アユ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/15 15:45 UTC 版)
特徴
形態
成魚の全長は30センチメートルに達するが、地域差や個体差があり、10センチメートルほどで性成熟するものもいる。若魚は全身が灰緑色で背鰭が黒、胸びれの後方に大きな黄色の楕円形斑が一つある。秋に性成熟すると橙色と黒の婚姻色が発現する。体型や脂鰭を持つなどの特徴がサケ科に類似する。口は大きく目の下まで裂けるが、唇は柔らかい。歯は丸く、櫛(くし)のような構造(櫛状歯)である。
分布
北海道・朝鮮半島からベトナム北部まで東アジア一帯に分布する。石についた藻類を食べるという習性から、そのような環境のある河川に生息し、長大な下流域をもつ大陸の大河川よりも、日本の川に適応した魚である[9]。天塩川が日本の分布北限。遺伝的に日本産海産アユは南北2つの群に分けられる[10]。中国では、河川環境の悪化でその数は減少しているが、2004年に長江下流域でも稚魚が発見された報告があるなど、現在も鴨緑江はじめ、遼東半島以南の一帯に生息している。また、中国では浙江省などで放流や養殖実験が行われている。台湾でも中部(西岸では濁水渓以北、東岸では三桟渓以北)で生息していたが、現在は絶滅が危惧されている。
亜種
模式亜種
Plecoglossus altivelis altivelis (Temminck et Schlegel, 1846)。
「アユ」を亜種 P. a. altivelis とすることもある。
オオアユ
琵琶湖のコアユに対し、両側回遊する通常の個体群をオオアユと呼ぶ。
コアユ
30センチメートルほどに成長する両側回遊型の海産系アユに対して、陸封型である琵琶湖産アユは10センチメートルほどにしか成長せずコアユとも呼ばれる。明治時代後期までオオアユとコアユは別種と捉えられていたが、動物学者の石川千代松による1908年以降の池中飼育試験および1913年以降の多摩川・宗谷川への放流実験によって、琵琶湖産アユが河川では大きく育ち、同種であることが実証された[11]。アイソザイム分析の結果、海産アユからの個体群としての別離は10万年前と推定されている[12]。
コアユは生態的にも特殊で、仔稚魚期に海には下らず、琵琶湖を海の代わりとして利用している。琵琶湖の流入河川へ遡上し、他地域のアユのように大きく成長するもの(オオアユ)と、湖内にとどまり大きく成長しないもの(コアユ)が存在する。河川に遡上しないコアユは、餌としてミジンコ類を主に捕食する。同じ琵琶湖に生息するビワマスでは海水耐性が発達せず降海後に死滅することが報告されている[13]が、コアユにおいても海水耐性が失われている可能性が示唆されている[14]。また、海産アユとの交雑個体も降海後に死滅していることが示唆されている[14]。
産卵数は 海産アユより多く、他地域のアユと比べ縄張り意識が強いとされている。そのため友釣りには好都合で、全国各地の河川に放流されてきたが、琵琶湖産種苗の仔アユあるいは交配稚魚は海に下っても翌年遡上しないこと[14]が強く示唆されており、天然海産アユとの交配により子の海水耐性が失われ死滅することによる資源減少が懸念されている[15]。
国内外来魚として
アユは河川漁業・遊漁にとって重要な魚種として日本各地で種苗放流が行われていて、琵琶湖では各地に出荷する種苗としてアユが採捕されている[11]。海産アユが海の環境によって資源量が大きく変動するのに対し、琵琶湖のアユは豊富であるだけでなく、低水温でも活性を保つ、成長が早い、なわばり意識が強く友釣りに反応しやすいなどの特徴があり種苗は重用され[16]、とくに1990年代ごろは重量ベースで90パーセントを占めるなど、日本のアユ種苗を寡占していた[11]。
遺伝学が発達し、同種であっても異なる系統のグループ間での交雑の問題点が認識されるようになったが、1970年代以降の複数の研究によって、川に放流された湖産系アユは海に流下したあと遡上する能力を持たないことと、そのために河川での繁殖に寄与してこなかったことが示唆された[16]。産卵期にも違いがあることから河川での交雑の可能性は小さいが、完全には否定されない。飼育下では、水温や日照時間によって産卵期を調整できるため人為的な交配が可能で、とくに陸封集団では天然にも起きうる[16]。野村ダム湖と八田原ダム湖の陸封集団に浸透交雑集団が報告されていて、天然集団に遺伝的撹乱をもたらすことが危惧されている[17]。
リュウキュウアユ
P. altivelis ryukyuensis Nishida, 1988[18]。アイソザイム分析の結果、日本本土産の海産アユからの別離は100万年前と推定されている[12]。
絶滅危惧IA類 (CR)(環境省レッドリスト)
絶滅危惧種[19]。
中国産亜種
中国産亜種(Plecoglossus altivelis chinensis)はXiujuan, et al. (2005) により、新亜種として記載された。朝鮮半島から中華人民共和国 – ベトナム国境地帯にかけての海岸に断続的に生息する[20]。
朝鮮半島産個体群
朝鮮半島産は予備的な研究により日本産と遺伝的に有意の差があるとの報告がされている[21]。
生活史
アユの成魚は川で生活し、川で産卵するが、生活史の3分の1程度を占める仔稚魚期には海で生活する。このような回遊は「両側回遊」と呼ばれる。ただし、河口域の環境によっては、河口域にも仔稚魚の成育場が形成される場合もある。
産卵
親のアユは遡上した河川を流下し河川の下流域に降り産卵を行う。最高水温が摂氏20度を下回る頃に始まり、最高水温が摂氏16度を下回る頃に終了する。粒径 1ミリメートル程度の沈性粘着卵を夜間に産卵する[22]。産卵に適した河床は、粒の小さな砂利質で泥の堆積のない水通しの良く砂利が動く場所が必要である。つまり、砂利質であってもヒゲナガカワトビケラの幼虫(俗称:クロカワムシ)などにより河床が固められた場所では産卵できない。産卵様式は、1対1ではなく必ず2個体以上のオスとの産卵放精が行われる[23]。また、資源保護を目的として「付着藻類を取り除く」「河床を掘り起こし水通しを良くする」などの河床を産卵に適する環境に整備する活動が各地で行われている[24]。
- 流速 40 - 100センチメートル毎秒
- 水深 10 - 60センチメートル
- 卵は河床表面から 5 - 10センチメートル に埋没
孵化
水温摂氏15度から摂氏20度で2週間ほどすると孵化する。孵化した仔魚はシロウオのように透明で、心臓やうきぶくろなどが透けて見える。孵化後の仔魚は全長約6ミリメートルで卵黄嚢を持つ。
仔稚魚期
仔魚は数日のうちに海あるいは河口域に流下し春の遡上に備える。海水耐性を備えているが、海水の塩分濃度の低い場所を選ぶため、河口から4kmを越えない範囲を回遊する[25]。餌はカイアシ類などのプランクトンを捕食して成長する。稚魚期に必要な海底の形質は砂利や砂で、海底が泥の場所では生育しない。全長約10 ミリメートル程度から砂浜海岸や河口域の浅所に集まるが、この頃から既にスイカやキュウリに似た香りがある。この独特の香りは、アユの体内の不飽和脂肪酸が酵素によって分解されたときの匂いであり、アユ体内の脂肪酸は餌飼料の影響を受けることから、育ち方によって香りが異なることになる。香り成分は主に2,6-ノナジエナールであり、2-ノネナール・3,6-ノナジエン-1-オールも関与している[26]。稚魚期には、プランクトンや小型水生昆虫、落下昆虫を捕食する。
遡上・成魚
体長59-63ミリメートルになると鱗が全身に形成され稚魚は翌年4月-5月頃に5-10センチメートル程度になり、川を遡上するが、この頃から体に色がつき、さらに歯の形が岩の上の藻類を食べるのに適した櫛(くし)のような形に変化する。川の上流から中流域にたどり着いた幼魚は水生昆虫なども食べるが、石に付着する藍藻類および珪藻類(バイオフィルム)を主食とするようになる。アユが岩石表面の藻類をこそげ取ると岩の上に紡錘形の独特の食べ痕が残り、これを特に「はみあと(食み跡)」という。アユを川辺から観察すると、藻類を食べるためにしばしば岩石に頭をこすりつけるような動作を行うので他の魚と区別できる。
多くの若魚は群れをつくるが、特に体が大きくなった何割かの若魚はえさの藻類が多い場所を独占して縄張りを作るようになる。一般には、縄張りを持つようになったアユは黄色みを帯びることで知られている。特にヒレの縁や胸にできる黄色斑は縄張りをもつアユのシンボルとされている。アユの視覚は黄色を強く認識し、それによって各個体の争いを回避していると考えられている[27][注 2]。縄張りは1尾のアユにつき約1m四方ほどで、この縄張り内に入った他の個体には体当たりなどの激しい攻撃を加える。この性質を利用してアユを掛けるのが「友釣り」で、釣り人たちが10m近い釣竿を静かに構えてアユを釣る姿は日本の夏の風物詩になっている[28]。
夏頃、若魚では灰緑色だった体色が、秋に性成熟すると「さびあゆ」と呼ばれる橙と黒の独特の婚姻色へ変化する。成魚は産卵のため下流域への降河を開始するが、この行動を示すものを指して「落ちあゆ」という呼称もある。産卵を終えたアユは1年間の短い一生を終えるが、広島県太田川、静岡県柿田川などの一部の河川やダムの上流部では生き延びて越冬する個体もいる[29]。太田川での調査結果からは、越年アユは全て雌である。また、再成熟しての産卵は行われないと考えられている[30]。
注釈
- ^ 魚偏に桀。
- ^ ただし、これらは一般に流布している学説であって、高橋 & 東 (2006) では、縄張りをもたず群れで生活している天然アユにも黄色くなるものがいる例を上げて、最終的にはよくわかっていないとしている。
出典
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