ウズベキスタン 行政区画

ウズベキスタン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/08 16:59 UTC 版)

行政区画

ウズベキスタンの行政区画
タシュケントの中心街

ウズベキスタンは12の州(viloyat、ヴィラヤト)、1つの自治共和国(respublika、レスプブリカ)、1つの特別市(shahar、シャハル)に分かれる。

主要都市

経済

ウズベキスタンのGDP成長率(1992-2008年)
色と面積で示したウズベキスタンの輸出品目

IMFの統計によると、2017年GDPは665億ドル、一人当たりのGDPでは1,520ドルであり世界平均の20%に満たない水準である[2]2011年8月アジア開発銀行が公表した資料によると、1日2.0ドル未満で暮らす貧困層2010年で1,248万人と推定されており、国民の44.42%を占めている[22]。近年は豊富な天然ガス関連の投資を多く受け入れており、比較的好調な経済成長を遂げている。通貨はスム

多くのCIS諸国と同じく、ウズベキスタンの経済はソビエト連邦時代の社会主義経済から資本主義経済への移行期であった初期に一旦減少し、政策の影響が出始めた1995年より徐々に回復している。ウズベキスタンの経済は力強い成長を示しており、1998年から2003年までの間は平均4%の経済成長率を記録、以降は毎年7~8%の経済成長率を記録している。但し2017年は、通貨スムの複数為替レートの一本化などのミルジヨエフ大統領の改革の影響により5.3%である。IMFの概算によると[23]、2018年のウズベキスタンのGDPは1995年時点の約4.8倍であり、PPP換算で約5.9倍である。

ウズベキスタンにおいて、一人あたりの国民総所得 (GNI) は低く、2017年時点で2,000USドル、PPPは7,130USドルとなっている[24]。PPPと比較した一人あたりのGNIの数字は世界187カ国中123位と低く、12のCIS諸国の中でウズベキスタンより下の値であるのはキルギスとタジキスタンだけである。経済的な生産は加工品ではなく生産品に集中している。

ウズベキスタンは独立後の1992年から1994年にかけて、年間1000%もの急激なインフレを体験している。IMFの助けを借りた経済安定化の努力が行われ[25]、インフレ率は1997年に50%に減少、さらに2002年には22%にまで減少した。2003年以降、年間インフレ率は平均15%未満となっている[23]。2004年の緊縮財政政策は結果としてインフレ率の大幅な減少につながり、インフレ率は3.8%に減少した(しかし、代わりにマーケットバスケット方式英語版による価格の上昇は約15%と概算されている[26]。)2017年は、同年11月のガソリン価格、同年12月の法定月額最低賃金の引き上げを受け、約18.9%のインフレ率となっている[23][27]

ウズベキスタンの主要金属資源は、金、ウラン、モリブテン、タングステン、銅、鉛、亜鉛、銀、セレンであり、金埋蔵量1,700tで世界第12位、年間生産量102tで第10位、ウランの埋蔵量では世界トップ10に入り生産量2,400トンであり、世界第7位である[28][29][30][31]。更に、ウズベキスタンの国営ガス会社、ウズベクネフテガスは世界第15位の天然ガス生産量を誇り、年間450億m3を産出している[32]

ウズベキスタン国内においてエネルギー関連事業に大きな投資をしている企業としては中国石油天然気集団 (CNPC)、ペトロナス韓国石油公社英語版 (KNOC)、ガスプロムルクオイル、ウズベクネフテガスがある。

2018年時点において、ウズベキスタンは世界で第7位の綿花生産国であり、世界第9位の綿花輸出国であり[33]、同時に世界第11位の金採掘国でもある。他に生産量の多い製品としては、天然ガス石炭タングステン石油ウラン等がある[28][34]

農業労働者はでウズベキスタン総労働人口の19.25%(2014年時点)にあたり、農業はGDP全体の約19.8%(2012年時点)を占め、そのなかでも綿花の輸出が産業の中心のひとつとなっている。[34]。ウズベキスタンでは旧ソ連時代は60%の国民が農村部に居住していた。ソ連崩壊直後は農業従事者の割合は、全労働者数の30%前後で維持されていたが、人口増に対して農業従事者数は減少傾向にあり、2013年以降は20%を割っている。これはロシアやカザフスタンなどへの移民として農村の労働人口が流出していることが大きな要因として考えられる[34]。また、公式発表によると就業率は高いとされているものの、特に地方で就業率は低く、少なくとも20%以上が失職中であると推定されている[35]。綿花収穫期には、政府による綿花収穫の強制労働が依然として存在している。18歳未満の強制労働を禁止する法令があるにも関わらず、一部地域では地方の役人によって子供たちが綿を収穫するために動員された。 更には、綿花作業だけでなく建設、農業、及び公園清掃の強制労働を教師、学生、民間企業の従業員などに行わせた[35][36]ウズベキスタンの児童労働の使用はテスコ[37] やC&A[38]、Marks & Spencer、Gap、H&Mなどにより報告されており、これらの企業は綿花の収穫作業をボイコットしている[39]

独立達成後に多くの経済問題に直面したことで、政府は国による管理、輸入量の減少、エネルギー自給率の増加を軸とした進化のための改革戦略を採択した。1994年以降、国のコントロールを受けたメディアはこの「ウズベキスタン経済モデル」の成功を繰り返し喧伝しており[40]、経済ショックや貧困、停滞を避けて市場経済へとスムーズに移行するための唯一の方法であると提案していた。

漸進的な改革戦略は重要なマクロ経済や構造改革を一旦中止していることからも読み取れる。官僚の手の中にある状態は依然として官僚の経済に対する影響が大きいことを示している。汚職が社会に浸透しているだけでなく、さらに多くの汚職が行われるようになっている。2018年度におけるウズベキスタンの腐敗認識指数は180カ国中158位であった[41]。2006年2月における国際危機グループによる報告によると、核となる輸出品、特に綿花、金、トウモロコシ、天然ガスから得られた収入はエリート支配層の少数の間にのみ還元され、人口の大多数には少量、もしくはまったく還元されない状況にあるとされている[42]

エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによると、「政府は国の手でコントロールできないような独立した民間企業の発展を敵視している」[43]。従って、中産階級は経済的、そして結果的には政治的に低い地位にある。

経済政策は外国企業による投資に反発する姿勢を見せており、CIS諸国において最も国民一人あたりの外国企業による投資額が低い[44]。長年に渡り、ウズベキスタン市場に投資を行う外国企業に対する最大の障壁は通貨交換の困難さであった。2003年、政府は完全に通貨兌換性を保証するという国際通貨基金(IMF)の第8条の義務を承認した[45]。しかし、国内で使用する通貨に対する厳しい制限や通貨交換の量に制限がかけられていることから、外国企業による投資の効果は減少していると考えられている。

ウズベキスタン政府は高い関税を含む様々な方法で外国製品の輸入を制限している。地方の生産品を保護するため、非常に高い税金が課せられている。公式、非公式の関税が相まって、商品の実際の値段の1~1.5倍に相当する税金がかかることで、輸入品は仮想的に値段に見合わない高い商品となっている[46]。輸入代替は公式に宣言されている政策であり、ウズベキスタン政府は輸入品目におけるこのファクターが減少していることに誇りを持って経済報告を行なっている。CIS諸国はウズベキスタンの関税を公式に免除されている。

タシュケント証券取引所(共和国証券取引所、RSE)は1994年に取引を開始した。約1250のウズベキスタンのジョイント・ストック・カンパニー株式債券がRSEで取引されている。2013年1月時点において上場している企業の数は110に増加した。証券市場の発行済株式総数は2012年に2兆に達しており、証券取引所を通した取引に興味を持つ企業が増えていることからこの数字は急速に増大している。2013年1月時点における発行済株式総数は9兆を突破した。

ウズベキスタンの対外的地位は2003年以降次第に強くなっている。金や綿花(ウズベキスタンの主要輸出製品である)の世界市場価格の回復、天然ガスやその他生産品の輸出量の増加、労働力移入人数の増加という様々な要因により、現在の収支は大幅な黒字に転じ(2003年~2005年の間ではGDPの9~11%)、金を含む外貨準備高は約30億USドルと2倍以上にまで増加している。

2018年時点の外貨準備高は推計約289億USドルである[47]

世界規模の銀行、HSBCの調査によると、ウズベキスタンは次の10年間で世界でも有数の成長速度の速い国家(トップ26)になると予測されている[48]

農業

ホラズム州の農場(デフカン英語版

ウズベキスタンは、ソ連時代の計画経済によって綿花栽培の役割を割り当てられた過去があり、そのため近年になって鉱産資源の開発が進むまでは綿花のモノカルチャー経済に近い状態だった。その生産量は最高500万トンに達し、2004年度においても353万トンを誇る。しかしウズベキスタンは元来降水量が少なく綿花の栽培には向いていない土地であったため、近年においては灌漑元であるアラル海の縮小や塩害などに悩まされている。

また、綿花栽培に農地の大半を割いているため、各種穀物果実野菜類を産する土地を有しながら、その食料自給率は半分以下である。

鉱業

[28] ウズベキスタンはエネルギー資源として有用な鉱物に恵まれている。ウズベキスタンの主要金属資源は、金、ウラン、モリブテン、タングステン、銅、鉛、亜鉛、銀、セレンであり、金埋蔵量1,700tで世界第12位、年間生産量102tで第10位、ウランの埋蔵量では世界トップ10に入り生産量2,400トンであり、世界第7位である。

ウズベキスタン鉱物埋蔵量国家バランスによると、同国では、97の貴金属鉱床、38の放射性鉱物鉱床、12の非鉄金属鉱床、235の炭化水素鉱床(ガス及び石油鉱床を含む)、814の各種建材鉱床など、1,931の鉱床が発見されている(2017年1月1日現在)。現在、探査は10鉱種以上に関して行われており、数鉱種だった20年前に比べ探査範囲は拡大傾向にある。近年、探査が開始されたものや強化されているものは、鉄、マンガン、石炭、オイルシェール、一部のレアメタル、レアアース、非在来型の金・ウラン鉱床である。

近年の鉱山開発は、国営企業であるNGMK (Navoi Mining and Metallurgical Combinat) (ウラン、金) 及びAGMK(Almalyk Mining and Metallurgical Complex) (銅、亜鉛、鉛、金)による生産設備の近代化や、アジア諸国(日本、中国、韓国)との経済協力によって推進される傾向にある。また、韓国、中国、ロシア等から調査・採掘分野への投資の動きが活発化しており、ウランやレアメタルを中心に協力拡大の可能性が注目されている。ウズベキスタンは世界第4位の埋蔵量を誇る。407万トンの亜炭[49]、250万トンの原油[50]も採掘されている。鉱業セクターは輸出にも貢献しており、特産物の絹織物につぎ、エネルギー輸出が全輸出額の9.0%を占める>[51]。その他の金属鉱物資源では、(生産量:約60.0千トン)のほか、小規模な銅採掘(生産量:80.4トン)が続いている。リン鉱石も産出する。

観光都市

シルクロードの中心地や、ユネスコ世界遺産の宝庫として、青の街サマルカンドや茶色の町ブハラヒヴァシャフリサブス仏教文化のテルメズなどが世界的に有名。ソ連からの独立後には歴史的遺構への訪問を目的とする各国からの観光客が急増し、それに伴い観光が外貨獲得源の1つとなった。これを受けて政府による観光客誘致が盛んに行われていることから、タシケントは海外のホテルチェーンの大規模ホテルが多く運営されている。

ナヴォイ劇場は、1947年11月にアリシェル・ナヴォイ(ナヴォイー)生誕500周年を記念して初公開されている。日本人のシベリア抑留者の強制労働により建設されたことで知られている。

ヒヴァ

人口

ウズベキスタンの女性
ウズベキスタンの老人
民族構成
ウズベク人
  
83.8%
ロシア人
  
2.3%
タジク人
  
4.8%
カザフ人
  
2.5%
その他
  
8.1%

ウズベキスタンは中央アジアで最も人口の多い国であり、2019年時点の人口は3280万人であった[52]。2012年時点の人口29,559,100人[53] は中央アジア全体の人口の約半数に相当する。

ウズベキスタンの平均年齢は低く、全人口の約23.61%は14歳以下である(2018年の推定)[35]。人口推定によると、主要民族のウズベク人が全人口の83.8%を占める。その他、4.8%のタジク人のほか、カザフ人 (2.5%)、ロシア人(2.3%)、カラカルパク人 (2.2%)、タタール人 (1.5%) など多くの少数民族が住む(2017年の推定)[35]。ソ連時代に、ウズベク語を話すことのできるタジク人はウズベク人と分類されたため、タジク人は実際には相当数いるものとされる。実際には、人口の20~30%を占めているという調査もある。ソ連時代にはロシア人の割合は12.5%(1970年)を占め、タシュケントの人口の半数近くがロシア人・ウクライナ人であったが、現在はウズベク民族主義や経済的な理由により急減している。

タジク人の割合に関しては解釈の相違が見られる。ウズベキスタン政府による公式の数字は5%であるが、この数字は過小評価された数字であるとされており、西洋の学者にはタジク人の割合を20%~30%であると見積もる者もいる[54][55][56][57]。公式の統計でウズベク人とされている者の中には中央アジアのトルコ・ペルシア人であったサルト人のような他の民族も含まれている。オックスフォード大学による近年の遺伝子系図テストを用いた研究によると、ウズベク人にはモンゴル人イラン人の遺伝子混合が見られる[58]

ウズベキスタンの少数民族としては、1937年から1938年にかけて、ヨシフ・スターリンにより極東ソビエト沿海州から中央アジア地域へと強制移住させられた朝鮮民族が約20万人ほど在住しており、「高麗人」と自称している。また、ドイツ系のヴォルガ・ドイツ人アルメニア系のウズベキスタン人もタシュケントやサマルカンドなどの都市部に多い。全人口の約88%がムスリム(ほとんどがスンナ派であり、シーア派は5%となっている)であり、東方正教会信者が9%、その他が3%となっている。アメリカ国務省による2004年の報告によると、0.2%が仏教(ほぼすべてが高麗人)を信仰している。ブハラ・ユダヤ人は1000年以上前に中央アジアへと移り住んできたユダヤ人の民族集団であり、主にウズベキスタンに居住している。1989年時点では94,900人のユダヤ人がウズベキスタン国内に住んでいた[59](全人口の約0.5%に相当)が、ソビエト連邦崩壊後ブハラ・ユダヤ人の多くはアメリカ合衆国ドイツイスラエルといった他の国々へと出国、2007年時点で残っているブハラ・ユダヤ人の数は5,000人にも満たない[60]

ロシア系ウズベキスタン人は全人口の約2.3%を占める。ソビエト連邦時代にはロシア人とウクライナ人が首都タシュケントの全人口の半数以上を占めていた[61]。1970年の調査結果によると、全人口の12.5%に当たる約150万人のロシア人が国内に住んでいた[62]。ソビエト連邦崩壊後、ロシア系の人々は主に経済的な理由からその多くが他国へと移住していった[63]

1940年代のクリミア・タタール人追放クリミア・タタール語: Qırımtatar sürgünligi)で、クリミア・タタール人ドイツ人チェチェン人ギリシア人トルコ人クルド人、その他の民族とともに中央アジアへと強制移住させられた[64]。約10万人のクリミア・タタール人が現在もウズベキスタン国内に居住している[65]。タシュケントにおけるギリシア系ウズベキスタン人英語版の数は1974年の35,000人から2004年には12,000人にまで減少している[66]メスヘティア・トルコ人の大多数は1989年6月にフェルガナ盆地で起きたポグロムの後他国へと出国した[67]

少なくともウズベキスタンの労働者の10%が国外へと流出しており、そのほとんどがロシアやカザフスタンで働いている[68]

ウズベキスタンの15歳以上の識字率は100%(2016年の推定)[35] であり、これにはソビエト連邦時代の教育制度が大きく影響していると考えられている。




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