9月14日、東京ゲームショウの日本eスポーツ連合のブースでは、「第11回 eスポーツワールドチャンピオンシップ」Dota2部門の日本代表決定戦が行われた。『Dota2』は世界大会の賞金総額が30億円を超えるビッグタイトルにも関わらず、日本での知名度は低い。何が障壁になっているのか。

 東京ゲームショウのeスポーツ競技会「e-Sports X(クロス)」が開催されるようになって今年で3年目。ホール9-11に設置された2つの特設ステージは、毎年たくさんの来場者であふれている。

 今年の一般公開日1日目(9月14日)には、『パズドラ』と『コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア』の大会が開催された。RED STAGEで『パズドラ』が盛り上がりを見せていたころ、そのすぐ後ろの日本eスポーツ連合(以下、JeSU)ブースでは国際eスポーツ大会の日本代表チームがまさに決まろうとしていたのだが、そのことを知っていた来場者がどれだけいただろうか。

 競技タイトルは『Dota2(ドータ・ツー)』。賞金が高額なことで有名なゲームだ。どのくらい高額かというと、『Dota2』の世界大会「The International 2019」の賞金総額が約3430万ドル(約37億円)。優勝チームの賞金は約1560万ドル(約16億8000万円)。5人1組で戦うゲームなので、単純に5で割ると1人当たり3億3000万円以上を獲得することになる。

 そんなビッグタイトルであるにも関わらず、日本での知名度はかなり低い。一体どんなゲームなのか? JeSUブースで行われた『Dota2』日本代表決定戦を見ながら、「観戦」のしやすさについて考えてみた。

スクリーンに表示された「日本代表決定戦」の文字。その緊張感とは裏腹に、ブースには長イスが左右に4台ずつあるだけで、かなり近くで観戦できた
スクリーンに表示された「日本代表決定戦」の文字。その緊張感とは裏腹に、ブースには長イスが左右に4台ずつあるだけで、かなり近くで観戦できた

本当にプレーヤーはいないのか

 「日本には『Dota2』をプレーしている人がほとんどいない」。試合前にそんな噂を耳にした。そうはいっても、日本代表決定戦である。凄腕プレーヤー同士の戦いが大画面で流れたなら、ゲームを知らない人でも足を止めるのでないか。そんな期待を胸に、まずは午前中に行われる予選を観にいってみる。ブースの近くまで行くと、「整理券はこちらです!」と案内する声が聞こえてきた。すでに行列ができている! と思ったが違った。スタッフが持っているパネルには「パズドラ」と書いてあった。

 『Dota2』の試合会場は、その行列の目の前。あと数分で始まるという時刻なのに、用意された長イスに座っている人は10人ほどしかいない。しかも、よく見るとその大半が取材班なのだ。『パズドラ』に罪はないのだが、背後に感じる熱気との温度差になんだか寂しさを通りこして悔しさを感じてしまう。プレーヤーは本当にいないのだろうか?

 プレスパスをつけていない観戦者を探して話を聞いてみた。開始前から最前列を確保していた男性は『Dota2』プレー歴1年ほどだという(見つけた!)。「他のゲームに比べてやれることが多いので楽しい」と『Dota2』の魅力を教えてくれた。「大学の卒論でeスポーツを取り上げた」という女性は、『Dota2』プレーヤーではないが、日本のeスポーツシーンを追いかけるために観にきたという。

 今回の試合は、2019年12月に韓国・ソウルで行われるIESF主催の国際eスポーツ大会「第11回 eスポーツワールドチャンピオンシップ」Dota2部門の出場をかけた日本代表決定戦。予選では、過去の戦績をもとに招待された4チームがトーナメント方式で対戦する。本戦には最大46カ国が出場予定だ。

 予選第1試合を戦う選手たちが入場すると、拍手とともに選手名を叫ぶ人も。いつのまにか後方には立ち見のギャラリーができていた。関係者も含めて観戦人数は100人規模に増えていたように思う。

徐々に人が増え、立ち止まってステージを見る人たちがブースを取り囲む
徐々に人が増え、立ち止まってステージを見る人たちがブースを取り囲む

ゲーム内容は5対5の「陣取り合戦」

 ゲームの内容をざっくりと確認しておこう。『Dota2』は、5対5で行う陣取り合戦。先に敵の本陣を破壊したほうの勝利となる。プレーヤー5人にはポジションがあり、攻める、守る、奇襲をかけるなど、それぞれが担う役割も異なる。

 プレーヤー同士がぶつかりあうだけではない。互いの陣地にはタワーと呼ばれる敵を攻撃するオブジェクトが10個以上あり、タワーを破壊しながら進軍しなければならない。各所に設置された見張り台を壊して、相手の本丸を落とすようなものだ。

 ルール自体はシンプルに思える。しかし、実際に試合を観るとすぐさま「何が起きているのかわからない」状態になる。なぜか。必要な前提知識が多すぎるのだ。

 『Dota2』にはプレーヤーが選べるキャラクターが100種類以上いる。各キャラクターの特性、つまり「このキャラは何ができるのか」を最低限把握していないと、両チームの戦術はもちろん、試合の展開にまったくついていけない。

 戦略がわからなくても楽しく観戦できるゲームもある。『Fortnite(フォートナイト)』はプレーヤーが高速で建造物を作り上げる様子が圧巻だし、『レインボーシックス シージ』はシビアな撃ち合いに盛り上がれる。選手の目線になって臨場感を楽しめるからだ。

 『Dota2』ではそれができない。映し出される画面は引きの構図で、常に複数のキャラクターがせわしなく動き回っている。もちろん、それでいいのである。ゲームを理解している観客は戦略の妙を楽しんでいるからだ。

試合の様子。ルールを知らないと、今どちらが攻めているのかすらわからない
試合の様子。ルールを知らないと、今どちらが攻めているのかすらわからない

『Dota2』は心理戦だった

 『Dota2』観戦を楽しむためにはどうしたらいいのか。今大会で見事優勝し、日本代表となったTeam May(チーム・メイ)の選手に聞いてみた。

決勝戦のステージに上がるTeam Mayの選手たち。実況のMara氏から「一人2万時間くらいやり込んでいるはず。東京大学に合格するのに必要な時間が3000時間という説があるので、メンバーは6回東大に合格できるエリート揃い」と紹介された
決勝戦のステージに上がるTeam Mayの選手たち。実況のMara氏から「一人2万時間くらいやり込んでいるはず。東京大学に合格するのに必要な時間が3000時間という説があるので、メンバーは6回東大に合格できるエリート揃い」と紹介された

 Team Mayは選手全員が個人練習に時間を費やす、いわゆる「ゴリゴリのソロプレーヤー」である。てっきり「ここが面白いですよ」というポイントが山のように出てくるかと思ったが、返ってきたのは意外な言葉だった。

 「最初に『Dota2』を始めたときは、やめたんですよね。難しくて」(野球犬選手)。日本代表になる選手ですら、1度は挫折しているというのだ。他の選手たちも、「わかりづらいからなー」「(キャラクターを)100体覚えないといけないし」と困った様子。

 「リアルタイムで10人の選手が動くというだけでも追いきれないですよね。しかも、5人全員が違うことをやっている」(Arab選手)。「たとえ人数が多くてもサッカーでいうボールみたいな追える対象が1つあればいいんですけど、そうじゃない」(toyomaru選手)。

 初心者が感じている難しさに、これでもかというほど共感してくれる選手たち。ありがたいのだが、こちらとしてはどうにか試合を理解したい。一番のポイントはどこなのだろう。

試合中はボイスチャットで指示を出しあう。逆転劇が起きやすい『Dota2』では、最後の最後まで気が抜けないという
試合中はボイスチャットで指示を出しあう。逆転劇が起きやすい『Dota2』では、最後の最後まで気が抜けないという

 共通意見として出たのは、「準備の巧みさ」で試合運びが大きく変わる面白さだ。『Dota2』にはキャラクターが100体以上登場するといったが、全てのキャラクターを自由に使えるわけではない。試合にはピック&バンというシステムがあり、キャラクターを選択する段階で相手に使わせたくないキャラを選択肢から外すことができるのだ。

 得意とするキャラクターが決まっていると、対戦相手からはバン(選択肢から削除)されてしまう。キャラクター同士の相性で戦況は大きく変わるので、試合前のピック&バンに勝敗がかかっているといってもいい。

決勝戦のピック&バン。ここで歓声やどよめきが起こる。ファンはチーム同士の心理戦を楽しんでいたのだ
決勝戦のピック&バン。ここで歓声やどよめきが起こる。ファンはチーム同士の心理戦を楽しんでいたのだ

 そこで提案してもらったのが、注目するエリアを絞ること。お勧めはミッドレーンと呼ばれる中央のエリアだという。ミッドレーンにはRoshan(ローシャン)と呼ばれる中立モンスターがいる。かなり強いのだが、倒すことで試合運びを有利にできるアイテムが手に入るため、プレーヤーはできるだけ入手したいし、敵には絶対に渡したくない。

 このローシャンとのバトルをかけて、ミッドレーンではときに集団戦が繰り広げられる。アイテムを入手できるのはどちらか、大きく盛り上がるポイントだ。ピック&バンでミッドレーンに登場するキャラクターが決まったら、まずはその2体の特性を調べて把握しておくだけでも試合が楽しくなるだろう。

 Team Mayのリーダーは、『Dota2』の面白さを将棋にたとえてくれた。確かに入り口が難しいゲームほど、奥深さにハマると抜け出せないのかもしれない。

 Team Mayが出場する「第11回 eスポーツワールドチャンピオンシップ」は、2019年12月11日(水)~15日(日)に韓国・ソウルにて開催される。世界中が夢中になっている『Dota2』の奥深さに触れてみるいい機会ではないだろうか。

日本代表となったTeam May。写真左から、Suan選手(リーダー/サポート)、野球犬選手(キャリー)、うたたねかえる選手(ミッド)、Arab選手(オフ)、toyomaru選手(サポート)。()内はポジション
日本代表となったTeam May。写真左から、Suan選手(リーダー/サポート)、野球犬選手(キャリー)、うたたねかえる選手(ミッド)、Arab選手(オフ)、toyomaru選手(サポート)。()内はポジション

(写真/大吉紗央里)

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