400年来の謎、月面の発光現象解明へ

2009.03.02
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
1953年に撮影された月面写真。過去400年の間、月面のごく小さな地域が輝く現象が世界中の観測者から報告されている。「一時的月面現象(TLP)」と呼ばれるこの現象については、研究者にもその正体がわかっておらず存在さえも疑われている。写真中央の白い点がTLP。

 確実に存在するとなれば地質学的活動を示す証拠となる可能性がある。月は“死んだ”世界だという認識が覆るかもしれない。

Photograph Arlin Crotts
 過去400年の間、誰も解明できなかった謎にアメリカのコロンビア大学の天体物理学者アーリン・クロッツ氏が挑んでいる。 望遠鏡の発明以来、月面のごく小さな地域が輝く、あるいは光でぼやけるという現象が世界中でたびたび観測されており、時には赤色に発光することも知られている。

 この発光現象は数分間しか続かず、「一時的月面現象(TLP:transient lunar phenomena)」と呼ばれている。しかし、古今東西およそ1500件の報告がありながら、そのメカニズムは依然として謎のままである。

 隕石の衝突が無関係であることは、これまでの研究によって判明している。明るさや持続時間が明らかに異なるのだ。しかしTLPの正体は誰にもわからず、その実在さえも疑われている。研究者の中には、錯覚や空想の産物にすぎないと断じる者も多い。

 クロッツ氏は、いまこそこの謎に終止符を打つときだと考えている。長い間、天文学者たちは月を既に“死んだ”星だととらえてきたが、TLPの実在が証明されれば地質学的活動が現在進行形で続いていることになる。

 クロッツ氏の研究チームの一員で、アメリカにあるブラウン大学のピーター・シュルツ氏は、「人類が再び月を訪れる機会があれば、TLPの発生場所に向かい、月の歴史や地質について新しい真実を掘り当てることができるかもしれない」と話す。

 ナショナル ジオグラフィック協会の研究・探検委員会(CRE)による資金援助の下、クロッツ氏とシュルツ氏の研究チームは、2台の25センチ・ロボット望遠鏡を地球の両半球に設置した。1台はアメリカのニューヨーク市、もう1台の設置場所はチリにあるセロ・トロロ汎米天文台(CTIO)を選んだ。2台の距離は、年間を通じて少なくとも片方が晴天の夜を確保できるように配慮してある。

 昨年開始したプロジェクトは少なくとも2010年までは継続する予定で、各望遠鏡では20秒ごとに月面撮影が行われている。「観測データはコンピューターでTLPを示す変化がないか解析される。いずれ“現行犯”で捕まえられると考えている」とクロッツ氏は話す。

 簡単な作業に聞こえるかもしれないが、決してそうではない。大気中のわずかな気象擾乱(じょうらん)でも、見かけ上の月の地形は明るさや形状が変化することがある。それでも、クロッツ氏は、「コンピューター解析で選別していけば、実際のTLPと思われる現象を特定できると考えている。ほかの天体現象においても同様の技法が用いられている」と語る。

 過去数百年間の個々の事例に対して客観的な説明が可能か否か。クロッツ氏は数年前からTLPに関するすべての報告を統計処理し、パターンの存在を調査してきた。そして、TLPの発生現場が一握りの地域に偏っていることを発見した。半分がアリスタルコス・クレーターに、20%がプラトン・クレーターに集中していたのだ。

 これに対し、TLPの懐疑論者は異論を唱えている。アメリカにあるウィーリングイエズス大学の月科学および惑星科学の専門家チャック・ウッド氏は、「場所が偏っていてもそれほど重要な意味はない。2つのクレーターは特徴的で有名だから注目を集め、報告数が多くなるのだ。また、太陽光の角度がちょうど“錯覚”を引き起こすのに適しているということもあるだろう。ある場所で繰り返し報告されるTLPが太陽の周期と一致していることを示した調査結果もある」と話す。

 一方、クロッツ氏はさらに科学的な証拠を積み上げている。TLPが頻繁に観測される地域と、アポロ計画で短寿命放射性ガスが観測された場所に関連性を見いだしたのだ。そこではラドン222を含むガスが月の内部から噴出しており、なんらかの地質的活動が進行していたことがはっきりと示されているという。

「アポロの観測装置はガスの噴出を何度か計測しているが、それはすべてTLPが頻繁に報告されている場所であった。偶然の可能性は極めて少ない」とクロッツ氏は話す。

 2006年、クロッツ氏の同僚のシュルツ氏が率いる研究チームは、ラドンを含むガスが月の内部奥深くから上昇し、岩の裂け目を通って月面へ到達している可能性があると「Nature」誌で発表している。

 上昇したガスは、月面の数メートル下で、「レゴリス」と呼ばれる表面付近の堆積層にたどり着く。レゴリスは隕石衝突などによって岩が細かく砕かれた粉末でできている。「やがて地表近くにガスが集まってくると、レゴリスを“パフッ”と吹き飛ばすことになる。“ドーン”と言った方が正確かもしれない」とクロッツ氏は説明する。この爆発により、砂ぼこりが舞い上がる。再び月面が落ち着くには数分かかるだろう。その間は太陽光を受けてキラキラと輝くはずだ。「ごらん、あれがTLPだよ」と。

 シュルツ氏によると、月面のガス噴出現象は、アポロ15号が1972年に撮影した写真でも確認できるという。アルファベットの「D」のような形をした「アイナ」と呼ばれる直径約3キロの陥没地形である。「隕石の衝突ならば円形になるはずでその可能性はない。月の歴史からすると非常に新しく、100万年以内にできた可能性がある。ほかにも同時代のものと思われる地形がいくつも見つかっている」とシュルツ氏は話す。

 このような地形は断層帯が交差する地域にできているため、ガスが表面に到達しやすい場所と考えられる。クロッツ氏がTLPの原因と想定している爆発もこういった場所で起きている可能性がある。ただし、これまでアイナ周辺でのTLP観測報告はなく、今後注目していくという。

 クロッツ氏は、「TLPを現行犯で捕まえたら、月周回衛星や分光器搭載の宇宙望遠鏡に指令を送り、発生地の光の波長を測定する。TLPがガス爆発によるものであるなら、分光スペクトルを解析してガスの成分を特定できるだろう。月で進行している地質作用も判明するはずだ」と話す。懐疑派のウッド氏は、「成功は難しいだろうが私も結果を楽しみにしている」と声援を送っている。

 月の内部から噴出するガスには、水蒸気や二酸化硫黄、二酸化炭素が含まれている可能性がある。月面基地を建設する際には貴重な資源となるだろう。「ただし、当面の目標はTLPの現行犯逮捕だ。私たちは月を“死んだ”世界と考えがちだが、“最期の炎”が絶えずに残っているのかもしれない。もし証明できれば、月の研究に新たな生命を吹き込むことになるだろう」とクロッツ氏は期待を込める。

Photograph Arlin Crotts

文=Richard Lovett for National Geographic magazine

  • このエントリーをはてなブックマークに追加