第3章 雇用・社会保障と家計行動 第1節

[目次]  [戻る]  [次へ]

第1節 労働市場の構造変化と家計行動

以下では、まず近年における非正規雇用の実相を中心に雇用形態の構造変化を点検し、次に、国際比較の視点から雇用保護規制の変化や非正規雇用の増加が失業や家計行動にもたらす影響を調べる。最後に、こうした構造変化が雇用調整のテンポに及ぼす影響について考える。

1 非正規雇用化が進んだ労働市場

近年における労働市場の構造変化の最大の特徴は、非正規雇用に見られる雇用形態の多様化にある。そこで、非正規雇用の実相を改めて点検するが、具体的には、雇用者(ないし就業者)に占める様々な雇用形態の内訳と特徴、その年齢別の状況、様々なミスマッチとの関係を見ていこう。

(1)非正規雇用の動向

雇用者に占める非正規比率は3割を超えたが、まずその状況について確認する。さらに、その内訳をやや詳細に見た上で、賃金や労働時間の状況も調べておく。

●非正規雇用比率はすう勢的に上昇し、雇用者全体の1/3

我が国の労働市場において、会社や団体等に雇われて働いている雇用者は約5,086万人(2009年1-3月平均)いるが、そのうちの約1/3に当たる1,699万人が非正規雇用者となっている。その推移について、以下の三つの特徴を指摘しておきたい(第3-1-1図)。
第一は、非正規化の動きは、最近になって始まったものではないことである。ここでは84年からのデータを示したが、一貫して非正規比率が上昇していることが分かる。
第二は、非正規比率の上昇テンポも、ここ数年で加速したとはいえないことである。逆に、テンポはやや鈍化している。上昇テンポが加速したのは1997~2002年である。バブル崩壊後にしばらく非正規化が止まった時期があったが、その後、遅れを取り返すかのように正社員のリストラと非正規化が進んだといえよう。
第三は、2000年以降の非正規雇用の増加には、契約社員・嘱託等の「その他」が最も大きく寄与してきたことである。派遣、パートがこれに続く。一方、アルバイトはやや減少傾向にある。このような非正規雇用の増加の背景には、それぞれ高齢化や労働法制の改正があると考えられる。
ただし、2009年に入ってからは、派遣社員を中心に非正規雇用者が減少に転じている。景気の急速な悪化の中で、非正規雇用者が雇用調整の対象となっている様子がうかがえる。

●非正規雇用者の大半は女性

このように雇用者の約1/3を占めるに至った非正規雇用であるが、その性別、年齢別の状況を把握しておこう。ここでは、人口全体がどのような就業形態をとっているかを捉えるため、2008年における就業率の内訳を男女別に見る(第3-1-2図)。
第一に、非正規雇用者の大半は女性である。男性では、25歳~59歳では圧倒的に正規の職員・従業員が多い。これに対し、女性では正規の職員・従業員の比率が高い20歳代から30歳代前半でも就業者の4割前後であり、その後はさらに正規比率が低下する。
第二に、非正規のうちパート・アルバイト、派遣社員に女性が多い。女性では、パート・アルバイトは30歳代後半からその比率が急速に高まる。これに対し、派遣社員は20~30歳代で多い。男性の派遣社員は若年層で見られるが、全体に占める割合は極めて低い。
第三に、非正規のうち契約社員・嘱託は、女性では50歳代までが多い。一方、男性では60歳代が多く、定年後も嘱託などの形で職場に残っている姿が浮かぶ。
こうした結果は当然予想されたところであるが、雇用形態のあり方は性別や年齢といった属性と密接に関連していることが分かる。

●非正規雇用が多様な就労ニーズの受け皿になる面も

では、性別、年齢別の就業形態の内訳は、2002年から2008年までの間にどう変化したのだろうか。就業率の変化を形態別の寄与に分解すると、以下のような特徴が明らかとなる(第3-1-3図)。
第一に、20歳代、30歳代の男性で派遣社員が増加しているのが目に付く。契約社員・嘱託も増加している。一方で、この年代の男性では正規の職員・従業員が減少している。また、このうち25歳以上では、就業率がほとんど上昇していない点にも注意が必要である。いわゆる「就職氷河期世代」もこの中に含まれると考えられる。
第二に、60歳代前半の男性では、正規の職員・従業員、契約社員・嘱託とも大きく増加し、就業率の上昇に寄与している。高齢者雇用安定法改正を受けた正社員としての定年延長(2006年4月施行)や団塊世代の大量退職に対し企業が定年退職者を嘱託職員として再雇用したことなどが要因と考えられる。
第三に、女性はほとんどの年齢層で就業率が上昇し、いずれの雇用形態もこれに寄与している。なかでも40歳代以下で派遣社員が、40歳代後半以上でパート・アルバイトの増加が目立つ。後者については、一旦は家庭に入った女性の労働市場への再参入が進んだ結果と考えられる。
以上から、非正規化という現象は、若年男性を中心に正社員への道が閉ざされた結果の選択という面も否定できないが、一方で、女性や高齢者を中心に多様な就労ニーズの受け皿として機能し、入職を容易にしている面もあることには留意が必要であろう。

(2)非正規雇用者の所得環境

以上、非正規雇用を中心に雇用形態の多様化の様子を見たが、では、非正規雇用者はどのような所得環境に直面しているのだろうか。賃金と労働時間、生涯賃金、失業のリスクについて整理してみよう。

●非正規雇用者の賃金は300万円未満が大多数であるが、40~48時間勤務者も多い

非正規雇用者は正規雇用者と比べ、平均して見れば賃金が低く、労働時間は短いことが予想される。実際、そのとおりであるが、これらの分布はどうなっているだろうか(第3-1-4図)。
年間賃金の分布は、正規雇用者では200万円~1000万円未満の間に大部分が入っており、300万円台と500万円~700万円未満にピークが見られる。これに対し、非正規雇用者では300万円未満が大部分である。50万円~100万円未満はパート・アルバイト、200万円台は派遣のピークに該当する。2002年から2008年にかけては、特に200万円~300万円未満の契約・嘱託や派遣の増加が目立つ。
一週間の労働時間の分布は、正規雇用者では40時間以上がほとんどであるのに対し、非正規雇用者では15~29時間、40~48時間が多い。前者はパート・アルバイト、後者は派遣のピークに該当する。正規雇用者では49時間以上の長時間勤務者が減少したのに対し、契約・嘱託や派遣では、40~48時間の勤務者の割合が増加している。
ここで注目すべきは、40~48時間という正規雇用者の大多数と同じ時間働く契約・嘱託や派遣が多いにもかかわらず、賃金の分布は300万円未満に偏っていることである。もっとも、賃金格差の妥当性を評価するには、同一の労働条件と能力を前提とすべきであることに注意する必要がある。

●非正規雇用者の生涯所得は低い

次に雇用者別に賃金プロファイルと予想生涯賃金を計算しよう(第3-1-5図)。これも容易に予想されるとおりの結果が得られる。すなわち、正規雇用者は特に男性を中心として50歳台まで高い賃金の伸び率を示すのに対し、非正規雇用者の賃金は30歳以降、ほとんど伸びが見られなくなる。そのため、生涯所得で見ると、正規雇用者とそれ以外の雇用者の間には男性の場合で約2.5倍の格差が発生する。こうした数字の周辺には、以下のような課題が存在する。
第一に、非正規雇用から正規雇用への流動性の低さである。上記の生涯賃金の試算では、最初の雇用形態が引退まで続くと仮定している。したがって、途中で正規雇用に切り替えが可能なら、これほどの格差は生じない。しかし、現実にはこの切り替えが困難なことが多い。
第二に、非正規雇用者の賃金が30歳以降、頭打ちになるのは、正規雇用者と比べてOJTを含む職業訓練の機会が限られているためでもある。人的資本の蓄積が乏しいため、結果として賃金が上がりにくくなる。このことは、第一で述べた正規雇用者への切り替えが困難な背景でもあると考えられる。
第三に、生涯「所得」を考えたとき、賃金に加えて年金を考慮する必要がある。20歳から59歳の非正規社員の6.8%は公的年金に加入していない(厚生労働省「国民生活基礎調査(2008年)」)。したがって、老後の所得リスクの高さにも注意する必要があろう。

●非正規雇用者の直面する失業リスク

雇用形態による所得環境の違いとして、失業のリスクを巡る問題がある。ここでは、失業者の前職に着目した失業率を試算してみよう(第3-1-6図)。派遣社員は正社員と比べ一貫して失業率が高いことが分かる1。また、パート・アルバイトも正社員と比べてやや失業率が高い。これをどう解釈すべきだろうか。
第一に、そもそも派遣とは、臨時的、一時的な労働力のマッチングを図るための制度である。したがって、好景気などで失業も短期間で終わると見込まれる場合などは大きな問題とはなりにくい。また、高度な能力を持つなど交渉力の強い者にとっては、派遣という形態に伴う失業リスクは賃金にプレミアムとして反映されている可能性もあろう。
第二に、失業の長期化が予想される景気後退局面において、多くの非正規労働者にとって失業は非常に厳しい結果をもたらすと考えられる。こうした非正規雇用者では雇用保険に加入していない場合も少なくないからである。例えば、厚生労働省「平成18年パートタイム労働者総合実態調査」によれば、パートタイム労働者の雇用保険加入率は50.5%となっている2。さらに、派遣労働者等で給与住宅等に入居している場合には、住宅の喪失というさらに深刻な結果につながるケースもある。実際、厚生労働省「非正規労働者の雇止め等の状況について」(2009年5月速報)によれば、住居の状況が判明した者のうち、約2.8%が住居を喪失したと回答している。
このように、非正規雇用者はその時々の賃金の水準でだけでは捉えられない、様々な所得リスクにさらされていることが分かる。

3-1 雇用のセーフティネットの強化

2000年以降、失業者の減少率に比べて、失業給付を受けている者の減少率は大きい傾向にあり、失業者のうち、失業給付を受けている者の割合は低下傾向にある。こうした動きの背景には、様々な要因が考えられるが、非正規労働者が増加してきたこと等が挙げられよう。一方で、雇用者数に占める被保険者数の割合は、70%台で推移しており、セーフティネットとしてある程度機能しているものと考えられる。
しかし、今回の景気後退局面において、「派遣切り」など非正規労働者を中心に雇用調整が進みつつある我が国では、さらなるセーフティネットの強化を図っていくことが課題となった。
これらの状況を踏まえ、政府は2009年の雇用保険制度の見直しにおいて、雇用保険の適用基準である「1年以上の雇用見込み」を「6か月以上」に緩和するとともに、雇止めにより離職した有限雇用者について、受給資格要件を被保険者期間12か月から6か月に緩和した。その他にも、雇用保険を受給できない者を対象として、職業訓練の拡充や、生活保障等を行う「緊急人材育成・就職支援基金」を創設するなど、セーフティネット機能の強化を図っている。
コラム3-1図

(3)産業別、職業別の動向

雇用形態の内訳の変化は、産業構造の変化と密接に関係している。そこで、業種ごとの雇用者数とその形態別内訳がどう推移してきたかを見よう。また、企業と雇用者がどのような理由で雇用形態を選択したかについても確認する。その上で、今回の景気後退局面における求人の状況を調べ、それが雇用者の形態等にどのような影響を持ちうるのかを考察する。

●製造業における雇用者増加は派遣社員が中心

そこで、直近の景気拡張局面である2002年から2007年にかけて、産業ごとの雇用者の増減を雇用形態別の寄与に分解してみよう(第3-1-7図)。ここから読み取れる主なポイントは次のとおりである。
第一に、製造業では正社員が大きく減少し、その代わりに派遣社員の増加が顕著である。また、契約社員・嘱託も増加している。
第二に、運輸業や卸売・小売業でも、正社員が減少する一方、非正規社員が増加している。ただし、製造業と違って、派遣だけが突出して増加しているわけではない。特に、卸売・小売業では、もともと多かったパートがさらに増加している。
第三に、情報通信業や医療・福祉では、正社員の雇用が大きく増加している。もっとも、両者とも非正規社員も増加しており、特に、医療・福祉ではパートの増加が正社員の増加を上回っている。
以上をまとめると、国内外で厳しい価格競争にさらされた製造業、あるいは運輸業、卸売・小売業では、企業がコスト削減を進めるなかで、正社員の採用を絞り、その部分を非正規雇用者で置き換えてきたことが分かる。一方、成長産業である情報通信業や医療・福祉では、正社員も含め、多様な形態の雇用が創出されてきたといえよう。

●派遣労働者などを中心に企業と労働者の間で雇用形態を巡るミスマッチが存在

次に、企業が実際にどのような動機で非正規雇用者を活用したかを調べよう。具体的には、前述の厚生労働省「平成19年就業形態の多様化に関する総合実態調査」において、事業所に対し各雇用形態を活用する理由を尋ねているので、その結果の主要部分を見よう(第3-1-8図)。
それによれば、事業所が非正規雇用を活用する理由として、「賃金の節約のため」が最も多く挙げられている。その次が「1日、週の中の仕事の繁閑の変化に対応するため」で、3位が「即戦力・能力のある人材を確保するため」である。これは非正規雇用の合計であるが、特に派遣労働者だけについて集計すると、「即戦力・能力のある人材を確保するため」が最も多い。2位、3位がそれぞれ「正社員を確保できないため」「景気変動に応じて雇用量を調整するため」である。このように、パート、嘱託を含む非正規社員全体と、派遣では選択理由に違いが見られる。
この調査では、雇用者が各雇用形態を選択した理由も聞いているので、紹介しておきたい。非正規雇用合計では、「自分の都合のよい時間に働けるから」「家計の補助、学費等を得たいから」「家庭の事情や他の活動と両立しやすいから」といった雇用者側の生活スタイルと合わせた就業希望、家計補助の目的などが目立つ。これに対し、派遣労働者のみでは、「正社員として働ける会社が無かったから」が多い。
以上の結果で特に興味深い点は、企業側が派遣労働者を活用する理由として「正社員を確保できないため」を挙げる一方で、雇用者側が派遣労働者を選んだ主な理由が「正社員として働ける会社が無かったから」となっていることである。この背景として、一概に結論づけることはできないが、業種間、あるいは職種間等の様々なミスマッチもあると考えられよう。

●業種別、職種間のミスマッチは依然大きい

そこで、職種別の有効求人倍率の推移を見てみよう。職種の多くは主に対応する業種が分かるように細分化されている。
まず、有効求人倍率の水準に着目すると、専門的技術的職業、中でも医療・福祉関係が一貫して高く、典型的な人手不足職種となっている。これに対し、一般事務は一貫して低い。また、生産工程・労務の職業は景気変動の影響を受けやすい性質があるといえよう。
今回の景気後退局面において、これらの職業の有効求人倍率はどう変化したであろうか(第3-1-9図)。第一に、生産工程・労務の職業では総じて急速な求人倍率の低下が見られる。中でも、輸送機械は2009年5月時点で前年差-1.15ポイントとなり、水準はゼロ近傍まで低下している。これは、製造業の急速な悪化が目立った今回の景気後退の特徴を示すものといえよう。第二に、医療・福祉関係の職業は2008年後半の時点ではまだ求人倍率の上昇が続いていた。2009年に入ると低下ないし横ばいとなっているが、依然、水準で1を超えている。第三に、一般事務は低水準のまま緩やかに低下しており、景気変動の影響をそれほど受けていない。
このことから、2002年以降の景気拡張局面で派遣を中心に非正規雇用者を増加させてきた製造業で、労働需要が著しく低下したことを契機に、派遣社員の解雇、雇止めが進んだと考えられる。これは、派遣労働者を選択した理由として、「景気変動に応じて雇用量を調整するため」が多く挙がっていたことと符合する。他方、成長産業の一つである医療・福祉は正規雇用者も含めて増加させてきたが、いまなお一定の求人意欲がある。したがって、雇用情勢が厳しい中、業種間、職業間のミスマッチ緩和が重要な課題となっているといえよう3

2 雇用形態の変化と家計

ここまでで見てきた雇用形態の変化がマクロ的な失業率や家計行動に及ぼす影響について、主に国際比較を通じて考えよう。ただし、非正規雇用の増加は制度面の変化に産業構造や企業、雇用者の選好の変化が加わって生じた結果であり、制度面の影響のみを別途取り出して把握しておくことも必要である。そこで、非正規雇用比率に加え、雇用保護規制の度合いを示す国際比較指標を紹介した上で、具体的な分析を進めよう。

●非正規雇用の増加は先進国で広く見られる傾向

非正規雇用の増加は、我が国だけの特徴ではない。先進国でおおむね共通して見られる傾向である。定義の違いから厳密な比較は困難であるが、ここでは、2種類の指標を用いて先進主要国の動向を調べてみよう(第3-1-10図)。
第一が、OECDでまとめている臨時雇用(temporary employment)の比率である。この比率は、2007年について見ると、アメリカ、英国を除く各国でほぼ同水準である。また、これらの国では1997年から2007年にかけて比率が上昇している。アメリカ、英国ではもともと雇用に対する規制が緩いため、臨時雇用という形態の発展をそれほど必要としなかった可能性がある。この点は別途やや詳しく検討する。
第二が、民間の団体がまとめている派遣労働者(temporary agency worker)の比率である。これを見ると、2007年では英国で最も高く、次いでオランダ、フランスなどの順になっている。日本は中位であり、北欧諸国では低めになっている。97年からの変化を見ると、どの国でも比率が上昇している。
このように、非正規雇用の比率やその変化について、我が国の状況は国際的に見て特異なものではないことが分かる。

●我が国労働市場の規制緩和は非正規雇用中心

次に、雇用に関する制度的枠組みを国際的に比較するための指標として、OECDが作成した雇用保護指標(Employment Protection Legislation indicator, EPLという)を紹介しよう。これには、第一指標(version 1)と第二指標(version 2)がある4。第一指標は、常用雇用と臨時雇用に関する規制の強さを総合したものであり、第二指標はこれに集団解雇に関する規制の強さを加味したものである。このうち臨時雇用の部分を構成する指標を詳しく見ると、まず、「有期雇用」と「労働者派遣事業」に大別され、前者は有期雇用契約の使用の有効条件、最大連続更新回数、最長連続累積期間、後者は合法的な使用業務の種類、更新回数の制限、累積最長派遣期間からなっている。数字が大きいほど、保護の度合いが大きいことを意味する5
では、実際に日本の雇用保護指標はどうなっているのだろうか(第3-1-11図)。90年から2003年の変化では、第一指標は小さくなっている。これは、保護が緩んだことを示すが、その主因は臨時雇用要因にある。すなわち、96年の労働者派遣法改正による適用業種拡大や99年改正による適用業務の原則自由化など、非正規雇用に関する制度変化が原因となって指標が低下しているようである。また、98年から2003年では、集団解雇要因が変化していないため、第二指標の低下は第一指標と同様に臨時雇用要因の低下で説明ができる。2003年から2008年にかけては、両指標ともに変化していない。

●我が国の雇用保護規制はOECD諸国の中ではやや緩め

次に、他のOECD加盟国と比べた場合、我が国の雇用保護の度合いはどう評価されるだろうか。2008年の第二指標で見てみよう(第3-1-12図)。
第一に、我が国の第二指標は、アメリカや英国などアングロサクソン諸国より高く、イタリア、ドイツ、フランスを含む大陸欧州諸国や北欧諸国より低い。全体の中では中位よりやや雇用保護が緩めである。その原因は、主に集団解雇要因が著しく小さいことにある。これは、我が国では、一定数以上の雇用者を解雇する際の追加的規制がほとんどないことによる。
第二に、常用雇用要因では、我が国は大陸欧州諸国並みであり、やや保護が厳しいグループに入る。これは、常用雇用者に対する解雇が比較的困難な仕組みとなっていることによる。なお、時系列で見ると、日本と同様に、主要国の常用雇用要因はほとんど変化していない。
第三に、臨時雇用要因は、我が国はオランダやデンマークなど、大陸欧州諸国や北欧諸国の中でもこの分野での規制が緩い国と同程度である。すなわち、アメリカや英国よりは厳しく、フランス、ドイツ、イタリアなど主要な大陸欧州諸国より緩い。なお、ドイツやイタリアでは、時系列で見てこの指標が大きく低下しており、我が国以上に規制緩和が進んでいる。

(2)雇用保護規制と雇用形態、失業

以上で非正規雇用の増加は多くの国で見られること、雇用保護規制を見ると我が国はやや緩めであり、常用雇用に対する規制は中位よりやや上で、臨時雇用に対する規制は中位よりやや下であることが分かった。そこで以下では、雇用保護規制の緩和や非正規雇用の増加が、失業のリスク、家計貯蓄に及ぼす影響について考えよう。

●厳しい雇用保護規制は非正規雇用比率を高める傾向

雇用保護規制の度合いは、雇用形態の変化とどのように関係するだろうか。前述のとおり、アメリカや英国では臨時雇用比率がそれほど高くなかった。これは、これらの国では雇用保護が全般的に緩いため、労働市場の柔軟化のために臨時雇用という形態に大きく依存する必要がなかったとも解釈できる。こうした関係が、広くOECD諸国一般に当てはまるかを調べよう(第3-1-13図)。結果は以下のように要約できる。
第一に、予想されたとおり、雇用保護規制が厳しい国ほど非正規雇用比率が高い、という傾向が観察される。
第二に、我が国は雇用保護規制の度合いはやや緩めであるが、非正規雇用比率はそれから平均的に予想される水準より高めである。
第三に、ドイツ、イタリアなどの主要な大陸欧州諸国で、雇用保護規制の度合い、非正規雇用比率がともに高い。一方、アメリカ、英国などは雇用保護の度合いは緩いが、非正規雇用比率はそれから予想される水準より低めである。
なお、雇用保護指標のうち常用雇用要因と集団解雇要因のみを用いた場合でも、非正規雇用比率との間に同様の関係が見られる。

●厳しい雇用保護規制は平均失業期間を高める傾向

次に、雇用保護規制の度合いが失業にどう影響するかを考えよう。雇用保護規制は、失業率と直接関係するわけではない。失業率は、雇用保護規制の度合以外にも、景気の動向(需要不足失業)や労働市場における情報の不足(摩擦的失業)や失業保険制度など、様々な要因によって決定されるからである。しかし、雇用保護規制は一旦失業プールに入った者にとって、再雇用の壁として働き、長期の失業リスクには影響を及ぼす可能性がある。そこで、各国の平均失業期間6を推計した上で、雇用保護指標との関係を調べよう(第3-1-14図)。
平均失業期間について各国を比べると、一般的な傾向として、ドイツ、フランス、イタリアなどの大陸欧州諸国で長く、アメリカ、カナダなどのアングロサクソン諸国で短い。日本はその中間である。
雇用保護指標と平均失業期間をプロットすると、予想されたとおり、雇用保護の度合いが高くなると平均失業期間が長くなる様子が見られる。大陸欧州諸国では雇用保護規制が厳しく、平均失業期間が長い一方、アメリカやカナダでは規制が緩く平均失業期間が短くなっているものと考えられる。

●常用雇用と臨時雇用の保護度合いの差による影響は不明確

「正規雇用は守り、非正規雇用は守らない」という制度の二極化がある場合、非正規雇用者に失業リスクがしわ寄せされる可能性がある。こうした可能性の存否を調べるため、ここでは、雇用保護指標の常用雇用要因と臨時雇用要因がそれぞれ平均以上にあるか、それとも平均以下に位置するかという点に着目し、OECD諸国を4つのグループに分ける。その上で、若年失業率や平均失業期間にグループによる差があるかを見よう(第3-1-15図)。
第一に、若年失業率については、ドイツやオランダという両要素に差がある諸国において顕著に高いという関係は認められない。むしろ、単に雇用保護指標全体や臨時雇用要因が高い諸国において、若年失業率が相対的に高くなるという傾向が見られる。
第二に、平均失業期間を見ても、両要素に差がある諸国で特定の傾向があるわけではない。むしろ、両要素ともが低い諸国、すなわちアングロサクソン諸国を中心に、顕著に平均失業期間が低くなっている傾向が見られる。これらの国では、失業給付などが手厚くないケースが多く、長期失業の状態を続けることが困難なことが反映されている面もあろう。
以上の検証からは、正規と非正規雇用者の間の法的保護の差が、非正規雇用者の失業リスクを高めているという証拠は不明確であることが分かる。

(3)雇用保護規制、雇用形態と貯蓄

雇用保護規制の度合いや非正規雇用比率が長期失業などのリスクを高めるとした場合、労働者はこれに備える行動をとるはずである。そこで、家計の選択の中でもマクロ的な影響の大きい貯蓄行動に焦点を当て、実態を調べてみよう。最初に、これまでの流れに沿って国際比較データから推論し、次に、国内のデータに基づいて検証する。

●雇用保護規制の厳しい国は貯蓄率が高い傾向

まず、各国の雇用保護指標と家計貯蓄率をプロットしてみよう(第3-1-16図)。その結果、雇用保護規制の度合いが厳しいほど、家計の貯蓄率が高いという関係が浮かび上がる。
アメリカやカナダといったアングロサクソン諸国は家計貯蓄率、雇用保護指標双方とも低くなっており、ドイツやフランスといった大陸欧州諸国は両者とも高いグループを形成している。日本や韓国といった諸国はその中間に位置している。これは、これまで見てきたとおり、非正規雇用比率や失業期間によるグループ分けと一致している。
いうまでもなく、家計の貯蓄率は高齢化の進展、各国における家計の選好など様々な要因に影響を受けるが、労働市場の制度的要因もその一つである可能性が示唆される。具体的なメカニズムとしては、雇用保護が強い国においては、失業が長期化するリスク、あるいは低所得が長期化するリスクが高いため、そのバッファーとして予備的貯蓄が多めになされることが考えられる。

●世帯主が非正規雇用者である家計は貯蓄率が高い傾向

これまで見てきた非正規雇用の増加は、ミクロの家計レベルで調べると、どのような影響を各家計に及ぼしているだろうか。
ライフサイクル仮説によれば、家計消費はその家計が生涯に獲得できる所得に依存して決定される。このため、ある程度将来の所得や支出を予想できる状況下にあれば、家計は消費を長期にわたり均して行うため、毎期の消費は大きく変動しないはずである。しかし、家計が仮に将来の所得や支出の不確実性に直面すれば、それ以降の期の消費を抑制し、貯蓄を積み増すことで将来の不確実性に備えようとするはずである。この追加的に積み増される貯蓄が「予備的貯蓄」である。
具体的に非正規雇用が家計貯蓄に与える影響について、総務省「家計調査」の個票データを用いて検証してみよう(第3-1-17図)。家計調査では、世帯主の雇用形態の質問は行っていないため、本節の冒頭でも見たとおり非正規雇用者の賃金が相対的に低い水準にとどまることに着目し、世帯主の属性等から得られる理論的な賃金を相当程度下回る賃金を得ている者を非正規雇用者と仮定する。推計結果によれば、非正規雇用者が世帯主である家計(世帯主年齢25歳から40歳)においては、こうした行動を否定することはできず、相対的に貯蓄率が高くなる傾向が見られた。これは、非正規雇用が、個別の家計レベルにおいても、ある程度将来の所得リスクとして認識され、消費を抑制する行動を招いている可能性があることを示している。

3 雇用形態の変化と雇用調整

本節の最後では、労働市場の構造変化が雇用の調整速度にどのような影響を及ぼしたかを考える。

(1)雇用調整速度とその決定要因

日本を含むOECD諸国について雇用調整速度を推計した上で、その結果を非正規雇用比率や雇用保護規制の度合いとの対比で評価する。

●日本を含め多くの国で雇用調整速度が上昇

非正規雇用の増加や雇用保護規制の緩和により、経済にショックが生じたときの雇用の調整が速まっているのではないか、という仮説が考えられる。そこで、雇用の部分調整モデルを想定し、雇用調整速度を推計してみよう。このモデルでは、雇用者数には経済の状態に応じて何らかの望ましい水準があり、現実の雇用者数は、時間をかけて望ましい雇用者数に近づいていくと考える。この近づく速さが雇用調整速度である。なお、望ましい雇用者数は、実質GDPや実質賃金によって決まるとする。
ここでは、以上の枠組みの下で、80~94年、95~2007年の2つの期間に分けて、雇用調整速度を推計した。ただし、データの制約から雇用者数ではなく就業者数を用いた。その結果を見ると、以下のような点が明らかとなった(第3-1-18図)。
第一に、我が国の雇用調整速度は、この2つの期間を比べると高まっている。これは、金融危機時の後退局面以降、一部企業が希望退職の募集や解雇といった直接的に雇用者を減少させる措置を取るようになった時期とも一致している。
第二に、我が国以外の多くの国でも、雇用調整速度が高まる傾向にある。ドイツやカナダでこうした変化が顕著である。
第三に、以上のような変化にもかかわらず、日本の雇用調整速度は国際比較の観点からは低いグループに属する。これは、日本では依然として正規雇用における長期雇用慣行が根強く残り、経済情勢が悪化した場合でも当面は雇用保蔵が行われることが多いといった状況を反映していると考えられる。

●非正規雇用比率が高い国ほど雇用調整が早い傾向

それでは、雇用調整速度の高低は、非正規雇用比率や雇用保護規制の度合いで説明できるだろうか。上記推計の対象となったOECD諸国について、こうした関係の有無を調べてみよう(第3-1-19図)。
まず、非正規雇用比率との関係については、それほど明確ではないものの、おおむね非正規雇用比率が高いほど雇用調整速度も高い傾向が観察される。多くの国では、この間、非正規雇用比率が上昇しており、それに対応して雇用調整速度も上昇した形になる。これは、非正規化の進展によって、景気変動に応じた迅速な雇用者数の調整が可能になったことを意味するといえよう。
次に、雇用保護指標との関係については、解雇規制の程度が高くなると、雇用調整速度は低下する傾向が見られる。これは、解雇規制が強い国では当然ながら、解雇による雇用調整が困難になることを反映したものと考えられる。また、80年から94年、95年から2007年にかけての変化の程度を見ると、当初から雇用保護が弱いアングロサクソン諸国の雇用調整速度は最も高まっているが、それ以外の国では、雇用保護指標の臨時雇用要因の低下が顕著であった日本やドイツにおいて、雇用調整速度が高まっている。

(2)今回の景気後退局面における雇用調整の国際比較

以上で、長期的に見た場合、我が国の雇用調整速度は高まっていること、しかしながら他の多くの国も同様であり、我が国の相対的な速度は依然低いことが分かった。それでは、今回の後退局面における実際の雇用調整を各国で比較するとどう評価されるのだろうか。

●米、日、独の順で実質GDPの減少と対比した雇用調整が急テンポ

「今回の景気後退局面」という短い期間について、上記で推計したような雇用調整速度を比較することは難しい。そこで、実質GDPの推移と対比しながら就業者数や失業者数がどう動いているかを調べよう。まず、日米独の主要3か国を対象とする(第3-1-20図)。
日本については、実質GDPは2008年4-6月期から減少が続いているが、就業者数もその少し前から緩やかに減少している。なお、就業者数ではなく雇用者数はこの時点では横ばい圏内の動きをしていた。日本では、通常、景気後退に際して雇用者数より就業者数が早めに減少する傾向にある。一方、失業率には2008年中は目立った上昇は見られなかったが、2009年に入り上昇している。
アメリカでは、実質GDPが明確に減少基調に転じたのは2008年7-9月期であった。しかも、その後の減少テンポは日本と比べ緩やかであった。しかし、就業者数は同時期に急速に減少している。失業率は2007年半ばから上昇に転じ、2008年半ば以降、そのテンポは急速になっている。
ドイツでは、実質GDPは日本と同様に2008年4-6月期から減少している。ところが、就業者数は増加基調のままである。失業率も2008年7-9月期までは低下しており、その後も横ばい圏内にとどまっていたが、2009年に入り、幾分上昇している7
このように、日米独の3か国を比べると、雇用調整のタイミングやテンポに大きな違いがあることが分かる。

●今回の景気後退局面では米英で失業者が急増

以上のケーススタディで確認した雇用調整のテンポの違いを、OECD諸国全体について比べてみるとどうだろうか。データのとれる29か国のうち、2007年以降実質GDPが減少基調に転じたのは28か国であった。そのうち、すでに就業者数が減少基調となっているのは21か国、失業者数が増加基調となっているのは28か国である。これらの国について、実質GDPの山から谷までの減少率に対して就業者数、失業者数がそれぞれの山(谷)から谷(山)までどの程度変化したかを、弾性値の形で把握してみよう(第3-1-21図)。
第一に、就業者数の実質GDP弾性値を見ると、スペイン、ノルウェー、アイスランド、アメリカなどで高い。これに対し、日本は非常に小さい。また、大陸欧州諸国の一部では、実質GDPが減少したにもかかわらず就業者数が増加した国もある。
第二に、失業者数の実質GDP弾性値を見ると、やはりノルウェー、オーストラリア、アイスランド、スペイン、アメリカなどでマイナス幅が大きくなっている。日本、韓国などではほとんどゼロに近い。
これらの結果を統一的に解釈することは難しいが、アメリカやスペインで失業率が急上昇している点は、これまでの分析から予想されたところである。一方、我が国については、雇用調整速度が高まったとはいえ、依然、国際的には低いという事実と矛盾はない。

3-2 欧州における雇用調整

欧州は99年の統一通貨ユーロの導入など経済的統合を強めつつあるが、今次後退局面の各国労働市場へのインパクトは全く異なり、特に失業率の変化の差は大きいものとなった。ドイツのように2008年後半以降も低下した国がある一方で、スペインのように1年半の間に2倍以上の水準となった国もある。その背景として、以下のような要因が考えられる。
第一に住宅バブルとその崩壊の影響の違いが挙げられる。実際、住宅価格の変化幅が大きかったスペインの失業率の上昇は大きい。ただ、同様に住宅価格の大幅な変動が見られた英国における失業率の上昇はスペインほど高くない(コラム3-2図)。
第二に、労働市場の構造変化の影響が現れている可能性がある。スペインなどでは、非正規雇用による労働市場の分極化が進展しており、早期の雇用調整につながったとの指摘も聞かれる。一方、ドイツ、フランスなど、非正規雇用についても比較的強い規制がある国ではこうした分極化の程度が小さかったため、非正規労働者に影響が集中する形での雇用調整は生じず、これが失業率の上昇を抑えた面があると考えられる。
第三に、労働力としての移民の存在が考えられる。例えば、英国では、景気回復の間は中東欧からの出稼ぎ労働者が多数入国したが、景気後退と同時に職を失い帰国せざる得ない状態に陥ったといわれる。こうした労働力の国外移動が特定国での失業率の上昇を押さえ込んだ可能性もあろう。実際に英仏独の労働者に占める外国人比率を見ると、フランスやドイツではほとんど変化していないが、英国では2000年以降急上昇していたことが分かる。

[目次]  [戻る]  [次へ]