私鉄の呼称 関西なぜ「○○電車」(とことんサーチ)
国鉄の電化遅れ、SLとの区別が定着
奈良県出身の筆者は上司に言われて初めて気づいたが、私鉄の呼び方は関西と関東で異なるようだ。つまり、関西は「○○電車」との呼び名が定着しているが、関東では「○○線」と表現するという。たしかに正式名称は「阪急電鉄」でも小説や映画のタイトルになった「阪急電車」はしっくりくる。一方、首都圏では「京王線」や「小田急線」という呼び方が一般的だ。どのような経緯があるのだろうか。
そもそも関西では本当に「○○電車」の表現を使うのだろうか。京都市バスの車内アナウンスを注意深く聞いてみると「次は、四条烏丸。阪急電車をご利用の方はお乗り換えください」と、確かに「○○電車」と言っている。京都市交通局に問い合わせると「阪急と京阪、京福は『電車』、近鉄は『線』と表現している」という。
関東の私鉄では「駅の表示やアナウンスに『○○電車』は使っていない」(京王電鉄)。全国の鉄道事業者でつくる日本民営鉄道協会(東京・千代田)の広報担当者も「個人の感覚だが関東で『電車』は見たことがない」という。「○○電車」の呼び名は関東ではほとんどないようだ。
京阪本線出町柳駅の入り口に「京阪電車」の文字を見つけ、京阪電気鉄道にも問い合わせた。京阪は2008年に刷新したブランドマークに「京阪電車」と記している。広報担当者は「明快な理由はわからない」としながらも「京阪は愛称として『電車』を大切にしている」と説明してくれた。
関西の多くの鉄道事業者がわかりやすさや親しみやすさを理由に「電車」の呼称を使っているが、その経緯を明快に説明できる会社はなかった。素朴過ぎるのか、なかなか核心に迫れない。研究熱心な鉄道ファンなら答えを知っているのではないかと考え、鉄道模型販売店のエルマートレイン(大阪府吹田市)に立ち寄った。
レジ前の店員に事情を説明していると、背後から「私鉄の発達の仕方が関東と関西で違うのは有名な話」と語り出したのは、アルバイトの山辺誠さんだ。残念ながら呼称については「はっきりはわからない」そうだが、「この人なら知っているのでは」と一人の「鉄道オタク」を紹介してくれた。日本経済新聞社OBでもある明治学院大学の原武史教授だ。「『民都』大阪対『帝都』東京 思想としての関西私鉄」といったオタクが喜ぶ本を書いているのだから、詳しいに違いない。
原教授への取材によると、かつて国鉄の蒸気機関車(SL)に対して電気鉄道を「電車」と呼ぶことは関東・関西問わずあった。ただ首都圏の国鉄は1906年の私鉄買収から電化が進み「湘南電車」など一部を除き定着しなかった。一方で関西は国鉄の電化が関東よりも約30年遅く、私鉄の電車を示す「○○電車」が定着するのに十分だったようだ。
ただ90年代に入って、関西の私鉄でも「電車」の呼称を改める動きもでてきた。阪急電鉄は93年になって、車内アナウンスも含む社内での呼び方を「阪急電鉄」に統一したという。同社は10年開業の箕面有馬電気軌道の時は「箕面電車」などの表現を使い、社名を現在の阪急電鉄に変えた73年以降も「阪急電車」と表現していた。原教授は「首都圏では東京急行電鉄、東京急行、東急と3通りの表現があり混乱する例がある。阪急も関西圏以外の人が見ると電車と電鉄が別物と勘違いを招く。呼称を統一する動きだろう」と分析する。
関西の人たちにとっては、ポスターなどが「阪急電鉄」に統一されても、やはり「阪急電車」の方がしっくりくる。地下鉄御堂筋線などの駅の案内表示でも「阪急電車」が目に付く。阪急電鉄は「わかりやすい告知が本意」(広報担当者)で、社外での呼び方を「電鉄」に統一するよう強く求めるつもりはないという。
改めてみてみると、関西の私鉄に社名として「電車」を掲げる会社は一つもない。それでもわかりやすく親しみやすい呼称を大切にするのは、関西人らしいサービス精神の表れだろうか。
(大阪経済部 岩井淳哉)
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