釜山総領事館侵入事件

2019年7月22日、事件は起きた。韓国南部の主要都市釜山にある日本総領事館に7人の韓国人大学生が訪れ、身分証明書を提示して領事館内の図書館での閲覧を申し込んだ。7人は正規の手続きを経て領事館内に入ったが、突如庭に向かって駆け出し、バッグの中に隠していたプラカードを取り出して10分近く総領事館の敷地内で日本への批判を叫んだ。

突如総領事館の庭に向かって駆け出す韓国人大学生
突如総領事館の庭に向かって駆け出す韓国人大学生
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プラカードを掲げる大学生たち
プラカードを掲げる大学生たち

折しもこの日領事館の目の前では、フッ化水素などの韓国向け輸出に関して、日本政府がその管理を強化した事に怒った団体が抗議集会を行っていた。つまり、日本総領事館の敷地の内外で韓国人が日本批判を叫ぶという異常事態が起きたのだ。総領事館の警備担当や韓国警察が学生7人を領事館敷地外に出すまで、彼らは日本への怨嗟の声を上げ続けた。

しかも、7人の学生はパトカーに収容され6人が逮捕されたが、1人は支援者によってタクシーの中から「救出」され、逮捕を免れるという韓国警察の大失態もオマケとして付いてきた。日本政府はすぐさま韓国政府に対し強い問題意識を伝え、日本の関係公館や関連施設の警備体制の強化を申し入れた。

日本総領事館に侵入後、パトカーに連行される韓国人学生
日本総領事館に侵入後、パトカーに連行される韓国人学生
日本総領事館前での抗議集会 参加者が壁に抗議メッセージを貼り付けているが警察官は野放しだ

日本総領事館前での抗議集会 参加者が壁に抗議メッセージを貼り付けているが警察官は野放しだ

拍手が飛び交う異様な法廷

総領事館に侵入した7人の学生は、暴力行為等処罰法に基づく共同住居侵入の罪で起訴された。この罪の法定刑は最高懲役4年半以下、罰金750万ウォン以下なので、決して軽いものではない。

2020年2月に釜山地方裁判所で裁判が始まったが、その法廷は異様なものだったという。関係者によると、被告人となった学生たちは涙ながらに慰安婦問題やいわゆる徴用工問題について「日本に謝れと言いたかった」などと日本がいかに悪辣であるかをアピールした。さらに「青年として、しなければならない正しい行動をしただけだ」と犯罪行為を正当化した。傍聴席のほとんどを占有した被告人の支援者からは、被告人の発言の度に拍手や歓声が上がったが、裁判官は傍聴者に退廷を命じる事は無かったという。私は3年近く司法記者として様々な裁判を日本で傍聴取材してきたが、日本の裁判ではあり得ない状況だ。恐らく世界的に見ても、被告人を応援しようと騒ぎ立てるのが許される裁判というのは、ほぼ無いと思われる。

こうした異様な審理を経て、4月2日被告人に判決が言い渡された。

あまりにも軽い判決…

釜山地方裁判所は被告人の韓国人学生7人に対し、罰金300万ウォン(日本円で約27万円)を「2年間宣告猶予」すると言い渡した。宣告猶予とは日本には無い韓国独自の司法制度で、2年間違法行為をしなければ判決自体が無かった事になるものだ。「執行猶予」と似ているように見えるが、執行猶予の場合は一定期間、違法行為をしなければ刑は執行されないだけで有罪判決を受けた事実は残る。「宣告猶予」は、判決自体が無かった事になるので、有罪判決を受けた事実が残らない。つまり執行猶予よりもはるかに軽く、2年間何もしなければ無罪となったのに等しい。

韓国メディアによると裁判長は判決で「被告人たちの行動に国民も共感した。だが手続きを間違えた」と述べ「社会進出を準備している大学生である点などを判決で考慮した」と理由について説明したという。日本への抗議行動について裁判所が「国民も共感した」とお墨付きを与えたのは驚きだ。2019年7月当時は、韓国政府の対応を問題視して日本の輸出管理強化について理解を示す韓国人もいたが、裁判所によると彼らは韓国国民ではないらしい。こうした判決は、日本相手なら何をやっても良いという韓国の風潮を助長する事になるだろう。

韓国の法曹関係者も今回の判決に対しては「軽すぎる」と首をかしげる。「検察は懲役刑を求刑していたが、判決は罰金かつ宣告猶予と2段階下がったものだった。あまりにも軽すぎる。ただ今回の被告人は大学生というのがポイントだ。有罪判決が確定するとなると若者の将来が非常に制限されるため、韓国の裁判官は若者に温情をかける傾向がある」と分析した。

韓国政府はウィーン条約を読み直すべき

判決を受けた被告人は暫く大人しくなるだろう。2年間過ごせば無罪とほぼ同じになるのだから。有罪判決ではなくなるので、海外旅行も自由に行ける。就職でも前科を問われる事も無い。この判決により、韓国では日本大使館や総領事館に侵入して派手に暴れたとしても、学生ならばほとんど罪に問われない事が明らかになった。活動家として箔をつけたい学生が、また日本政府の施設を「襲撃」するかもしれない。

外交関係に関するウィーン条約第22条2項には「接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当な全ての措置を執る特別の責務を有する」とある。平たく言えば、日本総領事館のような外国の公館が侵入されたり壊されたり、尊厳を損なわれるような事が無いように、韓国政府は「大きな責任」を負っているという事だ。

今後も日本大使館や総領事館の安全や尊厳は本当に守られるのだろうか。疑念は高まるばかりだ。蛮行の矛先は日本だけではない。2019年10月には駐韓アメリカ大使館のハリー・ハリス大使の公邸に大学生17人が侵入して抗議デモを強行する事件も起きている。この事件は韓国警察の目の前で易々と実行されていて、アメリカ政府は強く反発した。

韓国政府はウィーン条約をもう一度よく読み直すべきではないか。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。