ウッチャンこと内村光良が監督と出演を果たした新作映画『金メダル男』が話題だ。

同作は、東京オリンピック生まれの男が、小学校の徒競走で一番となった体験をもとに、その後、挫折を繰り返しながらもあらゆる分野で一番を目指すストーリー。
映画化にさきがけ、2011年に舞台化されており、2016年4月から6月にかけては『読売新聞』夕刊において小説連載がなされていた。

ウッチャンが執筆した幻の小説


ウッチャンはこれまでに3作の商業映画を監督している。さらにコント師として、さまざまなシチュエーションで起こる笑いを作り上げており、ストーリー作りには定評がある。
そんな彼が、90年代に書き上げたた幻の小説が「アキオが走る」(角川書店)である。

「アキオが走る」は人口4万2千人ほどの小さな街、秋本市を舞台に主人公アキオの中学時代から高校卒業までが描かれている。街の中心部を川が流れるといった設定は、ウッチャンの故郷である熊本県人吉市を連想させる。小説には恋愛、失恋、部活動、体育会、文化祭、男同士の友情といった、青春小説の王道キーワードが盛り込まれている。

ウッチャンが執筆した幻の小説「アキオが走る」とは?
連載初回。イラストもウッチャンが描いている。(筆者撮影)

小説は『月刊カドカワ』の1993年8月号に、“特別青春恋愛小説:アキオが走る:中学思春期編”として、30枚ほどの短編として掲載され、その後1994年12月から高校時代編が毎月掲載された。

雑誌で肩を並べていた連載陣は村上龍「ストレンジ・デイズ」、大槻ケンヂ「グミ・チョコレート・パイン:チョコレート編」、岩井俊二「ラヴレター」といった豪華なもの。『月刊カドカワ』は、芸能人やミュージシャンに積極的に文章を書かせていたメディアである。

単行本化もされた「アキオが走る」


「アキオが走る」は1996年2月に単行本として刊行される。ウッチャンはあとがきにおいて“アキオが高校に入ってからの物語は、書き進めていくうちに、フィクションを描いていくことに、ドラマを創作していくことに、だんだんと興味を持ち始めていったいったからである。それは難しく、文章も稚拙ではあったが、やりがたいはあったと思う”と回想している。

ウッチャンが執筆した幻の小説「アキオが走る」とは?
アキオが走る(画像はamazonより)

確かに、文章は決してうまいとはいえない。特に初期の連載分は会話主体で、地の文が展開されておらず、小説というよりはシナリオに近い。しかしその分、ゴーストを使わず、自分で書いているとわかるし、映画やコントの脚本を書いてきた人の文章だとわかる。
この作品は『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』(ニッポン放送系)においてラジオドラマ化されたこともある。

ウッチャンは映画監督を目指して上京し、横浜の専門学校で相方となるナンチャンと出会った。芸人デビュー後も、『ウンナン世界征服宣言』(日本テレビ系)では定期的にドラマ映画を制作していた。
番組では大学受験企画も行われ、日本大学芸術学部の映画学科を受験。学科試験を通り面接まで進むも「芸能界を完全に辞める」条件が果たせず、進学を断念している。
映画への強い思いを抱き続けたウッチャンの原点がかいま見える作品が「アキオが走る」だと言えよう。いまこそ復刊を希望する一冊である。
(下地直輝)

※イメージ画像はamazonよりアキオが走る