「好きな囲いはない」藤井聡太竜王が竜王戦七番勝負で示す「玉周り」の未来[指す将が行く]
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藤井聡太竜王が広瀬章人八段に快勝し、シリーズ3勝目を挙げた第35期竜王戦七番勝負第4局は、対局前日に興味深い出来事があった。福知山城天守閣をバックに、歓迎に訪れた将棋好きな子供から「好きな囲いは何ですか」と無邪気な質問を受けた藤井竜王。「実は好きな囲いというのはあまりなくて」と率直に答えた。隣の広瀬八段は、藤井竜王の本音に思わずうなった。それは将棋の「囲い」の未来を示す言葉だったからだ。
同じ質問に対し、先に答えることになった広瀬八段は「(好きな囲いは)穴熊かな。昔、私が得意だった戦法で、王様が堅くて、みんなも1回はやったことがあると思うけど。やっぱり穴熊には個人的に思い入れがあります」と、お兄さんぽく児童らに語っていた。広瀬八段の振り飛車穴熊は2010年に、初タイトルの王位獲得の原動力となった戦法だ。
定型の「囲い」ではなく、藤井竜王は「相手の攻めに応じて囲う」
将棋を指す人は、入門者、初心者という過程を経て、級位者くらいになると、「囲い」を覚えるのが通例だ。ここでは「美濃」「穴熊」「銀冠」「矢倉」という囲いの代表例を示した。しっかり玉を囲って、そこから仕掛けが始まる。プロの公式戦でも昭和時代、平成時代と、そうした考え方に基づいた定跡が無数に作られ、「囲い」というのは金銀3枚で構成されることが多かった。
さて、「好きな囲いはない」という藤井竜王は続けて「囲いは、相手がどこから攻めてきそうかを考えて、それに対してこちらが相手の攻めを受けるには、どうしたらいい形になるのかというのを考えて囲うことになる」と答えた。小学生からの質問に対し、完全に「プロ向け」の返答をした藤井竜王。広瀬八段はマスク越しでも、吹き出しそうになっているのがわかった。「藤井さんの答えがあまりにも本音で、笑いが出てしまいました。レベルが高すぎて、子供たちは誰も本質的な意味を理解できなかったと思う」と広瀬八段は話した。
玉の堅さ、広さの差が形勢に直結…竜王戦第3局
藤井竜王の言葉は、令和時代に入って将棋の囲いの概念が変化していることを端的に示していた。自身の発言を裏付ける戦い方が竜王戦第3局で見られた。図面を使いながら紹介する。
静岡県富士宮市での第3局は相掛かりの戦型だった。近年、公式戦で増えている相掛かりは、そもそもあまり玉を囲わない戦い方でもあるが、第1図は2日目の昼食休憩となった局面だ。ここでの両者の形勢判断は「先手良し」で一致していた。玉の堅さ、広さで先手が上回っているというのが、トッププロの見解だ。一見、堅そうに見える後手玉だが、手がつくともろい形で、先手玉はバラバラに見えても、右辺の金銀が上部に厚い守備駒になっている。
少し手順が長くなるが、第1図から実戦は▲7五同歩△7六歩▲同銀△6六角▲6四歩△同銀▲8二角△7五飛▲同銀△同角▲6六歩△7七歩▲8八金△7三銀(第2図)と進行した。藤井竜王は広瀬八段の攻めの手に乗じて、「囲い」を構成する銀の位置を変えた。△7三銀として、先手の角の利きを遮り、後手玉に6三の空間を空けて逃げ道を広げた。先手は、後手が△6六角と出る手を防ぎにくく、右辺の守備駒が働きにくい展開となった。第1図から第2図にかけて、玉の堅さが逆転した。藤井竜王は「(第2図で)初めて後手玉が堅さで先手を上回る形になりました」と明かしている。
昼食を口にしながらの長考で、「気が変わった」ことを悔やんだ広瀬八段。第1図からどう指せば良かったのか、両対局者は見えていた。局後に登壇した大盤解説会では第1図から実戦の▲7五同歩に代え、▲6五歩△6六歩▲同銀△同角▲6八香(参考図)とすれば、「先手が良かった」と広瀬八段が解説し、藤井竜王も「(こちらが)かなり苦しいです」と同意していた。参考図は6五の歩が後手玉攻略を狙う拠点になり、先手玉の方が堅いという主張を維持できた。
大切なのは「玉周りの金銀の配置」…未来の将棋を示した藤井竜王
かなり専門的な話になったが、藤井竜王は第3局の終盤で、相手の攻めを利用しながら、自玉周辺の金駒の位置を変化させることで玉の堅さ、広さの逆転に導き、勝利に結びつけた。「相手の攻めを受けるには、どうしたらいい形になるのか考えている」と児童に答えた言葉を、直前の実戦で示していた。金銀を密集させる矢倉や穴熊に囲っても、相手が飛角の利きを集中させるなど万全な攻撃態勢を築いていたら、その「囲い」は単なる「的」になってしまう。藤井竜王の「好きな囲いはあまりない」という言葉には、こうした含蓄があった。
「囲い」に対する藤井竜王から子供たちへの真剣な返答を聞いた井上慶太九段は「藤井竜王は、未来のことを語っている」と畏怖した。藤井竜王の将棋を学んで強くなるこれからの子供たちは、「囲い」ではなく、「玉周りの金銀の配置」という具合に、考え方を変えていくかもしれない。
囲いに関する子供の質問に対し、藤井竜王は「自分がこの形に組みたいというよりは、相手の形に合わせてどう囲おうか考えている」と結んだ。それは将棋に対して