油田

カスピ海周辺には大量の石油が埋蔵されている。開発も古くから行われ、早くも10世紀には油井が掘られていた[15]。世界初の海上油井ならびに機械掘削の油井は、バクー近郊のBibi-Heybat Bayで建設された。1873年に、当時知られていた中では世界最大の油脈であるこの地方での近代的な油田の開発が始まり、1878年にはアルフレッド・ノーベルが二人の兄と共にノーベル兄弟石油会社を設立した。ノーベルのほか、後にカルースト・グルベンキアンを生むグルベンキアン家もバクー石油の有力な企業家だった。1900年にはバクーには油井が3000本掘られ、そのうち2000本が産業レベルで石油を生産していた。バクーは黒い金の首都と呼ばれ、多くの熟練労働者や技術者を引き寄せた。20世紀の幕が開けるころには、バクーは世界の石油産業の中心地となっていた。1920年にはボリシェビキがバクーを制圧し、すべての私有の油井は国有化された。1941年にはバクーを中心とするアゼルバイジャンの石油生産量は2350万トンとなり、ソビエト連邦の全石油生産の72%にも上った[15]

しかしその後、中東ベネズエラなど世界各地で油田開発が進み、バクー油田の世界シェアは急落した。世界シェアのみならず、ソ連内においても西シベリアなど領内各地で油田開発を進められており、チュメニ油田などの開発によってカスピ海沿岸地域の石油生産への比率は低下した。1990年には、カスピ海沿岸地域の石油生産はカザフスタンが全ソ連原油生産の4.5%、アゼルバイジャンが同2.2%、併せて6.7%を占めるに過ぎなかった。一方、天然ガスはトルクメニスタンが全ソ連天然ガス生産の10.8%、ウズベキスタンが同5.0%を占めていた[16]

ソヴィエト連邦崩壊後、再びこの地域の石油・天然ガス資源が脚光を浴びつつある。カスピ海で最も早く油田生産が始まったアゼルバイジャンがバクーを中心として一大石油生産地となっており、ロシア、カザフスタン、トルクメニスタン、イランでも探鉱が進められている。バクー沖のアゼリ、チラグ、グナシリの3油田(総称してACG鉱区という)には国際石油開発帝石伊藤忠商事が資本参加し、開発が進められている[17]2002年にはカスピ海北東部、カザフスタン領海内でカシャガン油田が発見され、日本を含め大手石油企業が参加して大規模な開発が進められた。

カスピ海からの石油パイプラインは従来すべて北のロシア方面へと走っていたものの、カスピ海の石油産出が増加するにつれ黒海沿岸へのパイプライン建設の必要性が叫ばれるようになり、まず1997年、それまで「ノヴォロシースクからバクーへと」走っていたパイプラインを改修し、「バクーからノヴォロシースクへ」走るパイプラインが建設された。ついで1999年、バクーから黒海沿岸のグルジア・スプサ港へのパイプラインが建設された。このルートは陸上距離が短く、建設・輸送コストが抑えられるうえロシアを経由しないため利用価値は高かったが、パイプラインとしては小規模なものだった。ついで、2001年にはカザフスタンテンギス油田からのCPCパイプラインがノヴォロシースクまで建設され、黒海は重要な石油輸出ルートとなった[18]

しかし、黒海と地中海を結ぶボスポラス海峡ダーダネルス海峡は非常に幅が狭く、石油輸出船の急増により船舶通航量は限界に達しつつあった。2004年にはトルコが両海峡のタンカー通行規制を強化し、その結果タンカーが黒海にて滞留する事態となった[19]。このため、黒海を通らない石油ルートがふたたび模索され、2006年にはバクーからグルジア内陸部・トルコ東部を通り、トルコ領南東部にあって地中海に面するジェイハン港へと直接抜けるバクー・トビリシ・ジェイハンパイプライン(BTCパイプライン)が開通した。

2011年9月には、アゼルバイジャンの沖合のカスピ海上にて、フランスのトタルなどによって大規模なガス田が発見されたと報道された[20]


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