スペシャル・トーク
レポート


「東京裁判三部作」新国立スペシャル・トーク
─ 井上ひさしの現場 ─


第二回
2010年5月12日(水)小劇場
出席者:熊倉一雄
聞き手:大笹吉雄

「陰の声」だった声優の先駆けとして

大笹●熊倉さんといえば、今でいう声優のはしりのような方でいらして、『ひょうたん島』ももちろん声優としてのお仕事でしたし、そういう意味では声優のお仕事のほとんど始めのような方ですよね。
熊倉●まぁ、そんなもんで。
大笹●声優というのはどういうものでしたか、その当時は。
熊倉●いやぁ、あのころは声優なんて、NHKの偉い人しか、巌金四郎さんとか、皆さんご存じないかもしれませんが、声優というのは声だけで仕事している方で、われわれの場合は芝居をやっている片手間にラジオなんかやっていましたが、まずテレビが始まったばかりのころはあんまり放送時間も長くなくて、プロレスの中継があったり、1日に5時間も放送してたらいいほうだったと思います。そのうち、どんどんスポンサーがコマーシャルをくれるようになって、放送時間が長くなって、だいたいはじめのころはそんなにスタジオがなかったものですから、ドラマもいっぱいつくるなんていうことも考えていなかったんでしょうね。それでアメリカのテレビ映画を買ってそれで時間を埋めようということで、アテレコ、声の吹き替えという仕事が始まったんですが、ちょうど僕はTBSで『歌う青春列車』というお昼の歌入りドラマをやってましたら、そのディレクターが外国のテレビ映画のほうへ移って、どうやったらいいのかわからないので、教えてよみたいにして始まったんですが、初めはとにかく翻訳なさる方は耳で聞いて翻訳するんじゃなくて、台本をご覧になって翻訳なさっていた。横(英文字)のものを縦(日本語)にしますとどうしても時間的に長くなるんですよ。翻訳劇が長くなるのはそのせいかと思うんですけど。ところが、画面にあわせてしゃべってみると、私の役の人がもう口を閉じていたりして、ほかの人がしゃべってるのにまだ私のほうが終わらないというような長い台詞が出てくるものですから、始めのころはそれをいかにカットして意味がちゃんと通ってそれぞれがドラマとして進行していくように、馬鹿な苦労をしました。30分ドラマをちゃんと格好がつくまでにはぶっ続けに画面を見て、6時間ぐrたいはかかりましたかね。それをやらせてくれたのが、ほとんどがテアトル・エコーのメンバーで、主役やいい敵役はよそから入ってきて、でもチームワークがすぐにとれるものですから、そんなことで始まりました。私どもはなんというか、陰の声、存在を認めていただけなかったんですが、名前はどこにも出ないで、始めて1年後ぐらいたったころに、「このごろの外人は日本語がうまくなったね」と、言われたことがあったようです。(笑)今みたいに声優といって、みんながちやほやするのはとても考えられなかったです。
大笹●そうですね、今はとても人気がある仕事ですけど。熊倉さんは一方で独特の歌を、みなさんもよくご存知だと思いますけれど、そういう意味では井上さんの芝居にもよくあったと思いますが。熊倉さん、歌がとてもお上手でいらっしゃるし。独特の声で。
熊倉●いやいや。コーラスをやってましたし、アマチュア劇団で笛も吹いておりましたので、楽譜をすぐ読めるなというんで、いろいろ使っていただきました。今でも、あれはそうかと言われるのは、『ゲゲゲの鬼太郎』で、あれの主題歌、あとでいろんな方がお歌いになりましたが、元祖は私熊倉一雄でございます。(拍手)
大笹●そういう意味では声のお仕事をたくさんやっていらっしゃる方ですけれど、本当にこういう形で井上さんを追悼するようなことになるとは思ってもいませんでして、この第1回に小沢昭一さんをお迎えして4月の10日にやったんですけれど、9日にお亡くなりになったのを誰も知りませんでした。あとから前日に亡くなったということを知って愕然としたわけですけれど。きょうのように熊倉さんをこうしてお迎えしても追悼とは思われませんものね。亡くなったとお聞きになったとき、びっくりされたでしょ。
熊倉●もうがっかりしましたよ。75で亡くなった、一緒にやっていた私は83になったのに。もうなんというか、早すぎますよ。でもね、最近、だいぶ前の作品ですけど、『青葉繁れる』が文庫本になるのに際して、あとがきを書いてまして、それは「たばこの益について」。いろんなことがあるんですけど、結局「益について」では、終戦直後ぐらいにみんなでたばこを吸って新しい日本をつくりましょうという、そういうポスターがあったんだそうです。井上くんは、そうだと思い、そのうち大人になったらたばこを吸いましょうと、そこから始めたんだそうです。数えてみたら78万本吸っていた、いろいろ数えてみたら700万円、これ税金分ですよ、国に貢献しておるんだと書いてありましたけれど、たばこは、井上くんというと、僕にとってはフレッシュな永遠の青年みたいな人なんですけれども、たばこは吸わないほうがよかったんじゃないかなと思いますけど。僕は数年前にやめてしまいましたんで、なんとなく平気で今いますけれど。彼というと、たばこと本、それがいつも頭に残っているんですよね。本当に彼の調べ方というのは実に綿密で、『表裏源内蛙合戦』というのでも、源内のことをすごくとにかく調べて、えっーというくらいのネタをちゃんと並べて、そのなから拾ってくる、性分でしょうね。死ぬ直前もなんか沖縄について10本は書けるぞと言って、まだ死ぬ本当に直前までいろんな本を積んで読んでいたそうですから、彼の家、新宿のころかな、行ったんですがとにかくすごい蔵書なんですよ。本棚に入りきらないで、いろんなところに積んであって、どこか積んであるところに1冊本を積んだら床が抜けたという、そのくらい本を読む人でした。なんだか、急に湿っぽくなっちゃって。
大笹●いや、本当に、こんなに早くわれわれの前から姿を消すとは思ってもいませんでした。あらためてご冥福をお祈りしたいと思います。きょうは舞台でアクシデントもありまして、上演時間ものびました。熊倉さんもお疲れだと思いますし、お客様にもご迷惑をおかけするかと思いますので、このへんで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
熊倉●どうもありがとうございました。(拍手)