スタジオジブリの巨匠・宮崎駿は、自身が監督を務めるアニメーション映画に、声優を積極的に起用しようとはしません。何故かというと理由は単純で、声優の虚飾し過ぎた声、いわゆる「アニメ声」が嫌いなのだとか。

だから彼の作品には、声優ではなく俳優がメインキャストを占める場合が多いのです。その素朴な演技が逆に"味"となっているわけですが、その方法論も洋画の吹き替えには適用できないという事実が、今から15年前に明らかになりました。

映画『タイタニック』の地上波初O.Aはフジテレビ


2001年、あるハリウッド映画の地上波初放送を前に、フジテレビは浮き足立っていました。無理もありません。1997年、全世界で18億3500万ドルという当時の映画史上最高の世界興行収入を叩きだし、日本でも一大ムーブメントを巻き起こした『タイタニック』の放映権を、ライバルの民放各局に先んじて獲得したのですから。

『タイタニック』の公開当時の人気ぶりといったら、それはもう凄まじいものでした。1912年に起きた英国客船タイタニック号沈没事故をモチーフに制作された本作は、レオナルド・ディカプリオ演じる貧しい青年・ジャックと、ケイト・ウィンスレット演じる上流階級の娘・ローズが繰り広げる恋愛悲劇。

冷静に見れば、ロミオとジュリエットの分かりやすい焼き直しであり、よくあるラブロマンスではあるのですが、流行りに流行りました。特にローズが船の先端で手を広げ、後ろからジャックが腰を回すシーンは「タイタニックポーズ」として今もなお、客船の乗客から親しまれ、真似され続けているのはご存知の通りです。

ベテラン声優陣の中で異色の抜擢! 妻夫木聡と竹内結子の主演起用


さて、そんな社会現象となった超弩級のヒット作の民放初O.Aを前に、フジテレビが過度に力を入れてしまうのも無理はないというものでしょう。放送開始の遥か前から何度もCMでPRされ、お台場のフジテレビ本社には、タイタニックのモニュメントまで登場。
もちろんプロモーションだけではなく、キャスティングにも全力投球。久米明・鈴木弘子・江原正士・羽佐間道夫など、吹き替えの世界では知らぬ人はいない超一流の声優たちを、映画の脇を固める端役として惜しげもなく起用しました。そんな磐石の布陣の中で、栄えある主演の2人・ジャックとローズ役を配されたのが当時、人気若手俳優として注目されていた妻夫木聡と竹内結子でした。


棒読みが批判された妻夫木聡と竹内結子


この主演抜擢の報を聞き、放送前から「ん?」と思った人は多かったはず。先述の通りジブリ映画という稀有な成功例はあるものの、俳優と声優のスキルに互換性がないことは、素人目にみても明らか。なのに、わざわざ経験の浅い妻夫木と竹内を起用するというのは、何か勝算があるのか。はたまた、人気俳優を起用して視聴率を稼ぎたいだけなのか……。残念ながら、答えは後者でした。

2人の演技は、「棒読み」という言葉がこれほどしっくりくることはないのではと思うほどの、過剰な棒読みの連続。
眼前に映るのは、タイタニック号で楽しそうに会話を交わすジャックとローズなのに、収録スタジオで台本片手に淡々と読む妻夫木と竹内の姿が脳内に浮かぶほどの存在感。そのため、全然話に入っていけません。
そのクオリティはまるでホットペッパーのCMのよう。プロの声優が演じる脇役との絡みがあるシーンでは、特に素人っぷりが浮き彫りになり、公開羞恥プレイを見ているようでした。

当然、こうした2人の大根っぷりに視聴者から批判が殺到したものの、視聴率的には前編が34.5%(瞬間最高40.7%)、後編が35.4%(瞬間最高42.7%)という、とてつもない数字を叩きだしたフジテレビ版タイタニック。
これだけの実績を残したにも関わらず、主役を務めた妻夫木と竹内のキャリアからはまるでなかったかのように扱われ、“黒歴史化”してしまっているのは、何とも惜しい限りです。

(こじへい)

※イメージ画像はamazonよりアクターズ・ファイル 妻夫木聡