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樹木シリーズ⑱ ミズナラ

  • 人にも生き物たちにも人気が高いミズナラ(水楢、ブナ科)

     ブナとともにブナ帯の森を代表する落葉高木。冷温帯では、ブナとミズナラは、ライバル関係にあると言われているが、性格は全く異なる。ブナは陰樹、ミズナラは陽樹で、緩やかな棲み分けが見られる。比較的標高の高い場所がブナ、低い場所がミズナラである。ブナの寿命は250~300年ほどだが、ミズナラの寿命は、500年以上、稀に千年を超えるほど寿命が長い。
     秋に実るドングリは、クリと並んで冬眠前のクマの主食で、よくクマ棚ができる。種子の散布は、冬に備えて貯食行動が見られるアカネズミやニホンリス、カケスたちである。また、半枯れの立木や倒木には、キノコの王様・マイタケやシイタケ、キツブナラタケ、マスタケ、ヤマブシタケなどたくさんのキノコが群がって生える。
  • 名前の由来・・・材は水分を多く含み、容易に燃えにくいナラという意味でつけられた。ナラの由来は、幾つかの説がある。ミズナラの若葉や若枝がしなやかなところから、「しなやか」の古語のナラナラからきたという説や、他の木の落葉後も葉が枝に残って風に「ナル」ことから、ナル→ナラになったとの説などがある。葉は、コナラより大きいことから、別名オオナラと呼ばれている。 
  • 見分け方・・・ドングリの木として代表的なコナラとミズナラは似ている。大きな違いは、葉のつき方とドングリである。ミズナラの葉柄はごく短いが、コナラの葉柄は長くはっきりしている。ミズナラのドングリは、帽子(殻斗)がおわん形で短い突起(でっぱり)が数多くついている。コナラの帽子は、皿形ですぐに帽子がとれてしまいそうなほど浅い。 
  • 解説「殻斗(かくと)」・・・ドングリの帽子を指す。クリのイガなども殻斗にあたる。
  • 参考:コナラの葉とドングリ
  • ミズナラの新緑
  • 花 期・・・5月、高さ35m
  • ・・・雌雄同株。雄花序は新枝の下部から数個垂れ下がり、長さは6.5~7.5cm。 
  • ・・・葉の縁は、ギザギザとした大ぶりな鋸歯をもち、枝先に広がるように互生する。 
  • 樹 皮・・・黒褐色を帯び、縦に不規則な裂け目が入る。大木の幹の直径は1mほどになり、枝ぶりも大きく広がり見事である。 
  • 冷温帯の中でも太平洋側に多い・・・ミズナラは、攪乱が起きた場所に真っ先に定着する先駆的な種である。ブナは雪を利用して広がったのに対して、ミズナラは攪乱を利用して広がってきたと言われている。太平洋側に多い理由は、
    1. 太平洋側は雪が少なく、伐採や焼き畑、萱場の火入れも盛んであった。
    2. 冬に乾燥するため、自然発火の山火事も多い。
    3. ミズナラの幹はコルク質が厚く、焼けにくい。その上、攪乱地において真っ先に定着し、すばやく生長して場を占有する。
    4. 人間によって伐採されても、萌芽力が強いので、繰り返し再生することができる。 
  • 種子は早熟・・・ミズナラの種子の初産齢は、10年ほど(ブナは50~70年)と早熟。しかも豊凶の波が少ない。若いうちから種子を散布できるということは、度々攪乱が起こる場所では子孫を残す確率が高くなる。 
  • 株立ちするミズナラ・・・萌芽再生は、山火事や台風などで倒れた場合の延命手段。ミズナラがあまり大きくならない理由の一つは、萌芽力を高めるために、幹だけでなく根に栄養を回しているからである。萌芽によって株立ちになった樹形は横に広く、光の獲得に有利である。 
  • 陽樹のミズナラ林は、陰樹のブナ林に変化・・・ミズナラは、親木が大きく成長すると、いくら種を落としても足下が暗く、すぐに枯れてしまう。ブナは、早春にミズナラの高木が葉を開く前に開葉するので、稚樹でも十分に光合成ができる。だから多くのミズナラ林は、ブナ林にとって代わられる傾向にあるという。その典型が、ブナの純林が多い白神山地である。
  • ミズナラ林・・・低山地にミズナラを主とした森を見ることがある。それは、ブナ林の伐採を続けた結果、ミズナラを主とした林になったという。太平山系のマイタケ銀座と呼ばれる森も、ブナの伐採によってできたものであろうか。
  • ミズナラは、冬芽を一度に開かず一部を温存する性質があるため、遅霜にやられても二番芽をすぐに開くことができ、遅霜に遭いやすい寒冷地や山の尾根では、ブナよりも有利に生きられる。 
  • 先駆種と極相種の両面をもつ・・・ミズナラは、先駆的な種とはいっても、稚樹の耐陰性はそれほど弱くない。さらにブナより寿命が長い。太平洋側ではミズナラの森が極相林のように数千年も続いている例もあるという。 
  • ドングリの運搬・・・地面に落ちたドングリは、大きな親の体が光を遮り、芽を出しても成長できない。だから、親のミズナラは、栄養たっぷりの大きいドングリを落とし、カケスなどを利用して他の場所まで運んでもらい、子孫を増やす。アカネズミやニホンリスは、ドングリを地中深く埋めることが多いので、発芽率が低い。カケスの分散貯蔵は、分散距離が1~数kmと遠くへ運ぶのに加え、適当な深さに埋められるので発芽率が高い。だからドングリにとってカケスは、ベストパートナーだと言われている。 
  • ドングリを食べる野鳥・・・カケス、オシドリ、アオバトなど。 
  • ドングリとツキノワグマ・・・ツキノワグマは、ドングリが大好き。秋にドングリが実ると、器用に木に登り、枝を折って手繰り寄せて食べる。食べ終わると、その枝を尻の下に敷く。それを繰り返すうちに、鳥の大きな巣のような「クマ棚」ができる。
  • 実生の成長は、種子が大きいものほど有利・・・明るいギャップで大きくなるオニグルミやクリは、種子の大きさに関係なく、早く発芽したものが有利である。一方、暗い林内でも生き延びようとするミズナラは、発芽のタイミングより、大きな種子ほど、その養分を使って一気に伸びる。
  • ミズナラのひこばえ・・・前年に伐採すると、翌年の春、伐採した切り株から、新しい芽=ひこばえがたくさん出てくる。これを「萌芽更新」という。大半の広葉樹では、このタイプの萌芽がみられるが、中でもミズナラやコナラなどのコナラ属の樹種でこの能力が高い。
  • 日本海側はブナ、太平洋側はミズナラ・・・攪乱への適応はミズナラ、積雪に対する耐力はブナ、乾燥に対する耐力はミズナラなどの違いがあり、日本海側にブナ、太平洋側にミズナラといった棲み分けが見られる。また日本海側の混生地域では、乾燥した尾根や崖地にミズナラが多い。一般に比較的標高の高い場所がブナ、低い場所がミズナラと緩やかな棲み分けをしている。
  • ミズナラの幼木にできた虫こぶ「ナラメリンゴフシ 」・・・ミズナラやコナラなどの新芽にリンゴのような赤く丸い虫こぶができることがある。主にナラ類にできることから、ナラメリンゴフシ と呼ばれている。このムシコブは、秋から冬に、ナラメリンゴタマバチが芽に卵を産み付けて作ったもの。生まれた幼虫は、化学物質を出してムシコブを成長させ、ムシコブの内側を食べながら成長する。虫こぶは昆虫の住家であり、幼虫の食べ物になる。
  • 地球温暖化の影響・・・ブナは積雪が減少すると更新がうまくいかず、消滅の危機に瀕すると言われている。一方、ミズナラは、雪を必要とせず、衰退したブナの跡地に拡大すると予測されている。ただし、不安はナラ枯れである。温暖化に伴って、カシナガの分布がより標高の高い場所や北に拡大する可能性がある。
  • ナラ枯れ(上図:「ナラ枯れ被害対策マニュアル改訂版」より)
    1. カシノナガキクイムシ(カシナガ)が病原菌を伝播することによる樹木の伝染病の流行によるナラ類の集団枯死をナラ枯れと呼ぶ。
    2. 50年以上の比較的高齢・大径木が多い広葉樹二次林で発生が多い。
    3. 高温少雨の年には被害量が多い。逆に低温多雨の年には被害量が少ない。
    4. 薪炭に利用されず、里山の荒廃が進むと、カシナガの繁殖に好適。
    5. 被害木(下の写真)は、ホダ木に利用せず、燃料として使う。
  • ナラ枯れ被害・・・カシナガが孔道を掘った木くずや糞などの混ざった大量のフラス(左上の写真)がみられる。上を見上げると、夏なのに葉は枯れて紅葉しているかのように見える。
  • 森は病んでいる(「昆虫と害虫」小山重郎)・・・「マツ枯れはマツ砂防林の管理が悪いところで起こった。ナラ枯れも、長年続いてきた薪炭林としての山の管理が燃料革命によって途絶えたところで始まっている。管理がいきとどかないために森はまさに゛病んでいる゛のである。マツノザイセンチュウ、マツノマダラカミキリ、そしてカシノナガキクイムシはそのことをわたしたちに教えてくれているのではないだろうか」
  • 子どもたちに人気のカブトムシ・・・カブトムシは、どんぐりの実がなるミズナラやコナラ、クヌギなどの樹液が大好き。上の写真は、7月下旬、樹木見本園のミズナラに集まってきたカブトムシ。この裏側には、ミヤマクワガタやカナブンもいた。
  • ミズナラの樹洞とカブトムシ・・・夜行性のカブトムシやクワガタなどは、ミズナラ、コナラなどの樹洞を寝床にする。寿命は長くても1ヶ月ほどと短い。カブトムシの口はブラシ状で、樹液や甘い果物などの汁を吸い取る。
▲カブトムシ ▲ミヤマクワガタ
▲カナブン ▲スズメバチ
  • ミズナラの樹液にやってくる昆虫・・・カブトムシ、ミヤマクワガタ、オオクワガタ、コクワガタ、ノコギリクワガタ、カナブン、アオカナブン、スズメバチなど。
  • 用 途・・・ミズナラの材は重く堅く、柾目に美しい紋様が現れるので評価は高い。建築材、キノコの原木、高級家具、ウイスキーを熟成させる樽(特にヨーロッパで人気が高い)。
  • ミズナラの材でつくつたソリ(岐阜県飛騨の里)・・・かつて冬の積雪期に使ったソリは、実に多種多様であった。山から道路まで運び出す「山出しゾリ」、道路から家まで運ぶ「引付けゾリ」、平地を運ぶのに適した「三つ枕、四つ枕ゾリ」など。
  • 黄葉・・・ミズナラは、ブナと同じく黄色に色づく。
  • ミズナラとマイタケ・・・ブナ帯のキノコ採りで最も人気の高いキノコは、ミズナラの根元に生える「マイタケ」である。主に樹齢100年以上の半枯れミズナラの根元に生える。1本の木から20~40キロにも及ぶ巨大なマイタケを育む秘密は、萌芽力を高めるために根に栄養を回しているからであろう。寄生したマイタケ菌糸が木の養分を食い尽くすと、徐々に弱って朽ちてゆく。
  • マイタケは、稀にミズナラの倒木にも生える。
▲ヤマブシタケ ▲シイタケ
▲キツブナラタケ ▲マスタケ
▲ムキタケ ▲ヒラタケ
  • ミズナラに生えるキノコは多い・・・マイタケを筆頭に、ヤマブシタケ、シイタケ、ヌメリスギタケ、ナラタケ、キツブナラタケ、マスタケ、クリタケ、ムキタケ、ヒラタケなど生えるキノコの種類も多い。プロのキノコ採りは、数十年にわたってマイタケが収穫できるミズナラの大木を「キノコ木」と呼び、「宝の木」として崇敬している。
参 考 文 献
「山渓カラー名鑑 日本の樹木」(山と渓谷社)
「葉っぱで見分け 五感で楽しむ 樹木図鑑」(ナツメ社)
「里山の花木ハンドブック」(多田多恵子、NHK出版)
「樹木観察ハンドブック 山歩き編」(松倉一夫、JTBパブリッシング)
「図説 日本の樹木」(鈴木和夫・福田健二、朝倉書店)
「樹木の個性と生き残り戦略」(渡辺一夫、築地書館)
「ブナの森と生きる」(北村昌美、PHP選書)  
「野鳥と木の実と庭づくり」(叶内拓哉、文一総合出版)
「樹は語る」(清和研二、築地書館)
「昆虫と害虫 害虫防除の歴史と社会」(小山重郎、築地書館)