蛭子能収とは、宇宙の真理そのものなのである。真理とか言ったところでその正体について俺たちは何も知らないが、とてつもなく恐ろしいものである様な気がしてならない。 ──掟ポルシェ
 「蛭子能収は天才だ」と言うと、一般 の多くの人は「エ〜?いつもアホなことばかりしてるあの蛭子さんが〜??」と思われるかも知れない。確かにテレビタレントとしての蛭子さんしか知らない人がそう思うのは仕方がないが、80年代に『ガロ』や、自販機本『Jam』、あるいは『漫画ピラニア』といった官能劇画誌で初めて蛭子能収を知った人は、彼のシュールで暴力的で不条理なわけのわからない漫画を読んで、「この人はきっと天才かキチガイかのどちらか(あるいは両方)だ。」と思ったに違いない。  実際のところ蛭子能収はキチガイではなく、今や国民的に親しまれるイイおじさんとして活躍しているが、僕にしてみたらなぜか蛭子さんに騙されているような気がしてならない。テレビの中でタレント達にバカにされてヘラヘラ笑っている蛭子さんが、突然ナイフでそのアホタレント共を(顔はヘラヘラしたまま)メッタ刺しにするんじゃないかとどこかで想像してしまうのだ。  今や絶版でその多くが読めなくなってしまった蛭子漫画が復刻されるのを聞いた時、長年の蛭子ファンとしてはかなり喜んだのだが、なんとその復刻は、3期全21巻というとてつもない構想のものだった。この地獄のエレベーターのような復刻を手がけるのが、出版社マガジン・ファイブ代表の菅野邦明氏である。23年の長きにわたって蛭子漫画を担当する菅野氏に蛭子能収を語ってもらった。(TEXT:加藤梅造)

  菅野氏と蛭子氏との出会いは、1981年頃のこと。当時、菅野氏はEUオフィスという編集プロダクションを立ち上げ、超個性的なバイオレンス漫画家・平口広美の漫画を掲載した官能劇画誌『漫画カルメン』などの編集に携わっていた。その後、同じく官能劇画誌の『漫画ピラニア』を創刊する際、菅野氏が是非とも起用したかったのが『ガロ』で活躍していた蛭子能収だった。
「やっぱり蛭子さんの漫画は凄かったんです。僕が最初に読んだのは『Jam』(アリス出版発行の伝説の自販機本)に載っていた「地獄に堕ちた教師ども」だったんですけど、その狂った暴力性にかなり衝撃を受けました。」
 しかし、菅野氏は蛭子氏に仕事を依頼したい一方で、ためらいもあったようだ。 「最初、本人には会いたくなかったですね。やっぱりこの人キチガイじゃないかと思ってて。ちょうどその頃、あるパーティーに僕が平口さんと一緒に行ったんですが、蛭子さんが(ガロ編集長の)渡辺和博さんと一緒に来てたんです。そこで紹介された蛭子さんは、作品からは想像もつかない、礼儀正しく大人しい人でびっくりしました。」
 それをきっかけに、蛭子能収の漫画が『漫画ピラニア』に掲載され、平口広美の漫画と並ぶ看板漫画となった。また、この時の蛭子氏と平口氏の出会いもその後思わぬ ものに発展した。 「蛭子さんの家の近くにあった所沢の航空公園で、よく、蛭子チームと平口チームに分かれてソフトボール大会をやるようになったんです。そこに根本君や杉作やガロの人達も来てて、当時のマイナー漫画界のサロンみたいになってたんです。」
 根本敬や杉作J太郎の他にも、近藤ようこ、原律子、イワモトケンチ、友沢ミミヨといった人達が参加していたというから、今考えればすごいディープなソフトボール大会だ(笑) 「みんな本気でしたよ。根本君はピッチャーだったけど、すごく球が速かった。その公園にはベースがなかったんですけど、蛭子さんが「ベースは家にいっぱいあるから」って言って持ってきたのがどっかの出版社から送られてきた雑誌で、それをベース代わりにしてやってましたね。」  このような公私における交流を経て、菅野氏にとっての蛭子能収像はどのように変わったのだろうか? 「こんな正直な人はいないなあと。どこにいても変わらないんです。普段会ってる時も、ソフトボールやってる時も、テレビに出てる時も全然違いがない。」
 ただ、作品ではあれだけの狂気や暴力、不条理を表現する人である。蛭子さんのニコニコした笑顔の裏にふっとした恐怖を感じることはないのだろうか? 「それはないですね。怖いと言うよりは凄いって思うことが多い。以前、蛭子さんと根本君とで『私立探偵エビスヨシカズ』という本を作った時に、佐川一政さんとのインタビューを組んだんです。人を食ったような蛭子さんと、本当に人を喰った佐川君とで「人喰い対談」って言って(笑) それで、佐川君にパリ人肉食事件の時の話をしてもらって、僕も根本君も興味があるから、どんどんつっこんで聞いていったんです。お尻の肉はどんなふうに食ったのか?とか。その時に蛭子さんが一言、「佐川さん、好きな人を食べちゃいけないですよ」って。それがあまりにも素直な一言だったんで、みんなハッと我にかえったんですが、その時、佐川君が「小さい頃に蛭子さんみたいな人が友達だったら、僕はこんな事件起こさなかったかもしれない」って。蛭子さんは一般 的には異常な人かもしれないけど、異常な世界の中ではものすごく正常なんです。なんていうか、異常さのバロメーターみたいな。普通 の世界では変人とかアホとか言われてるけど、異常な世界にいる時には真価を発揮するんじゃないですか。だから、こういう狂気の世界の漫画を書けるっていうのは、よっぽど精神力が強いからなんでしょうね。異常なとんでもない世界を書いている時程、蛭子さんの精神がまともなんだろうなって感じがします。」 「これも『私立探偵エビスヨシカズ』を作ってる時の話ですが、探偵の蛭子さんが犯人の佐川君を逮捕する写 真を撮ろうってことになって、歌舞伎町で蛭子さんが佐川君を追いかけるっていうのをやったんです。その時、蛭子さんが「すごくいい場所があるから、そこで僕が佐川さんを逮捕する所を撮ろう」って言って、どこかと思ったらそれが佐川急便のトラックの前だった(笑) いや、それは面 白いけど載せられないからってことで、別の場所を探してたらちょうど近くに警察が集まっていて、そこで本当になんかの犯人が逮捕されてたんです。これはちょうどいいと思って、犯人が警官にねじ伏せられている所なんかを写 真に撮ったりしてたんですが、すでに蛭子さんは人気者だったからいつの間にか人がたくさん集まってきちゃって、最後は警察までが「蛭子さん、ご苦労様です!」って。結局、子供からお年寄りまで集まって蛭子さんのサイン会みたいになっちゃった。その隣に佐川君もいたんだけど(笑)」
 まるでインチキ私立探偵エビスヨシカズが本物の事件を呼んだかのような素敵なエピソードだが、菅野氏が「凄い」と表現する蛭子能収の不思議なオーラのようなものが、彼をなぜか目が離せない人気タレントにしたのだろう。しかし、タレントとして有名になり、テレビで蛭子氏の姿を観る機会が増えるにつれ、皮肉にも蛭子能収の漫画を読む機会は減っている。実際、「最近の蛭子漫画はつまらない」「本人はもうやる気がない」といった批判の声も聞こえてくる。蛭子氏はもう漫画を描かないんだろうか? 「本人は描きたいんじゃないですか。やっぱり自分は漫画家だっていう意識は強いと思いますよ。」  そして、菅野氏は今回の大胆な「蛭子能収コレクション」を刊行した理由を次のように話してくれた。 「一つには、蛭子さんがタレントになって、“漫画家”蛭子能収というものが忘れられてるんじゃないかってことと、あとは、以前に出てた単行本が絶版になり読む機会そのものがなくなっていること。三つめの理由として今、蛭子さんの原稿が全部うちにあるんです。何年か前に蛭子さんの家から全部持ってきて、いつか出そうと思ってましたから。僕は蛭子さんの漫画をけっこうかっていて、いわゆる“ガロ系”でいえば、つげ義春、鈴木翁二と並ぶ漫画家だと思っているんです。内容的にはつげ義春に負けてないんですけど、蛭子さんはものすごく量 産してるんでそのぶん薄まってる感じがしますが(笑) とにかく描くのが早いですから。だからやっぱり天才なんでしょうね」


■リリース情報

【蛭子能収コレクション】

動物編 「豚男ジャパニーズ」
定価■1,470円(本体1,400円+税)
発行■マガジン・ファイブ

【蛭子能収コレクション】

SF&ミステリー編 「美しき死体」
定価■1,470円(本体1,400円+税)
発行■マガジン・ファイブ

【蛭子能収コレクション】(好評発売中!)

地獄編「地獄を見た男」、ギャンブル編「パチンコ屋はインテリを嫌う」、グルメ編「雪と女とラーメンと」、病気編「鼻は詰まった」、映画編「ダウンバイローでこんにちは」


イベント情報

8月29日(日) at LOFT/PLUS ONE
「蛭子能収コレクション」第一期完結記念 「新世紀エビスヨシカズ補完計画」 〜Hell/不条理を、君に〜

【出演】蛭子能収(漫画家)
【総合司会】コハ・ラ・スマート
【Guest】根本敬、平口広美、杉作J太郎、手塚能理子(『アックス』編集長)、菅野邦明(マガジン・ファイブ)
【特別Guest】末井昭 料金¥800(飲食別)
OPEN/18:00 START/19:00