ヒロインはお姫様抱っこされない。アニメ映画『HELLO WORLD』が描くリアリティー

    9月20日に公開された『HELLO WORLD ハロー・ワールド』でメガホンをとった伊藤智彦監督が言う。本作は2027年の仮想世界と現実を舞台に、主人公の成長を描くSFアニメーション映画だ。

    「Googleが発展した数年後の世界を描いているんですよね」

    9月20日に公開された『HELLO WORLD ハロー・ワールド』でメガホンをとった伊藤智彦監督が言う。本作は2027年の仮想世界と現実を舞台に、主人公の成長を描くSFアニメーション映画だ。

    主人公の男子高校生の前に10年後の自分、「ナオミ」が現れる。

    「お前の住んでいる世界は仮想世界だ」「お前は3ヶ月後に同級生の一行瑠璃と結ばれるが、彼女が命を落とす」と10年後の自分から宣告される。そして2人は悲劇を回避しようと奔走する。過去を変えればもちろん、世界には歪みが生じる──。

    これまでよく見てきた話に見える。

    しかし、『HELLO WORLD』は何かが違う。妙に現実的なのだ。この感覚は一体どこから来るのか?

    ヒロインはお姫様抱っこされないで、自分の足で歩きたい

    ──キャッチコピーで「たとえ世界が壊れても」と書かれているので、世界の危機と男女の恋愛が結びつくような作品かと思ったのですが……蓋を開けてみると違った。ヒロインが強い。

    あはは。自分が青春時代に見ていた90年代の作品と似た構造も…それはそれで大好きですが、せっかく自分が今の時代に映画を作れるなら違うやり方をしたかったというのもありますね。

    ご指摘の通り、作るのが1番難しかったのはヒロインの瑠璃です。

    物語における彼女の立ち位置はセーブドプリンセス。いわば助けられる姫。この手のキャラクターって受動的になりがちなんですが、そうはしたくなかった。

    逆張りというか、当初は敢えて活発な性格と想定して、陸上部に所属してるキャラクターにしていたんです。ただ、内向的な直実の隣にいると、どうも組み合わせが悪くて…。途中で方針を変えました。

    ──直実と同じ図書委員ですもんね。

    そう。ちょっと静かな印象を受けますが、受動的でもなく活発でもない、変わり者にしました。

    とりあえず仲間うちで連絡先を交換しようという流れになったときに拒否したり、図書室で騒ぐ男子たちを躊躇せず叱ったり。本が大好きで周りに流されない一本気な子。

    とはいえ、可愛らしさがないと「救いたい」って思えないですよね。

    ──可愛らしさ。

    世の中の大多数は、誰にでも明るく振る舞う華やかな女の子の方が好きかもしれないですけど、僕は別に興味がないんですよ。もっと違う可愛らしさを出したかった。

    素っ頓狂な反応をするし、頑固な面もある。でもたまに恥ずかしがりながら、お礼をちゃんと言う。そういう可愛らしさ。

    外見に関しては、キャラクターデザインをお願いした堀口悠紀子さんがアイドルが大好きで「可愛らしさ」に並々ならぬこだわりを持っていたので…。

    ──可愛らしさもありつつ、瑠璃は単に助けられる存在ではないように思えました。

    ただ救われるヒロインって、今の時代だと少し違うのかなと思っていて。

    物語としては、少年の直実と大人のナオミの男2人が成長する様がメインで描かれるわけですが、実は瑠璃も成長しているんです。

    ──助けられる側も成長している?

    そう。一本気な瑠璃と時間を過ごすことで、直実に成長した部分があるのだとしたら、その時間に彼女だって変わるはず。例えば、高所恐怖症とか。

    ──序盤では高い所で足がすくんでいた。そこが可愛いのですが。

    でも終盤では、高い場所から自分の足で歩みを進めるんです。「やってやりましょう」と言って。直実との時間が彼女にとって価値あるものでなかったら「自分の足では進めません」と言っていたかもしれない。

    ──助けを求めたヒロインに主人公が「仕方がないな」とお姫様抱っこをして…みたいな展開は、よくありますよね。

    あはは。90年代までのアニメなら、お姫様抱っこだったかもしれないのですが、瑠璃は自分の足で進みたい子。

    ──ラストにもどんでん返しが。

    あれは最初から決めていて。どうやってあのラストに辿り着こうかと逆算して作ったぐらいに大事な点です。

    少女を守るだけが、少年の成長ではない

    ──ヒロインを助ける物語かと思ったら、「子供・直実」が「大人・ナオミ」と組んで成長するバディものの要素も強いですよね。

    そうですね。恋愛ものと並行して、バディものを描きたかったんです。主人公の「子供・直実」をなよなよした風貌で描いて、「大人・ナオミ」はかっこよさを引き受ける。

    誰だって先生とか、上司とか、自分を導いてくれる人をどこかで求めていると思うんですよね。ましてや未来から来た自分なら、信用度はかなり高い。

    ──でも、途中から「大人・ナオミ」の裏切りが……。

    「大人・ナオミ」は間違った成長というか、歪んでしまっている。10年前、彼は一本気な瑠璃に惹かれ、自分もそれに近付きたいと思っていたはず。そんな彼女を失い絶望し、取り戻すことしか考えてこなかった。

    どんな手段を使っても…というあたりで、歪んでしまっている。それは「大人・ナオミ」が精神的に弱いとか、悪いヤツだとかではなく、ある程度仕方がない。恋人を目の前で失っているわけだから。

    (C) 2019「HELLO WORLD」製作委員会

    彼は10年もの間、瑠璃を取り戻すために奔走しているわけで、できることなら彼女に全肯定してもらいたい。言い過ぎですが、母性を求めているとも言えます。

    でも、いい大人が恋人に母性を求めるのもどうなのかと思ったので、そう見えないように細心の注意をはらいながら「大人・ナオミ」を作っていきました。

    物語では主人公は、自分に欠けているものを埋めて成長するのが一般的です。欠落を埋める作業をするのは、16歳の直実なのかと思いきや、実は大人のナオミでもあった。これが物語のキーですね。自分が完璧でないと気がついた時、大人も成長するし、変われるのではないかと。

    今、生きている現実が仮想世界だと言われても

    ──仮想世界やタイムトラベルなど、これまで伊藤監督が作ってきた作品の要素がすごく詰め込まれた印象も受けます。

    この作品を「僕街オンライン」と呼んでいた時期もあるんですよ。

    仮想世界のゲームを舞台にした『ソードアート・オンライン』とタイムトラベルでヒロインを救う『僕だけがいない街』を足して、大人と子どもの主人公が出てくる作品である『オカルト学院』で割った作品。こう説明するとわかりやすいでしょう?(笑)

    ──近年のSF要素全部入りだなと思ったりもして。参考にした作品はありますか?

    ネタ元ですか(笑)。たくさんありますよ。『ドクター・ストレンジ』のチェイスシーンを観た時に「先にやられた!」と思いましたし。

    ──ポスタービジュアルは『インセプション』みたいだと思いました。

    そうですね。物語の中盤で、仮想世界が崩れていくシーンは参考にしました。自分が見てきた作品に影響を受けすぎているな、とは思うのですが……。

    仮想世界の秩序を守る「狐」は、『マトリックス』でいうエージェント・スミスです。京都らしさを残しつつ作り込むとああなった。少し不気味な印象にしたかったので、作業服を着てもらっています。

    ハリウッド映画だけじゃなく、狐が巨大化して直実たちに立ちはだかる姿はガメラを意識したり……幅広く好きな要素をとりいれています。

    ──舞台は2027年で、割ともうすぐというか。SFって完全なフィクションより少し現実感がないと成立しないと思うのですが、工夫した点はありますか?

    いくつかあるのですが、例えば舞台を京都にしたこと。

    ──京都の景観を完全にコピーして仮想世界にする。あれ、Googleがやりそうだなと思いました。

    そうですね、Googleを意識してます(笑)。そういった巨大なテクノロジー企業が伝統的な街を仮想空間に保存して、誰もがアクセスできるような状態にしている世界です。

    2020年頃から京都の街を完全にアーカイブするプロジェクトが始まって7年経った、という。

    ──ありえそうな話。

    実際に、似たようなプロジェクトは既にあるんですよ。「Kyoto VR」といってVR技術で伝統をアーカイブする、みたいな。

    京都は都市の周りが山で囲まれているので、データ化する時に区切りやすそうだなと。あと歴史的建造物が沢山あるので、町並みが2019年の今と比較しても大きな変化がなさそうだな、とか。この辺りは、脚本をお願いした野﨑まどさんが考えてくれました。

    ──ものすごく現実的な思考に基づいている。

    時代の感覚も変わってきていると思うんですよね。物語の序盤で、「大人・ナオミ」が「子供・直実」に対して「お前の住んでいる世界は、記録された仮想世界だ」と言う。これは『マトリックス』が公開された20年前はかなり衝撃的だったと思うんですよ。90年代の世紀末的な時代背景もあって、滅ぶ方向に進んだというか。

    でも、仮想世界だと言われても今の時代なら理解してもらえるだろうと思っています。『マトリックス』が公開された1999年はインターネットがここまで広く普及する前の時代ですしね。

    ──監督がメガホンをとった『ソードアート・オンライン』は、まさに仮想世界をポジティブに描いてる感じですもんね。ディストピアではなく。

    そうですね。今の時代だと、仮想世界だって退廃的なものではなくて、もっとキラキラしている感じだと思うんですよ。

    ──『ソードアート・オンライン』の主人公・キリトは仮想空間では最初から強いですし。

    あはは。そうですね。心のどこかでみんな「修行せずとも最強になりたい」と思ってるんじゃないでしょうか。でも、そうすると物語が成立しないので。

    あと…まぁ、苦労しないとやっぱりダメでしょう…修行ぐらいちゃんとしなさいという想いも込めて、「大人・ナオミ」による指導が入るわけです。与えられた武器も万能ではない。

    でも、その修行期間があるから、最終的に「子供・直実」は自分を信じてあげられるんですよ。仮想世界の中であっても。

    ──仮想世界の中でも人は成長できる……? みたいな。

    VRも一般家庭で楽しめる時代になりましたからね。

    というのと、これからの日本って緩やかに衰退していく雰囲気があると思うんですね。その中で自分は大人で、家庭をもっていて、チームを引っ張る立場でもある。若い世代に「頑張れ!」とは無責任には言えないんですけれど、世紀末のように滅びていく感じでもない。仮想世界であっても楽しく暮らせれば、それはそれでいい。

    2人の直実、ヒロインの瑠璃の成長って、何かに立ち向かうとかではない。少し頑張るだけで世界は変わるんですよね、自分の中で。

    例えば、気になる女の子がいたとして、ひょっとすると一歩、誰かより先に声をかければ恋人同士になれるかもしれない。決断って言うと仰々しいですけれど、些細なことでいい。

    「子供・直実」のように自分をエキストラ的な存在だと思っている人もいるでしょう。でも、自分の意志で誰かを好きになったり、声をかけたりした瞬間に主役になれると思うんですよ。もう、君はエキストラじゃない。