ウズベキスタン 文化

ウズベキスタン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/08 16:59 UTC 版)

文化

ウズベキスタンの伝統工芸品

ウズベキスタンは様々な民族によって構成されている多民族国家であり、国内の主要民族はウズベク人である。1995年時点では総人口の約71%がウズベク人であった。主な少数民族としては、ロシア人(8%)、タジク人(5~30%)[54][55][56][78]カザフ人(4%)、タタール人(2.5%)、カラカルパク人(2%)などがいる。しかし、ロシア人やその他の少数民族が他国へと移住し、ソビエト連邦時代に他国に居住していたウズベク人がウズベキスタンに帰国していることから、ウズベキスタン国内に住むウズベク人以外の民族の割合は減少傾向にあるとされている。

1991年にウズベキスタンが独立した際、イスラム原理主義に対する懸念が中央アジア地域に広まった。これは信仰実践の自由を長く否定してきた国において、支配的な宗教であったイスラム教信者が急激に増加するであろうという予想に基づくものであった。1994時点では、ウズベキスタンの人口の半数以上が自分がムスリムであると答えている一方で、信仰における知識やその実践方法に関しては持ち合わせている割合は極めて低かった。しかし、国内ではその後イスラム教信者の割合の上昇が見られる。

ウズベキスタンは高い識字率を誇り、15歳以上の識字率は約99.3%である。しかし、15歳以下の識字率は76%にまで落ち込み、3~6歳の識字率は20%となっている。この大きな要因として、ウズベキスタンの教育方法が挙げられており、未来には識字率が下がっていくと予測されている。学生は月曜日から土曜日まで年間を通して学校に通い、中学校までが義務教育となっている。中学校卒業後、学生は職業専門学校もしくは通常の高校へと進学することが多い。ウズベキスタンには2つのインターナショナルスクールがあり、2つともタシュケントにある。ブリティッシュ・スクールは小学生の、タシュケント・インターナショナルスクールは12歳以上の学生に対する指導を行なっている。

ウズベキスタンは教育プログラムを推進する際深刻な予算不足に陥っている。1992年に制定された教育法に沿って教育カリキュラムの改定作業が実行されたが、教育現場の教材などの不足が発生、カリキュラムの改定作業は遅々として進んでいない。この現象の大きな要因として、教師に対する賃金の低さ、政府による学校や教材などのインフラ整備予算の不足が挙げられている。これにはラテン文字へと文字表記を変更したことにより、キリル文字で記されていた過去の教材や資料が使用できなくなったことも関係している。また、教育システムが崩壊したことで、裕福な家庭が自身の子供を出席や入学試験なしに高いレベルの学校に入れてもらうため教師や学校関係者に賄賂を送る事態も横行している[79]

ウズベキスタンの大学は毎年約60万人の卒業生を輩出しているが、大学卒業生の一般的な水準や高等教育機関内の全体的な教育レベルはそれほど高くない。ウェストミンスター国際大学タシュケント校は英語による講義が設けられた国内初の大学である。

音楽

サマルカンドの踊り「Bacha」、1905年~1915年
ブハラのシルク・アンド・スパイス・フェスティバル

中央アジアの伝統音楽の形式の1つにシャシュマカームがあり、これは当時文化の発信地であったブハラで16世紀後半に生まれたものである。シャシュマカームはアゼルバイジャンムガームウイグルムカーム英語版と非常に密接な関係にある。シャシュマカームという名前は「6つのマカーム」を意味し、イランの伝統音楽と同じく、6つの異なる旋法が6つの節に組み込まれた音楽であることからその名がついた。スーフィーが語りだす間奏では音楽が中断され、低音で吟じはじめた後次第に高音になりクライマックスを過ぎると再び元の低音に戻ることが多い。

バズムや結婚式のような行事に出席する聴衆の間ではフォーク・ポップスタイルの音楽は人気がある。ウズベキスタンの伝統音楽はポップミュージックの形式とは大幅に異なっている。多くの場合、男性同士の間で行われる朝夕の会合において、1人もしくは2人の音楽家の演奏を聞くことが多い。ウズベキスタンの伝統音楽として有名なものにシャシュマカームがある。裕福な家庭によるミュージシャンへの大規模な支援が行われており、パトロンとなる彼らはシャシュマカームの演奏などすべての代金を負担している。詩と音楽は互いを引き立たせ、いくつかの楽曲では、1つの曲に2言語が取り入れられていることもあった。1950年代には、フォーク・ミュージックは次第に人気がなくなり、ラジオで流す曲のジャンルとして禁止令を受けた。これらの曲は完全に排除・衰退したわけではなかったが、「封建音楽」として名称を変えることとなった。禁止令が出されていたものの、フォーク・ミュージックの演奏グループは独自の方法で音楽の演奏を続けており、個人の間で次第に広まっていった。

教育

ウェストミンスター国際大学タシュケント校の建物

ウズベキスタン国内における15歳以上の識字率は約99%と高いものの、教育プログラムを推進する際に深刻な予算不足に陥っている。1992年に制定された教育法に沿って教育カリキュラムの改定作業が実行されたが、教育現場の教材などの不足が発生、カリキュラムの改定作業は遅々として進んでいない。

祝祭日

振り替え休日は採用されていない。

日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日
3月8日 国際婦人デー
3月20日または21日 春分の日 ナブルーズ
5月9日 戦勝記念日
9月1日 独立記念日
10月1日 教師の日
12月8日 憲法記念日

上記の他、イスラム教に基く祝祭日。ヒジュラ暦に従って制定されるため、グレゴリオ暦では移動祝日となる。

  • ラマダーンの終了日
  • 犠牲祭 Курбан-Хаит クルバン・ハイート
    暦の関係上、2006年のように年に2回制定されることがある。2006年は1月10日と12月31日。

料理

ウズベキスタンの国民食、プロフ

ウズベキスタン料理は国内の農業に大きな影響を受けている。ウズベキスタンでは穀物の収穫高が多いことから、パンはウズベキスタン料理において重要な地位を占めており、時に「ヌードル・リッチ(noodle rich、麺が豊富)」と形容されることがある。羊肉はウズベキスタン国内でヒツジ放牧が盛んであることから一般的に販売されている肉であり、様々なウズベキスタン料理に使用されている。

ウズベキスタンの国民食はプロフ(パラフ、パラウ、オシュとも呼ぶ)であり、ニンジンタマネギなどの野菜を使用して作るピラフに似た料理で、主菜として供される。オシ・ナハルは通常午前6時から9時までに提供される朝のプロフであり、結婚式などの慶事の際には集まった客の分まで大量に作られる。他に有名なウズベキスタン料理としては以下のようなものがある。シュルパ(シュルヴァやシャルヴァとも呼ばれる)は脂肪の多い肉(通常羊肉を用いる)の大きな塊と新鮮な野菜から作るスープである。ナリン英語版ラグマンは麺料理であり、スープとしても主菜としても出されることがある。マンティチュチュヴァラ英語版サムサ小麦粉で作った生地に肉などの具を詰めた後、蒸す、焼く、揚げるなどした餃子に近い料理である。肉と野菜のシチューに近いディムラマや様々なカバブは通常、主菜として供される。

緑茶は一日を通じ飲まれることが多いウズベキスタンの国民的な飲料である。緑茶を提供する喫茶店(チャイハナ)は文化的にも重要な位置づけにある。他にもタシュケント付近では紅茶などのが出されることも多いが、緑茶や紅茶に牛乳砂糖を入れて飲むようなことはしない。茶は必ず食事とともに提供されるが、ホスピタリティの一環として、客を招いた際には必ず緑茶もしくは紅茶を出す習慣がある。冷たいヨーグルト飲料であるアイランは夏季には人気があるものの、茶に代わる地位は獲得していない。

国内に多いイスラム教信仰者(ムスリム)にとって、飲酒は本来禁忌であるが、戒律が緩いため街中では酒が売られており、政府も輸出・観光産業振興のためワインの生産奨励や販売規制緩和を政策としている(ただし、ソ連崩壊後のイスラム教復興の影響を受けた若い世代はあまり飲酒しない)。ブドウを含めて果樹が豊富なウズベキスタンにおけるワイン醸造は、イスラム化以降は下火になったものの、紀元前に遡る歴史があると推測されている[80]

ウズベキスタン国内には14のワイナリーがあり、国内現存最古かつ最も有名なワイナリーであるサマルカンド・ワイナリー(ホブレンコ・ワイナリー(Khovrenko Winery))はサマルカンド1868年、ロシア人実業家のドミトリー・フィラートフにより創業された[80]。サマルカンドのワイナリーではグリャカンダス(Gulyakandoz)、シリン、アレアティコ、カベルネ・リカノー(Kabernet likernoe)など、地方のブドウを使用した様々な種類のデザートワインを生産している。ほかにも、バギザカン、スルタンなどのブランドがあり、ドライタイプのものも近年日本にも輸入されるようになった[81]。 ウズベキスタンのワインはロシアをはじめとするNIS諸国に輸出されているほか、国際的な賞も受賞している。

スポーツ

ウズベキスタンは自転車競技選手、ジャモリディネ・アブドヤパロフの故郷である。アブドヤパロフはツール・ド・フランスで三回の区間優勝を果たしており、いずれの回もマイヨ・ヴェールを勝ち取っている(マイヨ・ヴェールは個人総合成績1位を意味するマイヨ・ジョーヌにつぐ2番目を意味する)[82]。アブドヤパロフはツアーもしくは一日制のレースで先頭集団が一塊になってゴールに向かう際に優勝を勝ち取ることが多い。彼はしばしば最後の数kmで「スプリント」をかけるが、この際に川が蛇行するように左右に揺れながら走行を行うため、集団で走る他の競技者からは接触などの危険が高まり危険な選手であるとみなされていた。この走行スタイルから、彼には「タシュケントの虎」というニックネームがついている。

アルトゥール・タイマゾフは2000年に開催されたシドニーオリンピックでウズベキスタンに初のレスリングのメダルをもたらしたほか、アテネオリンピック北京オリンピックロンドンオリンピックと3大会に渡り男子120kg級で金メダルを獲得している。

ルスラン・チャガエフはウズベキスタンを代表するWBAプロボクサーである。彼は2007年にニコライ・ワルーエフを破ってWBAタイトルを奪取した、チャガエフは2009年にウラジミール・クリチコに敗れるまで2回王座防衛を果たした。

カヌースプリント競技のミカエル・コルガノフ英語版はK-1 500mにおいて世界王者になったことがあるほか、オリンピックで銅メダルを獲得している。体操競技アレクサンデル・シャティロフ英語版ゆかで銅メダルを獲得している。

ウズベキスタンには国際クラッシュ協会英語版の本部がある。クラッシュはウズベキスタンの国技であり、現在スポーツとして行われているクラッシュはウズベキスタンの伝統的な格闘技であったクラッシュを国際化・現代化したものである。

サッカーはウズベキスタンで最も人気のあるスポーツである。国内の最上位サッカーリーグはウズベキスタン・スーパーリーグであり、2018年以降は12チームが所属している。2018年シーズンの国内リーグ王者はPFCロコモティフ・タシュケントであり、国内リーグ最多優勝はFCパフタコール・タシュケントの11回である。ウズベキスタンはアジアサッカー連盟(AFC)に加盟しているためAFCチャンピオンズリーグAFCカップなどのAFCが主催する国際大会に出場しており、2012年にはFCブニョドコルがベスト4にまで進出した。また、2011年にはナサフ・カルシAFCカップにおいてウズベキスタンサッカー界初の国際大会優勝を達成しているほか、2018年にはU-23サッカーウズベキスタン代表AFC U-23選手権2018で初優勝を果たしている。

1991年にウズベキスタンが独立する以前、ウズベク・ソビエト社会主義共和国ソビエト連邦の一員としてサッカーソビエト連邦代表ラグビーソビエト連邦代表英語版アイスホッケーソビエト連邦代表英語版バスケットボールソビエト連邦代表、ハンドボールソビエト連邦代表など、各スポーツのソビエト連邦代表チームに選手を送り出していた。ソビエト連邦崩壊後、ウズベキスタンはサッカーウズベキスタン代表ラグビーウズベキスタン代表英語版フットサルウズベキスタン代表などの代表チームを結成、国際大会に派遣している。

テニスもまたウズベキスタンで人気のあるスポーツであり、特に1991年にウズベキスタンが独立して以降人気が出た。国内のテニスを統括する団体、ウズベキスタンテニス連盟英語版(UTF)は2002年に設立された。ウズベキスタンの首都タシュケントでは毎年タシュケント・オープンというWTAの国際テニストーナメントが開催されている。タシュケント・オープンは1999年に開始され、屋外のハードコートを使用して行われている。ウズベキスタンで実績のある有名テニス選手としてはデニス・イストミンアクグル・アマンムラドワがいる。

この他にウズベキスタンで人気があるスポーツとしては、柔道ハンドボールテコンドーバスケットボールラグビーフットサルなどがある。




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