インドラ バラモン教の時代

インドラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/30 09:28 UTC 版)

バラモン教の時代

最初期の神々への讃歌集『リグ・ヴェーダ』においては、全1200編の讃歌の中でインドラに捧げる讃歌が約4分の1と最も多く、配下に暴風神マルト神群を従えて敵を倒し、アーリア人を保護する理想的な戦士として描かれており[2]、神々の王の位置づけを与えられていた[3]。髪や髭を含めて全身が茶褐色だとされ、神酒ソーマを好み、強大な力を発揮する武器ヴァジュラを持つとされた[2][3]

『リグ・ヴェーダ』によれば、インドラの父母は不明で、千日の間[3]、あるいは千ヶ月または数年の間[5]、母親の胎内に宿っていた。生まれるとすぐに、他の神々からの嫉妬を恐れた母に捨てられた。神々には見放され、更に父から敵意を向けられていた[5]。なお、この父をトヴァシュトリだとする説がある[13]

インドラはトヴァシュトリ神の元で育てられたとも、父を殺したとも言われている[3]。インドラはトヴァシュトリの家にあった、百頭の牝牛に匹敵する価値の分のソーマを飲んでしまい、トヴァシュトリの怒りを買ってしまう(そして父を殺してしまう)[14]。その後一人旅に出て、ヴィシュヌからの友情を得るまで世界を放浪した[5]。インドラがヴリトラ退治に挑んだのは父殺しの後の孤独だった時で、友人となったヴィシュヌがインドラを支援した[15]

ヒンドゥー教の時代

リグ・ヴェーダの時代には神々の中心とも言える絶大な人気を誇ったインドラも、時代が下り、ヒンドゥー教が成立した時代になれば影が薄くなる。「雷を象徴する強力無比な英雄神」として、変わらず重要な立場にある神であることは間違いないが、神々の中心の座はシヴァやヴィシュヌなどに譲ってしまい、代わって世界を守護するローカパーラ(世界守護神)の地位に落ち着いている[16]。 四方にそれぞれ神が配置され[要出典]、インドラはその中でももっとも重要とされる東方の守護神の地位に位置づけられた[17]

インドラの性質はやや変容し、一部の面が強調された[16]。例えばインドラは女性と、時には夫のある女性ともしばしば関係を持った。ある時は、アスラ神族の王から娘のシャチーを強奪し陵辱した後結ばれている。強奪婚を実行したうえ天界中を戦乱に巻き込みようやく愛を勝ち取ったにもかかわらずインドラはヴリシャーカピと男色にふけったため妻シャチー(インドラーニー)は激怒する[18]。さらにインドラは両性具有者である。インドラはウリシャナシュヴァの妻とも呼ばれ、ウリシャナシュヴァの家族として女として住んだとされる。このためインドラは別名「メーナー」とも呼ばれる[19]。また、ガウタマ聖仙の妻アハリヤーと関係を持った際には、1度目は全身に女性器の印を一千個も付けられる呪いを、2度目は自身の性器を奪われるという呪いをガウタマ聖仙から受けた[20]

インドラは敵対者にも敗北した。例えば、三界を支配したアスラ王マハーバリに敗北して天界追放の憂き目に遇い、ヴィシュヌヴァーマナ)の力を借りてようやく支配権を取り戻した[21]。ラークシャサ族ラーヴァナ王の子メーガナーダ(メガナダとも)にも負け、メーガナーダには「インドラジット」(インドラに打ち勝つものという意味)を名乗られる屈辱まで味わっている[22]。また、インドラを含めて神々がアスラのマヒシャに敗れ天界を追放されている。この時は女神ドゥルガーがマヒシャを殺したおかげでインドラらは天界に戻った[23]

インドラは賢者の呪いからも逃れられなかった。例えば、偉大な仙人ドゥルヴァーサスから花輪を贈られた後、インドラが自分の象にその花輪を与えたために、インドラも他の神々もドゥルヴァーサスの呪いを受けて力を失い、ダイティヤ達に敗北して天界から追放された。インドラは、ヴィシュヌの助言に従って、神々とダイティヤ達が協力して乳海攪拌を実施することをダイティヤ達に提案した。攪拌は成功したが、神々はダイティヤ達との約束を反故にしてアムリタを独占した。そしてアムリタによって力を回復し、ダイティヤ達に勝利して天界に戻った[24]

叙事詩・プラーナ文献でのインドラ

叙事詩『マハーバーラタ』では、主人公の1人のアルジュナの父親であり前世。インドラプラスタを開拓する時に炎神とアルジュナとクリシュナの前に立ちはだかるが、炎神アグニに自分の神弓ガーンディーヴァも与え、それもやがてアグニからアルジュナに渡される。カルナがインドラから「ヴァサヴィ・シャクティ(Vasavi Shakti)[注釈 10]」という武器を与えられ、ガトートカチャを斃した。 同じく叙事詩の『ラーマーヤナ』では、主人公ラーマが「インドラの矢」という武器を使用して敵のクンバカルナを討ちとった。 また、太古にインドラがアスラ神族を倒したとされる武器「ヴィジャヤ」によって、ラークシャサ(羅刹)の大軍を一撃で死滅させた[注釈 11]

パドマ・プラーナ英語版』によれば、「ヴリトラハン」の異名を得ることになったヴリトラ殺害では、インドラは当初、彼を恐れて戦いを避けた。インドラは神々の世界の半分を分け与えることを条件にヴリトラと一旦は和睦した。その後、ヴリトラの元に美しいアプサラスラムバーを送り込み、バラモンでもあったヴリトラがスラー酒を飲むように仕向けた。ヴリトラが飲酒で失神したところを不意打ちして勝利したが、インドラはバラモンを殺した罪を負うこととなった[25]


注釈

  1. ^ シャクロー・デーヴァーナーン・インドラハ
  2. ^ サッコー・デーヴァーナン・インドー
  3. ^ devānām」は、男性名詞「devā(男神)」の複数形・属格。indraḥ は、indra(王、征服者)の単数形・主格。「śakro(シャクロ―)」は形容詞「śakra(強力な、有能な)」の変化形。
  4. ^ ヴリトラは『ヴェーダ』においては蛇を意味する「アヒ」(Ahi) とも呼ばれ、冬を表現している[6]
  5. ^ ジョルジュ・デュメジルはインドラとトリタの関係を重要視している[9]
  6. ^ 「雷」または「金剛(ダイヤモンド)」を意味する。
  7. ^ 本来は、インドラとは異なる神であるシャクラと習合したという説もある[要出典]
  8. ^ 「ヴリトラハン」は、イラン神話の「ウルスラグナ」に対応する。「ウルスラグナ」の意味はアヴェスター語で「(竜殺しに)勝利する者」[12]、または「ヴリトラハン」と同じで「障碍を打ち破る者」[要出典]。イランでは、インドラはダエーワの一員として悪魔の地位に降されたが、称号のみが独立した神格として崇拝された[12]。国土の守護神として特にサーサーン朝での信仰が盛んだった。
  9. ^ deva indra」の連声形。
  10. ^ 一度きりしか使えないという制約つきの武器であった[要出典]
  11. ^ この武器は、『マハーバーラタ』にも登場し、インドラからパラシュラーマに授けられる。
  12. ^ 『三國遺事』に「昔有桓因謂帝釋也」とある。

出典

  1. ^ 株式会社日立ソリューションズ・ビジネス 『世界大百科事典 第2版』 Kotobank、2014。
    楠戸義昭 『戦国名将・智将・梟将の至言』 学習研究社、2009。
    楠戸義昭 『戦国武将名言録』 PHP研究所、2006。
  2. ^ a b c 菅沼編 1985, pp. 45-46.(インドラ)
  3. ^ a b c d e 松村 2013, p. 97.
  4. ^ 上村 1981, pp. 17-18.
  5. ^ a b c d 菅沼編 1985, p. 46.(インドラ)
  6. ^ 菅沼編 1985, pp. 29-30.(アヒ)
  7. ^ エリアーデ, ミルチア「68 インドラ、勇士にして造物主」『世界宗教史2 - 石器時代からエレウシスの密儀まで(下)』松村一男訳、筑摩書房ちくま学芸文庫〉、2000年4月、pp. 44-48頁。ISBN 978-4-480-08562-7 
  8. ^ a b 伊藤義教 訳「アヴェスター」『ヴェーダ アヴェスター』訳者代表 辻直四郎、筑摩書房〈世界古典文学全集 第3巻〉、1967年1月、385頁。全国書誌番号:55004966NCID BN01895536 (ホーム・ヤシュト 1 ヤスナ第9章、注釈11)
  9. ^ a b c インド神話』(上村 1981), p. 101。参考文献によれば、吉田敦彦 『比較神話学の現在』(みすず書房)26-30頁にてデュメジルのこの指摘に言及しているという。
  10. ^ a b c d e f g 菅沼編 1985, p. 52.(インドラ)
  11. ^ 菅沼編 1985, p. 172.(シャクラ)
  12. ^ a b 青木 2013, p. 126.
  13. ^ 上村 1981, p. 101.
  14. ^ 上村 1981, p. 19.
  15. ^ 金光仁三郎『ユーラシアの創世神話 - 水の伝承』大修館書店、2007年4月、204頁。ISBN 978-4-469-21312-6  参考文献によれば『リグ・ヴェーダ』(辻直四郎訳)の「インドラの出生」(IV・18)。
  16. ^ a b イオンズ,酒井訳 1990, pp. 167-168.
  17. ^ イオンズ,酒井訳 1990, p. 168.
  18. ^ 辻直四郎訳「リグヴェーダ賛歌」 『岩波文庫』(岩波書店)、1978年pp180-181.より
  19. ^ 松濤誠達「古代インド神話解釈の試み -古代インドのトリックスター論覚え書き」『印度学仏教学研究』 24(2)、1976年、p42.より
  20. ^ イオンズ,酒井訳 1990, p. 172-174.
  21. ^ イオンズ,酒井訳 1990, p. 170.
  22. ^ イオンズ,酒井訳 1990, pp. 170-171.
  23. ^ イオンズ,酒井訳 1990, p. 214.
  24. ^ イオンズ,酒井訳 1990, pp. 171-172.
  25. ^ 菅沼編 1985, pp. 97-98.(ヴリトラ)
  26. ^ 松村 2013, p. 98.
  27. ^ イオンズ,酒井訳 1990, p. 332.






インドラと同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「インドラ」の関連用語

インドラのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



インドラのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのインドラ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS