プリミティブな面白さとは

―― さきほど「ゼルダの伝説」を試遊しましたが,インタフェースを変えるだけで,昔のソフトウエアをもう一度,楽しめるんですね。

岩田氏 全くその通りです。これまでのゲームは,「もっとたくさん」「もっときれいに」「もっと豪華に」の連続で進化してきました。こういう「もっと」を一方向で追求し続けているうちに失われたものがある。「簡単に分かる」「だれでもできる」といったシンプルな面白さの追求,これをゲーム業界は怠っていた。新しいインタフェースとの組み合わせによって,失ってきたものをもう一度,取り戻せる。DSで分かったことは,豪華なものでなくても市場が受け入れてくれるということだった。これに気づいた開発者が「あれも,これも詰め込まなければ」との窮屈な発想から解放されるだろうと思います。

―― 任天堂が提唱する「バーチャル・コンソール」の発想もシンプルさの追及にあるのでしょうか。

岩田氏 「パッケージは5000円です」となると,開発者はどうしても豪華なものを作らなければと思ってしまうんです。でも,実際には3人が2カ月で作ったとしても,結構面白いゲームができることがあるわけですよ。それをネットワーク経由で500円で販売してみれば,買う人がそこそこいるかもしれない。こういう環境を用意することで,プリミティブな面白さを追求しようという開発者が増えてくれることに期待したい。

 「脳トレ」の意味は,新しいゲーム・ユーザー層を開拓しただけではなく,ヘビー・ユーザーにも「シンプルな面白さ」を思い出させたという価値がある。あるヘビー・ユーザーによれば,「レーシング・ゲーム」でタイムを縮めるのも「計算問題」で時間を短くするのも,本質が同じだと気づいたそうです。こういうシンプルな面白さを提案できなくなっているゲーム業界の体質を変えることが大事だと再認識したんですね。もちろん,リッチなコンテンツはリッチなコンテンツで否定するわけではありません。あれは大事だし,これからもなければいけない。でもみなさん,毎日フランス料理や会席料理じゃ飽きるでしょ。たまにはお茶漬けも食べたい。ゲーム・ビジネスがあまりに一方向しか向いていないので「ちょっと待った,他にも道がある」というメッセージを込めたのが今回のWiiです。

3秒以上は待てない

――ハード・ディスク装置(HDD)は使わず,フラッシュ・メモリを多用していますね。

岩田氏 最近のゲームは,起動時間が長すぎると感じています。その一つの理由に,ディスクからのデータの読み込み時間がある。その問題は光ディスクでもHDDでも同様に存在します。私は以前から「電源を入れてから,3秒でゲームを立ち上げてほしい」と開発陣に話しているんです。私がせっかちな性分というのもありますが,周囲の人に聞いても,皆ゲームの待ち時間はつらいと言います。コア・ゲーマーでもつらいのだから,ましてやこれまでゲームに関心の無かった層にはなおさらでしょう。だからこそ,フラッシュ・メモリを使ってデータをキャッシュする構成にしたわけです。

 加えて,より早く起動するような工夫も盛り込む予定です。具体的には,前回プレイしたゲームのデータを一時的にフラッシュ・メモリに記憶しておく。こうすることで,次回もまた同じゲームをプレイする場合,早期に立ち上がるようにします。光ディスクをフロント・ローディングにしているのは,そこにも理由がある。フロント・ローディングであれば,前回挿入したディスクがそのまま入っているか,といった情報がすぐ分かるからです。

―――リモコンと本体の接続には無線を使っていますね。

岩田氏 リモコンには,赤外線とBluetoothを搭載しています。コントローラとWii本体間の情報のやり取りは,Bluetoothを使って行います。一方の赤外線は,リモコンのポインタでテレビ画面を指し示す場合に使います。この赤外線はIrDAではなく,単に赤外線のポインタとして利用しているだけです。テレビ側に赤外線の受光部「センサーバー」があり,ここでポインタの情報を取得する仕組みです。

 Wii本体には,Bluetoothだけでなく無線LAN機能もあります。無線LANには大きく2つの役割があって,1つはニンテンドーDSとの接続です。もう1つはインターネットへの接続。ニンテンドーDSとの接続では例えば,DSの「nintendogs」で飼っている犬を,Wiiのゲーム画面上に登場させるといった連携ができます。

 Wiiがインターネットに接続する際には,この無線LANを使うことを想定しています。インターネットが家にあっても,ほとんどの場合パソコンのみに接続されていて,テレビ・ゲームを遊ぶ子供部屋などにはEthernetなどの線は来ていないのが一般的でしょう。だからこそ無線LANが標準で搭載できる時代がこないと,ゲーム機にネットワークは付かないとすら思っていた。Wiiで無線LANを標準搭載させる以上,7割~8割のユーザーがインターネットに接続することを目指したい。そうなるように,つなげたら価値があるようにして行きたい。

電源を切っていても何か期待させたい

――Wiiをインターネットに接続してどのような用途に使いますか

岩田氏 ひとつ具体的な例をお話ししましょう。Wiiが24時間動作可能なモードでインターネットに接続されているとします。これを使えば,夜中のうちに任天堂が各家庭のWiiに向かって「今月のニンテンドーDSの試遊ソフト」をプッシュ型で送り届けたりできる。ユーザーは翌朝起きると,WiiのLEDランプがぴかぴかと光っていて,任天堂から何か届いているのを発見する。そして自分のニンテンドーDSを持ってきて,Wiiを経由して試遊ソフトをダウンロードするといった使い方を想定しています。これはもちろんお店でもできることですが,これが家の中でできたらうれしいと思う。自分で取りにいけと言われるより,プッシュ配信されて家の中に送り届けられることに,ものすごく大きな価値があるんです。

 私は「電源が切れているときでもテレビ・ゲームは何かできないだろうか」という長年の夢を抱いていた。他社さんは,新しい半導体技術を使ってより早いクロック周波数でより高性能な処理ができるという方向でゲーム機を開発している。私は逆に,より進んだ技術を使えば消費電力を下げられると考える。消費電力を下げられれば,すごく少ない電力で,ファンも回らずに静かなままEthrenetにつなげることができる。例えば通常のゲーム動作時では,Wiiの消費電力は50W弱であり,空冷ファンが回っている。それが24時間駆動モードである「Wii Connect 24」では5W程度の消費電力となり,ファンの駆動が不要になる。

―― 毎日,ゲーム機に接していてほしいということですね。

岩田氏 大作ゲームが出たら集中的にゲームをやり,それが終わると何カ月間も遊ばなくなるという使い方も増えているようですが,WiiではニンテンドーDSのように,とにかく毎日電源を入れてもらいたい。そのためには毎日新しくならないとまずいよねと。だからこそ夜中に何かが変わるような仕組みづくりが必要と考えたわけです。夜中にネットワークとつながり続けるということも,半導体技術の一つの生かし方と考えています。

 我々は先進技術を全然否定していない。任天堂は技術否定論と捉えられがちですが,全くそんなことはありません。新しい技術の生かし方には,いろんな方向があるということです。F1カーを目指す人がいれば,ハイブリッド車を目指す人もいるでしょ。ただ,どちらの方向がお客様の数を増やすのに有効なのかを考え抜いた結果なのです。

―― マイクロプロセサの動作周波数を教えて下さい。

岩田氏 ユーザーにとって,動作周波数の数字には意味がありませんから。