アルジュナ アルジュナの放浪

アルジュナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/05 14:15 UTC 版)

アルジュナの放浪

 アルジュナはその生涯において兄弟と共に、あるいは単独でたびたび放浪生活を送っている。

燃えやすい素材の館からの脱出

 一度目の放浪は、ドゥルヨーダナらとその腹心らによって、一家で滞在していた燃えやすい素材の館ごと焼き殺す計画を仕掛けられた際である。自らの死を偽装したパーンダヴァ兄弟とその母は、身分を隠し、時にはバラモンに扮し協力者を求めて放浪する[8]。そしてドルパダ王の娘・ドラウパディーの婿選び式において、誰もひくことができなかった強弓をひいて見事的を射たアルジュナはドラウパディーを得る[9]。花嫁を連れて帰ったアルジュナは「われわれの得たもの(施物)です」と母・クンティーに告げ、それを托鉢で得た食べ物だと思い込んだクンティーは「みなでいっしょに食べなさい(共有しなさい)」と発言してしまう。母の言葉を偽りにすべきではないこと、および「兄より先に弟が結婚すべきではない」というアルジュナの主張の末、長兄・ユディシュティラが五人共通の妻とすることを決める[10]。(この一妻多夫婚の是非については、マハーバーラタ中でも、しばしば問答がある[11]ドラウパディーの項目参照)。

禁欲の放浪

 二度目の放浪は、アルジュナ単独での放浪である。クル王国に帰還し、伯父・ドリタラーシュトラ王より未開の地であったカーンダヴァプラスタを譲渡されたパーンダヴァはこの地に国を興す。インドラプラスタと呼ばれた都で、パーンダヴァは平和に暮らす[12]。ところがある日、牛を奪われて困っているバラモンに助けを求められたアルジュナは、兄弟間の「他の兄弟がドラウパディーと寝室にいる場合は、部屋に入ってはならない。もし、入った場合は十二年間の禁欲生活を送る。」[13]という誓いを破り、部屋に入って弓を取り、バラモンを助ける[14]。誓いに従ってアルジュナは進んで放浪の旅へと出る。この旅の中で、ナーガ族の姫・ウルーピーと出会い、ウルーピーとの間にイラーヴァットという息子をもうける[15]。その後、チトラヴァーハナ王の元を訪れ、娘のチトラーンガダーを娶り、バブルヴァーハナという息子を授かる[16]。その後、クリシュナの妹・スバドラーと恋に落ち、クリシュナの勧めで略奪婚によりスバドラーと結婚する[17]。これはクシャトリヤに相応しい結婚の方法の一つで、男が妻にしたい女を自らが操る戦車に乗せて連れ去るというものである。スバドラーとの間にはアビマニユという息子を得る。十二年の放浪の後、スバドラーという新妻を伴って帰ってきたアルジュナに対し、ドラウパディーは不機嫌になるが、スバドラーが機転を利かせドラウパディーを姉として敬ったために事なきを得た[18]。国へ帰ってきたアルジュナは、アグニ神の求めに応じ、クリシュナと共にカーンダヴァの森を焼く。この際、アルジュナは自らの腕力に釣り合う武器を求め、神弓・ガーンディーヴァと矢が尽きることのない二つの箙を森を焼くために得る[19]。アルジュナとクリシュナは、諸神の要請により森火事を妨害にきたインドラ神などの多数の神々と、二人だけで戦いを行い、神々を退却させる。インドラ神はこの武勇の報酬として、後日シヴァ神を満足させたとき、アルジュナに天界の武器を与えることを約束した。

天界での武者修行

 三度目の放浪は、骰子賭博にユディシュティラが敗北した為に、「十二年間森で暮らし、十三年目の一年間は正体を知られぬよう暮らさなければならない」という誓いによる。(骰子賭博の詳細はユディシュティラの項目参照)追放された森林での生活がしばらくたった頃、苦行しインドラ神に会って武器を授かるため、兄弟と別れて一人修行の旅に出る[20]。そこで苦行を続けたアルジュナは、山岳民に扮したシヴァ神と戦う。これに戦いを挑んで敗北したアルジュナは、シヴァ神に許しを請い、その勇猛さに満足したシヴァ神にパーシュパタ[21]を与えられる。その後、アルジュナにヴァルナ神、ヤマ神、クベーラ神が武器を与え、最後に訪れたインドラ神がアルジュナを天界へ連れていく。アルジュナはそこであらゆる武器の使用方法と回収方法、歌や踊りを学んだ[22]。修行を終えたアルジュナは、神々に報いるために、ニヴァ-タカヴァチャ族という魔族の討伐、およびヒラニヤプラという黄金の都の討伐を一人で行った[23]

マツヤ国での潜伏

 十三年目のパーンダヴァは、マツヤ国のヴィラータ王の元でそれぞれ正体を隠して暮らすが、アルジュナは女装してブリハンナラー(ブリハンナダー)を名乗り、王女らの舞踊の教師役となる[24]。これはアルジュナが天界で舞踊を学んだことと、アプサラスであるウルヴァシーから受けた呪いを利用した変装であった。ウルヴァシーは、天界で修行するアルジュナに求婚するも断られ、それに怒って性的不能となる呪いをかけたのである。しかしインドラ神により、その期間は一年に縮められ、しかも自由に時期を選ぶことができたため、アルジュナはそれを十三年目にあてた[25]。 マツヤ国の将軍・キーチャカは王妃の侍女として働いていたパーンダヴァの妻ドラウパディーにしつこく肉体関係を迫ったことで怒りを買い、ビーマに殺されてしまう[26]。これを聞いたドゥルヨーダナは、強力な将軍キーチャカが死んだと聞き、家畜を奪うためにマツヤ国へと攻め入った[27]。(※強力なキーチャカを殺害したのはパーンダヴァに違いないと考え、正体を暴いてもう十二年間森へ追放するため、軍を向かわせたとするバージョンも存在する[28]。これに対し、パーンダヴァは立ち上がり、アルジュナ以外の四人は、マツヤ国の戦士らと共に戦車を操って迎撃に向かう[29]。残ったアルジュナは、ウッタラー王子の御者として、カウラヴァの強力な戦士たち、ドゥルヨーダナ、カルナ、ドローナ、クリパ、アシュヴァッターマンらと対峙する。怯えるウッタラー王子を宥めながら、森へ隠しておいたガーンディーヴァや箙を取り返し、アルジュナは一人で退け、その衣を奪い勝利する。この時点で約束の十三年目は過ぎており、アルジュナたちは正体を明かす。ヴィラータ王は感謝の印として自らの娘ウッタラーをアルジュナの嫁にと申し出るが、アルジュナはウッタラー王女が教え子であることを理由に断り、自分の息子のアビマニュの嫁にもらい受ける[30]


  1. ^ 上村勝彦『原典訳マハーバーラタ』1巻(ちくま学芸文庫、2002年)1巻117章、以下、脚注ではこのシリーズを上村版として表記する。
  2. ^ 上村版1巻122章
  3. ^ 山際素男『マハーバーラタ』第1巻第1巻、以下、脚注ではこのシリーズを山際版として表記する。ガングリ版1巻134章、プーナ版1巻123章、上村版では省略されている。
  4. ^ 上村版4巻、4巻44章、ガングリ版4巻49章では、アルジュナを倒すと息まくカルナに対し、「無謀なことをするな、我々六人でアルジュナに対抗しよう」と述べている。
  5. ^ 上村版1巻、1巻122章
  6. ^ カルナが乱入してきた時点で、アルジュナは「カルナよ、お前は私に殺されて、招待されていないのに闖入して喋る者たちのいる世界へ堕ちるであろう」と言い、アルジュナ自身がカルナの身分を理由に一騎打ちを拒否したわけではない。御前試合はクルの王子達すなわちカウラヴァ及びパーンダヴァの武芸の披露の場として催されたものであり、クルの王子でないカルナには参加資格がないと考えるのが自然である。上村版1巻、1巻124~127章、山際版第1巻、第1巻
  7. ^ 山際版第1巻、第1巻、上村版1巻、1巻128章、ガングリ版1巻140章
  8. ^ 上村版1巻、1巻129~136章
  9. ^ 上村版2巻、1巻174~179章
  10. ^ 上村版2巻、1巻182章
  11. ^ 上村版2巻、1巻186章
  12. ^ 上村版2巻、1巻199章 山際版1巻、第1巻
  13. ^ jayaなど一部のバージョンでは一年間とされているものもあるが、同本の監訳注にサンスクリット語の原典マハーバーラタでは十二年とある。山際版、上村版、ガングリ版においても十二年とされている。
  14. ^ 上村版2巻、1巻205章
  15. ^ 上村版2巻、1巻206章 山際版1巻第1巻
  16. ^ 上村版2巻、1巻207章 山際版1巻、第1巻
  17. ^ 上村版2巻、2巻210~212章
  18. ^ 上村版2巻、1巻213章 山際版1巻第1巻
  19. ^ アルジュナにガーンディーヴァを授けるのはアグニ神であるが、ガーンディーヴァはヴァルナ神の武器である。ヴァルナ神からアグニ神へ、それからアルジュナへ与えられる。上村版2巻、1巻214~225章 山際版1巻、第1巻
  20. ^ 上村版3巻、3巻38章 山際版2巻、第3巻
  21. ^ シヴァ神愛用の武器だが、具体的にどのような武器か詳細不明。名前は牛飼いの杖という意味。(山際版第4巻、第7巻)ここでアルジュナはシヴァ神からその武器の秘法と回収方法を授かる。なおアルジュナはクルクシェートラの戦いの最中にも、夢の中でシヴァ神からパーシュパタを授かっているが、使用した明確な場面は山際版、上村版では確認できない。
  22. ^ 上村版3巻、3巻40~48章
  23. ^ 上村版3巻、3巻165~172 山際版2巻、第3巻
  24. ^ 上村版4巻、4巻1章
  25. ^ 山際版第2巻、第3巻 ガングリ版3巻46章 上村版ではウルヴァシーの話は存在しない
  26. ^ 上村版4巻、4巻21章
  27. ^ 上村版4巻、4巻29
  28. ^ C・ラージャーゴーパーラーチャリ、奈良毅・田中嫺玉訳『マハーバーラタ(中)』(第三文明社、2017年)
  29. ^ 上村版4巻、4巻30章
  30. ^ 上村版4巻、4巻33~66章
  31. ^ 上村版5巻、5巻5~94、122~148章
  32. ^ 上村版5巻、5巻5~197章 第5巻の努力の巻は、戦争前の準備や戦争回避に努めているという内容である。
  33. ^ 上村版5巻、5巻7章
  34. ^ 上村版6巻、6巻23~40章
  35. ^ 上村版6巻、6巻55章
  36. ^ 実際に二人は別の戦車に乗っており、またビーシュマの攻撃がアルジュナに向けられている描写があるため、シカンディンを盾に、アルジュナが攻撃した訳では無い。
  37. ^ 上村版6巻、6巻114章
  38. ^ 上村版7巻、7巻51章
  39. ^ 山際版第4巻、第7巻 ガングリ版7巻145章 上村版(プーナ版)にクリシュナが日没を偽装する描写はない。
  40. ^ 上村版7巻、7巻121章
  41. ^ 上村版7巻、7巻165章
  42. ^ ガングリ版8巻71章、山際版第5巻第8巻
  43. ^ ガングリ版8巻66章 山際版第5巻、第8巻
  44. ^ プーナ版9巻1章、山際版第6巻第10巻
  45. ^ 山際版第9巻、第14巻
  46. ^ 山際版第9巻第16巻
  47. ^ 山際版第9巻、第17巻
  48. ^ プーナ版18巻3章
  49. ^ 上村版6巻33章
  50. ^ プーナ版7巻28章 ガングリ版7巻27章
  51. ^ プーナ版8巻66章 ガングリ版8巻90章
  52. ^ 山際版第9巻第14巻、プーナ版14巻15章、ガングリ版14巻15章
  53. ^ 山際版第9巻、第16巻 ガングリ版16巻8章
  54. ^ 沖田瑞穂『マハーバーラタ入門 インド神話の世界』(勉誠出版、2019年)p158、






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