イマヌエル・カント
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『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』の三批判書を発表し、批判哲学を提唱して、認識論における、いわゆる「コペルニクス的転回」をもたらした。
注釈
- ^ この書評はクリスティアン・ガルヴェの元原稿にヨハン・ゲオルク・ハインリッヒ・フェーダーが手を加えたものであり、「ゲッティンゲン書評」や「ガルヴェ・フェーダー書評」と呼ばれ、『純理』の受容過程を見るために重要である。同書評については、小谷英生「隠された友情 : 『ゲッティンゲン書評』をめぐるカント‐ガルヴェ往復書簡について」『群馬大学教育学部紀要:人文・社会科学編』第63号、2014年、55-68頁。
- ^ 「啓蒙とはなにか」という問いに対しては、メンデルスゾーンを含め、様々な著述家が解答を与えようとしていた。そうした議論のきっかけの一つとなったのは、フリードリヒ大王がベルリン王立アカデミーに出させたという懸賞課題であった。Hans Adler (Hg.), Nützt es dem Volke, betrogen zu werden? Est-il utile au Peuple d'être trompé? 2 Bände. Stuttgart: Frommann-Holzboog, 2007.
- ^ カント「実用的見地における人類学」カント全集15、p138-139.カントはユダヤ人を「パレスティナ人」と表記している。
出典
- ^ “井上円了『哲学要領 前編』哲学書院、1887年、96頁”. 哲学要領. 前編 (2022年1月30日). 2022年1月30日閲覧。
- ^ 以下は、Manfred Kuehn, Kant. A Biography. Cambridge: Cambridge University Press, 2001. また菅沢龍文・小谷英生「カント年譜:物語風に」牧野英二編『新・カント読本』法政大学出版局、2018年、348-68頁を参考にしている(というかすべきである)。とりわけ「カント年譜」は簡便である。以下では煩雑を避けるため、引用以外は注として記さない。
- ^ a b アカデミー版全集20:44。
- ^ アカデミー版全集10:56。
- ^ 坂部恵『カント』講談社学術文庫、2001年、152-3頁。
- ^ アカデミー版全集18:69。
- ^ アカデミー版全集8:35。
- ^ 例えば坂部恵『理性の不安:カント哲学の生成と構造』(勁草書房、1976)は、『視霊者の夢』(1766)にその一契機を見る。
- ^ アカデミー版全集6:224。
- ^ アカデミー版全集6:230。
- ^ アカデミー版全集6:237。
- ^ アカデミー版全集6:312。
- ^ アカデミー版全集6:313。
- ^ アカデミー版全集6:315。
- ^ アカデミー版全集6:330、また『永遠平和のために』「第二確定条項」を参照。
- ^ 「だから中国と日本が、そのような(極悪非道な)客人たちを試した上で、以下の措置を取ったことは賢明であった。すなわち中国は来航は許したが入国は許さなかった、日本はそれどころか来航さえもオランダ人というただ一つのヨーロッパ民族にしか許容しなかったし、しかも日本人はそのオランダ人さえ捕虜のように扱い、自国民との共同関係から排除しているのである」 平子友長「カント『永遠平和のために』のアクチュアリティ : ヨーロッパ帝国主義批判の書として」『唯物論 : 東京唯物論研究会会報』第79号、東京唯物論研究会、2005年、27-42頁、NAID 120001009884。
- ^ a b c d #ポリアコフ III,p.248-251.
- ^ 下村 1972, p.111-112.
- ^ #ポリアコフ III,p.249. カント「たんなる理性の限界内の宗教について」カント全集10巻、岩波書店、p168-169.
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- ^ Von den verschiedenen Racen der Menschen 1777(福田喜一郎訳「様々な人種について」『カント全集 第3巻』岩波書店 2001年
- ^ Bestimmung des Begriffs einer Menschenrace 1785.(望月俊孝訳「人種概念の規定」『カント全集 14』岩波書店 2000年)
- ^ #カント自然地理学,p.227.
- ^ Jon M. Mikkelsen 2013.
- ^ Charles W. Mills 2017.
- ^ 「人間の黒い色に関するいくつかの注目すべき点」(自然地理学 第2部第1編第2節)、#カント自然地理学、p.223.
- ^ 「この色の原因についての考察」(自然地理学第2部第1編第3節)、#カント自然地理学、p.225.
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- ^ “気象学と気象予報の発達史: 気象予測の考え方の主な変遷(4)大航海時代と科学革命”. 気象学と気象予報の発達史 (2020年4月8日). 2020年10月7日閲覧。
- ^ 堤之智. (2018). 気象学と気象予報の発達史 初期の風の力学理論. 丸善出版. ISBN 978-4-621-30335-1. OCLC 1061226259
- ^ ヤハマン『カントの生涯』(木場深定訳、弘文堂、1947年/角川文庫、1953年/理想社(改版)、1978年)
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