「まずい、もう1杯!」のCMで青汁というヒット商品を生んだキューサイ(福岡市)。かつての印象的なセリフに代わり、今や同社の顧客獲得をけん引しているのはAI(人工知能)だ。NTTデータと開発したAIが導き出した構成でテレビショッピングの映像を制作し、電話問い合わせ数を従来比で約3割伸ばした。

機能性表示食品「ひざサポートコラーゲン」のテレビショッピング映像の構成をAIが手掛けた。画像は実際の映像の一部
機能性表示食品「ひざサポートコラーゲン」のテレビショッピング映像の構成をAIが手掛けた。画像は実際の映像の一部

 AIがテレビショッピング映像の制作にかかわった商品は、「ひざサポートコラーゲン」。ひざ関節の曲げ伸ばしが気になる中高年をターゲットとした、機能性表示食品だ。NTTデータ、NTTデータ経営研究所(東京・千代田)と共同で、AIを開発した。過去7年のテレビショッピングの映像データと、放映後の入電件数を教師データとしてAIを学習させている。入電件数が最も多くなるとAIが示した構成で映像を制作したところ、従来の1番目と2番目に成果が高かった映像の平均値と比べて入電件数は27.6%増えた。

 同社がテレビショッピングを開始したのは2002年。かつてはCMで注目を集めつつ、酒店や化粧品店などの代理店を経由して青汁を販売してきたが、新規顧客の獲得を目指すために直販に参入した。当初は順調とは言えなかった。大阪の地上波テレビ局で初めて番組を放映したところ、電話の問い合わせ件数はゼロ。単に製品の良さをアピールするだけでは消費者には届かない、という厳しさを実感することになった。

 映像の改善を続けて、同社は地道な試行錯誤を繰り返した。行き着いたのは、29分の番組を通して、3人の利用者の体験談をドキュメンタリータッチで紹介するスタイルだった。孫を抱っこできるようになりました、仲間とグラウンドゴルフを楽しんでいます――。そうしたストーリーを伝えるなどの工夫を加え、「お買い物を楽しんでもらう」(キューサイ営業統括部通販営業部新規営業課長の松村隆寛氏)ことを目指している。

利用方法の説明のほか、利用者の体験談などでテレビショッピングの映像を構成している
利用方法の説明のほか、利用者の体験談などでテレビショッピングの映像を構成している

 テレビショッピングの開始から2~3年が経過すると、高齢者を中心に注文が徐々に伸びていった。現在は青汁だけでなく、コラーゲンを含む健康食品や化粧品も取り扱っている。ネット上でも販売しているが、顧客の平均年齢は72歳と高いため、電話を通した販売が中心となっている。

約100本の映像でAIが学習

 AIに期待したのは、映像制作の改善プロセスをもっと早く回転させ、より多くの入電件数を獲得すること。これまで放映後に入電件数が低い場合は「その映像をお蔵入りにして新しい番組を作るか、一部を変更する」(松村氏)方法で改善を図ってきた。29分の番組を一から作り始めると、制作にかかる期間は短くても3か月、放映後の反応を検証するために2カ月がかかる。その結果、「5カ月経たないと次の手が打てない」(松村氏)という状況が続いてきた。

 入電件数を予測できるAIが実現できれば、放送前に映像の効果を判別し、より高い成果に結びつけられる。そうした考えに基づき、テレビCMの動画検証などの研究をしていたNTTデータに話を持ち掛け、共同研究を進めることになった。

 NTTデータによると、テレビショッピング制作でのAI活用は初めての試みという。手探り状態の中、AIの学習を進めた。教師データは、キューサイが2012~18年に放送してきた約100本の29分番組の映像と、それぞれの映像を放映した際の入電件数。研究は16年秋に開始した。NTTデータがその後約1年半をかけ、相関関係の検証やデータ微調整を進めていった。

キューサイとNTTデータグループが開発したAIの概念図。キューサイはこのAIを「nAomI」と名付けている
キューサイとNTTデータグループが開発したAIの概念図。キューサイはこのAIを「nAomI」と名付けている

 AIの構築にめどがついたところで、約100本の映像から、体験談、製品の説明、価格情報といった映像素材を並び替え、機械的に生成した数千通りの構成案を作った。それぞれの案をAIに評価させ、最も入電が見込めるとAIが予測した構成で番組を作成した。18年7月、その映像を全国14のローカルテレビ局で放送をしたところ、従来の方法で制作した中で最も入電件数が多かった2番組と比べて、27.6%の入電件数の増加が見られたという。

AIの構成「起承転結の流れがない」

 「今まで守ってきた構成のセオリーと全く違いますが、いいんですかね」。営業統括部通販営業部新規営業課メディアプロモーショングループオペレーションチームリーダーの稲永直美氏は、思わず声を上げた。例えば、まず体験談、次に製品説明、最後に価格といった起承転結の流れに沿っていない構成を、AIが提示してきたからだ。「人間では全く考え付かない構成だったのでドキドキしたが、勇気を出して放映に踏み切った」(稲永氏)。

 ディープラーニングで構成するAIは内部がブラックボックス化しており、なぜその結果に至ったのか、理由を示すことが難しい。キューサイのテレビショッピングでもAIが示した構成がなぜ高い入電件数につながったのか、具体的な理由は見えていない。「我々担当者でも感じた『あれっ何か違うな』という部分が視聴者を引き付けたのではないか」(松村氏)と見立てている。

 成果が高かったことから、同社は現在も同じ映像を放映し続けている。どんな映像でも徐々に集客の効果は下がっていくため、長くとも1年程度でテレビショッピング映像を刷新することにしている。現在は19年夏に向け、新しい体験談の撮影に取り掛かっている。新たな映像素材を含む構成を再びAIで分析し、最適化を目指す。

 AIの導入で、働き方改革への効果にも期待をかける。番組構成の業務をAIが代替し、効率化することで「例えば、これまで映像制作に5人の人間が必要だったところを、3人でこなせるようになる可能性もある」(松村氏)。今後は「常に新しい素材を学習させ、より高い成果が出せるようにアップデートする」(稲永氏)という一方で、29分の番組だけでなく、15分の短い番組、15秒のCM、新聞広告にもAI分析を広げていく考えだ。

(写真提供/キューサイ)

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