オオカミ 絶滅地域への再導入

オオカミ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/15 16:43 UTC 版)

絶滅地域への再導入

オオカミの住処や獲物である草食動物を人間が奪ったため、オオカミは人間に駆除される危険を冒してまで家畜を襲うようになった。そのため家畜を襲う害獣であるとして人間がオオカミを駆逐し、絶滅させてしまった地域がある。そうした地域のなかにはオオカミの絶滅の後、天敵を失った大型の草食動物が異常に増加し、地域の植物が食べ尽くされたことによって森林が消滅し、逆に大量の草食動物が餓死し既存の生態系を攪乱せしめたという例がある。こうした撹乱された生態系を以前のものに戻す対策として、アメリカ合衆国のイエローストーン国立公園では、絶滅したオオカミを再び導入し、成功を収めている。

日本

日本固有のオオカミのうち、本州四国九州に分布していたものは、ニホンオオカミCanis lupus hodophilax または Canis hodophilax)と呼ばれる。大きさは中型の日本犬ぐらいで、毛色は白茶けており、夏と冬では毛色が変わったとされる。

ニホンオオカミ1905年明治38年)に奈良県東吉野村鷲家口(わしかぐち)にて捕獲された若いオスの個体を最後に目撃例がなく、絶滅したと見られる。1910年(明治43年)8月に福井城址にあった農業試験場(松平農試場)で捕獲されたイヌ科動物がニホンオオカミであった」との論文が発表された[8][9]が、この個体は標本が現存していない(福井空襲により焼失。写真現存)ため、最後の例と認定するには学術的には不確実である[9]

ニホンオオカミの標本は、頭骨はある程度残っているが、剥製や全身骨格の標本が極めて少なく、日本国内では数点しか知られていない。日本国外では、鷲家口で捕獲された個体の仮剥製と頭骨が、ロンドン自然史博物館に保管されている[10]。また、シーボルトが長崎の出島で飼育していたニホンオオカミの剥製1体が、オランダ国立自然史博物館に保存されている。

日本では関東中部地方において秩父三峯神社奥多摩武蔵御嶽神社でオオカミを眷属として祀っており、山間部を中心とした狼信仰が存在する[注 2]。オオカミを「大神」と当て字で表記していた地域も多い。日本各地に残る送り犬の伝承はニホンオオカミの習性を人間が都合の良く解釈したという説がある。

眷属としてのオオカミのご利益は山間部においては五穀豊穣や獣害よけ、都市部においては火難・盗賊よけなどで、19世紀以降には憑き物落としの霊験も出現する。眷属信仰は江戸時代中期に成立し、幕末には1858年安政5年)にコレラが大流行し、コレラは外国人により持ち込まれた悪病であると考えられ、憑き物落としの霊験を求め眷属信仰は興隆した。そのため憑き物落としの呪具として用いられる狼遺骸の需要が高まり、また同時期に流行した狂犬病ジステンパーの拡大によって狼の獣害も発生し、明治以降、家畜を襲う害獣として懸賞金まで懸けられた徹底的な駆除などの複合的な原因によって絶滅したと思われている。

一方、北海道および樺太千島に生息した大型の亜種は、エゾオオカミ (Canis lupus hattai) と呼ばれている。大きさはシェパードほどで、褐色の毛色だったとされている。アイヌではエゾオオカミを「狩りをする神(オンルプシカムイ)」「ウォーと吠える神(ウォセカムイ)」など地域によって様々な呼び名があるが、雅語としての「大きな口の神(ホロケウカムイ)」は北海道全域で通じた。伝承では英雄を助ける、主人公を騙して夫にしようとする、いたずら好きなど様々な性格で語られるが、カムイのオオカミは白い毛を持つとされる[11]。明治以降、入植者により毛皮や肉目的の狩猟で獲物のエゾシカが一時激減し、入植者が連れてきた牛馬などの家畜を襲って害獣とされ、懸賞金まで懸けられた徹底的な駆除により数が激減し、ジステンパーなどの飼い犬の病気の影響や1879年(明治12年)の大雪によるエゾシカ大量死が重なった結果、1900年(明治33年)頃に絶滅したと見られる。

文化

牝狼の乳を吸うロームルスレムス
『ロームルスとレムスの発見』(ピーテル・パウル・ルーベンス作)

ヨーロッパ中国など牧畜が盛んであった地域では家畜を襲う害獣として忌み嫌われる傾向にあり、逆に日本(北海道を除く)のように農業が盛んであった地域では、農作物へ被害をあたえるシカなどの害獣を駆除する益獣として、怖れをもたれると同時に慕われもした。また、アイヌやネイティブアメリカンなどのように、狩猟採集生活が盛んであった民族でも神格化されることがある。


神話、伝説、民俗

  • 中世ヨーロッパにおいては、狼はしばしば死や恐怖の対象として描写される。北欧神話では巨大な狼であるフェンリルが神々の敵として描かれている。童話の『赤頭巾』では、狼は赤頭巾を食べようとする悪役として描かれている。18世紀中旬には、「ジェヴォーダンの獣」と呼ばれる巨大な狼(大山猫とも)が出現したとされ、フランス中部地方を震撼させた。しかし、オオカミは一匹だけで大きな獲物を狩る習性はなく、臆病な動物であるため、科学的に見てこの事件にオオカミは関わっていないとされている。
  • キリスト教でも、狼は邪悪な害獣として扱われることが多く、七つの大罪では、ユニコーンドラゴンと同じく『憤怒』を象徴する動物として扱われることがある。
  • 人間が狼に変身する人狼についての記述が古代よりしばしば見られる。ヨーロッパで狼を忌み嫌うのは中世キリスト教が、土着の信仰を駆逐するため人狼伝説を利用してきた影響も大きい。中世のヨーロッパでは、人狼の存在が信じられており、昼間は人間の姿をしている人狼が、夜間には狼の姿で他の人間を襲い、の武器(銀の弾丸など)でなければ倒すことが出来ないなどとされた。古代ローマの博物学者であるプリニウスは著書『博物誌』において、人狼が現われたという噂を紹介したうえで、このような変身の存在はでたらめであると否定している。イギリス本土の諸島では早い段階で狼が駆逐されたために、人狼の伝説は外国起源のものであり、魔法使いや巫女はたいてい猫や兎に化けることになってしまった、という説をセイバイン・ベアリング=グールドが唱えている[12]
  • インドにはオオカミが子供を育てたという噂が多数あり(狼っ子)、特にアマラとカマラという少女の事例が知られる。
  • 長野県佐久市猿久保では、オオカミがお産する穴を発見したら、赤飯重箱に詰め村人が巣穴の前に供えた。オオカミはお産を無事に終えると空になった重箱を村人の家まで返却したという民話がある[13]
  • 科学的観察に基づく話としてシートン動物記狼王ロボが有名である。
  • カムチャッカ半島では、双子の父親はオオカミであるとされた[14]

指導者や神

軍事

題材とした作品など

赤頭巾とオオカミ
  • オオカミが登場する童話には、『三匹の子豚』、グリム童話の『狼と七匹の子山羊』『赤ずきん』、イソップ寓話の『嘘をつく子供』、米国の昔話『オオカミになった弟』などがある。悪いオオカミも参照。
  • 日本のアニメーションや漫画、絵本にもキーパーソンとしてオオカミはしばしば登場する。『狼少年ケン』のオオカミ一族、『もののけ姫』のモロ(山犬の神)、『チリンの鈴』のウォー(仇を育てた狼)など育て親のイメージの役割と『ドン・チャック物語』のラッパ狼、『名探偵ホームズ』のモリアーティ教授など悪役のイメージのものが多い。
  • 一方『おおかみこどもの雨と雪』では、その悪役のイメージを逆手に取り、狼人間と人間の間に生まれた“おおかみこども”が「オオカミはなぜどの物語も悪役なのか」と母に泣きつくシーンが登場する。同様に、緑黄色社会の楽曲「Mela!」のミュージックビデオも、「あなたはあなたの物語の主人公」というメッセージのもと、周囲から疎まれていた主人公のオオカミが自分を変えていくストーリー設定になっている[17]
  • また『あらしのよるに』のガブ、『おれたちともだち』シリーズのオオカミさんのように主役のパートナーとして登場する作品が現れるようになってきた。ロシアのアニメーション『狐と兎』でもウサギを手助けするキャラクターのひとりとしてオオカミが登場する。また、米国のファンタジー小説『ベルガリアード物語』に登場する老魔術師ベルガラスとその妻ポレドラなども、主人公を助ける重要なキャラクターである。
  • オオカミを孤高の象徴として捉えた作品が登場するようになってきた。『狐と兎』の作家ユーリ・ノルシュテインの代表作品、『話の話』ではオオカミの子が人々の平和と悲しみの時代の記憶をたどる非常に重要な役割を持って登場する。平井和正の作品『ウルフガイ』『アダルト・ウルフガイ』などのシリーズでは狼人間である主人公を通してオオカミの孤高性が多く語られる。アニメーション『WOLF'S RAIN』の主人公たちは人間に姿を変えることのできる狼であり、オオカミの神性と孤高が描かれた。『やっぱりおおかみ』は仲間を探して旅をする一匹狼の絵本。結局仲間は見つからず、舌打ちする内容。
  • コンピューターゲームには、日本古来のオオカミの神性を題材とした『大神(おおかみ)』などがある。
  • 団結の象徴として、Jリーグセレッソ大阪ではマスコットにオオカミ(愛称ロビー)を採用している。
  • セルゲイ・プロコフィエフの台本・作曲による交響的物語『ピーターと狼』は子ども向けクラシック音楽入門作として名高い。
  • 米国のファンタジー小説『ファオランの冒険』では、部族ごとに群れをなし、厳しい掟によって自らを律するオオカミたちの生態が描かれている。
  • スズキのオートバイ『ウルフ』はオオカミが力強さとスピードをイメージさせることからその名が付けられた。

注釈

  1. ^ インドネパールパキスタンブータン個体群はワシントン条約附属書I。
  2. ^ ただしヤマイヌと呼んだ上でのニホンオオカミ以外のイヌ科動物との混同、未分類のままの崇拝も見られる。

出典

  1. ^ Boitani, L., Phillips, M. & Jhala, Y. 2018. Canis lupus (errata version published in 2020). The IUCN Red List of Threatened Species 2018: e.T3746A163508960. doi:10.2305/IUCN.UK.2018-2.RLTS.T3746A163508960.en. Downloaded on 10 April 2020.
  2. ^ 今泉忠明『絶滅野生動物事典』(KADOKAWA<角川ソフィア文庫>、2020年ISBN 978-4-04-400527-6)p.85
  3. ^ 「海辺のオオカミ」『ナショナルジオグラフィック日本版』2015年10月号
  4. ^ 今泉忠明 『野生イヌの百科』〈動物百科〉(第2版)データハウス、2007年、15頁。ISBN 9784887189157 
  5. ^ Sardella, Raffaele; Bertè, Davide; Iurino, Dawid Adam; Cherin, Marco; Tagliacozzo, Antonio (2014). “The wolf from Grotta Romanelli (Apulia, Italy) and its implications in the evolutionary history of Canis lupus in the Late Pleistocene of Southern Italy”. Quaternary International 328–329: 179–195. Bibcode2014QuInt.328..179S. doi:10.1016/j.quaint.2013.11.016. 
  6. ^ a b Wang, Xiaoming; Tedford, Richard H. (2008). Dogs: Their Fossil Relatives and Evolutionary History. Columbia University Press, New York. pp. 1–232. ISBN 978-0-231-13529-0. OCLC 502410693. https://books.google.com/books?id=LnWdpK7ctI0C 
  7. ^ a b c R.M. Nowak (2003). “Chapter 9 - Wolf evolution and taxonomy”. In Mech, L. David; Boitani, Luigi. Wolves: Behaviour, Ecology and Conservation. University of Chicago Press. pp. 239–258. ISBN 978-0-226-51696-7 
  8. ^ 吉行瑞子今泉吉典福井城内で射殺されたニホンオオカミ」『ANIMATE』第4巻、農大動物研究会、2003年、2019年5月6日閲覧。
  9. ^ a b “最後のニホンオオカミ 福井市(6)”. マイタウン福井 (朝日新聞社). (2007年1月9日). オリジナルの2007年10月6日時点におけるアーカイブ。. https://megalodon.jp/2007-1006-2236-27/mytown.asahi.com/fukui/news.php?k_id=19000130701090001 
  10. ^ Canis lupus hodophilax, Japanese wolf”. Natural History Museum Picture Library. The Trustees of the Natural History Museum, London. 2016年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月6日閲覧。
  11. ^ オオカミ、エゾオオカミ、狼 - アイヌと自然デジタル図鑑
  12. ^ ベヤリング・グウルド 著、今泉忠義 訳 『民俗学の話』〈角川文庫〉角川書店、1955年、43頁。 
  13. ^ 佐久市志編纂委員会編纂『佐久市志 民俗編 下』(佐久市志刊行会、1990年)1119ページ
  14. ^ Uno Harva: Die religiösen Vorstellungen der altaischen Völker. FF Communications N:o 125. Suomalainen Tiedeakatemia, Helsinki 1938, S. 473
  15. ^ Im Führerhauptquartier (FHQ)
  16. ^ 『狼群作戦の黄昏』朝日ソノラマ新戦史シリーズ
  17. ^ 緑黄色社会、新曲「Mela!」が玉城ティナ出演"パルティ カラーリングミルク"CM曲に決定&先行配信スタート。クリエイター8名によるMVも本日4/13プレミア公開 Skream! 劇ロックエンタテインメント 2020年4月13日


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