アメリカンフットボール 歴史

アメリカンフットボール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 08:55 UTC 版)

歴史

大学における発展

アメリカに初めて英国のフットボールが紹介されたのは、1867年であるとされている。始めたのはプリンストン大学で、アソシエーション式(初期のサッカー)のゲームであったが、プレーヤーの数は各チーム25人の計50人だった。続いてラトガーズ大学でも、やはりアソシエーション式のフットボールを始めたのだが、プリンストン大学とはルールが異なっていた。

アメリカにおける最初のフットボールの大学対抗試合(インターカレッジ・フットボール)は、やはりアソシエーション型のゲームで、プリンストン大学とラトガーズ大学の間で、1869年にニュージャージー州のニューブランズウィックで行われた。1チーム25人ずつのプレーヤーによるゲームで、キックかヘディングによりゴール数を競い、先に6点取った方が勝ちというゲームだったことが記録に残されている[23]。しかし、この時点ではまだ丸いボールを使用し、ボールを持って走ったり、投げたりすることは認められていなかった。そして、コロンビア大学、プリンストン大学、ラトガーズ大学、およびイェール大学から成るインターカレッジエイト・(サッカー)フットボール・アソシエーション[24]が、ルールを標準化するために1873年に作られた。

一方、ハーバード大学はこのグループに参加することを拒否。他の相手を求めてカナダのモントリオールマギル大学からの挑戦を受け、1874年5月14日、ラグビールールの試合を行った[23][注 3]。そしてその後も2校は、ラグビールールの下で、1874年から1875年にかけてシリーズ戦を行ったラグビータイプのゲームはまもなく他の学校にも流行り始め、その後十年以内にアメリカンフットボール特有のゲーム形式が発展して行った。そして19世紀後半以降、アメリカンフットボールは、大学のスポーツとして人気を博すことになる

ルールの整備

ウォルター・キャンプ英語版

現在の形式のアメリカンフットボールは、1874年に行われたハーバード大学とマギル大学の試合に由来する。当初はラグビー校式ルールで行われていたが、ボールの所有権の曖昧さなどから、アメリカ独自のフットボール開発の気運が高まった。

1876年、ラグビー選手として活躍していた、のちに「アメリカンフットボールの父」と呼ばれるイェール大のウォルター・キャンプ英語版の呼びかけによりコネチカット州において会議が開かれ、基礎的なルールが決められた[23]。この時に制定されたルールの内、現存するのは、

  • フィールドでプレーするのは1チーム11人ずつ。
  • 第4ダウンの攻撃で10ヤード進めなければ攻撃権を失う。
  • センターからクォーターバックにボールをスナップして攻撃が始まる。

などである。

その後もウォルター・キャンプを中心に、ラグビーでの「スクラム」から「スクリメージ」への革命的な変更(1880年)、ボール所有権の明確化、「ダウン」制の導入(1882年)などのルールの改革が行われ、初期のアメリカンフットボールが形作られた。そして1885年9月3日には最初のプロフェッショナル・フットボールゲームがプレーされた。しかし、1888年にひざ下へのタックルが合法化されたことでフットボールはボールを保持した選手に集団で襲いかかる闘争競技と化し、ついには初のゲーム中の死亡者を出すことになる[23]

20世紀に入ると、負傷の多さや競技中の死亡など他のスポーツでは考えられない危険性から「殺人ゲーム」と呼ばれるようになり、世間の非難が高まっていった[25]。当時のアメリカでは安全な学生スポーツが求められおり、1891年にYMCAで始まったバスケットボールは激しいコンタクトをルールで排除したため女子学生でもプレーできるようになり、1904年セントルイスオリンピックでデモンストレーション競技となるなど広まりを見せていたが、アメリカンフットボールのルールは改善されず依然として男子大学生の野蛮なスポーツ扱いだった。1905年10月、セオドア・ルーズベルト大統領[注 4]はアメリカンフットボールを問題視し、ホワイトハウスにイェール大、ハーバード大[注 5]、プリンストン大の各責任者を招集して健全化を要求、競技をもっと安全でクリーンなものにするか、さもなければ禁止するよう意見した[25]。事実、コロンビア大学は、もっと安全になるまで事態をうかがうということで10年間活動を中止、ノースウェスタン大学は1年間棄権、スタンフォード大学カリフォルニア大学はラグビーに転向してしまった[25]。さらにその年の暮れにシカゴ・トリビューンが試合で18人が死亡し、154人以上が重傷を負っていることを報道すると非難はより強くなった[25]。議会では廃止論が叫ばれ、コンタクトが少なく安全なサッカーに転向すべきだという意見が噴出した[25]。1906年1月21日、関係者たちはさっそくルールを改正すべく集まりを持った[25][注 6]。ウォルター・キャンプを中心としたこのルール委員会は、フォワード・パスを認め、ニュートラル・ゾーンを設け、これまで3rdダウンで5ヤードを10ヤードに変更、試合時間も70分から60分に減らした[25]。その後、1912年までの間にさらにルールは変わっていった[25]。フィールド・ゴールによる得点は4点から3点に、タッチダウンは5点から6点に変更、フライング・タックルや不正な手や腕及び体の使用の禁止、スクリメージ・ライン上に7人の選手が位置することの義務付けなどが行われ、これらの改革によって集団で襲いかかるような野蛮な行為は影をひそめ、現在のルールの基本が出来上がった[25]。安全面に配慮したルール改定に加え、負傷軽減のための防具の整備[注 7]も行われた。

陸軍士官学校とノートルダム大学の試合(1913年)

1913年、アメリカ陸軍士官学校ノートルダム大学戦において、ノートルダム大学のガズ・ドライズ英語版ヌート・ロックニー英語版がパスプレーを繰り出し、ランプレーと効果的に織り交ぜ、それまでほとんどランプレーだけだったアメリカンフットボールの戦術において革命を起こした。40ヤードのタッチダウンパスを皮切りに、ノートルダム大学が得た5TDはすべてパスプレーによるもので、35-13で圧勝した。パスプレー(1回のみ前方にパスができるルール)自体は1906年から認可されていたが、それまでは限定的にしか使用されていなかった[注 8]

NFLの歩み

最初のプロアメフト選手として知られるウィリアム・ヘッフェルフィンガー英語版

競技が普及するにつれて、各地のアスレチック・クラブでプレーする選手たちは次第に報酬をもらうようになって行った。1892年、エール大出身のウィリアム・ヘッフェルフィンガーが1試合500ドルの報酬で最初のプロ選手となり、1893年には年間契約のプロ選手が誕生している[26]。1895年に16歳のジョン・ブラリアーが1試合10ドルでプロに転向することを初めて公表[27]。1896年にはいくつかの試合をプロだけで構成されたチームで戦うクラブが現れ、1889年、ついにカージナルスがプロチームとして誕生した[26]

20世紀に入ると選手の報酬は急騰し、1915年には第5回夏季オリンピック(1912年、ストックホルム)で2個の金メダルを獲得したジム・ソープが1試合250ドルの報酬を得た[27]。すると、より良い待遇や契約条件を求めて選手がチームを渡り歩くためにチーム力が安定しないという問題が起こり始め、挙句の果てにはチームが大学生をプロ選手としてプレーさせるような事態が続発した[27]

1920年、上記のような問題を管理・統括するために、現在のNFL[28]の前身となるAPFA[29]が11チームで結成された[27]。加盟費は各チーム100ドルであった。1922年にAPFAはNFLと改名、参加チームは18チームだった。

日本における発展

日本では、岡部平太が1917年留学先のシカゴ大学スタッグ教授よりバスケット・水泳・陸上競技と共にアメリカンフットボールを学んだ。実際に岡部は大学や近くのクラブチームでプレーを経験した[注 9]

岡部は1920年に帰国すると、陸上競技コーチに就任した第一高等学校 (旧制)の「陸上運動部」や、東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)の学生らにアメリカンフットボールを教えた。3チームが結成され、練習試合も多く行われたらしいが、翌年に岡部が新設の水戸高等学校 (旧制)に赴任したことや、当時は国内にボール製造メーカーが無く、輸入も難しかったこともあり、本格的な継続活動には至らなかった。また、岡部は1925年出版の自著「世界の運動界」の中で、日本で最初と思われるアメリカンフットボール解説を書いている。

1934年になって、立教大学教授ポール・ラッシュと明治大学教授松本瀧藏ら、日本に留学した日系二世が中心となり、立教大学明治大学早稲田大学が参加した「東京学生米式蹴球競技連盟」(のち「東京学生アメリカンフットボール連盟」を経て現在の日本アメリカンフットボール協会)を設立[30]。同年11月29日には明治神宮外苑競技場にて、学生選抜軍と横浜外人チームによる、日本で最初の公式戦が行われた。公式にはこれが日本に紹介された嚆矢とされている。ライスボウルで最優秀選手に贈られる「ポール・ラッシュ杯」はラッシュにちなむ。

第二次世界大戦の影響で一時国内競技が中断された時期もあったが、戦後復活して現在に至る。日本はアメリカンフットボールの強豪国であり、1999年にイタリアで行われた第1回ワールドカップイタリア大会で優勝、2003年の第2回ドイツ大会でも優勝、2007年の第3回日本大会でも準優勝を飾っている。2011年の第4回オーストリア大会では、初参加のカナダにシーソーゲームの接戦で敗れ、三位決定戦でメキシコに辛勝し3位を確保している(優勝:USA)。

これら日本での発展の記録は、立教大学アメリカンフットボール部の選手であった服部慎吾が手記として残しており、日本アメリカンフットボール協会のサイトで公開されている。

1946年の第1回国民体育大会で1度だけ採用されたこともある。


注釈

  1. ^ ただし、カナダでの場合はカナディアンフットボールを含む。
  2. ^ NFL以外ではアカデミー賞授賞式中継番組が唯一トップ10にランクイン。
  3. ^ ラグビーに限りなく近かったが、これが事実上、初めてのアメリカン・フットボールの試合だったと言えるのかもしれない。
  4. ^ 子供の頃から虚弱体質を克服するためボクシングに取り組んでいたが、1904年に左目を打たれて視力が悪化しており、スポーツの危険性には敏感であった。なお回復せずに1908年には失明している。
  5. ^ ルーズベルトの母校。
  6. ^ このルール委員会が後のNCAA(全米大学体育協会)に発展し、大学スポーツの管理が始まった[23]
  7. ^ プロテクター類。初期のものは薄手で軽いものだったが、時代とともに頑丈になって行った。
  8. ^ この歴史的ゲームは陸軍士官学校を舞台とした映画「長い灰色の線」の中で、当時最強チームの陸軍士官学校が無名のノートルダム大学に、まさに見たこともない新戦術によって大敗して呆然とするというエピソードで取り上げられている。
  9. ^ シカゴの地元新聞に顔写真付きの記事がある。
  10. ^ チャレンジのインスタント・リプレイ中に副次的に反則の有無に関する証拠が発見された場合は、反則の有無の判定が覆る。たとえば、ライン際のパスの成否に対してチャレンジを行い、ボールをキャッチした選手がボールに触る前にアウト・オブ・バウンズに出ていたことが発見された場合、イリーガル・タッチが適用され5ヤードの罰退でプレイが再開される。逆に言えば、審判が反則を見逃してもそれ自体に対してチャレンジはできないが、関連するプレイに対するチャレンジ(先ほどの例で言えば「パスの成否に対するチャレンジ」)という形でなら、間接的に反則の有無に対してチャレンジすることができる。

出典

  1. ^ : American Football
  2. ^ 通常フットボールは国や地域でもっとの人気があるものを示す言葉である。日本とドイツではサッカーが人気であるが、フットボールは外来語としてアメリカンフットボールを意味する。
  3. ^ アメフット:関学監督と選手父コメント 日大選手会見受け - 毎日新聞
  4. ^ 川淵氏、悪質タックルに嘆き「なんと愚かな日大アメラグ選手の行為か」 - デイリースポーツ
  5. ^ スポーツ庁が異例の調査へ 日大のアメラグ反則プレー - 教育新聞
  6. ^ Concussion Watch|FRONTLINE
  7. ^ Coll, Steve, "Is Chaos a Friend of the N.F.L.?", The New Yorker, December 26, 2012. Citing the Times.
  8. ^ a b c Football Still Americans' Favorite Sport to Watch Gallup.com 2018年1月16日閲覧。
  9. ^ America’s National Sport:Baseball or Football? Move Over, Baseball:Bloomberg Politics Poll Shows 67% of Americans Now Say Football Is National PastimeBloomberg 2015年11月21日閲覧。
  10. ^ America’s National Sport:Baseball or Football?PRRI 2015年11月21日閲覧。
  11. ^ Q:What is your favorite sport to watch? Washington Post 2017年9月7日閲覧。
  12. ^ a b ハリス・インタラクティブによるアメリカでの人気スポーツの世論調査(2016年1月公表)
  13. ^ The NFL has more than 16 billion reasons to carry on amid COVID-19 Yahoo!sports 2021年4月25日閲覧。
  14. ^ Highest-Paid Athletes 2021: All-Time Highs For NFL, NBA And Soccer Players, And More Numbers To Know Forbes com. 2021年6月4日閲覧。
  15. ^ Most valuable sports franchises 2020: Cowboys top world at $5.5 billion, NFL features 27 of top 50 teams CBS 2021年4月25日閲覧。
  16. ^ Top 10 TV Programs of 2013 nielsen.com 2014年1月13日閲覧。
  17. ^ a b The 50 Most-Watched Sporting Events of 2013sportsmediawatch.com 2014年1月13日閲覧。
  18. ^ College football wins more fans and ad dollars
  19. ^ カレッジフットボールの観客動員数のデータ
  20. ^ ジャンボ尾崎の孫、なぜ軍服に? 米国で目指す大きな夢:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル. 2021年4月10日閲覧。
  21. ^ Homepage”. NBC Sports (2015年8月23日). 2021年4月10日閲覧。
  22. ^ NSGA 2011 Sports Participation
  23. ^ a b c d e タック牧田「フットボールのルーツ」『FOOTBAALL LOVE CALL』、南雲堂、1992年8月、 70-71頁。
  24. ^ : Intercollegiate Football Association
  25. ^ a b c d e f g h i 久保田薫「1. アメリカのNo.1スポーツはサッカーだった?」『改定新版 パーフェクトアメリカン・フットボール』、南雲堂、1989年1月、 293-294頁。
  26. ^ a b 種子田穣 『史上最も成功したスポーツビジネス』毎日新聞社、2002年、51-58頁。ISBN 4-620-31578-8 
  27. ^ a b c d 久保田薫「Chapter 9 プロスポーツの王者、NFLの世界」『改定新版 パーフェクトアメリカン・フットボール』、南雲堂、1989年1月、 225-233頁。
  28. ^ : National Football League
  29. ^ : American Proffessional Football Association
  30. ^ 「限りなき前進 日本アメリカンフットボール五十年史」(1984年9月)日本アメリカンフットボール協会、32、33、74、75、90頁
    「1934フットボール元年 父ポール・ラッシュの真実」井尻俊之、白石孝次共著、ベースボール・マガジン社、1994年、21、41-43、50-58、97、98、107頁
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    歴史が眠る多磨霊園 小川徳治
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  32. ^ : ball on ○○, △yards
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  35. ^ : referee
  36. ^ : umpire
  37. ^ : head linesman
  38. ^ : line judge
  39. ^ : back judge
  40. ^ : field judge
  41. ^ : side judge
  42. ^ NCAA rule 2 section 7, NFL rule 3 Section 7
  43. ^ 助走距離を短くして相手選手にぶつかるスピードを下げて、怪我する危険性を下げる狙い
  44. ^ : 1st down
  45. ^ : 2nd down
  46. ^ : 3rd down
  47. ^ : 4th down
  48. ^ : chain crew
  49. ^ : previous spot
  50. ^ point after touchdown
  51. ^ レイブンズKタッカーがNFL記録となる66ヤードのフィールドゴールに成功
  52. ^ 2009 Official NCAA Division I Records Book, 23頁 Longest Field Goal Made
  53. ^ 2009 Official NCAA Division I Records Book, 24頁 Longest Field Goal Made without use of a kicking tee
  54. ^ シーホークスのフェイクFG、成功の鍵はパッカーズのLBジョーンズ - アメフトNewsJapan・2015年1月20日
  55. ^ NFL、スタジアムの観客に審判と同じリプレイ映像提供”. NFL JAPAN (2012年7月6日). 2012年7月14日閲覧。
  56. ^ : decline






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