インカ帝国 民族

インカ帝国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/19 14:23 UTC 版)

民族

言語

公用語はケチュア語であり、積極的に普及がはかられた。しかし、文字文化を持たなかった[注釈 1](かつては文字を持っていたが、迷信的理由により廃止したという説もある)。そのため、口頭伝承がインカ帝国崩壊後に布教のために入ってきたスペイン人修道士による記録年代記)の形でわずかに残されているにすぎず、不明確な部分もあり、今後の研究が待たれる所もある[6]。文字の代わりとして、キープと呼ばれる結び縄による数字表記が存在し、これで暦法や納税などの記録を行った。近年になって、このキープが言語情報を含んでいる事が研究によって明らかにされている[7]

政治

ビラコチャはインカ神話に出現する創造神

インカ帝国は、多言語、多文化、多民族の継ぎ接ぎによって成立していた。帝国の各構成要素は、均一であった訳ではなく、地方の各文化は、完全に統合されていたのでもなかった。政体は君主制であり、近親結婚によって生まれた一族による世襲政治である。これは彼らの宗教観から、広く交雑する事で、「皇族」の血筋が汚されると考えたためである。「サパ・インカ皇帝)」は太陽神インティの化身としても考えられ、当時の官僚は、同時に神官でもあった。臣下が王に謁見するとき、王を直接見ることは禁じられていた。

インカ帝国は4つのスウユ(州)に区分されていた。各スウユはいくつかのワマン(県)に、ワマンは1万人の集団ウニュ(村)に分かれていた。ウニュ(村)の長にはインカ帝国が成立する前からの支配者階級が、スウユ(州)やワマン(県)の長にはインカの血をひく上級貴族が任命され、あわせてインカの貴族階級(クラカ)を形成した。

土地・鉱山・家畜などすべての生産手段は共同体に帰属し貴族ですら私有を認められなかった[8]。この共同体をアイリュと呼ぶ。アイリュの土地はインカ皇帝・太陽神・人民の3つに分割され、インカ皇帝と太陽神の土地に対する労働を行わせ、その生産物を徴収する形態で徴税が行われた。こうして集められた生産物は再分配され、寡婦・老人・孤児などに支給されたり飢饉などの非常時に放出された。この体制は社会主義にも類似したものであった。また、アイリュの中にはアイニスペイン語版英語版Ayni)と呼ばれる相互扶助的な仕組みもあった。

地方組織とは別に、男女の社会集団が存在した。男性には、ヤナコーナと呼ばれる集団があり、耕作や雑用のため世襲的にインカに仕えた。女性には、アクリャコーナやママコーナと呼ばれる集団があり、容貌の美しいものを徴用して作られた。アクリャコーナは各地の館にかこわれ、チチャや織物を作ることに従事した。ヤナコーナやアクリャコーナはアイリュに属さず、中央政府の監督を受けた。

それ以外に、鉱山労働や道路の建設などの労役が若干あった。この労役制度はミタ制と呼ばれる[9]。この労役の成果の一つとして、チャスキスペイン語版英語版と呼ばれる飛脚による通信網を確立させ、広大な領土を中央集権により統治していた。なお、この通信網の名残として、チャスキという言葉はアンデスのいくつかの場所の地名としていまも残っている。日本で言うところの「宿」のようなものである。

経済

インカ帝国の農業風景

広漠とした平野は降雨量が少なく農耕に適さないために住む者も稀であったが、高原地帯は海から吹き上げる風によって雲が形成され霧雨が降るため、湿潤な環境となり農耕に適した。このような気候条件から、今日でも驚異的な高山都市を形成するに至った。標高差を利用して多様な物資を調達することはインカ帝国の成立以前から行われており、垂直統御とも呼ばれる[10]

海に面した急勾配の土地を利用して段々畑を作り、トマトトウガラシは低い土地に、寒冷地を好むジャガイモは高地にと、高度に応じた農作物の多品種生産を行っていた。ジャガイモやトウモロコシを主な作物とする農耕と、リャマアルパカによる牧畜が行われていた。また、“クイッ、クイッ”と鳴くことから「クイ」と呼ばれたテンジクネズミも食用として広く民衆によって飼育されていた。

インカ帝国全体としては、高級品と労働力に対する課税と交換とに基づく経済が存在した。課税方法については、「周知の通り、高地においても平地においても、収税吏に課税された貢納物を支払うことに失敗した村はなかった。住民が貢納物の支払いを肯んじなかった場合、4か月毎に生きているシラミで満たされた大きな羽根を支払うべきであるとの命令をした州さえ存在した。これは貢納物の支払いに関し、教示し馴致させるインカの手法を示している。」という説明がなされている[11]

貨幣は用いられておらず、物々交換によって経済活動を行なっていた。北部のペルーやエクアドルにあたる地域では、ビーズ、ボタン状の金、銅製の斧の3種類の貨幣が用いられていたが、インカの正式な制度には採用されなかった[12]




注釈

  1. ^ 現在、ペルーボリビアにおいてはインカ帝国ケチュア語アイマラ語公用語として認められ、エクアドルにおいても公用語にこそなっていないものの、ケチュア語は初等教育機関で教えられている。この場合アルファベットにより文字化されている。
  2. ^ 上記説はエルインカ・ガルシラソによるもの。その他にもホアン・デ・ベタンソスによれば四組の夫妻とされており、アヤル・カチとママ・グァコ、アヤル・オチェとクラ、アヤル・アウカとラグア・オクリョ、アヤル・マンコとママ・オクリョ。シエサ・デ・レオンによれば三組の夫妻とされている[13]

出典

  1. ^ 島田・篠田編 (2012) 第5章
  2. ^ ピース (1988)、pp.87-88.
  3. ^ Millersville University Silent Killers of the New World
  4. ^ 増田編 (2000) p.125
  5. ^ イナミネ/山脇 (1995)
  6. ^ 島田・篠田編 (2012) 第2章、第3章
  7. ^ 島田・篠田編 (2012) 第9章
  8. ^ ピース (1988)、pp.137-138.
  9. ^ ピース (1988)、p.134.
  10. ^ 大貫 (1995)
  11. ^ Starn, Degregori, Kirk (1995)
  12. ^ 島田・篠田編 (2012) 第7章
  13. ^ ピース (1988)、p.46.
  14. ^ Urton (1990)
  15. ^ ピース (1988)、pp.45-46.
  16. ^ ピース (1988)、p.51.
  17. ^ Gary Urton, Signs of the Inka Khipu: Binary Coding in the Andean Knotted-String Records (Austin: University of Texas Press, 2003).
  18. ^ ピース (1988)、pp.50-51.
  19. ^ 島田・篠田編 (2012) 第14章
  20. ^ 島田・篠田編 (2012) 第12章
  21. ^ a b 島田・篠田編 (2012) 第10章





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