【解説】 ロシア軍はなぜウクライナ東部を包囲しようとしているのか

ポール・カービー、BBCニュース

Russian soldiers are seen on a tank in Volnovakha district in the pro-Russian separatists-controlled Donetsk, in Ukraine on March 26, 2022

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画像説明, 現在はロシア軍がウクライナ東部の大部分を支配しているが、ウクライナは最後の1メートルまで戦うと誓っている。写真は親ロシア派の分離主義者が支配するドネツク州ヴォルノヴァカ地区のロシア兵(3月26日)

ロシアはウクライナの首都キーウ(ロシア語でキエフ)近郊の町で相次いで敗北したことを受け、キーウから軍を撤退させて軍事活動の焦点をウクライナ東部に移した。ドンバスと呼ばれるこの地域への前進は、紛争の長期化を意味しているのかもしれない。

ロシアのウラジーミル・プーチ大統領は、古くからウクライナの産業の中心地だったドンバスについて、「解放」という目標を達成したと主張するために、何を必要としているのだろうか。また、その目標は実現できるのだろうか。

南東部の港湾都市マリウポリを崩壊させるなど、ロシア軍はすでに東部地域で人道的大惨事を引き起こしている。ただ、ウクライナ軍を打ち負かすには至っていない。

ロシア軍が東部への猛攻を再び強める可能性に備えて、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は誓った。「我が国土の1メートルたりとも譲らずに戦う」と。

ロシアの後ろ盾を受ける分離主義者との戦闘が8年にわたり続く東部には、ウクライナ軍の精鋭部隊がすでに配備されていた。ウクライナ軍は大きな損失を被ったと考えられているが、それでもロシアの侵略軍にとっては大きな抵抗勢力となっている。

動画説明, ゼレンスキー大統領、ウクライナの領土割譲を認めるか聞かれ 米CBSインタビュー
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ウクライナ・ドンバス地方とは

プーチン大統領はドンバス地方を、ウクライナの古くからの石炭と鉄鋼の産地として見ている。プーチン氏が言う東部とは、南のマリウポリ郊外から北の国境まで続く東部の二大地域、ルハンスク州とドネツク州の全域を指す。

北大西洋条約機構(NATO)は、ロシア軍がウクライナの南海岸に沿って、ドネツクとクリミア半島をつなぐ陸の橋を建設しようとしているとみている。

英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のサム・クラニー=エヴァンス氏は、「重要なのは、(ウクライナ東部が)ウクライナ系よりロシア系の多いロシア語圏としてクレムリン(ロシア政府)に認識されていること」だと指摘する。

これらの地域では広くロシア語が使われているかもしれないが、住民たちはもはや親ロシア派とはいえない。「マリウポリはウクライナで最もロシア寄りの都市の1つでした。ここを破壊しようとするなんて、理解に苦しむ」と、防衛の専門家でロチャン・コンサルティング代表のコンラッド・ムジカ氏は言う。

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開戦から1カ月がたった時点で、ロシアはルハンスク州の93%とドネツク州の54%を支配したと主張した。東部全域を制圧するにはまだ程遠いが、仮にプーチン氏が勝利を宣言できたとしても、支配するには非常に広大な地域だ。

プーチン氏はなぜドンバスを支配したいのか

ウクライナが東部で集団虐殺を行ったと、プーチン氏は根拠のない非難を繰り返している。

開戦当時、東部地域の3分の2はウクライナの手中にあった。

残りの地域は8年前に始まった戦闘で、ロシアの後ろ盾を受ける分離主義者が掌握していた。プーチン氏はウクライナ侵攻直前の2月21日、分離主義者の拠点地域について、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」として独立国家と承認すると発表した。

この2つの広大な地域を征服すれば、プーチン氏はこの戦争からある種の功績を得ることになる。そして、クリミア同様にドンバスを併合することが次のステップとなるだろう。

プーチン氏は2014年に独自に実施された、クリミア併合の是非を問う住民投票の結果に基づき、一方的にクリミアを併合した。この投票では不正があったと指摘されている。

仮に、対ナチス・ドイツ戦勝記念日の5月9日までにドンバス併合が実現すれば、プーチン氏はウクライナでの勝利も同時に誇示できるようになる。ロシア軍は1945年に、第2次世界大戦において連合国軍がドイツ軍に勝利したこの日を、現在も毎年祝っている。

戦地で選挙を行うなど、それがいかさまであってもばかげているように思えるが、ルハンスクにいるロシアの傀儡(かいらい)政権の指導者は「近い将来」、ロシアへの編入の是非を問う住民投票を行うと発言している。

プーチン氏の戦略とは

ロシア軍は北方、南方、東方の3方向から前進し、東部のウクライナ軍を包囲しようとしている。「支配するには広大な領土だといえる。その地理的な複雑さを過小評価すべきではないと考える」と、紛争・安全保障が専門の英キングス・コレッジ・ロンドン教授、トレイシー・ジャーマン氏は言う。

数週間にわたる戦闘の末、ロシア軍はロシア国境の南に位置するウクライナ第2の都市ハルキウを占領することはできなかった。ただ最終的に、分離主義者が支配する東部地域へと続く主要高速道路をさらに下った場所にある、戦略的に重要な町イジュームを掌握した。

「イジューム周辺での彼ら(ロシア軍)の動きを見てみると、高速道路に沿って活動していることがわかる。ほとんどの装備品を車や鉄道で移動させていることから、これは理にかなっているといえる」

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ロシアの後ろ盾を受ける分離主義者が初めてドンバスの大部分を占領して以降、現在ロシアの監視下にある町はもう何年もの間、戦闘に直面している。

高速道路M03沿いで、ロシア軍の新たな標的となるのは、人口12万5000人の街スロヴィヤンスクだ。ここは2014年にロシア軍に占領された後に奪還された。

米シンクタンク「戦争研究所」(ISW)は、ウクライナがスロヴィヤンスクを手放さずに持ちこたえられれば、東部2地域の掌握を目指すロシアの作戦は「失敗に終わる可能性が高い」としている。

ロシア軍はルハンスクのさらに東にあるルビジュネやリシチャンスク、ポパスナ、セヴェロドネツクといった、今もウクライナの支配下にある町を次々と爆撃している。アパートが破壊され、民間人が自宅で亡くなるなどしている。

ロシア軍にとってこれらの町は重要だと、ISWは指摘する。支配下に置くことでロシア軍は西へ前進できるようになり、イジューム南東部への移動を予定している部隊と合流できるという。

More than 200 people were evacuated from Severodonetsk on Thursday

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画像説明, セヴェロドネツクなどルハンスク州内の複数の町から、数百人の住民が避難を強いられている

ロシア軍は供給物資の運搬路を管理下に置き、ウクライナ西部からつながる鉄道ルートにウクライナ人がアクセスできないようにする必要がある。鉄道はウクライナ兵や重火器を最も効率的に運ぶ手段であり、民間人にとっては戦火から逃れる最速ルートでもある。

鉄道網の一部を支配できれば、ロシア軍も部隊や物資を移動できるようになる。

地元軍事指導者のセルヒイ・ハイダイ氏は、ロシアの目標について、ルハンスクの西側境界に到達するというプーチン氏の意図実現のために、邪魔なものはすべて破壊することだと考えている。

マリナ・アガフォノワさん(27)は、ロシア軍の砲弾が降り注ぐ中、両親を残してリシチャンスクの実家から逃れたという。「ロシア軍は病院や集合住宅を攻撃しました。暖房も電気もありません」。

Children wave from a train at Kramatorsk central station as families flee the eastern city of Kramatorsk, in the Donbass region on April 4, 2022

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画像説明, 8日にロケット弾攻撃を受けたクラマトルスク駅は、列車の運行が続く駅の中で最も東側に位置する駅の1つだった。画像は駅を出る列車から手を振る子どもたち(4日)

ロシア軍の進軍に先立ち、民間人は移動させられている。「残って寝ている間にロシアの砲弾で焼かれる方が、ずっと恐ろしい」とハイダイ氏は話した。

スロヴィヤンスクからの列車はまだ運行しているが、北部イジューム、南部マリウポリ、メリトポリへの路線は切断された。また、スロヴィヤンスクのすぐ南にある主要都市クラマトルスクでは、ロケット弾攻撃で列車を待っていた57人が死亡した後、運行が止まっている。

ルハンスクの「恐ろしい」存在

ロシアの後ろ盾を受ける分離主義者の支配地域では、比較的平穏な生活が続いている。それでも、分離主義勢力はウクライナ軍が住宅を砲撃し、民間人を殺害したと非難している。ドネツクの当局は、2月中旬以降に民間人72人が死亡したと主張している。ウクライナが掌握する地域では、それよりずっと多くの人がロシアの攻撃で死亡している。

ルハンスクで暮らす女性は匿名を条件に、BBCの取材に応じた。女性によると、街中ではロシア軍を多く見かけるといい、今は恐怖と警戒の雰囲気が漂っているという。

「怖いです。とにかく恐ろしい」と女性は話した。入隊年齢に達した男性は地元の民兵に参加しなければならず、徴兵から逃れた人は身を隠しているという。

「彼ら(分離主義者)は街頭で(男性を)動員したり、つかまえています。店にも、町中にも、路上にも男性はいません」

そのため、男性が圧倒していたビジネスは全て閉鎖されているという。

「もうロシアになってしまいました。非公式ではありますが。みんなロシアのパスポートを持っています」

ウクライナ軍は持ちこたえられるのか

開戦当初、東部の統合作戦部隊(JFO)を構成するウクライナの10の旅団は、同国の中で装備と訓練が最高レベルの兵士とみなされていた。

「私たちには、今のウクライナ軍の戦力はよくわかりません」と、英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のサム・クラニー=エヴァンズ氏は述べた。ここ数週間は志願者が加わって戦力が増強されているとみているという。

戦闘は7週間近く続いており、ロシア軍はすでに大きな損失を被っている。兵士の士気も下がっていると思われる。ウクライナで活動するロシア軍は、ウクライナの分離主義勢力の支配地域の男性とロシア軍の兵士で構成されている。

「ウクライナ側の主な目標は、ロシア側にできるだけ大きな損失を与えることです。ウクライナは大規模な戦闘を避けるために非対称戦争の戦術を用いています」と、ロチャン・コンサルティング代表のムジカ氏は説明する。

ロシア軍のマリウポリへの砲撃からなんとか逃れたというミキータという男性は、ウクライナ軍の反撃が成功すると確信しているという。

「ウクライナ軍は非常に巧妙です。自分の街では彼らを見かけなかったけど、分からないようにするのがかなりうまいと聞いたことがあるので」。