アルバニア 軍事

アルバニア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/07 07:51 UTC 版)

軍事

地理

アルバニアの地図。

アルバニアの国土は最大で南北が約340km、東西が150kmである。海岸部の平野以外は起伏があって山がちな地形が多く、国土の約7割が海抜高度300m以上である。モンテネグロセルビア北マケドニア共和国との国境地帯にはディナラ・アルプス山系の2000m級の山々が列を成しており、一番高い山はディブラ県にあるコラプ山で、2,753メートルに達する。

海岸付近の低地は典型的な地中海性気候で降雪は珍しいが、内陸部の高地は大陸性気候で冬には大量の降雪がある。年間降水量は1,000mmを超える。の最高気温は30℃以上となるが、の最低気温は海岸部で0℃、内陸部で-10℃以下となる。また、国土の北西はモンテネグロにまたがりバルカン半島最大の湖であるシュコダル湖(約360平方キロ)に面しており、南東部にはオフリド湖プレスパ湖がある。オフリド湖が源のドリン川が約280kmにわたって国内を流れ、シュコドラ州で数本の水流に別れてアドリア海に注いでいる。国土の約40%が森林で、ブナなどが多い。

地方行政区分

アルバニアは12の州 (qark)、61の基礎自治体 (komuna) に分けられる。

主要都市

首都のティラナ以外の主要な都市としてはドゥラスエルバサンシュコドラギロカストラヴロラコルチャ、ブローラ、サランダなどがある。

経済

アルバニア最大の都市である首都ティラナ

IMFの統計によると、2013年のアルバニアの名目GDPは127億ドルである。一人当たりは4,565ドルで、これは世界平均の40%ほどの水準だが、バルカン半島では最下位に位置している。

上述したように、アルバニアは第二次世界大戦後に米ソ両陣営と距離を置き、1978年から完全な鎖国状態となった。経済は低調で、長年欧州最貧国の扱いを受けていた。国民は皆貧しく、ある意味では平等な状態にあった。

1990年代市場経済が導入された際には、投資会社という名目でねずみ講が蔓延した。ねずみ講は通常、新規参入者がいなくなった時点で資金が集まらなくなり、配当ができなくなることによって破綻する。しかしアルバニアの場合、集めた資金で武器を仕入れ、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の紛争当事者へ売り払うことによって収入を得、配当を行っていた[15]。他に、国民の半分がはまったと言われるまでにねずみ講が蔓延した理由としては、社会主義国家鎖国状態であったために、国民に市場経済の金融・経済についての教育が行われず、国民が「投資とはこんなものだ」と思い、ねずみ講の危険性に気づかなかったことも挙げられる[15]。また、武器の購入を通じて麻薬などの組織犯罪アルバニア・マフィア)とも深く関わりを持つこととなり、汚職が蔓延した。ねずみ講投資会社は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の終結とともに破綻した[15]

その後は経済回復を続け、2000年に世界貿易機関(WTO)加盟。税制改革や、外資を呼び込もうと誘致活動を行っている。外資の誘致については、インフラストラクチャーが脆弱であることが課題となっている[15]。例えばアルバニアの電力は山がちな地形を生かした水力発電が支えており、水力で総発電量の98.8%を占めている。この水力については、施設の老朽化による電力不足が課題となっている[15]。しかし近年では新規の水力発電所の建設、送電線網の更新が進み、2017年頃からは長期の停電のような事態は都市部、地方を含めて起きにくくなっている。

ホッジャを首班とする独裁政権下では、国民は渡航規制、外国書物及び放送の規制を強いられており国民にとっては海外の文化や情報を得る手段は無に等しかった。1990年以降の市場開放により、同じヨーロッパに属する隣国イタリアの名物であるピザや、バナナといった果物を初めて知ったという国民もいた[16]

ユーロ圏への貿易、ギリシャ、イタリアへの出稼ぎが多くユーロ圏の経済に大きく影響を受ける構造である[14]

農業

アルバニアの農家

アルバニアは山がちな地形にも関わらず、国土に占める農地面積が25.5%と高い。伝統的に農業従事者の比率が高く、政府は農業以外の産業確立に苦心してきた。

1940年時点における農業人口の比率は85%であったが、1989年には55%、2004年時点では21%まで下がった。なお、農業人口の減少は同国の経済体制の変化にも原因がある。

1946年に創設された集団農場は成長を続け、1973年には全ての農場が集団化(社会主義化)された。しかしながら1991年に集団農業を放棄したことで、生産額が1年間に20%低下し、一時的に大打撃を受けている。その後、農業生産は持ち直し、労働生産性が向上した。

主な生産品目は主食の小麦、生産額は2004年時点で30万トンである。その他の麦や、トウモロコシジャガイモの生産も盛ん。地中海性気候に適したオリーブブドウザクロクルミレモンメロンオレンジスイカも生産している。

食糧自給率については、1995年時点では95%と発表されていたが、2003年時点では輸入に占める最大の品目が食料品(輸入の19.6%)となっている。 一方、近年では農産物加工品の輸出も盛んになりつつある。

鉱業

鉱物資源はある[17] が、長年の鎖国政策や、近年の社会的混乱によってインフラが乏しいため、生産は低調である。

典型的なのがクケス市など3カ所の鉱山から採掘されている同国第一の鉱物資源クロム鉱である。第二次世界大戦直前の1938年時点ではわずか7000トンだったクロム鉱の採掘量は、1970年代には世界第3位に達し、1987年には108万トンまで伸びた。しかし、1991年には50万トンに、2003年には9万トンまで落ち込んでいる。同じ傾向は銅鉱(1991年に至る5年間で銅鉱の産出量が半減)、ニッケルについても見られる。

有機鉱物は、品位の低い亜炭原油天然ガスを産出する。石灰岩の生産も見られる。天然アスファルトは生産量こそ少ないものの、アルバニアの特産品として知られている。

工業

工業は、輸出については衣類を中心とした軽工業が主体である。繊維自体の生産は小規模であり、布・皮からの衣服の加工、縫製が主となる。アルバニアの輸出に占める工業製品の割合は82.6%(2003年)に達する。品目別に見ると衣類34.2%、靴などに用いる皮革26.1%であり、輸出工業品目の過半数を占める。この他の工業製品としては鉄鋼、卑金属が輸出に貢献している。

輸出相手国は、イタリアとの関係が深い(輸出の74.9%がイタリア向け)。イタリアの繊維産業と深く結びついた工業形態となっていることが分かる。イタリア企業向けのコールセンターが起業されるなど海外向けのサービス業の発展が近年では顕著である。

観光

2010年頃から南部の海岸地帯を中心に観光業の発展が著しいものとなっている。特にブローラ県ではホテル、リゾートマンションが多数建設され、夏季には多くの国内外の観光客で賑わう。国民の多くが非常に世俗的なイスラム教徒であるため、レストランでのアルコールおよび豚肉料理の提供には制限はなく、内外の観光客で賑わっている。ビーチバー、カフェ、ストリップ劇場も多数営業し、イタリア、中国、ごくわずかながら日本といった海外からの直接投資も始まっている。観光業が経済的なエンジンの一つとなりつつある。

交通

道路インフラの整備が進められており、首都圏では高速道路、環状道路の整備はほぼ完了した。主要な都市を結ぶ高速道路網も整備も進められており、一部の区間では通行できるようになっている。ラマ首相のイニシアチブにより2018年より空港のある首都圏と南部の観光地帯を結ぶ高速道路の建設が本格化した。

鉄道

空運


注釈

  1. ^ a b イスラム教においてハラール食のタブー)とされる飲酒をしたり、豚肉を食べたりする者も珍しくない。井浦伊知郎『アルバニアインターナショナル』参照。

出典

  1. ^ a b UNdata”. 国連. 2021年10月11日閲覧。
  2. ^ a b c d e World Economic Outlook Database” (英語). IMF. 2021年10月18日閲覧。
  3. ^ W.チャーチル、佐藤亮一訳『第二次世界大戦 1』(河出文庫版)P248.
  4. ^ “独裁者の核防空壕を一般公開、観光資源に アルバニア”. AFPBBNews (フランス通信社). (2014年11月24日). http://www.afpbb.com/articles/-/3032532?ctm_campaign=pcpopin 2014年12月23日閲覧。 
  5. ^ 40 Years of Socialist Albania, Dhimiter Picani
  6. ^ Enver Hoxha, "Reflections on China II: Extracts from the Political Diary", Institute of Marxist-Leninist Studies at the Central Committee of the Party of Labour of Albania," Tirana, 1979, pp 516, 517, 521, 547, 548, 549.
  7. ^ Hoxha, Enver (1979b). Reflections on China. II. Tirana: 8 Nëntori Publishing House.
  8. ^ Vickers, Miranda (1999). The Albanians: A Modern History. New York: I.B. Tauris & Co Ltd. p. 203. p. 107
  9. ^ NHK特集 現代の鎖国アルバニア』(日本放送出版協会、1987年)
  10. ^ “Albanian Parliament Fails to Elect a President in 1st Vote”. USニューズ&ワールド・レポート. (2022年5月16日). https://www.usnews.com/news/world/articles/2022-05-16/albanian-parliament-fails-to-elect-a-president-in-1st-vote 2022年6月2日閲覧。 
  11. ^ “EU、英抜きで再拡大へ バルカン諸国の加盟交渉で合意”. 日本経済新聞. (2020年3月26日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57194850V20C20A3FF8000/ 2020年3月26日閲覧。 
  12. ^ 「イラン包囲網」米主導の船舶護衛活動開始 日本見送り朝日新聞デジタル(2019年11月8日)2019年11月9日閲覧
  13. ^ https://www.jiji.com/jc/article?k=2022090701229&g=int
  14. ^ a b アルバニア共和国(Republic of Albania)基礎データ 日本国外務省(2019年11月9日閲覧)
  15. ^ a b c d e 『アルバニア:「国民平等に貧しい」と「ねずみ講バブル」の関係』2008年3月6日付配信 日経ビジネスオンライン
  16. ^ 佐藤和孝著『戦場でメシを食う』(新潮社)第三章「アルバニア-世界でもっとも孤立した国」
  17. ^ 平野英雄「アルバニアの金属資源」『地質ニュース』531号 1998年11月 pp.43-51 PDF
  18. ^ 『アルバニアにおける移民と民族集団-シナジーと相互依存』(ワトソン・インスティテュート(Watson Institute))(英語)
  19. ^ アメリカ国務省『国際的な宗教の自由』(英語)
  20. ^ Family Code of Albania, Law Number 9062, Chemonics International Inc., 2003.
  21. ^ ユネスコ世界遺産 アルバニア
  22. ^ Napoli reportedly reach agreement with Empoli to sign Elseid Hysaj THE SIREN's SONG 2015年7月28日





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

「アルバニア」に関係したコラム

  • 株式の取引が行われる証券取引所の一覧

    2012年6月現在の日本の証券取引所、および、世界各国の証券取引所の一覧です。▼日本東京証券取引所(東証)大阪証券取引所(大証)名古屋証券取引所(名証)福岡証券取引所(福証)札幌証券取引所(札証)TO...

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「アルバニア」の関連用語

アルバニアのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



アルバニアのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアルバニア (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS