第9章 災害救助活動と事故防止

1 自然災害に備えて

 昭和48年中の風水害等による被害の発生状況は、表9-1のとおりである。梅雨期がいわゆる「からつゆ」であったこと、台風シーズンに大型台風

表9-1 風水害等による被害発生状況(昭和48年)

の来襲がなかったことなどによって、被害は前年に比べ激減した。
 ちなみに、昭和43年から47年までの5年間における風水害等による死者・行方不明者の年間平均は約320人であるが、昭和48年中の死者・行方不明者は81人であった。
(1) 風水害
 我が国の地勢上、表日本の台風禍と裏日本の雪害が典型的な自然災害であり、関係機関・団体等の活動も、これらに備えて積み重ねられて来た。警察も災害時の救助活動に組織力をフルに活用している。
 昭和48年中に発生した風水害としては、九州と北海道の一部における集中豪雨による被害が注目される。
ア 福岡県下の大雨被害と救助活動
 7月30日、九州北部地方に夜半から雨が降り始め、翌31日には、福岡、佐質、長崎、熊本各県とも局地的な大雨となり、特に福岡県下では、福岡市、飯塚市等で1時間に100ミリにも及ぶ降雨量を記録する集中豪雨となった。このため、死者・行方不明者28人、負傷者10人、家屋の全・半壊、流失133棟、床上浸水9,250棟に及ぶ被害が発生し、1万739世帯、3万4,052人が被災した。
 この記録的な大雨の被害に対して、地元各県警察は警察の組織力を動員して災害救助活動を展開したが、特に福岡県警察では、大雨情報に基づき、警察官913人が出動して災害救助体制を確立し、危険地域の警戒、住民の早期避難の誘導、道路交通の規制等を行って被害の発生防止に努めるとともに暗夜の降雨中に多くの危険を冒しながら、被災者の救出・救護、危険地域の住民の避難誘導を行い、被害の拡大防止に努めた。
イ 北海道南部の大雨被害と救助活動
 9月23日から24日にかけ、北海道南部、特に函館地方では、山間部を中心に集中的大雨が降った。中でも亀田郡戸井町汐首では延べ306ミリ、茅部郡南茅部町磯谷では延べ392ミリ、上磯郡知内町小谷石では延べ187ミリという降雨量であった。この大雨によって、各地で山崩れ・がけ崩れ、河川の急激 な増水、はん濫等が起こり、死者・行方不明者17人、負傷者13人、家屋の全・半壊、流失181棟、床上浸水313棟、床下浸水1,063棟に及ぶ被害が発生し、541世帯、1,605人が被災した。
 この大雨の被害に対して、北海道警察では、警察本部に災害警備連絡室、函館方面本部に災害警備対策本部を設け、現地の各警察署と緊密な連携のもとに、警察官846人を出動させて、早期に災害救助体制を確立した。9月23日午後、大雨注意報発令とともに、危険地域にはあらかじめ警戒部隊を出動させ、住民の避難誘導、交通規制、警戒広報等を行ったほか、被害発生の際には、関係機関と協力して、被災者の救出・救護等の活動を行い、被害の拡大防止に努めた。
(2) 地震
 我が国は、世界でも有数の地震国として知られている。殊に太平洋沿岸は、これまでにも数次にわたる大規模な地震に見舞われ、また、地震の影響による津波のため、広範囲に少なからぬ被害を被ってきた。一方、日本海沿岸では、地震そのものの規模は比較的小さいとされているが、震源地が内陸又は内陸に近い地点にあるため、地震による被害が極めて大きい場合が多い。
 このように、我が国は常に地震の脅威にさらされているといえるし、特に憂慮されることは地震の直後に同時多発的な火災が発生することで、大都市とその周辺における住居の過密化が進むとともに、産業の発展に伴い広範に分布している各種危険物に対して、平素から総合的な防災対策を確立し、住民の安全を確保しておくことが必要である。また、災害に引き続いて発生しがちな人心の動揺に伴う混乱、不法行為等の二次的災害の防止に努めなければならない。
 昭和48年には“12月1日地震説”をはじめ、地震発生に関する様々な予測がなされ、これが国民の間に広まったため、一部に保存食糧の買いだめや避難施設の構築が行われるなど、不安を醸し出すような現象がみられた。
 警察は、我が国の地勢にかんがみ、万一にも大規模な震災が発生した場合 を想定して、各都道府県警察において救助活動等の緊急措置要領等を策定しており、これに基づく訓練も随時実施している。
 昭和48年中における地震及び津波による被害は、前掲の表9-1のとおりであるが、特に被害の大きかったのは、6月17日に北海道、東北、北陸、関東各地方にかけて発生した地震であった。この地震の震源地は根室沖南東50キロメートル、深さ20キロメートルの地点と推定された。北海道内各地の震度は、釧路、厚岸(あつけし)、根室で震度5(強震)、中標津(なかしべつ)、池田、広尾で震度4(中震)、内陸地域の弟子屈(てしかが)、本別、帯広、新得で震度3~4を記録し、地震及びこれに伴う津波によって、釧路方面本部管内だけでも2市6町2村にわたって負傷者26人、家屋の全壊2棟、床上浸水89棟、床下浸水186棟、漁船の沈没3隻、流失1隻のほか、漁獲物の流失、橋りょうの破損及び港湾施設の損壊等の被害が発生した。
 北海道警察本部では、直ちに、警察本部内に「根室沖地震災害警備本部」を設置し、釧路方面本部においても同じく災害警備本部を設置して、管内各警察署に対して厳戒体制をとるよう指示した。これを受けた警察署のうち、津波の来襲が予想される沿岸地域を管轄する釧路、厚岸、根室、中標津、池田、広尾の各警察署では、それぞれ現地警備本部を設置し、全署員を招集して警戒体制を固めた。例えば、震源地に最も近接している根室警察署では、関係機関等と緊密な連絡をとる一方、津波の被害が予想される納沙布(のさっぷ)、歯舞(はぼまい)、花咲、落石、厚床(あつとこ)の各駐在所へ署員を応援出動させ、パトカー等で沿岸の住民に対する広報活動を徹底するとともに、浸水のおそれの強かった花咲港付近一帯の住民に対して早期に避難誘導活動を実施した。
 「地震巣」ともいわれる北海道東部沿岸一帯で発生した大地震は、慶長16年(西暦1611年)に同地域を襲った地震の被害以降21回が記録されており、そのうち17回に津波の被害が出ている。根室警察署では、この貴重な教訓を生かして、市役所、気象台等関係機関と平素から緊密な連絡を保つとともに、科学的調査に基づく地震や津波関係の基礎資料を整備し、更に災害救助活動に関する教養訓練を随時反復して有時に備えていたものである。
(3) その他の自然災害
 昭和48年中の落雷による被害の発生状況は、表9-2のとおり、最近5年間で最も多い件数を示しているが、死傷者は横ばいの状況である。

表9-2 落雷による被害発生状況(昭和44~48年)

 特異な事例としては、ゴルフ場でプレイ中のゴルファーやキャディが落雷の直撃を受けて死傷した事故が目立ち、死者4人、負傷者5人を出している。
 以上のほか、地すべり、がけ崩れ等の災害発生に際して、警察は、その被害を最少限に食い止めるため、積極的な活動を実施した。新年早々、富山県氷見市で発生した地すべりは、このような被害防止の努力が功を奏した事例といえる。1月1日、同市長坂で突然地すべりが発生したが、氷見警察署では、地すべりが更に続くものと判断し、危険と認められる民家3世帯に対する市長の避難命令を要請して居住者を他へ避難させるとともに、住民の協力を得て民家を解体移転したところ、その後の、1月6日、3メートルに及び地盤が陥没した。人的・物的な被害を未然に防止した警察の判断と積極的な行動は高く評価され、感謝されている。

2 山岳遭難と水難の救護

(1) 事故発生の概況
 昭和48年中に発生した山岳遭難は、表9-3のとおり、発生655件、死者・行方不明者199人、負傷者374人で、前年に比べ発生55件(9.2%)増加、死

表9-3 山岳遭難発生状況(昭和44~48年)

者・行方不明者66人(25.0%)減少、負傷者25人(7.2%)増加となっている。
 また、昭和48年中に発生した水難は、表9-4のとおり、発生3,905件、死者・行方不明者3,024人、負傷者565人で、前年に比べ、発生597件(13.3%)減少、死者・行方不明者575人(16.0%)減少、負傷者56人(9.0%)減少となっている。

表9-4 水難発生状況(昭和44~48年)

 山岳遭難・水難とも、重大事故の発生が減少した結果、死者・行方不明者数が大幅に減少したものである。
(2) 事故防止対策
 山岳遭難や水難は、山岳や海浜・湖沼等における気象の急変など不可抗力的な要因もあるが、多くは予想可能な自然現象に対しての準備不足や軽率な行動が主要な原因であって、人為的に防止できたはずの事故が相当数認められる。
 そのため、過去において遭難事故が発生した山岳や海水浴場等を管轄区域内に持っている警察では、地元の関係機関・団体等と緊密な連携を保ち、事 故の未然防止と事故発生時の救護について、平素から真剣な取り組みを行うとともに、警察独自の救護体制の確立と救護活動の訓練に努めている。
ア 山岳遭難事故防止
(ア) 全国遭難対策協議会の活動
 昭和37年1月、文部省を窓口として、警察庁、気象庁や厚生省等山岳遭難救護に関係をもつ省庁や登山関係団体等によって、全国遭難対策協議会が結成され、その下部機構として関係府県に支部が結成されるなど、順次、体制の整備が行われている。
 同協議会では、毎年、全国会議や各種の講習会等を開催したり、安全な登山のために必要な知識技術の普及を図るために印刷物を発行するなど、山岳遭難の未然防止と救助活動の徹底強化に努めている。
(イ) 「登山条例」の運用
 例年、無謀な登山による遭難事故が跡を断たないところから、昭和41年に富山県登山届出条例、昭和42年に群馬県谷川岳遭難防止条例が制定施行され、一定期間に「危険区域」へ登山する者は、登山届・登山計画書等をあらかじめ提出して、知事や登山指導員から安全な登山のための指導・警告等を受けることになっている。
 両条例の運用状況をみると、届出の励行と不備な登山計画の変更を指導することによって事故防止に努めており、罰則適用事例は少ないが、谷川岳については、昭和42年以降、23件、61人を検挙している。このうち昭和48年は4件、8人であった。
(ウ) 事故防止のための警察措置
 警察庁では、春・夏・冬の各登山シーズン前に、中央の関係機関・団体等から入手した山岳情報について分析・検討を加え、逐一、関係府県警察へ通報して山岳遭難事故の防止と救護活動の徹底を期している。これを受けて、山岳地帯を管轄する警察では、それぞれ地域の実情に応じた各種の対策を講じ、遭難事故防止の万全を図っている。
 例えば、富山県警察では、遭難事故の多発している立山と剣岳に、登山期 間中、それぞれ警備派出所を設けて山岳警備隊を常駐させ、登山者に対する安全登山の指導と救助活動に当たっている。この結果、日本の三大岩場の一つに数えられている剣岳における冬山の遭難は、昭和45年以降、無事故を記録している。この記録の陰には、春・夏・冬とほとんど1年間を厳しい気象条件下の警備派出所に起居している山岳警備隊員の労苦がある。中には10数年に及ぶ山岳勤務によって、救助出動1,000件を数え、「山の署長さん」とか「仙人」とかの愛称で登山者や地元の人々から親しまれ、尊敬されている者もある。
イ 水難事故防止
(ア) 「水上安全条例」の運用
 レジャーの大型化に伴って、近年、海水浴場等で疾走するモーターポートの数が増え、運転を誤って転職したり、遊泳者や他のボートに接触するなどの事故も増加しており、昭和48年中には、発生35件、死傷者47人に及んでいる。
 従来モーターボートに対する規制は、船舶職員法、船舶安全法等により船舶の操縦資格や船舶の安全性等の面から加えられていたが、遊泳者等の第三者に対する事故防止の面の配意は必ずしも十分でなかった。
 既に中禅寺湖を管轄している栃木県及び琵琶湖を管轄している滋賀県では、それぞれ、中禅寺湖水上安全条例及び滋賀県琵琶湖等水上交通安全条例を制定して、水上における交通の安全と事故防止を図っていたが、その後の警察庁の指導により、昭和48年には、茨城県水上安全条例(5月1日施行)と山梨県富士五湖水上安全条例(6月1日施行)が制定され、その活用が図られている。例えば、山梨県の場合、7月1日から9月15日までの間、山中湖・河口湖・本栖湖等に保安区域11箇所と航行禁止区域2箇所を指定し、警察も所轄警察署や機動隊の陸上及び湖上パトロールを行って事故防止に努めた結果、保安区域・航行禁止区域内での遊泳者の被害事故はなかった。
〔事例〕 8月12日午前11時30分ごろ、河口湖岸から約100メートルの沖合いで、条例で定められている直進航法を行わなかったモーターボートが他の モーターボートと衝突し、同乗者2人が負傷した。警察では直進航法を行わなかった操縦士を条例違反等で検挙した。
 なお、水上安全条例を制定していない府県の中にも、いわゆる迷惑行為防止条例や海水浴条例の中に、事故に直結するようなモーターボートの無謀操縦等悪質な行為の規制を盛り込んで、効果的な取締りを行っているところがある。
(イ) 事故防止のための警察措置
 水難事故は、例年、6月から8月にかけての海水浴シーズンに多発しており、この時期における「水の犠牲者」は、表9-5のとおり、年間の過半数を占めている。

表9-5 夏期における「水の犠牲者」発生状況(昭和44~48年)

 警察では、夏期の3箇月間を水難事故防止期間とし、関係機関との緊密な連携のもとに各種の施策を講じているが、昭和48年夏期の「水の犠牲者」は11,592人で、前年同期に比べ471人(22.9%)減少しており、施策の効果が認められる。
 例えば、前年夏期に全国最高の112人の「水の犠牲者」を出した千葉県では、警察を主力とする県ぐるみの事故防止活動を展開した。海水浴場等安全指導要綱を制定して海水浴場の管理者や利用者を指導するのに必要な事項を定めるとともに、警察と関係機関合同による夏期観光安全対策本部を設置して海水浴場等における監視体制の強化、水難事故防止施設の整備・充実等に努め、警察も地元警察署や機動隊その他警察本部関係各課から警察官を動員 して海浜パトロール・海上パトロールを実施した結果、昭和48年夏期には前年同期の半数を下回る48人(42.9%)の犠牲者にとどめることができた。
 このほか主要な海水浴場が管内にある神奈川、静岡、愛知をはじめ各県でも、海浜のパトロールに加え、警備艇による海上パトロール、ヘリコプターによる空からの事故防止の呼びかけを行って成果をあげている。
(3) 救助活動
 山岳遭難や水難の救助活動は、平たんな地上における負傷者の救護と異なり、地理的・地形的悪条件に気象上の悪条件が加わることが多く、救助に向かった者までが犠牲になる二重遭難の危険を常に伴っている。このような特殊な活動に従事する者は、その山岳や水域の状況をよく理解するとともに、高度な技術、不屈の精神力が必要とされる。
ア 山岳遭難救助活動
 山岳における救助活動は、一般の登山者に必要とされる以上の登山技術・知識・体力に加えて高度な救助技術と豊富な経験が要求される。我が国の山岳遭難救助活動は、世界のトップレベルにあるといわれるが、山岳地帯を管轄する警察では、救助技術の一層のレベルアップを図って、平素から遭難者

の運搬方法、人工呼吸及び骨折に対する応急手当等に習熟するための訓練を重ねている。
 また、救助に要する時間を短縮するための施策も積極的に講じられている。
 例えば、山岳遭難が多発する岐阜県警察では、遭難者を生存中に救出するため、穂高岳山中の山荘を借り上げ、穂高連峰の前進拠点を設定し、山岳警備隊員を常駐させた。従来、同山域では地形や気象の悪条件等のために遭難事故の発生を知ってから救出まで2~3日を要していたが、この前進拠点を設定したことにより、所要時間を1日短縮することができた。ちなみに、昭和48年中の同山域における夏山の死者は、前年同期4人であったものが、1人にとどまった。
イ 水難救助活動
 水難救助に当たっては、遭難者の早期発見と適切な救助活動の実施が不可欠なので、警察では、救助用資器材の整備・充実を図るとともに、警察官個々に対して、救助のための水泳・人工呼吸等の訓練を実施して、高度な救助技術の習熟に努めている。
 海水浴シーズンには、主要な海水浴場に臨時警察官派出所を開設するなど

警察官を常駐させて監視を強化する一方、いつでも水に飛び込めるよう海水着での水辺パトロール、一刻も早く救助に急行できるよう警備艇による水上パトロール等を実施している。
 昭和48年夏期に警察の救助活動によって救助した水難者は、民間人の協力を得たものを含め、954人にのぼっている。
〔事例1〕 7月3日午後3時ごろ、琵琶湖沖合いに突風が吹き、ヨット3隻が転覆して乗員9人が湖中に投げ出された。湖畔で警戒監視に当たっていた警察官がこれを発見し、直ちに無線電話で警備艇に急報、これを受けた警備艇が現場に急行して全員を無事救助した。
〔事例2〕 8月15日午後3時30分ごろ、千葉県御宿海岸で遊泳中の青年2人が潮流に巻き込まれたのを海浜パトロール中の機動隊員が発見し、携帯無線機で警備艇に連絡、警備艇が現場に急行して救助に成功した。

3 各種事故と警察活動

(1) 雑踏事故
 最近5年間の雑踏事故は、表9-6のとおりである。

表9-6 雑踏事故発生状況(昭和44~48年)

 昭和48年は、レジャー・ブームを反映してか、各種の行事や催し物に多数の人々が集まった。
 正月三が日における初詣客は、全国の著名な神社・仏閣における人出だけでも、前年に引き続き、5,000万人を超えた。また、競輪、競馬等の公営競技における人出も、前年を12.5%上回る1億5,500万人にのぼった。
 このような状況から、雑踏による事故も増え、公営競技場における紛争事案を含めて、30件が発生し、負傷者146人を出している。これは前年に比べ、発生件数で7件(30.4%)の増加、負傷者数で83人(132.0%)の増加となっている。
 その形態をみると、図9-1のとおり、歌謡ショーなどの催し物に殺到した群集が将棋倒しになったような群集の圧力による事故や公営競技の八百長騒ぎが多く、中でも歌謡ショーに伴う事故が前年の1件から8件に増加したのが注目される。

図9-1 雑踏事故の形態(昭和48年)

〔事例1〕 1月22日、名古屋市の名古屋放送本社で、テレビ番組の入場券を交付しようとしたところ、一部の者が先を争ったため、列が乱れ、転倒者が続出して、8人が負傷した。
〔事例2〕 5月18日夕刻、千葉市の文化会館で開催された「スター物まね歌合戦」の公開録画で、入場していた満員の観客がステージに近づこうとして押し合ったため、将棋倒しとなり、11人が負傷した。
 これらの事故は、一部の人々の身勝手な割り込みや主催者側の無計画な入場券の乱発等が原因となっている。
 警察は、多くの人出が予想される行事や催し物に際しては、その都度、慎 重な実地調査を行ったうえ、主催者側に対して必要な事故防止措置を講ずるよう要請するとともに、綿密な計画の下に警備部隊を編成し、雑踏事故の防止に努めている。
 昭和48年中に雑踏警備のために出動した警察官は延べ85万6,500人にのぼっている。
(2) 火災
 昭和48年中に発生した火災は、表9-7のとおり、発生2万6,768件、死者・行方不明者1,198人を出しており、前年に比べ、発生件数で4,374件(19.5%)の増加、死者・行方不明者数で131人(12.3%)の増加となっている。

表9-7 火災発生状況(昭和44~48年)

 中でも注目されるのは、11月29日、熊本市の大洋デパートの火災で、死者103人、負傷者124人を数える大惨事となった。この火災では、大洋デパート側の防災管理の不備が指摘されたが、一般にデパートでは無窓化が進み、火災時には有毒ガスを多量に発生させる可燃性物質が過密状態で置かれ、エスカレーター、エレベーターや階段等、縦の開口部が煙の伝わりを早め、避難行動を著しく困難にするなどの多くの問題点がみられる。
 デパートに限らず、大規模なビル火災から人命を守るためには、初期消火及び救助活動をいかに迅速に行うかが重要であるので、当面、出火の際の情報伝達の迅速化を図ることが急務である。警察では、大規模な火災が発生した場合は、地元の警察署はもとより機動隊や県内・県外からの部隊応援を行うなど、警察力を現場一帯に速やかに集中させて、1人でも多くの人を救助

するとともに、混乱した現場の整理等の諸活動を推進することとしており、また、そのための装備の充実と訓練の積み重ねに努めている。
 11月29日の大洋デパート出火の際、熊本県警察は、直ちに県警察本部に「大洋デパート火災事件対策本部」を設置し、所轄の熊本北警察署に現地対策本部を置いて、熊本県機動隊、九州管区機動隊、福岡県機動隊レインジャー部隊を含む約750人の警察官を急きょ投入するとともに、パトカー、白バイ、輸送車等の警察車両60台を現地一帯に集中させた。これにより、周辺の、主要道路5箇所において交通規制を行うなど交通整理と群集整理に当たり、救護活動・消火活動等の円滑化を図る一方、機動隊を主軸とした部隊でデパート屋上に避難孤立している買物客等を縄ばしごなどを用いて救助したほか、パトカー等で負傷者等の病院収容・搬送に全力を傾注した。
(3) 航空機・列車・カーフェリ-等の事故
 最近5年間の航空機の墜落等の事故は、表9-8のとおりである。

表9-8 航空機事故発生状況(昭和44~48年)

 昭和48年中に発生した航空機による事故は、発生31件、死傷者49人で、前年に比べ、死傷者28人(36.4%)減少となっているが、大規模な墜落事故はなかったものの、セスナ機が立木に触れて墜落した事故、農薬散布のヘリコプター同士が空中衝突を起こして墜落した事故、手製ヘリコプターが失速墜落した事故等、小型航空機の事故が目立っている。
〔事例〕 7月20日、東京都最大の団地といわれる板橋区の高島平団地わきの空き地に小型航空機が墜落し、乗員2人が重傷を負ったが、万一団地内に墜落していたら大惨事を引き起こしていたところであった。
 次に、列車事故をみると、最近5年間に、表9-9のとおりの推移を示し

表9-9 列車事故発生状況(昭和44~48年)

ている。
 昭和48年中に発生した列車事故は、発生131件、死傷者355人で、前年に比べ、負傷者が622人(69.7%)と大幅に減少したほかは、発生件数、死者数とも増加している。
 主な事故の例としては、12月26日朝、国鉄関西線平野駅構内で発生した電車の脱線転覆事故があり、死者3人、重軽傷者15。人に及ぶ人的被害が出ている。また、8月27日、東海道線の新子安・鶴見間における貨物列車の脱線転覆事故では、幸い、死傷者は出なかったものの、東海道線をはじめ首都圏の交通に混乱を生じたので、警察では不測の事態に備えて国鉄主要駅に対する警戒体制を強化するとともに、国鉄当局と緊密な連絡をとり、輸送秩序の回復に協力した。
 カーフェリー等船舶の事故は、最近5年間に、表9-10のとおりの推移を示している。

表9-10 船舶事故発生状況(昭和44~48年)

 昭和48年中に発生した船舶事故は、発生288件、死傷者203人を数えており、前年に比べ、発生件数で156件(118.2%)の増加、死傷者数で48人(31.0%)の増加をみている。
 特異な事例としては、5月18日、播磨灘において発生したカーフェリー「せとうち」(950トン、乗組員23人、乗客35人、積載車両19台)の沈没があり、同船は火災を起こしてから小爆発を繰り返しながら出火後約2時間半で沈没したもので、近年目覚ましい進展を続けるフェリーボート輸送の実態にかんがみ、この種の事故の恐ろしさと安全対策の重要性を痛感させられた。
(4) 爆発事故
 最近5年間の爆発事故は、表9-11のとおりである。

表9-11 爆発事故発生状況(昭和44~48年)

 昭和48年中に発生した爆発事故は、前年に比べ、発生件数について増加が認められるものの、人的被害はおおむね横ばいといえる。
 特に注目された事故は、下半期に集中的に発生した石油コンビナートにおける爆発事故で、このうち、出光石油化学徳山工場(7月)、チッソ石油化学五井工場(10月)、日石化学浮島工場(10月)、信越化学直江津工場(10月)及び旭電化鹿島工業所(12月)の各工場における爆発事故では、従業員や部外者に人的被害が発生し、合計死者11人、負傷者30人を数えている。
 このほか注目された爆発事故としては、東亜ペイント大阪工場での反応ガマの爆発(1月)、国鉄山陰本線江津駅構内における停車中の貨物列車の塩酸タンク車の爆発(7月)等の事故があり、多数の重軽傷者を出している。
 また、全国各地でプロパンガスの爆発事故が発生していることも、最近の特徴といえる。
(5) その他の事故
 以上の災害事故以外にも、例えば、子供が足をエスカレーターにはさまれて切断した事故、パラセールのひき綱が近くにいた幼稚園児を引き倒して負傷させた事故、ガス風呂の不発全燃焼による一酸化炭素中毒死事故等、様々な態様の事故がある。
 昭和48年中に発生したこの種の事故は表9-12のとおり、発生件数・死傷者数とも、前年に比べ、相当の増加傾向にあるといえる。
 警察は、事故発生の際に応急の救護活動に当たるとともに、事案の真相を究明して刑事責任の追及を行い、また、同種の事故の再発防止に必要な行政措置等の実施について関係機関に要請している。

表9-12 その他の事故による被害発生状況(昭和44~48年)

 警察の救護活動が功を奏した事例として、11月26日、沖縄県で発生した陥没事故が挙げられる。那覇市内の琉球海運ビル工事現場で陥没事故が発生し、国道58号線が長さ70メートル、幅25メートル、最深部25メートルにわたり崩れ落ち、国道沿いの家屋5棟が倒壊した。警察は、工事現場から「地割れを生じた」との通報を受けて、直ちに所轄那覇警察署と警察本部から警察官を現場に急行させ、国道及びこれに通じる道路の交通規制を行うとともに、周辺の建物の居住者に避難するよう呼びかけた。この広報活動によって、28世帯、183人と工事現場に隣接するホテルの宿泊客等103人が避難したが、その直後から陥没が急激に進み、もし避難が遅れたら大惨事になるところであった。沖縄県警察では、那覇警察署員のほか、機動隊、隣接各警察署からの応援部隊等約700人を出動させ、広範囲にわたる交通整理と8,000人に及ぶ群集の整理を行う一方、電気・ガス・水道等の工事関係者に現場への緊急出動を求め、陥没事故に伴う二次災害の防止に努めて、被害を最少限度に食い止めることに成功した。


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