アゴ、長すぎでは!?
『かぐや姫の物語』に登場する、姫の最後の求婚者である御門(みかど)。言わずと知れた最高権力者だが、いかんせんアゴが長い。
かぐや姫に刺さっちゃうんじゃないのーアゴで秘め事できちゃうんじゃないのーと不安になるくらい長い。
平安時代の権力者といえば、下ぶくれで丸顔でマロ眉でふっくらして……というイメージが強い。それを見事に裏切るシャープなアゴだ。
なぜ御門のアゴは長いのだろう?
「絵的にインパクトがあるから」「他のキャラクターとの違いを出すため」といった理由も考えられる。でもそこは高畑勲監督。ただなんとなくでアゴを長くするはずがない。
もしかして、原作の御門のアゴは長かったのかも……?

そもそもアゴの長さの原因は、食生活や遺伝にあると言われている。
『かぐや姫の物語』の原作『竹取物語』は、平安前期の物語だ。御門のアゴの秘密は、平安時代の食生活にあるのではないか?
よいものを食べてそうな平安貴族。しかし『平安朝のファッション文化』によると、実は強い咀嚼力を必要としていたのだという。主食は水分が少なくて硬い強飯、根のものを中心とした野菜メインの食事で、貝・魚・肉などは(細かく刻んではいるものの)生食で食べることもあった。がんばって噛まないといけなかったのである。

その結果、貴族といえどもアゴは強くなった。平安貴族がみんな下ぶくれで描かれているのは、アゴが発達した結果だ。
平安後期になると、貴族はやわらかいものを食べるようになって、徐々にアゴは退化していく。鎌倉時代には瓜実顔が登場。江戸時代の徳川家歴代将軍の肖像画を見てみると、だんだんアゴが細くなっていくのがわかる。最後の将軍・徳川慶喜の若いころの写真は現代っ子と大差ないくらいだ。


さて、御門のアゴ。細長く尖っているという特徴は、平安前期よりも江戸~現代に近い。「下顎だけがめちゃくちゃ発達したんだ!」と捉えられなくもないが、うーん、ちょっと厳しい。そもそもキャラクターの外見について時代考証を正確にしていくと、かぐや姫はおかめ顔になってしまう。どうやら原作の御門のアゴは、そう長くはなかったようだ。

アゴの秘密には、もっと簡単な答えがあった。

『かぐや姫の物語』パンフレットのキャスト一覧ページ。キャラクターと演じた俳優が似ていることに気づく。伊集院光と阿部右大臣なんかはそっくりで、もはや似顔絵だ。
高畑勲作品は、プレスコ(声を先に録り、声に基づいて絵をつける方式)を採用している。そのため、各キャラクターは声(俳優)の影響を強く受けることになる。
「スタッフは朝倉(かぐや姫を演じた朝倉あき)の声を毎日聴きながら、彼女の声を元にかぐや姫のイメージを膨らませながら作業を続けた。
どことなくかぐや姫が朝倉あきに似ているのは偶然ではないのかもしれない」(『かぐや姫の物語』パンフレットより)
同じことが、御門についても起こっている。御門を演じる中村七之助の顔の輪郭は、シャープでおちょぼ口気味。歌舞伎役者は江戸時代からアゴ長が多い。400年近くアゴ長の血を脈々と継いできた中村七之助。彼の声によって、御門のアゴはどんどん伸びていくことになった。
でも、なにもそこまで伸ばさなくても……。

高畑が日本美術について書いた『一枚の絵から 日本編』という本がある。藤原豪信の描いた「花園天皇像」(現代の感覚で見るとなんだか気の抜けたマヌケな表情に見える!)の項で、高畑は次のように語っている。
日本の肖像画は、西洋の肖像画とは違う。立体ではなく平面。目や鼻や口などのパーツを組み合わせることで、線だけで特徴を捉えることができる。ただしその表現は、カリカチュア(特徴を大げさに描いた風刺画)と紙一重になる。
御門のアゴはまさにそれ。似顔絵を飛び越えて風刺絵にすら見えるが、「日本画をそのまま動かしたよう」と称される本作では避けられないことだったのだ。

ちなみに、本当に御門のようなアゴだったと言われている人たちがいる。「日の沈まぬ国」を作り上げたハプスブルク家だ。
近親婚を繰り返してきたハプスブルク家のアゴ長遺伝子は最強最悪に。カール五世は特に有名で、下顎が重すぎて常に口が半開きになっていたとか、噛み合わせが悪すぎて食事が丸呑みだったとか、散々なエピソードが後世に伝えられている。
そこまで育たなくてよかったね、御門。
(青柳美帆子)