山崎ハコ「青春の門」歌えたのは九州女だからこそ

[ 2016年7月24日 11:50 ]

ギターを手にする山崎ハコ

 映画「青春の門」と聞いて懐かしいと思う人も多いはず。「織江の唄」。同作のイメージソングを歌ったのが、シンガー・ソングライターの山崎ハコ(59)だ。ちょっぴり暗いが、この人の歌にはどこか琴線に触れるものがある。ぼんやりとした不安だらけの今だからこそ、そんな「ハコの世界」へ。 

 ♪信ちゃん 信介しゃん 梅雨の晴れ間を眺めていたら、ふと口をついた。「織江の唄」の出だし。幼なじみが別れ際、愛する男に切々と自分の思いを伝える。決して明るい歌ではないが、一度聴いたら忘れない。「遠賀川(おんががわ)」「ボタ山」と目の前に寂れゆく炭鉱の風景が広がる。詞は作家の五木寛之氏、曲は山崎ハコ。今でもこんなにいちずに人を愛する女性がいるだろうか。そんなことを考えていたらベランダのダリアが笑うように揺れた。

 この歌がテレビ、ラジオで流れたのは、1981年(昭56)の正月。公開を控えた映画「青春の門」のイメージソング。この時、主人公「伊吹信介」を演じたのは、佐藤浩市。「織江」は、杉田かおるだった。九州出身の山崎が「ララバイ横須賀」のB面で同曲をリリースしたのは、実はその2年前のことだ。

 「この詞を見た瞬間、これは自分で歌わないといけんと思いました。微妙な言葉のイントネーションも肌で分かるし、それだけ自然に感じられたんですね。曲はすぐに浮かびました。でも、作った時は自分だけの歌にしておこうと考えていたんですけどね」

 五木氏の名作は、たびたび映像化された。75年、最初の「織江」は大竹しのぶ。その後、新聞で詞を掲載し、曲が公募された。応募はアマチュアのみで、プロだった山崎は参加することができなかった。しかし、衝動にかられて一気にメロディーが頭の中を駆け巡った。後日、ラジオ番組で共演した五木氏に、そのテープを聴いてもらった。すると、「この歌のハコさんが一番織江らしい」と録音することが決まった。

 山崎を突き動かしたものは何か。それは少女時代を大分県日田市で祖母と一緒に暮らしたことにある。同じ九州出身の五木氏の世界を誰よりも身近に感じたのが、彼女だった。「男の人を陰からずっと支え続けるのが九州の女。男の人を良くするも悪くするのも女次第。明治生まれのおばあちゃんにいつもそう教えられたから。私には織江の気持ちが痛いほど分かります」

 ジョン・レノンが凶弾に倒れ、原宿で踊る若者は竹の子族と呼ばれた。地方にはまだかすかに「青春の門」のにおいが残り、うわべだけの明るさはいらなかった頃。♪信ちゃん、信介しゃん ハコの歌声が素直に心に染みた時代だった。

 初めてのアルバム「飛・び・ま・す」を出したのは、75年10月のことだ。日田市から横浜に引っ越して3年目、白いギターに憧れる高校3年生の時だった。横浜駅の施設で行われたオーディションで自作の「影が見えない」を披露。15歳が作った異色のブルースだった。小柄な童顔から繰り出すパワフルな歌声と豊かな表現力は大反響を巻き起こし、鳴り物入りのメジャーデビューとなった。

 「まさかプロになれるなんて思ってもみなかったです。最初は友達とコンテストに出るつもりが土壇場で1人にされちゃって。フォークソングがはやりだした頃で、私はギターも持ってなかった。貸してくれると言われて決勝戦まで頑張ったんですね」

 当時、若者文化に影響を与えていたのは、ラジオ番組。すぐにTBS「パックインミュージック」から声が掛かり、一躍、「深夜放送のマドンナ」と全国区の人気者になった。スタジオでは予期せぬ出会いもあった。それが5年前に亡くなった俳優の原田芳雄さん。初対面でいきなり、「僕、“飛・び・ま・す”を持ってます」と言われた。その後、一緒にライブへ出演したり、自宅へ遊びに行ったり、まるで本当の父娘のような間柄になった。

 「松田優作さん、内田裕也さん、ジョー山中さん、桑名正博さん、いろいろな人に紹介してもらいました。そのつど、原田さんが“ハコをよろしく頼む”と頭を下げてくれるんですよ。私にとっては恩人のような存在です」

 40歳の時、所属事務所が突然、倒産した。一夜明けたら住む家もなくなった。世間のことを知らず芸能界に入り、全てを事務所に任せていた。寝る場所もなくなり、ファミリーレストランで一夜を過ごしたこともあった。「いつでも俺んちに来て飯を食っていいぞ」。そんな苦難の時もあった。

 「何よりもつらかったのは歌う場所がなくなってしまったということでした。それから1人で何でもできるようにしようと決めて、マネジャーも兼ねてます。今は自分で新幹線の切符も買って、リュックを背にあちこち歌いに行ってます」

 そんな彼女の言葉に、ギターを手に青春を謳歌(おうか)していた遠い日の薫りを思い出した。

 ◆山崎 ハコ(やまざき・はこ)1957年(昭32)5月18日、大分県日田市出身。81年の映画「青春の門」では全編音楽を担当。デビュー時期が近い中島みゆきのライバルともいわれた。12年に発表したアルバム「縁~えにし」は第54回日本レコード大賞「優秀アルバム賞」受賞。来月16日には、女優の五大路子の一人芝居「横浜ローザ」20年記念コンサート(横浜赤レンガ倉庫1号館)に出演。

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