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「劣性遺伝」は「劣った性質」ではない

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根強い誤解…「劣性遺伝」を「潜性遺伝」に言い換える案

 遺伝の研究者らでつくる日本遺伝学会は9月、遺伝学用語集の改訂版「遺伝単」を出版し、用語の新しい言い換え案を発表しました。中でも注目されるのが、「優性遺伝」を「 顕性(けんせい) 遺伝」に、「劣性遺伝」を「 潜性(せんせい) 遺伝」にそれぞれ改めようという提案です。

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 一般的な言葉として使われる「優劣」は、「優れていること、劣っていること」という意味です。しかし、遺伝用語の「優性」「劣性」には、そのような意味はありません。遺伝的な性質が表れやすいかどうかの違いです。にもかかわらず、言葉のニュアンスからか、「優性遺伝=優れている性質」「劣性遺伝=劣った性質」という誤解がなくなりません。

遺伝的な性質が表れやすいかどうか…血液型の例

 「優性遺伝」「劣性遺伝」とは何か、血液型を例におさらいしましょう。

 子どもは両親からそれぞれ遺伝子を受け継ぎます。ABO式の血液型では、AA、AO、BB、BO、OO、ABの六つの組み合わせがあります。

 同じ遺伝子が二つ重なっている場合であれば、AAはA型、BBならB型、OOはO型になります。

 一方、異なる遺伝子を一つずつ持っている場合には、優性遺伝子の側の形質が表れます。A型とB型の遺伝子は、O型の遺伝子に対して優性・劣性の関係にあります。このためAOならA型、BOならB型になるわけです。

 ちなみに、A型とB型の間には優性・劣性の関係はありません。このためABの組み合わせの場合はAB型になります。

 このように、優性遺伝と劣性遺伝とは、表れやすさの違いです。繰り返しますが、優れた性質か劣った性質かという意味ではありません。

「優生」とも混同され

 日本遺伝学会によると、優性遺伝、劣性遺伝という用語は、メンデルの法則が伝えられた100年ほど前から使われ、教科書にも載っている言葉です。ですが、今回出版された「遺伝単」の中でも、「学校の授業で『優れている、劣っているという意味ではない』ことが強調され、生徒側もそれを理解したつもりでいるが、実際には無意識的に『優・劣』という価値観を含んだ強い語感に影響され……」と述べられています。

 さらに「優性」は、似た文字面や同じ言葉の響きから「優生」ともごっちゃにされがちです。「優生」という言葉からは、ナチスドイツの人種差別政策の元にもなった「優生思想」が思い起こされます。また日本には「不良な子孫を排除する」目的での人工妊娠中絶を認めた優生保護法という法律がかつてありました。現在は削除され、母体保護法へと改められました。

「変異」「色覚異常」も言い換え案…「多様性」という考え方

 医学研究の進歩によって、さまざまな病気について原因となる遺伝子との関係がわかってきました。それに伴い、優性・劣性が単なる学術用語ではなく、「劣性遺伝による病気」というように私たちの身近で使われるケースも珍しくなくなりました。劣性遺伝=劣っている=という誤解のために、病気に対する根拠のない心配を招いたり、差別につながったりする懸念も膨らみます。

 「遺伝単」では、このほか、「変異」を「多様性」に、「色覚異常」を「色覚多様性」に言い換えることなども提案されています。正常なものに対して何か「異常」な状態にあるというのではなく、それぞれが優劣のない、多様な状態にあるのだという考え方に基づくものです。

 今回の提案は、あくまで一つの学会によるものです。強制力はなく、直ちに世の中の表記が一斉に変わるわけではありません。同学会では教科書の記述の変更をはじめ、世の中に働きかけていきたいとしています。 (田村良彦 読売新聞東京本社編集委員)

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