カザフスタン 国名

カザフスタン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/04 01:19 UTC 版)

国名

正式名称はカザフ語で、Қазақстан Республикасы(Qazaqstan Respublikasy; カザクスタン・リスプブリカスィ)、ロシア語で、Республика Казахстан(Respublika Kazakhstan; レスプーブリカ・カザフスタン)。

公式の英語表記は、Republic of Kazakhstan。通称、Kazakhstan

日本語の表記は、カザフスタン共和国。通称、カザフスタン。漢字表記は哈薩克斯坦[5][6]

国名は、カザフ人の自称民族名 Қазақ(Qazaq; カザク)と、ペルシア語で「~の国、~の多いところ」を意味する -stān/-estān; スタンの合成語である。「スタン」に関しては、モンゴル語の「部族」を意味する「ястан (ヤスタン)」に由来するという意見もある。カザクは、テュルク語で「独立不羈の者」「放浪の民」を意味する。

2014年2月6日ヌルスルタン・ナザルバエフ大統領は周辺の同じく「スタン」を国名に持つ旧ソ連諸国との差別化により、国際的な認知度をアップさせるため、国名を変更する考えとともに新たな国名の候補として「カザフエリ(カザフ語でカザフ人の土地を意味する)」を挙げたと報じられたが[7]、6月にはエルラン・イドリソフ英語版外相がそのような動きを否定している[8]

歴史

イッセドネス人、アリマスポイ人

古代ギリシアのヘロドトスアリステアス英語版らによる歴史書では、伝承ではあるものの、最古のカザフステップイッセドネス人アリマスポイ英語版人(一眼族)といった諸族がいたことを記録している。イッセドネス人は故人の肉を食す民族であり、アリマスポイ人は一つ目の民族であるという。アリマスポイ人は絶えず近隣の民族を攻撃しており、そのため西隣のイッセドネス人は西へ移動し、その西にいたスキュタイ人は西へ移動し、さらに西(南ロシア草原)にいたキンメリア人を追い出すこととなった[9]

スキュタイ、マッサゲタイ

古代ギリシアのヘロドトスによる『歴史』によれば、もともとアジアの遊牧民であったスキュタイがマッサゲタイに追われてアラクセス河を渡河し、当時のキンメリア地方(現在の南ウクライナ)に移ったという。アケメネス朝キュロス2世ヤクサルテス川を越えて中央アジア征服に及んだ際、マッサゲタイの女王トミュリスに殺され、征服は失敗に終わったと、されているがこの記述はキュロス2世の死後から大分経ってから書かれた記録であること、トリュミスの名がここでしか書かれてないことから反ペルシアであるヘロドトスの創作の可能性の方が高い

サカイ、ソグディアノイ

古代ローマの地理書にはサカイソグディアノイといった民族が記されている。サカイはスキュタイと同じ遊牧民族であり、ペルシアの史料ではサカと呼ばれ、アケメネス朝の属民であった。アレクサンドロスの侵入時もその存在が確認でき、ヤクサルテス川(シル・ダリヤ)をはさんで対峙した。ソグディアノイはのちにシルクロード交易の担い手となるソグド人として有名であるが、このころはアケメネス朝やアレクサンドロスの属民として歴史に登場する[10]

康居、奄蔡

紀元前2世紀から4世紀にわたり、中国の歴史書には康居奄蔡といった遊牧民族が記されている。康居ははじめ、東の匈奴、南の大月氏といった強国に臣従していたが、1世紀になると、栗弋国、厳国、阿蘭聊国といった諸国を支配下に入れるほど強盛する。奄蔡は西方史料のいうアオルソイに比定されたり、のちに阿蘭と改名したことからアランに比定されたりするが、記録が少なく、康居と同族であること以外わかっていない[11]

悦般、エフタル

悦般モンゴル高原から追われた北匈奴が行き着いた地で建てた国であり、その場所は康居の北にあったとされる。言語・習俗は高車と同じであり、周辺民族の中でも清潔であったという[12]

この悦般がのちのエフタルであるとする説もある[13]。エフタルはその出自が不明で、アルタイ山脈から南下してきたとも、バダフシャンにいたとも言われている[14]。エフタルはインドではフーナ(hūna)と呼ばれ、ペルシアではヘプタル(heptal)、中国では嚈噠・挹怛とも呼ばれ、中央アジアにあってその周辺国に侵入し、戦争を行った。

西突厥

6世紀、エフタルの国家は突厥サーサーン朝の挟撃に遭って滅ぼされ、中央アジア全土は突厥の領土となった。突厥は582年に東西に分離し、カザフ草原は西突厥が支配することとなる。西突厥は内紛が相次ぎ、一時はの支配下に入ってともにアラブ・イスラーム勢力と戦うも、741年には王族である阿史那氏が滅び、その帝国はそれぞれの部族に分散してしまう。9世紀から12世紀にかけては西突厥の構成民族であった突騎施(テュルギシュ)、カルルクオグズ、キマク、キプチャクカンクリハザールペチェネグなどが割拠した。

カラハン朝、カラ・キタイ

カラハン朝テュルク系初のイスラーム王朝であり、その母体はウイグルともカルルクとも言われている[15]。東西の文化が融合したことで、文化面では大いに発展し、「カラハン朝トルコ語トルコ語版」と呼ばれるアラビア文字を使って記されるテュルク語の文語が生まれた。ユースフ・ハーッス・ハージブの韻文作品『クタドゥグ・ビリグ(幸福になるための智恵)』や、マフムード・アル・カーシュガリーのテュルク諸語の語彙を集めた辞典『ディーワーン・ルガート・アッ=トゥルクトルコ語版(テュルク諸語集成)』が登場し、テュルク・イスラム文化の先駆けとなった[16]。カラハン朝は1041年に東西に分裂し、12世紀初頭には耶律大石率いる契丹軍によって征服され、カラ・キタイ(西遼)の属国となった。

モンゴル帝国

カザフ草原の西の大部分はテュルク系のキプチャクの領土であり、東の大部分はカラ・キタイの領土であった。カラ・キタイは1211年ナイマンクチュルクによって乗っ取られるが、まもなく東の遊牧民族を統一したチンギス・カンモンゴル軍によって征服され、1236年にはキプチャクもバトゥ率いるモンゴル征西軍によって征服される。中央ユーラシアの遊牧民騎馬民族はすべてモンゴル帝国の支配下に入ることとなった。

モンゴル第2代皇帝オゴデイが没すると、1242年にバトゥはヴォルガ川下流のサライに都を置いて、カザフ草原(当時はキプチャク草原と呼ばれた)を中心とする自立政権ジョチ・ウルスを築いた。ジョチ・ウルスは内部では「右翼=バトゥ・ウルス=白帳ハン国」と「左翼=オルダ・ウルス=青帳ハン国」に分かれており、オルダ・ウルスはイルティシュ川上流域〜シル川下流域という後のカザフスタンに近い領域を支配していた。

カザフ・ハン国

アブライ・ハーン切手
カザフスタン、2001年、Michel 317)
ペトロパブル近郊のロシア人入植者

15世紀末、ジョチ・ウルスの東部(現在のカザフ草原)において、ウズベクと呼ばれる遊牧集団からアブルハイル・ハンが頭角を現し、ウズベク・ハン国を建国させる。一方でケレイとジャニベクの2人によって率いられた青帳ハン国の残党(=後のカザフ)がウズベク・ハン国より分離する。アブルハイル・ハンの死後、カザフの集団は分裂状態に陥ったウズベクの集団を吸収し、カザフ・ハン国を形成、アブルハイル・ハンの孫にあたるムハンマド・シャイバーニー・ハンによって率いられたシャイバーニー朝と対立する。カザフ・ハン国はカーシム・ハン(在位:1511年 - 1518年)の時代に強盛となり、対外戦争を行い、周辺国から恐れられた。

18世紀になると、カザフ・ハン国は政治的統一を失い、東部の大ジュズҰлы жүз)、中部の中ジュズОрта жүз)、西部の小ジュズКіші жүз)という3つの部族連合体に分かれて草原に居住するようになる。

18世紀初頭、ジュンガルが襲来したため(アクタバン・シュブルンドゥ)、1730年代から1740年代に小ジュズと中ジュズはロシア帝国に服属を表明し、その傘下に入った。1820年代になると、カザフのハンは権威を喪失しており、ロシア帝国による直接統治を受け入れていた。同じころ、残る大ジュズもロシア帝国の統治を受け入れる。こうしてロシア帝国に組み込まれたカザフ草原は、アクモリンスク州セミパラチンスク州セミレチエ州ウラリスク州、トルガイ州、シルダリア州の6州に区分され、その東半分は1891年ステップ総督府の管轄下に置かれた(セミレチエ州は1897年にトルキスタン総督府へ移管)。

カザフ・ソビエト社会主義共和国

ロシア革命では、北部は白軍の支配下に入りアラシュ自治国1917年 - 1920年)、1920年に南部は赤軍の支配下に入りソビエト連邦の構成下においてキルギス自治ソビエト社会主義共和国英語版が誕生(首都はオレンブルク)、1925年にはカザフ自治ソビエト社会主義共和国1925年 - 1936年)が樹立された(1929年に首都がアルマトイになる)。

1936年12月5日カザフ・ソビエト社会主義共和国1936年 - 1991年)に昇格したあと、ソビエト連邦の共産党政権のコントロール下に置かれた。領内にはソ連の核実験の中心地としてセミパラチンスク核実験場が、宇宙開発の中心となるバイコヌール宇宙基地が作られた。

カザフスタン共和国

ソビエト連邦崩壊直前の1991年12月16日、「カザフスタン共和国」として独立し、1991年12月21日独立国家共同体(CIS)に加盟した。

2006年2月、野党アク・ジョル」の共同議長アルティンベク・サルセンバエフは運転手とともに、アルマトイで射殺体で発見された。5人の国家保安委員会のメンバーが、サルセンバエフの殺害に関わっているとして逮捕された。バウルツァン・ムハメドツァノフ内務大臣によると、犯人は1人あたり2万5,000ドルを受け取っているという。警察官1人も殺人に関わったとして逮捕されている。カザフスタンでは、反対派のアルマトイ前市長のザマンベック・ヌルカディロフも射殺体で発見されている。

2007年8月18日の議会選挙では、与党ヌル・オタン」が比例代表制による全98議席を獲得、その他9議席を大統領直属の国民評議会が指名するため、与党が107議席をすべて独占することとなった。5月には憲法改正が行われており、改正によってナザルバエフ初代大統領に限り、3選禁止の規定が除外されている。

政治

行政

大統領

カザフスタンの国家元首直接選挙により選出される大統領であり、任期は5年となっている。

大統領は政府を組閣し、閣僚最高裁判所長・検事総長・国立銀行総裁を任免、国民投票を実施し、非常事態を導入する権限を有する。1992年5月から大統領が軍最高司令官を務め、同年7月からは国家保安委員会が直属している。

現在の大統領はカシムジョマルト・トカエフ

ソビエト連邦構成国だったカザフ・ソビエト社会主義共和国共産党第一書記・同共和国大統領(それぞれ1989年1991年に就任)からそのまま1991年12月にカザフスタン共和国大統領に就任したヌルスルタン・ナザルバエフが、独立以来2019年まで一貫して大統領の地位にあり、強力な指導力を発揮した。

1995年4月に大統領の任期を延長し、2000年12月までとしたが、同年8月には新憲法草案が国民投票にかけられ、圧倒的賛成で可決された[17]。この1995年憲法はカザフスタンを大統領制国家であると規定し、大統領に大幅な権限を与えた。そして、最高評議会を廃止して二院制議会を新設し、1995年12月に議会選挙を実施したが、反対派はほとんどボイコットした。

1998年10月に憲法改正が行われ、大統領の任期は5年から7年に延長、65歳までとされていた候補者の年齢制限が撤廃された。2007年には議会がナザルバエフを終身大統領とする議決を行うが、本人はこれを拒否した。

2019年3月19日、ナザルバエフは電撃辞任を表明し、翌20日に正式に退いた。

首相

現在の首相はアスカル・マミンカザフ語版英語版ロシア語版

同国における首相は、議会の同意により大統領が任命する。閣僚は、首相の提案により大統領が任命する。また政府は、大統領の任期満了とともに総辞職し、新大統領により組閣される。

閣僚の70パーセントは人口の約65パーセントを占めるカザフ人である。

立法

立法府は、下院(マジリス)と上院セナト)の二院制である。下院は定数107議席。うち98議席が比例代表制による直接選挙で選出され、9議席はカザフスタン民族会議により選出される。

カザフスタン民族会議とは大統領諮問機関であり、国内にある民族団体おおよそ全部を包括している[18]。議席を得るには、7パーセント障壁を超える必要がある。

上院は定数47議席。各州、旧首都、首都の地方議会から2名ずつ選出され、15名は大統領が個人的に任命する。1995年3月には、民族間関係を調整するカザフスタン民族総会が設置されている。上院が6年、下院が5年に延長された。

1993年12月、一院制立法府のカザフスタン最高評議会英語版は解散させられ、1995年3月、憲法裁判所は1994年3月実施の選挙が違憲であったとの決定を下した。その後は議会不在のままである。

建国以来、ヌル・オタン(輝く祖国党)が単独過半数を占めており、事実上の一党独裁体制である。

主要政党

司法


注釈

  1. ^ この他、初代大統領ナザルバエフは与党である「ヌル・オタン」党の党首も兼ねており、現大統領らと共に国家を指導する地位に立っている。
  2. ^ 現地では[кореец](ロシア語で「高麗人」の意)と呼ばれている。

出典

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  2. ^ カザフスタン共和国基礎データ”. 外務省. 2018年11月5日閲覧。
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  8. ^ “Kazakhstan will not change its name to get rid of the “stan” ending: Foreign Minister” (英語). Tengrinews. (2014年6月13日). https://en.tengrinews.kz/politics_sub/Kazakhstan-will-not-change-its-name-to-get-rid-of-the-stan-254165/ 2017年3月6日閲覧。 
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  11. ^ 『史記』(大宛列伝)、『漢書』(西域伝)、『後漢書』(西域伝)、『三国志』(裴注『魏略』西戎伝)
  12. ^ 『魏書』(列伝第九十 西域)、『北史』(列伝第八十五 西域)
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