イラン 人口統計

イラン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/04 09:31 UTC 版)

人口統計

人口

イランの人口推移(1956年 - 2003年)

イランの人口は20世紀後半に劇的に増加し、2006年には7000万人に達した。しかし多くの研究では21世紀への世紀転換点には、人口増加率の抑制に成功し、ほぼ人口補充水準に到達した後、2050年頃に約1億人で安定するまで人口増加率は徐々に低下してゆくものと考えられている。人口密度は1平方キロメートルにつき約40人である。イランは2005年時点、約100万人の外国難民(主にアフガニスタン難民、ついでイラク難民)を受け入れており、世界で最も難民が多い国の一つである。政府の政策的および社会的要因により、イランは難民たちの本国帰還を目指している。逆にイラン・イスラーム革命後に海外に移住した人々(en:Iranian diaspora)が北アメリカ(イラン系アメリカ人、en:Iranian Americanやイラン系カナダ人、en:Iranian Canadian)、西ヨーロッパ(在イギリスイラン人、en:Iranians in the United Kingdom)、南アメリカ日本在日イラン人)などに約200万から300万人程度存在すると見積もられる。

民族

民族構成(イラン)
ペルシア人
  
51%
アゼリー人
  
25%
クルド人
  
7%
その他
  
17%

イランの民族はその使用言語と密接な関係にあり、次いで宗教が重要である。すなわちエスニック・グループの分類は何語を話す何教徒か、に依存する部分が大きい。イランの公用語インド・ヨーロッパ語族イラン語群ペルシア語で人口の約半数はこれを母語とするが、チュルク系アゼルバイジャン語を母語とする人も非常に多く人口の四分の一にのぼり、さらにペルシア語以外のイラン語群の諸語やその他の言語を話す人びともいる。先述のように、それぞれの民族の定義や範囲、あるいはその人口や全体に占める割合に関してはさまざまな議論があるが、イランに住むエスニック・グループは主に次のようなものである。ペルシア人(ペルシア語を語る人びと: 51%)、アゼルバイジャン人(アゼルバイジャン語を語る人々: 25%)、ギーラキー英語版およびマーザンダラーニー英語版ギーラキー語マーザンダラーニー語を語る人びと: 8%)、クルド人(7%)、アラブ人(4%)、バローチ(2%)、ロル(2%)、トルクメン(2%)、ガシュガーイー、アルメニア人グルジア人ユダヤ人アッシリア人タリシュ人タート人英語版、その他(1%)である。しかし以上の数字は一つの見積もりであって、公式の民族の人口・割合に関する統計は存在しない。

国際連合の統計によると、イランにおける識字率は79.1%であり、女性の非識字率は27.4%に達する。

言語

主要な言語は、ペルシア語アゼルバイジャン語南アゼルバイジャン語)、クルド語ソラニークルマンジー南部クルド語ラーク語)、ロル語(北ロル語、バフティヤーリー語、南ロル語)、ギラキ語マーザンダラーン語バローチー語アラビア語アラビア語イラク方言アラビア語湾岸方言)、トルクメン語ドマーリー語(または、ドマリ語)、ガシュガーイー語タリシュ語である。

イランにおけるイラン系言語の分布状況は以下の通り[76]

1. 北部及びカスピ海沿岸部

1)タート語

2)ターレシュ語

3)カスピ海方言

西方にギラキ語(ペルシア語でギーラキー)、東方にマーザンダラーン語の二大方言がある。

4)セムナーン語及びサンゲサル語

5)クルド語

トルコ国境からイラク国境一帯にかけての、コルデスターン(ペルシア語で「クルド(人)の地」)地方を中心に居住する、クルド人の母語。クルド人の居住域は、イラン、イラク、トルコ、シリアの4国に分断されている。クルド語全体の話者人口は、統計のとり方によって数百万から千百万の間を上下する。

6)グーラーニー語

7)ザーザー語

2.中央部

8)タフレシュ方言(ハマダーンからサーヴェにかけて)

9)北西方言(ゴムからエスファハーンにかけて分布)

10)北東方言(カーシャーン及びナタンズ方言)

11)南西方言(エスファハーン周辺)

12)南東方言(ヤズドケルマーン、ナーイーン周辺)

ギャブリー語(あるいはヤズド語、ケルマーン語)と呼ばれ、ヤズドからケルマーン周辺地域に在住するゾロアスター教徒が使用する言語を含む。ギャブリーは「異教徒の(言語)」という意味で、イスラーム教徒から区別する他称である。話者は自分たちの言語をダリー語と呼んでいる。

13)キャヴィール方言

キャヴィール方言で話される方言の総称である。フール語など。

3. 南西部

14)ファールス方言群

カーゼルーン周辺やシーラーズの北西地域など、ファールス地方で使用される方言の総称。

15)ロル語

ファールス州からフーゼスターン州エスファハーンの西方の広大な地域で話される、ロル系遊牧民の言語。バフティヤーリー語はこの下位方言に属している。

16)スィーヴァンド語

シーラーズの北方スィーヴァンドで話される言語。南西イランに位置しながら、言語学的には北西言語に属し、言語島を成している。

17)ラーレスターン語

4. 南東部

18)バルーチー語

パキスタン、アフガニスタン南西部、イランに及ぶ広範囲で使用される。音韻面では最も保守的な言語の一つである。

19)バーシュキャルド語(あるいはバシャーケルド語)

宗教

宗教構成(イラン)
イスラム教シーア派
  
90%
イスラム教スンナ派
  
9%
その他
  
1%

大部分のイラン人はムスリムであり、その90%がシーア派十二イマーム派国教)、9%がスンナ派(多くがトルクメン人クルド人アラブ人)である(詳細はイランのイスラームを参照)。ほかに非ムスリムの宗教的マイノリティがおり、主なものにバハーイー教ゾロアスター教サーサーン朝時代の国教)、ユダヤ教キリスト教諸派などがある。

このうちバハーイーを除く3宗教は建前としては公認されており、憲法第64条に従い議会に宗教少数派議席を確保され[注 4]、公式に「保護」されているなどかつての「ズィンミー」に相当する。これら三宗教の信者は極端な迫害[要出典]を受けることはないが、ヘイトスピーチや様々な社会的差別などを受けることもある。また、これら公認された宗教であれ、イスラム教徒として生まれた者がそれらの宗教に改宗することは出来ず、発覚した場合死刑となる。

一方、バハーイー教(イラン最大の宗教的マイノリティー)は、非公認で迫害の歴史がある。バハーイー教は19世紀半ば十二イマーム派シャイヒー派を背景に出現したバーブ教の系譜を継ぐもので、1979年の革命後には処刑や高等教育を受ける権利を否定されるなど厳しく迫害[要出典]されている(これについてはバハーイー教の迫害およびイランの宗教的マイノリティー、イランにおける宗教的迫害を参照)。ホメイニー自身もたびたび、バハーイー教を「邪教」と断じて禁教令を擁護していた。歴史的にはマニによるマニ教もイラン起源とも言える。またマズダク教は弾圧されて姿を消した。

教育

2002年の推計によれば、15歳以上の国民の識字率は77%(男性:83.5%、女性:70.4%)であり[78]世銀発表の2008年における15歳以上の識字率は85%となっている[79]。2006年にはGDPの5.1%が教育に支出された[78]

主な高等教育機関としては、テヘラン大学(1934)、アミール・キャビール工科大学(1958)、アルザフラー大学(1964)、イスラーム自由大学(1982)、シャリーフ工科大学などの名が挙げられる。

教育制度

イランの教育制度は次の四段階に分けられる[80]

①初等教育(دبستان、小学校)

学年暦の始め、メフル月一日に満6歳になっていれば入学できる。5年間の義務教育である。昔は小学児童の数が多すぎて、二部制、時には三部制の授業が行われたこともある。

遊牧民のいる地域では、時々普通の黒テントではなく、白い丸型のテントが目につく。これは季節によって移動するテント学校である。

②進路指導教育(راهنمایی、中学校)

ペルシア語の名称が指すように、進路指導期間である。11歳よりの3年間である。この3年間の学習の結果に基づき、次への進学段階で、理論教育と工学・技術・職業のどちらかのコースに分けられる。

③中等教育(دبیرستان、高等学校)

4年間。1992年より新制度が導入された。理論教育課程では、第一年度は人文科学科と実験・数学科とに分かれ、第二年次以降は前者はさらに①文化・文学専攻と②社会・経済専攻に、また、後者は①数学・物理専攻と②実験科学専攻に分かれる。この3年を修了した後に、4年目は大学進学準備過程(پیش دانشگاهی)に在籍する。一方、大学に進学しない技術・職業家庭では、工学、技術、農業の三専攻に分かれる。修了すると卒業証書(دیپلم)が与えられる。

④大学(دانشگاه、単科大学はدانشکده)

全国共通試験(کنکور)を受けて、進学先・専攻が決まる。年に一度しか試験がないので、ある意味で、日本以上のきつい受験戦争がある。このため予備校が繁盛している。受からなければ、男子は兵役に就く。イラン・イラク戦争の殉教者が家族にいる場合は、優先的に入学が許可されている。ちなみに、私学・イスラーム自由大学と次に述べるパヤーメ・ヌールを除き、授業料は無料である。

それ以外の教育機関

①パヤーメ・ヌール(光のメッセージという意味)は、通信教育大学で、イラン各地に140のセンターを持っている。学生数は約20万人であり、授業料は私学・イスラーム自由大学より安い。センターによっては、女学生が8割に達するところがある。外国在住の学生は、60名前後、なかには日本人もいる。

②私学・イスラーム自由大学(دانشگاه آزاده اسلامی)は、革命後に各地で開設され、イランの教育程度を上げるのに貢献している。また、出講すると高額の手当がもらえるので、他大学の教官にも人気がある。国立と異なり、ここは私学であるため授業料を取る。国立に受からなかった学生が進学することが多い。

③大学を除く学校の総称はアラビア語起源のマドラセ(مدرسه)である。外国語学校、コンピューター学校などの各種学校に当たるものはモアッセセ(مؤسسه)という。

そのほかに幼稚園(کودکستان)、障がい児と英才のための特別教育制度、中等教育を終えた人が2年間学ぶ教員養成講座、成人のための識字教育制度などがある。

イランの教育スタイル

イランというより、中東教育全域の教育の特徴は、大学教育も含めて暗記教育である。「学ぶ・勉強する」は、درس خواندن、要するに、「声を出して教科書を読む」ことである。教科書に書いてあることをそのまま丸暗記する。これは大学生にも当てはまる。先生の講義を筆記し、それをそのまま一字一句暗記するのである[80]

森田は、このようなイランの学校教育を「声の文化」が現れているとし、以下の三つの場面を根拠に挙げている[81]

①小学校での授業方法

現在のイランの公立小学校で行われている授業方法は、三つの段階に分かれている。一つの段階は、「教える」(درس دادن)で、二つ目の段階は「読む」(درس خواندن)であり、三つ目の段階は「問う」(درس پرسیدن)である。まず、「教える」段階では、教師は児童を指名し教科書を声に出して読ませる。読んでいる途中で、難しい言葉の解説を行ったり、分かりにくい表現について内容をわかりやすく説明したりする。とにかく、この段階では教科書に何が書かれているのかについて理解する段階である。その段階が終わると、次は「読む」段階である。これは、授業中にすることではなく、帰宅後に児童たちがそれぞれ行わなければならないことである。家に帰った児童は、それぞれ教科書を暗記するときに、家族の誰か、特に母親に手伝ってもらうケースが多い。というのも、イランの場合、教科書の暗記というのは、教科書の内容を文字で書けることを意味していない。あくまでも教科書を口頭でいえるようになることが重要なのである。日本の宿題は文字を書くことが多いため、家族がそれを手伝う必要はほとんどない。しかし、イランの場合、宿題をする時に教科書を見ながらこどもがきちんとその内容を一字一句間違えずにいえるかどうかをチェックする人が必要になる。

第三段階の「問う」段階では、教科書の内容を暗記できているのかとか、教師がチェックするための問いである。教師は児童を指名し、教科書の内容について質問する。この質問の答えは、口頭で行われる。また、答える時、一つの単語を答えさせるようなことはない。教科書の2~3行から成る一部分全体を口頭で一字一句そのままに答える必要がある。イランでは、このような、口頭で教科書の内容を素早く言えること、それが小学校で育成される能力となっている。

②私立男子中学校で行われた科学発表会

研究発表を行うにあたって、発表内容を全て暗記し、一人一人の訪問者に対して口頭で説明を行うという方法がとられていた。もし、このような発表会が日本であった場合に第一に考えられる方法は発表内容を全て大きな紙に書き壁に貼ることであっただろう。イランにおいて、研究内容を紙に書いて壁に貼るという習慣がないわけではない。しかし、そういった研究発表はあくまで個人的に行われるものであり、学校全体やグループを形成して行われるものではない。研究発表はあくまでも口頭で行われるのが普通である。

③イランにおける小学校一年生向けのペルシア語の教科書

そこでは、文字教育よりも音声教育が優先していることがわかる。一年生の教科書の最初の数ページには、文字ではなく、絵だけが描かれている。最初の授業において教師はいきなりアルファベットの学習を始めることはない。授業の最初に教師は絵を見ながらペルシア語で絵に合わせた物語を語り、正しいペルシア語の発音の仕方などを教える。




注釈

  1. ^ 大統領とともにイランの元首であり、三権および宗教の指導者である
  2. ^ 最高指導者とともに、大統領もイランの元首と考えられる
  3. ^ 白色革命時には着用することが禁止された為、抗議として着用する女性達が増えた
  4. ^ 具体的には、ゾロアスター教徒、ユダヤ教徒、アッシリア・カルデア教会、北部アルメニア使徒教会、南部アルメニア使徒教会にそれぞれ1つずつ。ただし通常の選挙に非ムスリムが出馬することは禁止されている[77]

出典

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イ・ラン

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イ・ラン(이랑、1986年 - )は、韓国シンガー・ソングライター[1]コミック作家[2]映像作家[2]イラストレーター[3]エッセイストである[3]


注釈

  1. ^ 日本では2016年にSweet Dreams Pressよりリリースされた[14]
  2. ^ 日本では2016年にSweet Dreams Pressよりリリースされた[15]。2018年に増補新装版がリリースされた[16]

出典

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  15. ^ イ・ラン - 神様ごっこ”. Sweet Dreams Press (2016年7月22日). 2018年11月22日閲覧。
  16. ^ イ・ラン - 神様ごっこ(増補新装版)”. Sweet Dreams Press (2018年4月3日). 2018年11月22日閲覧。


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