アメリカ同時多発テロ事件 被害

アメリカ同時多発テロ事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/19 00:52 UTC 版)

被害

ワールドトレードセンター(WTC)

ユナイテッド航空175便がツインタワー南棟に突入した瞬間
NASAが宇宙から撮影したテロ攻撃の様子[36]
自由の女神の背景で炎上しているツインタワー

午前8時46分40秒、ハイジャックされたアメリカン航空11便がワールドトレードセンター北棟 (1 WTC)の北面、93 – 99階の部分に衝突した[37][38][39]。衝突によってハイジャック機のジェット燃料が引火したことで北棟の高層階では爆発的な火災が発生し、また燃料がエレベーターシャフトを通じて落下したことで地上ロビー等の低層のフロアでも爆発が起こった[38][40]

衝突から間もなく火災と黒煙は周辺階に広がり始め、8時52分には、過酷な状況に耐えかねて高層階から飛び降りる人々も現れた[41][42]。この時点では、北棟への航空機の突入は(テロ攻撃ではなく)事故であるとの見方が大勢を占めていた[43]。当時の大統領ジョージ・W・ブッシュも第一報を受けて「これはパイロットエラーによる事故だ」と発言した[44]

午前9時02分59秒、ハイジャックされたユナイテッド航空175便がワールドトレードセンター南棟 (2 WTC) の南面に突入し、南棟は爆発炎上した[45]。ハイジャック機は機体を傾けながら南棟の77 – 85階の部分に衝突しており、当時78階のスカイロビー英語版でエレベーターを待っていた数百人に及ぶ避難者の多くが死傷した[46]。この衝突によって南棟が負った構造的ダメージは、北棟と比較してより深刻だった[28]。2機目のジェット機が南棟に衝突した瞬間は既に多数の報道カメラが記録を始めており、一般者も含めた数多のカメラによって様々な角度から捉えられた[29]。この時点で、一連の出来事が事故ではなく故意に起こされた攻撃であることが広く認識された[43][44]

午前9時37分、ハイジャックされた旅客機(アメリカン航空77便)がペンタゴンに突入した[47]。9時42分、連邦航空局 (FAA) はアメリカ合衆国大陸部内のすべての民間航空機を離陸禁止とし、すでに飛行中の民間機にはただちに着陸するよう指示した[22]

午前9時59分、ユナイテッド航空175便の南棟突入から56分後、ワールドトレードセンター南棟が崩壊した[48][49]。その直後の10時03分11秒、ハイジャックされたユナイテッド航空93便がペンシルベニア州で墜落した[50]。10時28分、アメリカン航空11便の北棟突入から1時間42分後、南棟に続きワールドトレードセンター北棟が崩壊した[48][49]

ワールドトレードセンターのツインタワーは、航空機の衝突による大規模な構造的ダメージに加え、ジェット燃料が引き起こした火災の熱で構造部材(鉄骨柱・床トラス部材等)の強度が著しく低下したことで崩壊したと考えられている[51][52]アメリカ国立標準技術研究所の報告書によれば、火災によるダメージは(ジェット燃料ではなく)主にオフィス内の可燃物によるものであり、それらの可燃物が火災を増長しなければ、ツインタワーは崩壊を免れていた可能性がある[53]。ツインタワーは、建設当時に世界最大のジェット旅客機であったボーイング707が突入しても崩壊しないよう設計されていたが、漏れ出したジェット燃料とそれによる大規模火災の影響は設計上考慮されていなかった[51]。日本の鹿島建設は事件の翌年にWTC建物内部の損傷について独自のシミュレーションを実施し、崩壊が火災によるものであることを裏付けた[54]

北棟の崩壊時の瓦礫が隣接する7 ワールドトレードセンタービル (7 WTC) に降り注ぎ、7 ワールドトレードセンターは損傷、さらに火災が数時間にわたって発生し、ビルの構造的健全性は失われた。午後5時21分、7 ワールドトレードセンターは倒壊した[55][56]

各旅客機のツインタワー両棟への突入の様子

7 WTC以外にも、ワールドトレードセンター・コンプレックスと周辺の多くのビルが壊滅的な被害を受けた。全壊した施設には聖ニコラス聖堂も含まれていた[57]。1 WTC(北棟)、2 WTC(南棟)と同様に、3 WTC(マリオット・ワールドトレードセンター英語版)と7 WTCは跡形もなく破壊された。4 WTC英語版5 WTC6 WTC英語版合衆国税関ビル)、ウエスト・ストリートを渡る2つの横断歩道橋は激しく損壊した。リバティ・ストリートを隔てたドイツ銀行ビル英語版は部分的に損壊し、2007年より始まった解体作業で取り壊された[58][59]。ウエスト・ストリートを隔てたワールドフィナンシャルセンターの2棟のビルもダメージを被った[58]。ワールドトレードセンター・コンプレックスの地下にはPATHトレインワールド・トレード・センター駅が位置していた。ツインタワーの崩壊時、この駅は完全に破壊され、この駅からハドソン川の下を通ってニュージャージー州ジャージーシティエクスチェンジ・プレイス駅へ向かうトンネルも水没した[60]

北棟の崩壊により、北棟の屋上に設置されていた通信アンテナも破壊された。一時的に多くのTV局・ラジオ局の放送が断絶したが(WCBS-TVのみがエンパイアステートビルにバックアップ用の通信装置を持っていた)、それらの放送局はすぐに別ルートでの通信を確立し、放送を再開することができた[57][61]。ワールドトレードセンターの敷地における火災は、テロ事件から100日後の12月20日にようやく鎮火された[62]。この事件以降、ワールドトレードセンター・コンプレックス跡地は「グラウンド・ゼロ」や「ワールドトレードセンター・サイト(跡地)」とも呼ばれている。

WTCの人的被害

ブルックリン側から見たツインタワー南棟 (2 WTC) の崩壊

ワールドトレードセンター (WTC) へのテロ攻撃による死者は合計で2,763人だった。その内訳は、事件当時WTCに居た民間人が2,192人、消防士が343人、警察官が71人、ハイジャックされた旅客機の乗員・乗客が147人、ハイジャック犯のテロリストが10人となっていた[63]

WTCのツインタワーにおける民間人死者の90%以上は、ハイジャック機による衝突を受けた階以上のフロアで発生した[64]。北棟ではハイジャック機の衝突時に数百人が即死したほか、直撃を受けた階以上のフロアに1,355人が閉じ込められ、煙の吸引・タワーからの落下・最終的なタワーの崩壊などの理由によってその全員が最終的に死亡した[38][64]。北棟の3つの非常階段すべてがアメリカン航空11便の衝突の際に破壊されており、上層階から人々が脱出することは不可能だった。一方で、(北棟において)直撃を受けた階より下のフロアで死亡した民間人は107人とされている[64]

南棟で死亡した民間人は計630人であり、北棟の半分以下の数字だった[64]。南棟では、北棟へのジェット機突入の直後から多くの人々が自主的に避難を開始していたため、死者の数は大幅に抑えられた[65]。一方で、『USAトゥデイ』は最初のジェット機突入後に南棟に居た全員を避難させることができなかったことを「事件当日に起きた大きな悲劇のひとつ」と評している[66]。南棟では、ユナイテッド航空175便の衝突の後も非常階段のひとつ(A階段)が崩壊を免れており、このA階段を利用することで18人(直撃を受けた階から14人、それより上の階から4人)が生還した[67]

ジェット機の衝突によって北棟・南棟ではエレベータが停止し、多くの人が閉じ込められた。『USAトゥデイ』の推定では、最小で200人、最大で400人がツインタワーのエレベータに閉じ込められた状態で死亡したとされている[68]。エレベータに閉じ込められたものの、そこから自力で脱出した生還者は21人のみだった[68]。エレベータにおける死者は、ケーブルの破断によるエレベータ籠の急落下や、エレベータへの火炎の侵入によって死亡しており、それらを免れた者もタワーの崩落時に死亡した[68]

上空から見たWTC跡地(2001年9月17日撮影)

ツインタワーからの転落もしくは飛び降りによる死者は最低でも200人と推定されている[69]。そのほとんどが北棟で発生したものであり、南棟からの転落・飛び降りによる死者は12人に満たなかった[69]。北棟から落下した人々の多くは、タワーに隣接する道路や広場(トービン・プラザ)および3 WTCビルの屋上にたたきつけられて死亡した[69]。消防士の1人は落下してきた人の巻き添えとなり死亡した[69]

北棟の101 – 105階を占めていた投資銀行のキャンター・フィッツジェラルド英語版では、他の雇用主を大きく上回る658人もの従業員が犠牲となった[70]。キャンター・フィッツジェラルドの直下、北棟の93 – 100階を占めていたマーシュ・アンド・マクレナンでは358人の従業員が犠牲となった[71][72]。南棟のエーオンでは175人の従業員が犠牲となった[73]

アメリカ国立標準技術研究所 (NIST) は、事件発生当時のワールドトレードセンター・コンプレックスには約1万7400人の民間人が存在したと推定している。港湾公社のターンスタイルによる記録では、午前8時45分には(通常は)1万4154人がツインタワー内に存在したことが示唆されている[74][75]。ジェット機が直撃した階よりも下のフロアに居た人々は、その大半が安全にタワーから避難することができた[76]。ツインタワー南棟の崩壊時、当時南棟に居た民間人、消防士ならびに警察官は全員死亡し、タワー周辺の道路やビルでも多数の死者が生じた[77]。北棟の崩壊時には、12人の消防士、1人の警察官、および3人の民間人が崩壊を免れた非常階段に守られる形で生き残ったが、それ以外に生存者はいなかった[78][79]

国防総省本庁舎(ペンタゴン)

アメリカン航空77便が国防総省本庁舎に突入した瞬間の映像
炎上する国防総省本庁舎と突入したアメリカン航空77便の破片

午前9時37分45秒、ハイジャックされたアメリカン航空77便(AA077; ボーイング757)が、バージニア州アーリントン郡アメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に突入した[47]。アメリカン77便はビルの西壁に衝突して爆発炎上し、AA077便の乗客・乗員全員が死亡したほか、ペンタゴンに居た125人の国防総省職員(民間人70人、軍関係者55人)が死亡、106人が重傷を負った[80]

AA077便の衝突と続いて発生した火災によってペンタゴンは激しく損傷し、ビルは部分的に倒壊した[81]。ペンタゴンに突入する直前、旅客機のは地上の街灯をなぎ倒し、さらに発電機に接触した[82][83]。77便はペンタゴン西側外壁の1階部分に激突したが、衝突の瞬間にボーイング757の胴体前部はバラバラになり、その後一瞬のうちに機体中央部と尾翼部が勢いを保ったまま外壁を突き抜けた[84]。最も深くまで到達したのは尾翼部の破片であり、5層ある外壁のうち3層を突き破り、94 m内側まで貫通していた[84][85]。その後10時10分には、衝突で損傷したビルの一部分が倒壊した[86]。ビルの倒壊部分は最大で幅29 m、奥行き15 mにわたった[87]。77便の衝突からビルの崩壊まで時間的猶予があったため、4 - 5階に居た職員は全員が安全に避難することができた[88]。旅客機の突入時、ペンタゴンでは約1万8000人が働いていたが、この数字は1998年に始まった改修工事によって通常より4,000人ほど少なかった[89]

この直前に起きたワールドトレードセンター・ツインタワーへの他の飛行機の突入の影響で情報は錯綜し、最初の報道は単にペンタゴンが爆発炎上したというだけであったが、後に付近を通行中のドライバーや歩行者によってアメリカン航空機が北側から旋回して激突したとの目撃が証言され報じられた。さらに激突の瞬間の映像がペンタゴンの駐車場の監視カメラによって記録され、すぐにFBIによって回収、捜査された。

防空状況

テロ当日は北アメリカ航空宇宙防衛司令部(ノーラッド)の年に一度行われる訓練の日であり、東海岸から離れた場所で万全の防空体制で訓練に当たっていたはずだった。しかし連邦航空保安局からアメリカン航空11便ハイジャック発生の第一報が入ったのは8時40分ごろで、マサチューセッツ州のケープコッド南西部にあるオーティス空軍州兵基地[90] からF-15戦闘機2機がスクランブル発進したのは8時52分だった。

スクランブル発進したF-15はアメリカン航空11便を追跡するよう命じられたが、発進した時AA011便はすでにツインタワー北棟に突入した後だった。管制室は途中からユナイテッド航空175便を追跡させているという認識だったが、状況の把握が不十分で、パイロットも何を追跡しているか認識できていなかった。同機は一旦ロングアイランド湾で待機するよう命じられ、ニューヨーク上空への進入を命じられたのはUA175便がツインタワー南棟に突入した後だった。しかしF-15には旅客機攻撃の権限が無く、突入を止めることは不可能だったとされる(進路妨害は可能だったという指摘もある)。

ワシントンD.C.には、ノースカロライナ州上空で訓練していたF-16戦闘機3機が呼ばれたが、飛来したところで基地への着陸待機を命じられた。3機はアメリカン航空77便の追跡を命じられ再度離陸したが、もともと訓練中だったために燃料が不足し始め、うちの2機は訓練用の模擬弾しか装備していなかった。9時30分に別のF-16が3機発進し、ワシントン近くに飛来したが、これらには攻撃用のサイドワインダーAAMが装備され、旅客機撃墜の権限が与えられていた。しかし、結局AA077便に合流することは無く、9時38分にペンタゴンへの攻撃の阻止には至らなかった。

オハイオ州上空を飛行していたユナイテッド航空93便の付近で、積荷の搬送を行っていたC-130輸送機が、管制官からUA093便を捕捉するように命じられた。C-130はUA093便墜落の際、17マイル (27 km)離れたところに位置していた。

ノーラッドから10時6分にスクランブル発進命令があった2機のF-16が発進したのは10時16分だった。別の2機のF-16が93便を追跡していたという話もある[要出典]が、公式な発表にはない。さらに事故から約10分後に現場のはるか上空を戦闘機らしい航空機1機が通過するのを目撃された。ノーラッドは連邦航空局から93便墜落の報告を受けたのは10時15分で、10分近く93便の追跡を続けさせていた。

連邦航空局がアメリカ合衆国中のすべての空港の閉鎖の措置を決定したのはワールドトレードセンターへの2度目の突入の直後からで、9時45分に全米の空港からの民間機の離陸が停止され、飛行中のすべての民間機は直ちに最寄の空港へ着陸するよう通告された。民間機の飛行禁止は3日間にわたり、常に5,000機以上が飛んでいた航空機がアメリカ上空、そしてアメリカが管制を担当する空域から姿を消した。

アメリカ政府首脳の動き

本事件の発生当時、ジョージ・W・ブッシュ大統領フロリダ州に滞在していた。当日は教育政策の成功をアピールする為に同州サラソータにあるエマ・E・ブッカー小学校の授業を視察し、午後にはワシントンD.C.に戻って共和党議員とのバーベキューが行われる予定だった[91]。1機目のツインタワー攻撃の際には小学校へ向かう専用車の車中にいたが、このときは(多くのメディアが速報した様に)単なる航空事故だと考えていたとされる。ただし、一時的にホワイトハウスとの間で電話会議が行われた。また補佐官ら周辺も同じように事故と考え、予定通り小学校へ入った[要出典]

エマ・E・ブッカー小学校で連絡を行うブッシュ大統領
大統領専用機内でチェイニー副大統領との連絡を行うブッシュ大統領

授業視察中に2機目のツインタワー突入があり、数分後、ブッシュ大統領がアンドリュー・カード首席補佐官から2機目の突入と「合衆国が攻撃されている可能性がある」との報告を受けたが、ブッシュは「無駄な動揺を与えないために」との理由ですぐに動かずに7分間、小学生の朗読を聞き続けていた。朗読が終わるとブッシュ大統領は小学生を褒め、ただちに隣室で補佐官と話し、電話でコンドリーザ・ライス国家安全保障担当補佐官と州知事に連絡した。その後、テレビカメラで「アメリカが攻撃を受けた」と小学生の前で国民へ呼びかけ、9時30分頃に小学校から車列とともに出発、3マイル (5 km) のところにある空港へ向かった。

9時55分に、大統領専用機VC-25」が目的地を決めないまま離陸、地上からの攻撃を避けるため直後に急上昇した[92]。この時点では護衛の戦闘機は無かった。国内上空には未だに連絡の取れない旅客機が11機あったが、管制の指示で地上に降ろし、国内空域は大統領専用機と哨戒機だけになった。航空管制からは自由に飛行してもよいとの許可があり、機長が行き先を訪ねた際に大統領はワシントンを指示した[92]。アンドリュー・カードは国民に声を伝えるべきと進言したが[92]、当時専用機からは生の声明発表ができなかったため、一度ルイジアナ州バークスデール空軍基地に立ち寄り、国民に向けた声明発表を行った。ここでは有事の際に大統領が軍を指揮するために搭乗するE-4B ナイトウォッチも随行していたが、乗り換えはしなかった[92]。その後、ネブラスカ州オファット空軍基地英語版(E-4B ナイトウォッチが所属する基地)で事態の沈静化を待ち、夕刻にメリーランド州アンドルーズ空軍基地(大統領専用機が所属する基地)経由でワシントンD.C.へ帰還した。専用機は通常、国内でのフライトでは戦闘機の護衛を受けないが、この日のオファット基地からアンドルーズ基地へのフライトでは、国内では初めてゼネラル・ダイナミクスF-16戦闘機の護衛を受けて飛行している。戦闘機は大統領専用機からパイロットの顔が判別できるほどの至近距離を飛行していた[92]

ホワイトハウスではリチャード・チェイニー副大統領らが執務を行っていたが、ツインタワーへの2度目の攻撃の直後、シークレットサービスにつれられて、地下6階の地下壕へ避難した。

ドナルド・ラムズフェルド国防長官は上級軍人と朝食をとった後、ペンタゴンの執務室へ入って議員と懇談していた。ラムズフェルド国防長官にツインタワー「攻撃」の知らせが入ったのは、ペンタゴン攻撃のわずか2分前であり、アメリカン航空77便がペンタゴンに向かっていることは知らなかった。また、平時のペンタゴンにはホワイトハウスのような防空装備がない。攻撃の後、ラムズフェルド国防長官が建物の外へ出ると女性職員が血を流して倒れていたため、彼女を抱えて避難し、担架に乗せ救急車が来るまで看病していた。現場から避難したのはその後で、数十分が経過していた。

コリン・パウエル国務長官は、事件当時南米ペルーを実務訪問中であったが、ツインタワーおよびペンタゴンへの攻撃の報告を聞いて、すぐに政府専用機でアメリカ合衆国に帰国した。

なおロシア連邦ウラジーミル・プーチン大統領は、この一報に対し「アメリカ合衆国軍が必要な動員をかけたとしても、直ちにロシア連邦軍に迎撃体制を取らせることはない」とホットラインでブッシュ大統領に告げた。ロシア連邦軍にはアメリカが大規模な動員をかけるとそれに反応するように指揮系統が準備されている為であった。


注釈

  1. ^ 民放のうち、日本テレビ系列は『火曜サスペンス劇場』、テレビ朝日系列では『ニュースステーション』がそれぞれ放送中だった。TBS系列は『ジャングルTV ~タモリの法則~』(毎日放送制作)、フジテレビ系列ではドラマ・『ウソコイ』(関西テレビ制作)がそれぞれ開始した直後だった。この中でニュース速報が出された。
  2. ^ 現在はフリーアナウンサー。
  3. ^ この時間帯は毎日放送の責任枠であったため、22時53分まではTBSから毎日放送経由で全国へ流された。
  4. ^ ニュース挿入時間中はドラマの送出VTRを一時停止し、ニュース終了のタイミングで送出VTRを再び再生した(放送枠の「こじ開け」措置。これにより、後続番組は5分程度の繰り下げとなった。)。
  5. ^ この時に放映がされていた2001年度の「チャイルドマザー」「チャイルドファザー」は、上記の事件の影響で多量に放映されたため、槍玉に挙がり放送中止に至ったとされる。なお、公共広告機構以外にも上記の事件の影響で差し替えとなったCMもある。
  6. ^ 前日の9月10日付けも台風情報を行うために休止となっており、レギュラー放送としては初めて2日間連続休止となった(この時は「深夜便」のスタジオにはつながず、ニュースセンターのラジオスタジオから断続的に放送した。9月12日付けから再開するが、その週は「NHKジャーナル」を臨時に0:45まで拡大延長したため、一部のコーナーは休止となった)
  7. ^ なお、この事件の10日前に東京都新宿区で発生した歌舞伎町ビル火災の影響から、このような措置を既にとっていた放送局も複数存在する。
  8. ^ 国際政治学・安全保障政策の研究者である宮坂直史は著書(『日本はテロを防げるか』ちくま新書)の中で、テロは複数箇所で同時に行われることが多いことから「アメリカ同時多発テロ」を固有名詞として用いることには違和感を覚える、と指摘している。
  9. ^ 全米に飛行禁止令が出された後も連絡が行き届かず、飛行を続けていた航空機が11機存在したことによる。ユナイテッド93でも描写されている。
  10. ^ 犠牲者1700人の宗教についての調査で、全体の内の約10%がユダヤ教徒であったことが示されている。また犠牲者の姓を調査した結果、約400人 (およそ15%) がユダヤ人である可能性があることが判明した。犠牲となったキャンター・フィッツジェラルド英語版社の従業員658人のうち、公共の慰霊碑に名前があった390人を調査した結果、その中の49人 (およそ13%) がユダヤ人であったことが判明した。2002 American Jewish Year Bookによると、ニューヨーク州の人口のうち9%がユダヤ人であった。またWTCの犠牲者のうち64%がニューヨーク州在住の人物であった。

出典

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  18. ^ 『華氏911』の映画監督であるマイケル・ムーアは、これら大型機を操縦して体当たりする技術が一朝一夕で身に付くわけがなく、犯人は飛行機のフライト経験が豊富な元軍人(仮説としてサウジアラビア空軍のパイロット)ではないかと主張している[要出典]
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