1.研究の背景と目的
ハワイ島コナ地区で生産される
コナコーヒー
は,ブルーマウンテンと並び高品質・高価格のコーヒーとして消費地で認識されてきたが,1970年代には生産者不足により衰退の危機に直面した.その後,世界的なスペシャリティコーヒーブームが起きると,コーヒー農園経営に魅力を感じた新規参入者がアメリカ本土等から移住しコーヒー生産を始めたことで,
コナコーヒー
産地は回復した.
しかし,2020年以降,COVID-19の拡大と葉さび病の蔓延により新規参入者を取り巻く環境が大きく変化したことから,
コナコーヒー
産地は転換期を迎えている.そこで本研究では,転換期における新規参入者の農業経営とその変化を明らかにすることを目的とする.そのうえで,各種データと関連づけながら,転換期における
コナコーヒー
産地の課題について考察する.
2.
コナコーヒー
の概要
コナコーヒー
は,一般的に原料であるコーヒーチェリー(以下,チェリー)をコナ地区で収穫・精製し,一定の等級基準を満たした豆のことを指す(
コナコーヒー
の定義については,植村(2022)を参照されたい).2023年調査時点で,新規参入者が経営するコーヒー農園は約180存在し,そのうち約40がチェリー生産,精製,焙煎,販売まで携わるコーヒー関連企業等,約140がチェリー生産,精製・焙煎の全工程または一部,販売に携わる個人生産者である.このほか,既存の生産者が経営する農園が約400存在し,その多くが1900年代前後にコナに移住した日系移民の子孫であり,生産したチェリーをコーヒー関連企業等に販売している.
3.転換期における新規参入者の
コナコーヒー
生産
2023年3月と11月に新規参入者に対して,COVID-19の影響と葉さび病の被害に関する聞取り調査を実施した.COVID-19の影響では,メキシコからの収穫労働者不足が深刻化したことで,人件費を上げざるを得ない状況が,2023年11月調査時点でも続いていた.また,葉さび病被害では,豆の品質や生産量の低下がみられた.こうした人件費の上昇,豆の品質や生産量の低下により,既存の生産者が離脱する傾向が続いている.そのため,既存の生産者からチェリーを購入していた新規参入者の農園では,チェリー購入量の減少と買取価格の上昇がみられた.こうした転換期のなかで,新規参入者は,島内での収穫労働者の調達,
コナコーヒー
販売価格の引き上げ,葉さび病対策としての品種転換など農業経営を変化させながらコーヒー生産を継続していた.
4.転換期における
コナコーヒー
産地の課題
上述した農業経営の変化のうち品種転換は,
コナコーヒー
産地において風味が変化するという問題を孕んでいる.コナでは,1900年代以降,コナティピカという爽やかな酸味が特徴の品種が栽培されており,グルメコーヒーとして消費地で評価されてきた.しかし,コナティピカは,葉さび病に弱いことから,新規参入者はゲイシャなど葉さび病への耐性があると考えられる多様な品種への転換を急速に進めている.これらの品種は,コナティピカと異なる風味であることから,コーヒー卸売・小売業者のなかには,
コナコーヒー
の風味の曖昧化を懸念する者も存在する.
品種転換が急速に進む背景には,葉さび病被害のほか,近年,コナ地区やハワイ州で開催されるスペシャリティコーヒーのコンペティションで,伝統的なコナティピカよりも斬新な風味が評価される社会的背景や,
コナコーヒー
の表示規定において,品種に関する規制がないという制度的背景も存在する.転換期に,新規参入者は多様な品種から「
コナコーヒー
」を生産し独自の風味を追求しているが,こうした傾向に対し
コナコーヒー
産地全体として「
コナコーヒー
」をどのように定義し風味を保持するかが課題となる.
参考文献
植村円香 2022. ハワイ島における新たな担い手による
コナコーヒー
生産とその課題. E-journal GEO. 17(1): 137-154.
付記
本研究は,JSPS科研費23K18728の助成を受けて実施した.
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