何でみんなやらないんだ! “たった1人”のラグビー部員の闘い

何でみんなやらないんだ! “たった1人”のラグビー部員の闘い
冬の訪れとともに高校や大学の全国大会が開かれ、本格的なラグビーシーズンに突入します。この秋、全国大会を目指す最後の大会に臨んだ、部員たった1人のラグビー部があると知り取材に向かいました。飛び込んできたのは広いグラウンドで1人で黙々と練習に励む姿。ひたむきな彼の姿は私の心を捉えて放しませんでした。(北九州放送局記者 石井直樹)

パスの相手もいない…

福岡県立鞍手高校3年の藤上朋也くん。
学校でただ1人のラグビー部員です。
藤上くん
「先輩が引退して、1人で練習し始めた頃は他の部活を見て、正直人数が多くてうらやましいという気持ちがありました。でも今はラグビーができることの感謝とか楽しさもあってもう吹っ切れています」
そう明るく話してくれた藤上くん。

でも練習を見てみると…

キックの練習はネットに向かって。
パスの先にも相手はいません。
見守ってきた顧問の先生は、1人になってもラグビーを続けてこられたのは、藤上くんの人間性だと言います。
ラグビー部の顧問 高倉維さん
「ラグビーへの思いが周りに伝わって、人に愛される人間性を持っている生徒だと思いますね。あまり本人には言わないですけど、1人で練習を続けるのはものすごく大変なことだと思うので、引退するまで、顧問というより1人の先輩としてサポートして行きたいと思っています」
OBもグラウンドに駆けつけて、藤上くんを支えてきました。
後藤喜重さん
「よく頑張っていると思います。藤上がいなければもう1年早く部がなくなってたかもしれません。藤上が続けてくれてるんで鞍手高校ラグビー部があるとOBみんなそういう思いで見ています」

ピークは40人以上いたけれど…

およそ40年前に創部した鞍手高校ラクビー部。

ピーク時は40人以上の部員がいましたが少子化などの影響で部員は次第に減少していき、5年前にはとうとう試合に必要な15人を割り込みました。
それ以降、同じく部員が足りない別の高校と合同チームを組んで試合に臨んでいます。

こうした状況は、鞍手高校だけに限ったことではありません。

スポーツ庁の統計によりますと、運動部で活動する人の数は全国的に減っていて、ピーク時の2009年と比べて2048年にはおよそ30%減少、競技によっては、半分以下になると見込まれています。

3度の飯より好きなもの

1人での練習には耐えてきた藤上くんですが、母校からラグビー部が無くなってしまうことは、耐えられません。

先輩から受け継いできた伝統の灯を消してはならないと、文化祭で、全校生徒に大声で呼びかけました。
「3度の飯より好きなものはありますか~~~~」

「僕にはあります!!!!!もちろんラグビーだ!!!!」

「こんなに魅力的なラグビーを何でみんなしないんだ~~~~~」
必死に訴えましたが、新たな仲間を得ることは、かないませんでした。

受け継がれてきた緑のソックスで

迎えた最後の大会。トーナメント方式のため、負ければ引退となります。

合同チームでキャプテンを任されている藤上くんは、強い思いで試合に臨みました。
藤上くん
「やってきたこと全部出そうや。絶対勝って笑って終われるようにしよう!」
合同チームのジャージは全員同じですがソックスはそれぞれの高校のもの。

藤上くんは先輩たちから受け継がれてきた緑のソックスでグラウンドに入りました。
「今まで1人で頑張ってきた思いをぶつけてほしい」とラグビー部の歴代OBたちもスタンドで見守ります。
試合は、互いの意地がぶつかり一進一退の攻防となります、藤上くんは磨いてきたタックルやパスでチームに貢献します。

同点で迎えた試合終了間際。合同チームは相手にトライを奪われ、5点をリードされます。
しかし、その直後。合同チームが意地を見せます。

土壇場でトライを奪い返し同点に追いつきました。
最後のコンバージョンキックが成功すれば逆転です。

OBたちも固唾を飲んで見守るなか…
これを決めた合同チーム。絶対に負けたくないという全員の思いが1つになった劇的な勝利でした。

決して“1人”ではない

藤上くんはキャプテンとして皆に語りかけました。
藤上くん
「こういう接戦をものにできたのは全員が日々少ない人数で学校でやってきてそれをしっかりラグビーの神様がみててくれたので、最後のキックにもつながったと思う。また勝とう!」
大好きなラグビーの試合をこのメンバーでもう一度できる。そのうれしさに感極まって涙するメンバーもいました。
藤上くん
「合同チームって点の集まりみたいな感じなんですけど、こういう試合になったら大きい一つの塊になって全員が一つの勝利に向かって進むことができる。最後にこうやってみんなで勝利をつかめたことがとてもうれしいです」
ただひたすらにラグビーを愛した藤上くんは決して1人ではありませんでした。

好きなことをやり遂げる尊さ

「たったひとりのラグビー部員」

このタイトルを付けることに私自身、葛藤もありました。なぜなら彼は、多くの人たちと一緒にトライを目指したからです。

合同チームは、このあと2回戦で敗れてしまいましたが、納得の試合内容でやりきれたということです。

取材をとおして8歳年下の藤上くんから好きなことをやり遂げる尊さを学びました。

「有終の美」と言いますが、ラグビーへの愛を胸に最後の試合に臨んだ藤上くんの姿は、まさに美しいのひと言でした。
北九州放送局記者
石井直樹
2019年入局
最近始めたキックボクシングで男を磨いています