大相撲の土俵でアクシデントが起きた場合、日本相撲協会はどう対処すればいいのか。三段目力士、響龍の天野光稀(あまの・みつき)さんが28日に亡くなった。春場所13日目の3月26日、取組中にすくい投げを食らい、土俵に頭を打ち付けた。倒れたまま動けなくなり、担架で運ばれるまで約6分を要した。この時、何があったのか、取材をもとに振り返ってみる。

響龍さんがうつぶせに倒れた1分後、呼び出し3人によってあおむけにされた。響龍さんには意識があり、周囲からの問いかけに応じることができた。「首から下の感覚がない。(うつぶせで)息ができない」という本人の訴えがあり、体の向きを変えられた。この行為の是非を問う声もあるが、現場ではこのような事情があった。

審判長はイヤホンマイクを通じて、審判部室の横にあるビデオ室と交信。審判部はすぐに相撲診療所に電話し、医師を土俵に呼んだ。この時、審判部室にいたある親方は、こう語る。「審判部はすぐに連絡をしていた。でも、診療所と土俵は階も違うし、医師が到着するまで時間がかかった。もっとスムーズにできるよう、こういう時はどうするか練習しておくべきだったかもしれない。最善は尽くしましたが、先生が駆けつけるまで時間がかかったのは事実です」。

なぜ、土俵の近くに医師が常駐していないのか。これまで、その必要がなかったからだ。今回のように、土俵での事故が死につながるケースは記憶にない。もちろん、人命に勝るものはなく、万が一に備えた医師の常駐は力士のことを思えば最善策といえる。

ただし、運用面について、こんな指摘をする親方もいる。

「もちろん命は大事ですが、こういうケースは何十年に1度あるかないか。本場所は朝8時半から午後6時まで、15日間ある。仮に1時間交代で見守るとすれば、何人必要になるのか。ボクシングみたいに、数試合見ればいいというものではない。1年間、1度も出番がないケースもあるでしょう。これをどう考えるか。こうしなくても、やり方次第では、診療所からもっと早く先生が駆けつけることもできるはずなんです」

繰り返すが、人命に勝るものはない。この親方もそれを承知の上で、現実的な運用を探っている。医師の診断は早いほどいいが、今回の件は到着の遅れがどの程度、健康面に影響があったのか、専門家による検証があってもいい。また、響龍さんは頭を打って頸椎を痛めたとみられるが、死因は「急性呼吸不全」。当社の取材では、入院生活により肺血栓を患っていたという。取組がきっかけになった訃報だが、頭や首を痛めたことがどう影響したのか、こちらも医師らの知見を参考にするべきだろう。

春場所千秋楽の3日後となる3月31日、夏場所の番付編成会議が行われた。審判部によるこの会議で、「医師が土俵の近くにいるようにしましょう」という意見が出た。出席者によると、「(意見を)上に上げる」方向でまとまったという。ここから先は、協会役員らによる理事会での判断に委ねられる。

日本相撲協会は28日付で親方衆らに「土俵上の緊急対応講習会開催のお知らせ」と題したメールを送った。5月7日に国技館で、春日野警備本部長(元関脇栃乃和歌)を筆頭に、警備担当の親方全員、若者頭全員、呼び出しの一部が集まり、緊急事態に備えた講習を受ける。

すでに日本相撲協会はAEDの設置を各部屋に義務づけ、定期的に講習も行っている。1月の初場所中、力士が脳振とうを起こした後、審判規定の一部を変更し、力士の健康に配慮している。今回の問題は、日ごろは大相撲のニュースに触れない人たちにも目に届きやすくなるため、あえて併記しておく。

今回の訃報は、協会内にも強いショックを与えた。ある親方は「勝つために、落ちる時は手をつかないで顔から落ちろと教えてきたけど、今はそうも言えなくなってきた」とまで言う。特に若い親方衆を中心に、何かを変えていかなくてはいけないとの思いは強い。

総合的に対策を考えると、いくつか思い浮かぶ。土俵近くの医師常駐は理想だが、まずは早急に相撲診療所の医師が早く駆けつけられる体制作りをする。親方衆らは常識的な緊急事態対応を学ぶ。頭部を固定でき、体重200キロにも耐えうる担架を常備する。今回の悲報を受け、特に対戦相手の力士や、境川部屋の力士への精神的ケアも求めたい。さらには、対策がまとまった時点での、力士や相撲ファンへの丁寧な広報を願いたい。

相撲ファンの多くは協会を批判したいのではなく、力士が全力を尽くせる土俵を見ながら、安心して大相撲を楽しみたいのだ。【佐々木一郎】