下村 芳夫

税務大学校
租税理論研究室助教授


はじめに

租税とは何か、またなにゆえに国民は租税を負担するのかという租税の概念をめぐる議論は、元来歴史的発展の所産である(注1)。特に、なにゆえに国家は租税を徴収するのか、また、なにゆえに国民は納税の義務を負うのか、という租税の本質(租税の根拠)を明らかにするためには、国家権力と私有財産権との歴史的な関係を究明しなければならない(注2)。すなわち、資本的生産方法を基調とする私有財産権と、国家による強制徴収として国民に課される租税とは、本来相矛盾するものと観念され、租税の本質に関する議論は、この両者の矛盾をいかに調停するかという調和論の形で発展してきたものであり(注3)、それは、その時代における社会的経済的背景を抜きにして考えることは不可能である。と同時に、国家と私有財産権とをいかに調和させるかという問題は、国家の本質や任務をいかに考えるかということと密接な関係をもっている(注4)
国家と私有財産権との矛盾ないし対立を、はじめて明確に認識したのは16〜17世紀の絶対王政の末期、生産力の発展によって社会的進出をなした市民階級によってであった。貨幣資本の抬頭と資本的生産方法の採用により資本蓄積をなした市民階級は、専制君主によって代表される国家の課税権に抵抗し、「代表なければ課税なし」の、いわゆる租税法律主義の原則を旗印にして闘争したが、租税法律主義の原則は、国家と私有財産権との矛盾をいかに調和させるかに関する憲政上の一つの重要な原則であったといえる。
その意味で、租税法律主義の意義は一般的には、国民の負担する租税は、国民の総意の代表である国会の定める法律によるべきである、というように理解されている。そして、その要求は、近代憲法における主要なテーマであったし、租税法律主義の歴史的考察は主としてこの面からの検討がなされねばならない。と同時に租税法律主義の原則は、その時代における社会思想ないし国家観を背景としてはじめてその存立の基礎を与えられる。租税法律主義のよって立つ社会思想ないし国家観を、本稿では「理念としての租税法律主義」と呼ぶならば、近世市民社会によって成立をみた租税法律主義の理念と、現代におけるそれとは必然的に相違するものであることは容易に理解しうるところである。このように租税法律主義の原則は 「代表なければ課税なし」という主として憲政上の意味と、憲政上の要求を支える社会思想ないし国家観、換言すれば、理念としての租税法律主義という両面の楯として理解されねばならない。
そこで本稿では、まず第一に租税法律主義の歴史的考察を行ない、中世封建社会から近世市民社会への成立過程において、租税法律主義が国家権力と私有財産とを調和させる憲政上の原則としてどのように考えられたかを、近世市民社会形成の先駆となったイギリス、アメリカ、フランスについてみることにする。この歴史的経緯をみるについては、主として憲政史との関連が中心となるが、租税法律主義もまた社会的諸現象を抜きにして論述することは不可能であり、その意味で、本稿では必要な範囲での社会的経済的諸現象を考え合わせてのべることにした。
租税法律主義の歴史的意義を考案したのち、近世市民社会によって成立をみた租税法律主義の原則がいかなる社会思想ないし国家観を背景として主張され、そのような社会思想ないし国家観からは、租税の意義や本質はいかなるものとして認識されたかについて述べてみることとする。租税法律主義がよってたつ社会思想ないし国家観は、いわば租税法律主義の理念とでもいうべきものであるが、それは、税法の定立過程においても、また税法解釈および適用に際しても、常に基調とすべき最高原則の一つであるといえよう。
次いで、近世市民社会における租税法律主義の理念が、その後の社会経済の変動によりどのように変化せざるを得なかったか、換言すれば、租税法律主義のもつ現代的意義をそれがよって立つ社会理念ないし思想の面から考察し、理念としての租税法律主義が有する現代的意義からみて、租税の本質とは何か、また国民の納税の義務はどう解釈されるべきかについて考察してみることとする。
なお、本稿では、現代における租税の意義を考察するために租税法律主義の理念を中心としてとりあげたのであるが、租税法律主義をめぐる諸問題には、なおこのほかに、税法の解釈および適用にあたり、租税法律主義はいかなる機能を有するかという問題がある。その問題解決への重要な指標の一つが、租税法律主義の理念にあることは前述したとおりであるが、その問題については、引続き研究のうえ報告する予定である。

(注1) 田中二郎租税法 3頁 本文に戻る

(注2) 島恭彦、財政学概論 82頁 本文に戻る

(注3)  〃      〃    83頁 本文に戻る

(注4) 現代法 第8巻「市民と租税」金子宏 312頁 本文に戻る

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。

論叢本文(PDF)・・・・・・1.07MB