■もうひとりの旧友との再会(1)

 Cadwellオンロードバージョンの開発をすすめながら、小野が悩みつづけていたことがある。開発経験がいくら豊富でも、少量生産とはいえ自動車を製造し販売するのはまったく次元のことなる事業である。
エンジニアリング会社としての基盤は固まりかけている東京アールアンドデーにとっても、少量生産スポーツカーの商品化に踏み切るのは、自社のリソース、つまり人、モノ、カネのどれをとっても足りない、たいへんな事業であると認識していたのだ。
 商品が自動車である以上一過性の事業は許されない、オーナーが安心してクルマをもち続けられるように、永続性のあるかたちで事業に取り組む必要が生じる。それには、クルマの製造・販売に専念する新会社を起こすことが最善の道と小野は判断する。そして、新しい事業を起こすには起業環境の整っている米国以外は考えられないという結論に達する。

  小野がこのように考えたのには伏線があった。

  このプロジェクトが動き出す3年ほどまえ、小野は日本の大手電機会社から電話を受ける。聞きなれない相手の名前に訝りながら電話をとると相手は「取引先のアメリカの会社の社長が小野さんと話したがっている」といい、そのアメリカ人に電話を替わった。
「Ono-san!」という微かに聞き覚えのある声。
それは10数年前に小野が設計したレーシングカーを走らせていたチームのマネージャー、ヴァーノン・フォザリングァム(Vernon Fotheringham)だった。
ヴァーノン・フォザリングァムは一時期、自動車用品業界で活躍し、この時期にレーシングカーデザイナーとしての小野と出会った。またヴァーノンは日本の自動車用品会社とも関係を持ち、その会社のレース部門を任されていた畑川ともこの時期に出会っている。
その後の不景気で自動車用品業界に見切りをつけたヴァーノン・フォザリングァムは、そのころ普及が始まった携帯電話に注目、さらに情報通信分野での事業展開を行って成功していた。ワイヤレスブロードバンド機器産業のリーダーとして、またその正確な予言とビジネスチャンスの早期発見の能力でもその名を知られるようになっていた。
彼の開拓的な将来予測のおかげで、数々の新しいマーケットが誕生し、衛星、データ通信及び遠距離通信産業が発展した。いわば、デジタル世界の申し子のような男なのである。


■ VERNON L. FOTHERINGHAM 略歴
 ヴァーノン(ヴァ-ン)L.フォザリンガム
ヴァーノン・フォザリングァムフォザリンガム氏は20年以上にわたり新規事業を創業及び運営しながら新技術の価値を抽出しつづけてきた。 氏は、ワイヤレスブロードバンド機器産業のリーダーとして業界に存在し続け、また、その正確な予測とビジネスチャンスの早期発見能力でその名を知られている。氏の開拓的視野のおかげで、数々の新しいマーケットが誕生し、衛星、データ通信及び遠距離通信産業における企業の価値向上に貢献している。

フォザリンガム氏は、声、データ、音声及び画像をひとつの統合されたシステム上にまとめる、グローバルなパケットネットワークの構築を推進する通信サービス・プロバイダであるバジリアン社の会長兼最高責任者を勤める。 フォザリンガム氏はまたCAISインターネット(NASDAQ:CAIS)及びテラ・ビーム・ネットワーク社の役員にも名を連ねている。 氏は更に、私的な持株会社であるコンポジット・グループ社の会長として、ベンチャーの組織作りや製品開発に活躍している。 氏はその前身として、アドヴァンスト・レイディオ・テレコム・コーポレーションというNasdaq上場会社(NASDAQ:ARTT)の創設者であり、この会社は、米国内210のマーケットおよびヨーロッパ5カ国の全国範囲にわたるワイヤレスブロードバンドの認可を取得している。 ART以前は、全国規模の移動衛星データ通信会社、ノールコム・ネットワーク・コーポレーションの社長兼最高責任者を務めた。 この会社は現在、テレノール、ノルウェーの郵便・電気通信・放送省に所有されている。 フォザリンガム氏はまた、数年をウォルター・グループ社(TWG)の無線電気通信分野のコンサルタントとして過ごし、その間、数々の有力電気通信会社のため、国際及び国内電気通信事業の開発に努めた。 オムニネット・コーポレーションのマーケティング部長に就任中、長期にわたるマーケティング及び営業展開を指揮し、クアルコム・オムニトラックス・移動データシステムを商業的な成功に導いた。

フォザリンガム氏の経歴の初期は公的な勤務が主体であり、初めは海兵隊の救急将校、その後は、カリフォルニア州ハンティントン・ビーチ市において消防士及び医療救護員を経験している。 彼は医療救護員の訓練と資格をカリフォルニア大学アーヴィン校にて取得した。

フォザリンガム氏はカリフォルニア州立大学フラートン校(CSUF)を文学士として卒業。 更に2年間をCSUFの大学院の芸術及び公共事業経営部にてすごした。 クレアモント大学院で宗教心理学を2年間専攻し、博士号を修めている。

趣味としては、モーター・スポーツ、歴史の研究、地域への貢献、絶え間ない学習、読書、及びヴィジュアル・アートを挙げている。